019. Doubt
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鏡の中を覗いて、驚いた。
言葉を失うとは、こんな状態のことを言うんだなと理解し、唇で音を発することが出来ないまま目をまん丸にしてしまう。
それくらい、ユエの銃創の癒え方が早く、おかしいものだったからだ。
「なんか変な薬とか使った覚えないのに……。ジョーリィやらルカやら、錬金術組に怪しいことされてたりしないよね……?」
団服を脱ぎ、インナーをめくりあげ、右の脇腹にできた銃創の傷はもう完全に塞がっていた。あとは経過次第で痕すら残らなくなるかもしれない。
異常に早すぎる回復。こんなこと、初めてだ。ユエ自身が特別な力を持っているわけでもないから、これは外部的要因であると考えられる。
「治る分にはいいんだけど、ホラーチックすぎて……」
「だなァ?」
「うわァ!?」
背後から当たり前のようにノックをせず、部屋に侵入してきた恋人がユエに肩を回しながら声をかけてきた。
不本意ながらも帰還してしまったレガーロで、こうして何気無い時間を少しでも一緒にいれることは嬉しい。が、気配なく近付いてくる者の存在は久しぶりすぎて心臓に悪い。
「ちょっと!ノックくらいして!」
「したゼ」
「うそだ」
「お前が鏡と睨めっこに夢中だから気がつかなかったんだろォ」
まぁ、真剣に考えてしまっていたからそれは認める。
ここは譲るとして、もしかしたらノック音が聞こえなかっただけかもしれない。ノックをせずに入ってくる可能性も大いに考えられるのだが。
「またか」
「……」
昨夜……食堂にてギラ、アンナ、リリアを含め再会と自己紹介をした。
あれから部屋に戻ってきて、まだ腹部の奥の奥にピキッと線を感じるような痛みがあった銃創が痛まなくなっていた。
おかしいな、と思いつつ体を休めたり、考え事をしていたから傷口を見るのを疎かにし、丸1日を過ごしてしまった。
シャワーを浴びるか、先にやることを済ませるか。悩んでいた頃に思い出したようにユエは銃創を確認し、今に至る。
傷口が完全に塞がり、痕すらもこのスピードで消えそうな勢い。ありがたいが、背筋がどこかヒヤっとする感じだ。
時刻は22時前。
ギラたちと会話を最後にしてから24時間が経過した。もう一度話を聞いてみたい気もしたが、どこから潰していけば道が1本になるのかを考える段階であり、まだ整理したい状況が山ほどある。
どうしたものか、と溜息をついたところでユエは真横に寄り添う男に顔を向けた。
「で、デビトは何しに来たの?」
「相変わらず雑な扱いだなァ?用がなければ愛しのベラドンナにも会いに来ちゃいけねーのか」
「それは嬉しいけど、今忙しいんだよね。頭の中が」
「ったく、そーゆーとこは生粋の錬金術師なルカやジジイに似ちまったのかァ。どうだ、1回リセットして俺との時間を楽しむってゆーのは」
「リセットされると困る」
「つれねーなァ、本当。が、生憎今は用があって来た」
「なに?」
至近距離で交わされる会話だったが、スイッチが入っていないからか、互いに赤面することもなく。
もう少し動けば鼻先が掠め合うくらいの隙間のまま、琥珀色の瞳と紅色の瞳の視線が混ざり合った。
「現金至上主義が戻ってきたゼ。ユエ出せって文句言いながら食堂で待ってンよ」
「ジジ……」
オリビオンにリアを送りに戻っていたジジが、再びレガーロに上陸したということか。
コズエとコヨミが力を合わせ、限界スレスレのところでゲートを繋いでくれているのだろう。本来、通常時に常に成せる技ではないところをみると、サポートでウィルがバックアップしているんだろうと考えた。
