021. 斑消ゆ思い
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「待て」
白ばみを見せた空。対峙する廊下を通る風。
初夏の匂いがするレガーロでも、朝方はまだ涼しさを感じることが出来る。太陽がひとたび姿を現せば、ジリジリと肌を焦がすような熱気にやられていくだろう。
「どういうことか説明してもらおうか」
そんな陽が昇る前の黎明時。
一人のシニョリーナに声をかけたのは、レガーロのオリオーネ。
ポケットに突っ込まれた両手と緊張感を持ちながらも相手を気遣うような表情。
その男、デビトは正面に立ち、振り返りを見せたリリアに問いかける。
「なァ? リリア」
「……」
「お前がユエの部屋に何度か出入りしてることは前々から薄々気付いてたんだァ。ユエに奇襲をかけるでもなければ、なにかを盗んでいる様子もねェ。てことで確かめさせてもらったゼ」
「……」
「ユエの銃創がありえねースピードで癒てるのは知ってたが……まァさかお前の仕業だったとはな」
不敵にあがるデビトの口角を、リリアはどう捉えたか。
危機感を感じているようには見えない無表情。アメジスト色の底光りする紫が輝く。
しばらく何も返さずに視線を合わせたままだった二人。
デビトがリリアの出方を見据えたが、予想した反応とはまったく違うものに、リリアがただのシニョリーナでないことを知る。
「あらら。ばれちゃったんだぁ。残念」
「……」
「でもでも……証拠は?」
「証拠?」
「リリさんが、ユエちゃんの傷を癒したっていう証拠。デビトとあたしの中でこの話に決着がついたとしても、ファミリーのみんなになんて説明するのぉ?」
「そりゃァ、洗いざらい調べれば出てくるだろォ?お前の異能力についてな」
「そうかなぁ??調べられると思う?」
「何?」
完全に対峙を示したリリア。
どうやら彼女にも目的がきちんとあるようで、くすくす笑いながら両手で口元を抑えるばかり。
デビトが滲み出た威圧感をすかさず押さえ込んだが、感じさせたとしてもビビる相手には、もう見えなかった。
「それに……リリさん、なにか悪いことをしたのかな?」
「あ……?」
「ユエちゃんの傷が癒えたのなら、それはイイコトでしょう?」
両手を広げ、楽しそうに歩いてくる少女。
まっすぐ、怖気付くことなど一切なくデビトに向かって近付いた。まるで足元に一本の綱があるような、その上をふらふらしながら歩くような、軽快でいて道化師のような足取りで。
「痛い思いをしないで済んだ。すぐに動けるようになった。また変な奴らが出てきても足手まといにならない。彼女が望む、彼女の意志を貫ける。何者にも邪魔されずに、ユエちゃんはユエちゃんの心のままに」
一歩、一歩と近付いて。
ついにデビトのパーソナルスペースまで踏み込んだリリア。
その度胸と揺るがない意志の強さに、デビトが後ずさりを見せそうになるのを堪えるくらいだ。
「そう在るために、ユエちゃんの邪魔するものを排除するのは悪いこと?」
「リリア。お前がなんのためにそうするかによるな」
「ユエちゃんが大好きだからだよ?」
身長差がある中、首を傾げて笑うリリア。見上げてくる視線に嘘偽りは見当たらない。
見下ろす隻眼の男は目を細めるばかりだ。
「出会って数日の初対面の二人が、いきなり大好きなんて言える関係を築いたならそれは偽りに近いモンだ。互いの何を知ってそう言える。ましてや治癒能力……リスクを伴うと考えるに等しいだろォ。リリア、お前がユエのためにどうしてそこまで出来るのか。その先にある理由が本当のお前の目的のはずだ」
「あははっ、デビトあたしのこと心配してくれるんだ!えへへ~ありがとうっ」
「……」
「それにそれに、どうして初対面って決めつけちゃうのかな?」
「……っ?」
「もしかしたら、ずーっと昔に何度も何度も、会ってるかもしれないでしょ」
見上げてきた娘の腕が伸びてくる。
スーツにきっちり仕舞い込まれた彼女の瞳と同色のネクタイが引っ張られた。
ぐっ、と前屈みになるような姿勢。そのまま倒れ込みそうになるのをデビトが軽々止めてみせればリリアの笑顔がよく見えた。
長い睫毛と癖っ毛。水色の髪が光に映える。唇の造形も、声の音も、デビトにとっては初対面のはず。
「リリさんの心配より、デビトは自分の心配をした方がいいと思うなぁ」
「ンだと……?」
「きっと、どこにいてもあなたの心は誰よりも繊細で、誰よりも脆いと思うから」
刹那。空気に乗せられて、葉巻の香りがしたのは何故か。
記憶の奥底にいるジョーリィの記憶か。アルカナ実験の時の過去が蘇らせたものなのか。
わからない。
「そのままだと、その手で大切な女を殺めることになるよ」
「……っ」
「リリさんからのアドバイス♪」
パッと離されたネクタイ。そのまま上着の上にだらんと落ちたそれ。
リリアは気にすることもなく、踵を返して去っていく。
のらりくらりと結局デビトが言い負けた気がしてならなかった。
「今朝のことは、誰にも話さず……あたしとデビトだけの秘密だよ?」
「……」
「誰かに話したら……あたしにだって考えがあるから」
目的のためならば。
この願いを叶えるためならば。
「デビトにだって、あたしから”銃創みたいな扱い”されたら困るでしょ?」
ユエちゃんと、幸せな未来を過ごしたいでしょう?
