018. 軌跡
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「ん……」
「よーやくお目覚めかァ?ベラドンナ」
ゆっくり押し上げた瞼。
嗅ぎ慣れた懐かしい匂いと声。真横にあるスペースが、ベッドのスプリングで沈み込む。一緒にシーツも道連れにされたので、顔をあげたところでユエがデビトがそこにいることに気付いた。
「……約束、守ってくれたんだ」
「そりゃァ、愛しいアモーレの願いなら聞かないわけにいかないからな」
「ありがと」
「気分はどーだ?」
朝っぱらから歯が浮くようなセリフがよく吐けたもんだ。と感心したが、デビトを越えて見えた時計が14時を回っていたのが映った。
あぁ、朝じゃない。彼からしたらシエスタに好い時なんだろうと思えるくらい時間の経過が伺える。
「うん、大分よくなった」
「そりゃよかったな。窓は開けたが蒸し暑いからなァ。着替えるなら手伝うゼ?」
それは下心を含んだ意味か。はたまた純粋な心配と好奇心か。全てにおいて一対一くらいの割合で含まれている気がして、ユエが首をすぼめる。そのまま左右に振って、好意を断ることにした。
「いい。自分で出来るから」
「なンだ、残念だな」
「一言余計。着替えるから廊下出てて」
「イイだろ今更。もう色々知ってンだゼ?俺のベラドンナ」
「いいから出てろっ!」
「つれねーなァ。相変わらず」
緩やかに起き上がり、ひとつの違和感に気付く。
デビトが廊下へ繋がる扉を越え、姿が見えなくなった時ユエはその違和感を突き止めようとしていた。
何かが一致しない。こんなはずじゃなかったと思う。
それは守護団としてオリビオンに戻ることではなく、全く別の問題であるのだ。
疑問が胸を占めていく。
気持ち悪さを抱えたまま、ユエがデビトのワイシャツを脱ぎ始めた時……その正体は露わになった。
「え……?」
クローゼットを開け放ち、黒のインナーを取り出そうとしたところで鏡に映った自身の姿に驚いた。
ワイシャツの隙間から見えるのはスカートのベルト。それから身につけていたランジェリー。ワイシャツはまだ脱いでいないが、ボタンを開け前を全開にしていたのでルッスの透過で傷つけられた銃創があるはずなのだ。
もちろん、銃創はユエの目にも見えていた。
しかし。問題はその銃創であることも変わらない。
あれだけの痛みを抱え、夜中は歩くこともままならなかったのに今はこうして一人で着替えが出来、普通に歩き回れるほど回復しているのだ。
そして、その銃創も同じ。
強烈な痛みを与えたのであれば、確実に弾痕は残っていいものの、ユエの目に今見えるそれはもはや塞がりかけている。
「なんで……」
どうりで起き上がった時に痛みがほぼなかったんだろう。
気にせずに一人で自由にこうしてできることも、よく考えればおかしいのだ。
自身の治癒能力ではない。
ユエの能力は多種多様、様々な形で対応できるが、怪我を癒すものは何もなかった。
では、この力はなんだ?どうして傷が塞がりかけているのだ。
「……っ、デビト!!」
ワイシャツ一丁、その下からはランジェリー剥き出しのあられもない姿でユエは気にせず廊下に飛び出す。
口笛を吹きながら待ち構えていた恋人は、ユエが自身のワイシャツに下着姿とスカートで出てくるとは思わなかっただろう。目をひん剥いていた。
「おいおいシニョリーナ、流石にその姿で廊下に出てくるのは俺でも止めるゼ」
「もう色々知ってるからいいでしょ!」
「さっきと主張が逆転してンじゃねーか」
「それよりこれ見て!デビトがやったの!?」
「あ?」
残念ながら豊満とは言えない胸の下、右腹部を指差してユエはワイシャツを更にめくって見せた。
ここを通りかかった者がもしいたとして。それがまたアッシュだったら、デビト自身の気持ちの処理が面倒臭いと思い、ろくに応えずユエの体を押し返した。