ならば、早く終わらせなければ互いにキツくなるだけだ。
コズエやコヨミたちも、ユエがデビトと離れ難くなることも。
「わかった。団服着たらすぐ行くから待ってて」
ユエがデビトの腕を抜け出して、ベッドに投げてあった青いコートの上着を着る。
袖を通し、前のボタンを締め上げていく彼女を見ながら、デビトはその色に見慣れないな、と帰還直後からずっと思っていた。
青。
ファミリーの黒いスーツではなく、青いコートだ。
「……ーー」
まるでどこか遠くに消えていくような。
そのまま別の何かに取り込まれるんじゃないかという不安感。
寂しいと感じていたのはお互い様のはずなのに、ガタがきているのは意外と甘えたなデビトの方かもしれない。
縋るように伸びてきた腕がユエの二の腕を掴む。
そのまま”なに?”と振り返ってきたユエの顎を抑え、上向きにさせれば勢いに任せ、でもねっとりとキスを送りつけた。
背後からの奇襲にまた肩が跳ねたものの、隻眼から受け渡される黄色の視線が泣いているように見えるから、ユエは目を見開いたあと、閉じずにそのまま応えてみる。
きっちり正面を向き、デビトの首に腕を回した。甘い空気なのに、互いに視線を逸らさない。先に逸らしたら負けだとでも言うようなバトルを感じさせている。
「……っ、キスする時くらい目とじたら?」
「そりゃァ、ユエ。お前の綺麗な瞳をこんな至近距離で拝めるのは俺だけだからな。特権を使っただけさ」
「屁理屈。あたしどこにも行かないけど」
「ハハッ!なんだ、バレてたか」
豪快に笑うくせに、まだどこか寂しそうで。
そんな顔をさせてしまう自分にも嫌気がさしたし、そんな顔をこれからもさせてしまうかもしれないという不安も消えなかった。
だから、ただせめて今だけは。彼の思いを受け止めて、同じくらい返そうと誓う。
背伸びして、軽くリップ音を残しながら口付ければ彼はいくらか笑顔になるのだった。
「このまましばらくジジ待たせとくか」
「ダメです」
019. Doubt
「マジで信じらんねー。なんで俺が見ず知らずの女にいきなりタックルされた挙句、チョコラなんとかを盗んだ犯人扱いされ、おまけに人違いだなんて被害に遭わなきゃならねーんだよ」
食堂で大きな態度で腰掛けて、踝を豪快にもう一方の膝に乗せた男は、文句を言いながらユエを待っていた。
そんな彼にロイヤルミルクティーを持ってきたルカは、先程からブツブツ独り言を話すジジに頭を悩ませている。
「ジジ、機嫌悪そうだね~」
「触れないでおきましょう。飛び火がくるのは目に見えていますから」
一緒にいたパーチェも逆向きで椅子に腰掛けながら、遠目でジジを眺めてぼーっとしている。
ルカも黙って彼にティーカップを差し出し、それからは遠くでポットの口を拭くばかり。
荒々しい仕草でミルクティーを飲み干せば、ジジが少しでも満足し、機嫌がよくなればいいと思ったがなかなかそう上手くいかない。
延々と続く、どこかの誰かへの不満は既に爆発寸前。誰かが彼に関われば、八つ当たりされそうだ。
そして、それを受けるのが誰なのかも皆目見当がつく。
「ジジ、お待たせ」
「っせえんだよ!!時は金なりって言葉知らねーのかお前はッ!!」
食堂の扉から現れたユエが、わざわざ戻ってきてくれたジジに簡易的な詫びを込めて告げた言葉。
しかし、逆効果だったようで彼は勢いそのままに椅子から立ち上がり、今にもユエに掴みかかりそうだ。
「そんな待たせちゃった……?」
「待った!!ミルクティー一気飲みできるくらいには待った!!」
「よくわかんないけど、ごめんって」
とりあえず謝っとくか。とユエが苦笑い。