不吉な言葉を残したまま、リリアはゆっくりゆっくり再び歩き出していった。
廊下に取り残されたデビト。
待ち伏せた甲斐あって、ユエの傷を癒しているのはリリアであることはわかった。問題はその理由の部分だったが、そこはわからず終い。
はぁ、とため息を零してからデビトは服装を正した。
掴まれたネクタイ。見上げてくる視線。紫。
笑顔の裏に嘘はないのに、そこには間違いなく悲しみが見えた。あの手の者は敵に回れば必ず手を焼く。なぜなら目的のためならば何でもやってのけるだろう。どんな手を使っても、必ず。
「脆い……か。言ってくれるゼ」
自覚はしている。だからこそ、何も言い返せなかった。
精神力が足りず、”補助”を使わなければアルカナ能力さえ抑え込めない。右目がそう語っている。
思わず眼帯を上から押さえ、気持ちを落ち着かせてから部屋へ向かい歩き出すことにした。
残された廊下。
窓から朝陽を吸い込み出したその場に、葉巻の匂いが間違いなく残されていたことをデビトは気付けなかった。
気配に聡い彼が、そこまでリリアの言葉に図星を感じ、気を向けることができなかった証拠。
廊下の角を曲がったところ、ひとつのディアボロの影がゆらりと揺れる。
クツクツと喉の奥で笑いを見せる相談役は、デビトとは逆の方角へと消えていくのであった……。
021. 斑消ゆ思い
「いなかった?」
「あぁ」
陽が真上に昇る頃。
起きてきたユエとアッシュ。それからダンテが調べがついた結果について話をしていた。
目覚めが遅すぎるユエにモーニングティーの代わりを淹れて、ルカもその場で話を伺う。
ポットの口をナプキンで拭きながら、ダンテとアッシュがあげた声に顔をあげた。
「ユエから調べて欲しいと言われた通り、俺がアンナを海岸で助けた日の直近数日間を調べたが、ノルド行きの船、それからこのレガーロの海岸付近を通る船から落ちた人物は誰一人いないようだ」
「やっぱり……」
「てことはなんだ、あのアンナって女は嘘をついてるってことか?」
「はたまたそうせざるを得ない事情があるか」
「嘘をつかなきゃならない事情ねぇ……」
やはりそうきたか。とユエは視線をカップに落とす。
どうぞ、と差し出された朝食の代わりになる昼食。ルカお手製のラザニアだ。
あつあつのチーズと、その上に鎮座したパセリを見つめながら、ユエの思案顔は拭えない。
「まぁまだ嘘と決まったわけではない。あくまでレガーロ付近を通る船の結果だ。もしかしたら他のルートを通る船から落ち、海流に乗ってここまで来たという線もある」
「ねぇな」
ダンテは恐らくアンナをフォローしようと言ったんだが、アッシュははっきりと言い返す。
「ダンテ、あんたも海の男だからわかるだろ?アンナが館に来た週、海域は落ち着いてたはずだ。嵐もない、落ち着いた天候の中……この近辺を通る船以外から海に落ちたとして、ここまで流れ着くとは考え難い」
「う、うむ……まぁ、そうなんだが……」
「それにアンナ自身から”ノルドに行く”って言ってたんだ。ノルド行きの船は各島でも出てる本数も港も少ない。その情報をあんたが確認し、それも”船から落ちた者はいない”って結論に至ったなら、覆るって方が可能性低いだろ」
「う、うぅむ……」
「……」
唸り声をあげるダンテに、アッシュはまだアンナが船から落ちたことを裏付ける可能性を考えている。
が、彼女が口に出した言葉をそのまま信じるならばこの事実は既に作り上げられた可能性の方が高いことを証明していた。
「ノルドに行きたかったっていうのが、本音じゃないなら」
「!」
「どうしてレガーロの海岸に倒れていたんだろう」
「……」
「誰かにアンナも狙われてるとか……?アンナもギラみたいに襲われて、それで逃げてきたとか。襲われた場所が海上……船の上で、その船は港から出ている交通で使うものではなく、誰かの……例えば敵の所有している船で。そこから落ちたんだとしたら」