なんとか部屋に押し込んで、まじまじと晒された肌を見つめてやる。
「……」
流石に息を呑んだ。
久々の恋人の肌ということもあったが、問題は半分それで半分そうではない。
手当の時に確認したユエの銃創が大方癒えていたのである。
「どういうこと?さっきまでは激痛だったし、よく考えれば歩くのも簡単じゃなかったのに」
「……」
「部屋にいてくれたのはデビトでしょ?他に誰か来たの?ルカとか、ジョーリィとか……」
「ルカの野郎は朝方来ようとしてたが、俺がシャワー浴びに行く時に部屋には入らず帰ったはずだ。ジジイは顔すら見せに来てねェな」
「……なら、どうして……。変な薬を飲んだわけでもなさそうなのに」
「あるとすりャ……」
ユエの腰をホールドし、今度は真剣に癒えた経過を見つめてやる。
もはや日常的に支障はなさそうだった。
が。逆にこうなるとユエがすぐにでもオリビオンに戻りそうで問題だ。
デビトとしては嬉しいような複雑なような。感情を隠しつつ傷跡を見つめて思い返すのは、デビトがいるのを知っているので殆ど誰も寄り付かないはずのユエの部屋の……その廊下の前を歩いていた娘がいたこと。
「(あのシニョリーナか……?)」
「デビト……?」
「(いや……。ユエからしたら好都合。下手に警戒させるのは野暮ってもンだ。特に言う必要はねェな)」
「なに?」
「ーー……ハッ、相変わらず俺好みのイイ腰してるなと思っただけさ」
しゃがみこんでユエの横腹に視線を合わせていた彼は、そのまま回しこんだ腕で腰を引き寄せ、塞がりかけている銃創にキスを贈る。
男っ気が全くなく、警戒心がゼロだったユエは突如状況を理解し、顔から火を噴くんじゃないかっていうくらい赤面した。
「~~~~っ……!?」
「ルカ直伝のまじないさ。傷跡が消えるようにってな」
「この……、っ~~エロリストッ!!」
そのままユエがデビトを押し返せば、アルカナファミリアの館に賑やかな空気が戻ってくる。
まるでユエが本当に帰還したかのように。
しかし、これは序章にすぎない戦いの一部だった……。
018. 軌跡
同日 陽が沈み、夕食も食べ終えた頃。
ユエが回復したこと、ギラやアンナ、リリアとの自己紹介をしていないということ。それからルッスやスペールのこともあり、とりあえず話を少ししようということになる。
食堂に召集されたのは、あの日……戦場となった現場にいた者といなかったファミリーの幹部たち。
総勢で集まった部屋には、きっちりと青い守護団団服を着たユエの姿があった。
彼女を中心に、フェリチータやリベルタ、ノヴァなど、ファミリーを担う中心人物たちが顔を揃えている。
「ユエ、随分回復が早かったけど……もう体は大丈夫なの?」
「まぁ……なんとか。とりあえず、動けるようにも何故かなったし、時間が勿体無いから話し合いだけでも進めようかと思って」
フェリチータとの久々の対面。
感動の抱擁は既に済ませ、笑顔を交わし合えるくらいになっていた。
同じくジョーリィやダンテ。あの踊り場にいなかった者もそうである。リベルタやノヴァ。
そしてあの場にいたが、ゆっくり話ができていなかったルカやパーチェともだ。
「アッシュも久しぶりだね」
「あぁ。銃創を負いながらも戦ってたって聞いた時は冷や汗だったが……回復したようでなによりだ」
優しい笑みをくれる弟のような幼馴染。
お互い髪が伸びたり、ファミリーのスーツを着ていたり、色々な変化はあったがこうして関係性は変わらずに友好的であることを嬉しく思った。
レガーロでの時間は2年半。その間に、アッシュは精神的に大人になったように思える。その成熟さが、態度からも伝わってくるくらいだった。
「アッシュ、大人になったね」
「ユエ、お前な……。2年半も経ってんだ。あん時のままだったら相当ガキじゃねーか」
「なに言ってンだアッシュ、お前はいつまで経ってもガキじゃねーかァ」
