020. 道標
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
軽快に流れるアコーディオンの音。それと共に食器の音がする。
とあるリストランテのテラス席には、ディナーを音楽とともに楽しめるサービスがあり、レガーロの町の人々の憩いの場にもなりつつあった。
音楽家たちがこぞって自慢のメロディーを奏で、島民に至福の時間を運んでいく。
そんな、ディナーの時間のことだ。
島の標高としては高い位置に存在するアルカナファミリアの館で、バルコニーに出て考え事に頭を巡らせる者がいた。
「……」
金髪の髪を風が揺らす。
二人掛けのソファーの端に腰を落とし、膝を抱えたまま遠くを見つめた紅の瞳。
今にもため息が漏れそうな表情に、決して楽しいことを考えているわけではないことは明らかだ。
「ダメ。全然わからない」
ーー……ジジがアルカナファミリアの館を訪ねてきてから、2日が経過した。
あの時にお互いに情報を交換したレヴィアや契約者のこと。そしてリリア、アンナ、ギラについてのこと。
全てが最終的にオリビオンとヴァロンのことに繋がる気がして、居ても立っても居られないのだ。
しかし肝心の核心も、どこから紐解けばいいのかもわからない、手付かずの状態になりつつあり、しばしの休息をしているところ。
それが今……ユエに与えられた仕事になっていた。
「クレアシオンを襲った白い龍……その配下についたオリビオンの禁書の力を手にいれた契約者たち。ギラを逃した可能性が高い、猫と呼ばれる女の人……」
クレアシオン。
オリビオンでリアが辿り着いた、白い龍の出現地点。
そこで白い龍とその配下の一味は、なにかの探し物をしていたという情報がある。
そして……コヨミが持ち帰った破られた写真には、間違いなくヴァロンの姿が映っていた。つまり、クレアシオンにヴァロンがいた可能性が高くなる。この時点で、ユエと今回の戦いが繋がっていることが明確になった。
そしてクレアシオンから、どうにか逃げ込みこの時代、この時間軸に現れたギラ。
そのギラを追い、クレアシオンから移動してきたと考えられるスペールたち。
十中八九、スペールたち白い龍の一味が探しているのはギラで間違いないはずだ。しかし、スペールたちがギラを狙う理由が見えないままである。
同じく、スペールと別行動をとり、半年前のノルディアに現れたルッス。彼はノルディアに出現すると読んだのかどうかわからないが、とある女性を消そうとしていたようだ。
その女性こそ、巡り雫を持ち、ユエを助けた猫と呼ばれる者。
ルッスに巡り雫を奪われたのは間違いなかったのだろうが、奪われたはずの巡り雫で彼女は地下牢から姿を消して見せた。ルッスに盗られたものとは別に雫を用意していた可能性が高い。
そして……恐らく猫が最初に所有していたのであろう巡り雫は今、ルッスから奪い取り、ユエの手中に残っていた。
「ヴァロンの代償……」
星型の小瓶。中で輝く淡い水色の液体。
ひとたび地面に雫を零せば、望む錬成陣が自動で組まれ、錬金術が発動する強力なもの。
何故、ルッスはこれを猫から奪ったのか。ルッスが使うものだったのか、それとも猫自体の力を抑え込むために、使用させないために奪ったのか。賢い上手の猫は、結局巡り雫をまだ持っていたけれど、それは彼女が作ったものなのか。猫が巡り雫を作れるのだとしたら……彼女もオリビオンの人間ということになる。
「わかんないことだらけだ……。どれから紐解いていけば、全て答えが見えるんだろう」
リリアはなぜ、ギラの傍にいたいのか。果たしてギラに聞きたいことがあったのだろうか。
アンナはノルドに本当に行こうとしていたのだろうか。本当に船から落ちたのだとすれば、今ダンテが方々に当たって確認してくれている情報の中にアンナの話が出るはずだ。
そして……ギラ。彼女の正体も読めない。ネオとスザクという男に関してもわからぬまま。ただ時間だけが過ぎていく。
「はぁ……」
ついに零れたため息。
銃創もわけがわからぬまま治っているし、自分のキャパからはみ出てしまうことばかりだ。
膝を抱え、額をそこに乗せてみれば、周囲の音がよく聞こえた。アコーディオンを奏でる音楽家たちが館の向こう側で頑張っているんだろう。たまに混ざる拍手が、ここがレガーロであることを伝える。
「見事に行き詰まってるな」
足音と共にバルコニーの扉が開いた。
同時に声をかけられて、ゆっくり顔をあげれば、目の前にコーヒーカップが差し出される。
声の持ち主はよく知っている相手だったので驚きもしなかったが、頼んでいない注文と気遣いに目をぱちくりさせた。
その相手は……。
「アッシュ……」
「帽子が心配してたぞ。ほら、とりあえず飲め」
長き時間を共にした、年下の幼馴染の姿だった。
020. 道標
「眼帯ヤローが、今日は大きいやり取りで出てるだろ?だからお前がひとりで何してるのか、心配だって帽子が叫んでたぜ。うるせーったらねぇよ」
「もう子供じゃないんだけどな……」
「まぁ、久々の再会が戦闘途中に銃創負ってボロボロの帰還とありゃ、ルカの気持ちもわからなくねぇけど」
「……それは、心配かけて悪かったと……思って、マス」
