017. エンカウント
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額からはらりと前髪の一房が流れる。
薄く開いた唇が、痛みを堪えるように無意識に噛まれていた。
眠りを妨げるほど強い痛みじゃなかったのか、意識の半分以上はまだ覚醒していないように見える。
眉間に寄ったシワ。ベッドのスプリングのせいで刺激を感じたのかわからないが、腹部の傷を見てやれば、傷の持ち主であるユエは声を微かに漏らしていた。
「……」
酷い傷だった。
銃創だと聞いた時、いつもの生傷が増えた時より苛立ちを感じてしまった。
どうしてそうなったのか、あとで説明してもらう必要がある。
ユエの恋人であるデビトは、眼帯をつけないままユエの容体を見守り続けるのであった。
「腹部だったからまだよかったが……あと少しずれてたらと思うと悪寒がするゼ」
昨夜、再会し、唇を重ねて求め合った恋人はまだ夢の中。
痛みは寝ててもあるようで表情は苦しそうに見える。傷に当たらないように肌に触れて確認すれば、傷の近くは熱を持っていて完治するのは程遠い現実が広がっていた。
先に目が覚めたデビトが時刻を確認する。
ユエと最後に言葉を交わした午前3時頃から約3時間が経過しようとしていた。
早朝ではあるが、身なりを整えカジノに赴く準備をしなければならない。
シャワーを浴びて、もう一度戻ってこよう。
それからユエが目が覚めるまで傍にいて、起きて落ち着いたらイシス・レガーロへ向かうことにする。
革靴が鳴る音が低く響く。
がちゃりと大きくならないように開いた扉。中にいるアモーレが起きないように静かに扉を閉めてやった。
ドアノブから手を離し、決して明るくはできない表情で廊下の先を見つめた時、背後から声をかけられた。
「デビト」
振り返り、呼ばれた先を見つめる。
現れたのはユエの義兄だった。
「なァんだルカちゃん。相変わらず早いなァ」
「おはようございます。デビト。ユエの容体の確認と、貴方がきちんと休んでいるか、見に行こうと思ったところです」
「相変わらず律儀だねェ。ま、レガーロ男はそうでなくちゃ務まらねェな」
「茶化してる場合ですか、まったく……。それで、ユエは……?」
溜息混じりに言い返し、帽子を整える紳士な従者。
デビトはくすくす笑いながら昨夜の出来事を包み隠さず話してやってもよかったが、そんなことしようものならルカの顔が真っ赤になるのが目に見えたのでとりあえずやめてやる。
「夜中に一度目を覚ましたゼ。今はまだ寝てる」
「そうですか……。あの傷ですからね、しばらくは起き上がれないでしょう。ルッスたちを追うなど無理があります」
「だなァ。そっちはそっちでオリビオンの者が手を出してる頃だろォが」
「はい。守護団は一旦オリビオンまで帰還しましたからね。リアの体調を兼ねてでしょうが、ジジはすぐ戻って来ると言ってました」
「大方、あのドケチ野郎はユエの監視役ってとこか」
「それもあるでしょうが、ルッスやスペール……あの組織自体を追うために対策を練るのもあるでしょう。最後に消えたこのファミリーの館を調べたいと言ってました」
「なるほどな」
デビトに会えたからか、特に部屋に入り込み確認する必要はないとルカは思ったらしい。
彼から話を聞き、懐中時計を確認しながら目を細めていた。
「ユエが寝ているのであれば、わざわざ起こして手当をするのは酷ですね。起きた後も痛みで寝付けるまで時間もかかるでしょう」
「あァ」
「私はお嬢様の朝のお茶の準備をしに戻ります。デビト、貴方は?」
「シャワー浴びて戻って来る」
「わかりました」
道を引き返していくルカ。
そして更に奥に進み、自室へ戻るデビト。
二人がいなくなり、再び静寂を取り戻した廊下。長く続く、まだ陽が差し込まない薄暗い場所。
そこに、ルカとデビトの話を聞いていた者がいたことに誰が気付いただろうか。
気配に敏いデビトの感覚すらも回避し、角で佇んだ者は誰もいなくなった廊下から眠っているユエがいる部屋のドアを開け、進んで行く。
「……」
多少の痛みに魘されながら、ユエは未だに目を覚まさなかった。
そんな彼女を覗き込み、ベッドサイドに立つ者は、ちいさくちいさく声をかける。
「ユエちゃん……」
眠るユエに手を翳し、傷口に宛てがう。
やがて優しい細やかな光が溢れ出したかと思えば、それは部屋一面を包み込んでいくのであった……。