「ぁあ?んだと眼帯」
「デビト、アッシュに絡む貴方もガキくさいですよ。よしなさい」
ルカが呆れながらデビトとアッシュを宥め、仲裁する。
ユエが眉を下げながら笑えば、”各々、確かに大人になったけれど全体的な雰囲気は変わっていない”と思えた。
それがささやかに、ユエの自信になったことをファミリーは知らないだろう。
「ほらほらお前たち。団欒に花を咲かせるのはいいが、これじゃ話が進まんだろう。少しは静かにしたらどうだ」
「クックック……そういうダンテ。ユエからすればお前が一番、様変わりしたことに違いないだろう」
ダンテがせっかくまとめようとしているのに、ジョーリィが茶々を入れるものだからユエもダンテを思わず視線で追う。
つるぴかだったはずの彼の脳天には、ふさふさの黒い髪が流れていた。
「話を戻すようで悪いけど……確かに、ダンテが一番変わったね。なんていうか、若返った?」
「お、おほん……。これには色々わけがあってな、話すと長い。今はとりあえず受け止めて流してくれ……」
「わ、わかった……」
とりあえず、ユエはダンテの容姿については今は何も突っ込まずにいることにした。
やはり2年半も時間が経過していれば、その間に超えてきた大きな壁もあるだろう。事件もそうだ。
だからこそ、ウィルとファミリーが知り合いだったことも、ここへ来る前にルカとパーチェに説明してもらったアクアテンペスタの件を聞いた時も時間の経過を感じてしまった。
それは、彼らからユエに対しても同じはず。
とにかく今は本当の帰還ではない。
いつか訪れる、本当の”ただいま”を言える日まで。ユエたちはただ一歩一歩、歩き続けることを決めていた。
「ちょっと脱線させちゃったけど……とりあえず、始めよっか」
ユエが笑いながら全員を見渡せば、ファミリーの一同は大きく頷いてくれた。
同じく、奥で腰掛けていたギラ。その隣のリリア。ギラの正面にいるアンナも同じだ。
「まず、先日のルッスたちとの戦い……巻き込んで申し訳なかったと思ってる。本当にごめん」
「ユエ……?」
「何故お前が謝罪する。あいつらが館を攻めてきたことと、お前がオリビオンでしてきた何かが関係するということか?」
ノヴァの鋭い問いかけに、ユエは思わず目を逸らす。
どこから話せばいいのか。何から説明すればわかってもらえるのか。
考えがなかなかまとまらないが、まとまらないなりに話してみようと思えた。話しているうちにもしかしたらまとまるかもしれないから。
そう思わせてくれたのは、長年一緒にいたアッシュや、パーチェやルカの幼馴染たちの笑顔だった。
”だいじょうぶ。ひとりじゃない”
オリビオンに赴いた初期、相談相手の顔として守護団ではなくファミリーが思い浮かんでしまうことがあった。今となればリアやジジ、ファリベルたちに迷わず相談しようと思えるくらい、守護団とも絆が生まれていたが、やはりここは心強い故郷だと思える。
「まず、奥の3人にはきちんと自己紹介しなきゃいけないね」
ユエが一度瞼を落とし、順番にリリアやアンナたちを見つめた。
「改めまして。あたしはユエ。アルカナファミリアの一員であり、第12のカード”ラ・ペーソ”を宿している大アルカナよ」
「大アルカナ!?」
「え……?」
思わず声をあげたのは3人のうちの2人。リリアとアンナだった。
ギラはアルカナ能力自体を知らないような顔をしており、身近にいた2人が顔を強張らせたので”常識”が欠けているのかと心配になる。
フェリチータがそんなギラに隣から、ファミリーの幹部が持つタロッコの力について補足で説明を入れていた。
「あたしそんなに驚かれるようなこと言った……?」
流石にリリアとアンナが声をあげたり、表情を驚愕させていたのでユエが何故か詫びを入れる。そんなやりとりを、デビトが鋭く視線を飛ばしながら見つめていた。