002. 囚われの歌姫
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「ジョーリィ」
ファミリーの幹部ですら、近付きたくないという部屋がある。
通称、拷問部屋と言えるような薄暗い……地下牢に近い場所。
そこから、建付けの悪い錆びた扉を音をたてて潜ってきた長身の男に声をかけた。
声をかけたのは、もちろん知り合いであるし、用があるから。
ジョーリィ、と呼ばれた男の姿をきちんと確認して、こちらを真っ直ぐに見つめる者は、先のアクアテンペスタ一件……――1年前のノルディアでの騒動で、姿を変えてしまった1人。
名をエルモと言った。
「どうしたエルモ。こんなところまで来るとは、余程急ぎの用らしい」
「相変わらずだね、ジョーリィは。そんな言い方しないで」
くすり、と寂しそうな笑みをみせたエルモ。
黒い髪、赤い目。1年前までは確実に子供と称される外見だったこの人造人間は、今は姿を青年へと変えていた。
「僕、今からノルディアに行ってくる」
「ノルディアだと?」
「テオと会う約束をしているんだ」
手元にある書類の中にカレンダーがあったのを思い出して、ジョーリィが伏せ眼で眺めた。
真っ白なそのカレンダーには、一か所だけ、黒い万年筆でマークをつけた日付が伺える。
もう2週間を切ったその日付は、確実にジョーリィにとっては重要な日なのだろう。
「大丈夫、約束の日までには戻るよ」
「……まさかウィルにも会うつもりか?」
「どうかな。テオと一緒にいるだろうから、ウィルにも、ネーヴェにも会うと思うけど」
だけど、特にウィルと話さなければならないことは浮かばなかった。
――そのマークがついた“約束の日”以外のことは。
「ウィルのことだから、これ以上のことは教えてくれないと思うし、ウィルの直感だけの言葉に振り回される可能性もあるかもしれないよ」
「……」
「だから僕はもうこれ以上、ウィルに何も聞かない。約束の日を待つよ」
1年前の未熟な精神は成長を遂げた。
もちろん、未だ至らない部分も多く体の大きな子供が駄々をこねるような発言もあるが、まぁ今はいいとしよう。
ジョーリィは溜息をつきながら、エルモを抜いて歩き出した。
「好きにするといい」
「ありがとう……。行ってきます」
そのままジョーリィの背を見送って、エルモは笑う。
今見せた笑みは、寂しげなものなどではなかった。
何かを決め、何かの目的を果たすために進み続ける姿は、ジョーリィが――言い方を変えれば――失った娘のようで。
少なからず、幼少期にエルモに関わったあの紅色の瞳の女が影響している気がしてならない。
そう思えば、ジョーリィですら笑うしかなくて。
「フ……」
足取りはゆっくりに。
拷問部屋で入手した情報をファミリーのトップ、そして実際に動くであろう者に伝えるために。
ジョーリィはその部屋を目指し続けた。
002. 囚われの歌姫
「尋問でいくつかわかったことがある」
パサリ、と音を立ててジョーリィが差し出した紙。
殴り書きだけれど、読める程度に綺麗なそれは、目の前の黒髪サングラスが書いたものだとわかる。
1枚の書面を眺めながら、集められた――実際に動く――幹部とファミリーが文字を追い、耳を働かせた。
「まず、今回の人身売買騒動で捕縛された3人組の男たちは、オークションを主催している者と面識がない」
「やっぱり下っ端だったか」
「役目としては、商品を集める者であり、謂わば誰でもできる役目だ」
ジョーリィの書面と声を受け止めながら、リベルタが背もたれに寄りかかり呟く。
同時に同じく集められたノヴァとアッシュ、そしてフェリチータが難しそうな顔をしていた。
椅子にはかけていないが、彼らを見守るように――サポート役で呼び出され――背後で立っていたルカも目を細めた。
「この近海の島々を転々とし、各々で身寄りがなく、身元不明、または存在を消してもわからない女性をターゲットとし近付く……。そして捕えては一か所に集め、後日貨物として収集するらしい」
「貨物としてって、既に人間の扱いじゃねぇじゃねぇか」
「非道だな」
彼らが今、完全な解決へ導こうとしているのは“人身売買騒動”。
レガーロを含む近海で多くの身寄りのない女性が行方不明になる事件が多発。最終的に拉致、捕縛された女性たちが貴族相手の人身売買にオークション形式で売り出されていることが発覚した事件。
他人事ではないと思っていた矢先、このレガーロにも不法入島した輩がいるなどの情報をダンテが掴み、こうしていち早く乗り出したのが彼らアルカナファミリアだった。
「今回、このレガーロでは既に1人を捕えたと、3人組の主犯が吐いている。場所も割り出した。身柄の安全のため、お嬢様たちにはそこへ向かってもらうこととなる」
「……」
「モンドから許可は下りている。行ってもらおうか」
「わかった」
これだけ早く動いたというのに、既に捕まえた女性がいるなんて。
レガーロはアルカナファミリアが存在するので、他の島々と比べたら治安はいい方だと思っていたのだけれどまだまだ考えが甘いらしい。
ガタン、と椅子を引いて立ち上がり、フェリチータが顔をあげる。
デコルテから覗く“恋人たち”のスティグマータ。
黒いスーツに身を包んでいることは以前から変わりないが、1年前に替えたスーツは決意のしるし。
そんな意志強しお嬢様に倣って席を立ったのは、ノヴァ。そしてアッシュだった。
「パーパから許可がおりているならば動きやすい」
「場所はどこだ?貨物ってことは港の近くか?」
防衛のセリエ・幹部のノヴァ。
1年前から身長を伸ばし、リベルタと今はさほど変わらないくらいに――それでもやはりリベルタの方が背丈はあるが――大きくなった彼。
そして、自ら相談役助手を買って出たアッシュ。
彼もまた、今はアルカナファミリアの大アルカナとして地位を確実なものにしていた。
遅れをとったリベルタは、誰よりも大きな音を立てて威勢よく立ち上がる。
「港の宿……リコラ付近に不審な貨物があると漏らしていた。恐らく小屋の中に正方形の2mほどの木箱がある。その中だ」
「っよーし!そうと決まれば、さっさと救出してやろうぜ!」
「そうだね」
リベルタと顔を合わせたフェリチータ。
勢いよく飛び出していった4人を見送り、ルカはジョーリィに気になったことを尋ねた。
「……拘束された女性は、レガーロ出身の方なのですか?」
「何故、それを聞く」
「……このレガーロに、身寄りのない女性がいるのかと疑問に思ったのです」