「全然気持ちが込もってねーな」
当たり前のように隣に座るアッシュが足を組みながらカップに口付け、静かにコーヒーで喉を潤していく。
なんとなく横目で見つめてしまい、促されるようにしてユエもカップに口をつけた。夏場だが、涼しすぎるこのバルコニーで飲むにはホットコーヒーが丁度いい。
「怪我はどうなんだ?もう動けるなら心配ねーのかも知れないけど」
「うん、なんとか平気」
流石に完治目前です!とは言えなくて、曖昧に濁してやり過ごす。
こっちに視線すら向けないアッシュが「ふーん」と返してくれば、ユエばかりが彼の横顔を眺めている気がした。
レガーロの街並みを見つめる灰色の眼が、遠くなにかを探しているようにも見える。どこか知らぬ間に、やっぱり大人になった年下の彼に視線を奪われて仕方ない。
「……なんだよ」
「なにが」
「目。そんなじろじろ見るなって」
「だめ?」
「見てもなんもねーだろ」
「ないけど……久しぶりだなって思って」
視線に気付いてはいたが、ついに居心地が悪くなったのだろう。
コーヒーを飲みながら、気まずそうに眉をひそめるアッシュにユエも照れ笑いになってしまう。
家族の元に帰ってきたという意識が無意識に生まれ、どこか心が温かくなった。
「アッシュ、ジョーリィの助手になったの?」
「あぁ。一応、諜報部との二択で選んだんだぜ」
「馬車馬のように働いてるって聞いて、少し心配した」
「まぁな。ジョーリィ、相変わらず人使いが荒いからな。いくら骸骨に見慣れてるからといって、死体の山を掻き分けて歩くような任務はもう懲り懲りだ」
「……あんま危ないことしないでよ」
「しねーよ」
しないが、このレガーロ島を守るためなら多少の無茶はしなければならないと思う。ここがなければ、ユエが完全に帰ってくる場所もなくなってしまう。
いつか帰る、このファミリーが、ユエの未来の目印になるように。だから頑張るんだ。とは、さすがに伝えてやらなかったが、家族を思う気持ちはいつだって変わらない。
「お前こそ、詳しく聞いてねえがオリビオンでの時間はどうだったんだよ」
ジジとユエの会議から2日。
一応、あの場にいた者とフェリチータ、ノヴァ、リベルタを含め、ファミリー全員にギラとスペールたちの関連、白い龍の話はわかる範囲で伝えていた。
ギラが龍に狙われている可能性が高いこと、その龍はあの廻国から最後に解放されてしまった化け物だということ……。
皆、時間は開きつつもオリビオンでの戦いに参戦した者ばかりだ。話はよくわかってくれたようである。
と、このような業務的な話はよくしていたが、ユエがどんな時間を過ごしてきたのかを知っている者は、デビトを含めいないのだ。
まだ、誰にも話をしていない。銀の紋章をとるまでの道も、地下書庫に入り込んでからのことも。ノルディアでどんな風に街並みを見てきたのかも。ヴァロンと巫女の新しく知ったことも、オーウェンのことも。
「ーー……髪、染めたんだな」
「!」
答えることに惑っていた。
どんな8ヶ月を過ごしたのか、話すこと自体はできる。
だが、まだこの8ヶ月の延長線上にユエは立っているんだ。終わったことのように、思い出として振り返るには早すぎる。
言葉を返せずにいたところで、アッシュは何かを悟ったのだろう。
今の問いの答えは求めず、ユエのサイドの髪を一房手で流しながら触れてきた。
決していやらしい触り方ではない。花びらがついてたよ~と語尾につきそうなくらい、あっさりした触れ方。
きっと彼の心の中で、ユエへの感情はきっちり完結したようだ。
家族であり、デビトの恋人であるであると認めてくれているように。
向けられる視線の意味も違うのがわかり、どこか少しだけ安心してしまった。
気まずくならずに、昔のまま安らぎをくれる家族でいていいんだ、と。
「……うん。どうしても、この色にしたくて」
「いいんじゃね?眼帯がなんていってるか知らないが、俺は似合うと思うぜ」
「へへ、ありがと」
笑って返し、笑い返される。
子供の頃、悩みを打ち明けたり、一緒に考えたり、幾度もヴァスチェロファンタズマの上で語り合ったような、優しい時間をくれる関係。
自然と距離が近くなるが、互いに気にせずにカップのコーヒーを味わった。
言葉は少なく、またアコーディオンの音が聞こえてきたけれど、それはそれでいいんだ。優しい時間が、ユエの不安を掻き消してくれる。
「なんか……少しだけ落ち着いた」
「……」
「白い龍も、ギラのことも。全部焦って解決したくて、全部一気に手をつけようとしてたけど……ひとつひとつに目を向けてみる」
「そーゆーもんだろ。欲張って同時にやると、どっちも失敗するようにできてんだよ、世の中」
「そうだね……。アッシュと話してて、少し冷静になれたと思う。ありがと」
「なんもしてねーけどな」
銀灰色と紅色が混ざり合う視線。
甘い空気なんて一切まとっていないが、気を抜けばそのままキスしてハッピーエンドになるようにも端から見たら思えただろう。
自然体の2人と笑顔。
それを見つけた者が、邪魔をするのは当たり前で。
「ハイハイ、そこのお2人サン?隠れて密会かァ?俺も混ぜろよベラドンナ」
「!?」
「はぁ……来ると思ったぜ」