だとしたら、少なくとも嘘ではなくなる。
しかし、それならあの自己紹介の日……どうして詳しく話してくれなかったのか。
「仮にアンナが言ってくれた言葉をそのまま信じて仮説を立てると、こーゆーことになる。正しいかどうかが問題だけど……」
「どっちにしても、アンナもなにか隠してるだろ」
「アンナも、ということはアッシュ。お前はアンナ以外の二人についてもやはり何か思うところがあるのか」
ダンテが腰を落ち着かせ、ユエの隣に座り込む。
正面に座っているアッシュは足を組み直しながら続けた。
「あぁ。ギラは見る限りで嘘はついていないだろ。本当に記憶がないんだろうな。が、リリアについては俺は何かあると思うぜ。ユエとドケチも話してたが」
「ドケチって……」
ジジのことか、と思い当たり苦笑いのまま話を続けた。
「だいたい、リリアがギラに話したいことが何かもわかんねぇ。それに今はまだ秘密ってのもおかしい。どっかの誰かが言ってたが、そもそも話したいことがないようにも思える」
「別のところに目的があるってこと……」
「が、あの手のやつはのらりくらりと交わして結論は出ないだろーな。デビトみたいなもんだ」
苦笑いを引っ込めたいが、次にきた話題でもそれは止めることができなくなる。
アッシュの気持ちが痛いほどわかったからだ。
扱い方も心得ているから、どう対応していいかは愚問だったが。
「でもさ、やっぱりこうして出会った以上、頭から疑ってかかって、きちんと知ろうとしないのも問題だよね」
ユエがようやくラザニアを食そうとフォークを手に取り、チーズの層を崩していく。
中から湯気が立ちこめれば予想外に熱そうであり、思わず手を止めてしまった。
「受け入れて、リリアもアンナもギラも。きちんと理解して歩み寄ってから……何があったのか考えてあげるべきかなって」
「ユエ……」
「確かに、身元もわからないからどうしてあげたらいいかも浮かばないけど。それならそれで、レガーロで受け入れてあげてもいいんじゃないかって」
「……」
ルカはポットや食器をさげながら、ユエの言葉を聞いていた。
そう言えるのは優しさと、何かが起きてからでも対応しようという気力と自信があるからだろう、と思った。
改めて、ユエの心が少しずつ成長しているのを感じる。
「ギラについてはどちらにしても、守っていかないといけない。白い龍と禁書の契約者たちが狙っているのはギラである可能性が高いから」
「だろうな。お前のオリビオンでの話を聞いてる限り、そう思うぜ」
アッシュも、合間を見て教えてもらった補足……白い龍のこと。禁書のこと。廻国のこと。ヴァロンについて情報が少ない事。それらを聞いて、今ユエが言っていることに賛成できると判断したようだ。
「もし二人がギラと関係があったり、本当はスペールたちの仲間であたしらの敵だとしても、ギラやスペールと関わってるうちにきっとわかる。謎も紐解ける。今は……アンナもリリアも、確実に秘密を抱えてるってわかったから」
とりあえず、話が聞けないならそれでいい。
あとは自分から見つけに行こうと思ったんだ。
待つのはもういい。自分から関わって、切り開いていこう。
信じられない相手がこっちを信じてくれるわけなんてない。なら、こっちから信じてあげて無性の愛を与えよう。
変えられるのはどんな状況だって、自分だけ。
他人を変えることは難しい。自分自身に変化をつけていけば、もたらす結果が今とは変わるはずだ。
「では、引き続きギラはもちろん、リリアとアンナにも気をかけていこう」
「うん。なにか困ってることがあったら、声をかけて不自由ないようにしてあげよう」
ユエが出した答えに、ルカとアッシュは横目で目を合わせた。
なるほど、そうきたか。と。
信じて裏切られた時、大きな後悔と大きな悲しみが待っているのは知っているはずなのに、それでもそう選ぶことがユエの強さなんだろう。