ジジは未だにドルチェチケットがとか、チョコとか猫とか言っていたが脈絡が無さすぎて何でこんなに機嫌が悪くなったのかがわからない。
ユエがルカとパーチェ、それから後ろについてきたデビトに視線を向けたが先にいた2人も首を傾げている始末。
なんと声をかけて、会話を始めようか考えている間にジジは舌打ちを連発しながらもユエに本題を提示してくるのだった。
「で。お前、体の方はどうなんだ」
「あー……うん、とりあえず大丈夫」
「なんだよとりあえずって。銃創つくっといてもうケロッとしてるとか、超人なんじゃねーの?無理してんならしっかり治してから動き出せよな」
「う、うん。ありがとう」
流石にもう治った。とは言えず、濁しながらやり過ごせばジジは三白眼をさらに釣り上げて首を傾げたが、深くは聞いてこなかった。
「リアの方はどう?」
「精神的にはピンピンしてるぜ。能力をクレアシオンを探るのに酷使したのがまだ影響してるだけだ、数日寝たらレガーロに来るってことを伝えとけって言われた」
「そっか。安静にしていればいいだけならよかった」
「そーゆーわけだからとりあえず、俺がお前の考察やら話を聞いて、リアんとこに持って帰ろうと思って遥々ここまで来たわけだ」
ジジが再び椅子に腰かければ、ユエは彼の正面に座ることにする。
奥でデビトが壁に寄りかかり、パーチェとルカもこちらを気にしないようにしながらも、意識がこっちへ来ているのがわかった。
ジジもそれに気付いているからか、ユエに目配りして返事を待っている。
「俺は別に構いやしねぇ。お前の問題だ」
「……」
正直、悩みはした。
一緒に話を聞いてもらうべきかどうか。
しかし、答えは既に出ている。
一度腰掛けた椅子から立ち上がり、ユエはデビトやルカ、パーチェの目の前へ。
やってきた彼女に誰もが視線を向ければ、ユエから答えを切り出した。
「一緒に聞いてほしい」
「ユエ……」
「また、オリビオンや、ヴァロンに関係することで……戦いに巻き込んじゃうけれど」
最近、わかったことがある。
やっぱり一人で考えているよりも、仲間とどんな可能性でも虱潰しに話し合い、道を見出していくことがどれだけ力強いことなのか。
「何言っているのですかユエ」
「ユエは俺たちの幼馴染で、デビトの恋人で、ファミリーの一員……家族でしょ」
「巻き込む巻き込まないの話なら、とうの昔に決着はついてるはずだゼ。ベラドンナ」
「……そう言ってくれると思った」
答えを知りながらも聞いてしまうのは狡猾だな、なんて反省する。
笑顔でテーブルまでやってきた3人に、ジジは落ち着きを取り戻し、頬杖つきながら眉を下げ微笑んでしまった。
スーツの色が青でも黒でも、ユエという女はあぁあるべきだと心から思う。
5人が頷き合い、考察を並べようと口を開こうとした時。
もうひとつの影が入り口からやってきた。
「待てよ、お前ら」
「!」
聞き慣れたファミリーの声。
そこには、ファミリーの一員になり、黒いスーツを身にまとったアッシュの姿。
同じく、ジョーリィとダンテも後ろに連なってやってきていた。
「アッシュ……。それに、ジョーリィとダンテも」
「ジジが来ていると聞いてな。あの襲撃に関して、もっと深堀った話が聞けるかと思い、できれば同席させてもらいたい」
「もらいたいではなく、同席すると断定させてもらおうか。ユエ」
「ジョーリィ……」
ユエやジジの反論は認めないというジョーリィの言葉に、些か機嫌を悪くしたのはデビトやルカの幼馴染たち。
しかし、ユエ本人は物ともせずに、”勝手にすれば”とでも言いたげな顔つきで言葉を返していた。
「どーぞ。好きにすれば」
「いいのかよユエ」
「ここにいてもらう以上、知恵は貸してもらうから」