017. エンカウント
脳天から水が舞い込む。
滴り滑り落ちていくそれを呆然と見つめながら、デビトはシャワールームで考えを巡らせていた。
「……」
セラやテオから話は聞いていた。
ユエが半年前、ノルディアに現れたということを。
その時、総督邸でセラの弾丸を誤って喰らい、腹部と脚に怪我を負ったということも。
ゲートから現れたユエは既に怪我をしていたし、セラたちの話でユエが戦いの最中、ゲートに飛び込み消えたこともわかっていた。
つまり、ユエはゲートを越えてその瞬間、時代を移動したのだろう。
そして同じくゲートの中から現れたルッスもそうだ。
ジジが現れた時のゲートはコズエとコヨミが生み出したものだろうが、ユエが超えて来たゲートは敵方が作り出した円形のもの。
「(あの敵たちも時の操作ができるってことか……。いや、問題はそこじゃねェ。どちらかというと、あいつらが何者で、何を目的にしてるかってトコだな)」
ジャァァ、と流れっぱなしのシャワーもそのままに、デビトは鏡の中の己を見つめる。
眼帯を外し、エメラルドに輝く宝石の瞳。
ルカが精製したおかげで痛みはもう殆どない。この目に映す愛しい者が今、大きな事件に巻き込まれていくことをただただ不安視しているだけだ。
「何故、ギラを狙ってやがった……ーー」
つまり、そういうことか。
記憶が曖昧であり、どうしてこの地に行き着いたのかもわからない娘を狙うスペールたち。
人身売買事件の犯人である男たちから手荒な真似は受けていないにも関わらず、ギラは記憶を曖昧にする”きっかけ”に遭遇している。
人の記憶を奪ったり、失わせたりするには大きな力が働くはず。ただの人がそう簡単にできるはずもない。
だが、スペールやルッスならばどうか。彼らは錬金術に通じており、ただの人間ではないだろう。ユエやリアが敵にしたとなればそれなりに意味もあるはずだ。
「あいつらの不都合なことを知ったからギラの記憶を封じ、命を狙っている……そう考えるのが妥当だなァ」
ギラを狙っている以上、敵は再びここへ攻めてくるだろう。
それまでにユエの怪我を軽いものにし、ユエを含めジジやリアに話を聞いておきたいものだ。
ようやくノズルを締めて、水を止めたデビト。
タオルで頭を拭き、身支度を整えながらシャワールームを出て行くのであった……。
ユエとの約束で目が覚めても隣にいるとの願いを受け入れたデビト。
自室に一度寄りはしたが、シャワーを手短に浴びてきちんと彼女の部屋に戻ってやる。
先程よりも陽が昇り、外が明るくなりだしたからか、キッチンや各部屋がだんだんと賑やかになっていくのを肌で感じていた。
ルカがユエを確認しに来たように、ファミリーの誰もが今、ユエの帰還についてを気にし、体調についても案じている。
だから、彼女の部屋の前を誰が通りかかろうと不自然ではなかった。誰かが心配し、シャワーを浴びている間にユエを訪ねてくることも。
「ん?」
だがそれは、どちらかと言えばアルカナファミリアの話だ。
滞在している客人たちが顕著にそうなるかと言えば……違う気がする。
「あいつは……」
だからデビトはユエの部屋の前に佇み、歩き出した娘の姿を疑問に思った。
水色の髪がぴょこぴょこと跳ねる姿。小柄なセーラー服を着た少女を確か、リリアと言った。本名はリリアーヌだが、愛称でリリアと呼ばれている。
ファミリーでない以上、トップや幹部長が何と決めたからといって心の底から信用するわけにはいかない。
闇をよく知るデビトだからこそ、そう思えたのかもしれないが警戒は必要だ。
リリアの姿が見えなくなってから急いでユエの部屋に入り、彼女の状態を確認してやる。
「……」
「ユエ……」
結論からいえば、変わった様子は特になかった。
部屋を荒らされた形跡もなく、ユエの怪我が悪化していることもない。ただ小さな寝息を立てて、いつも通りの間の抜けた寝顔をしている。
どちらかといえば、シャワーに向かう前よりも顔色がよくなっている気がした。
「(……杞憂ならいいが)」
未だ安らかに眠り続けるユエを見つめながら、デビトはベッドサイドに腰掛けた。
布団の端が少し沈んだが、ユエはまだ目覚めない。
しかし、人肌には気付いたようで彼女に背中を向けていたデビトの腕を引くように寝返りを打ちながら近付いてくる。
こうしてみれば、2つの時代を駆け抜け、世界を背負っている者とは思えない。ただの普通の町娘だ。
金髪の髪がシーツに流れれば、伸びたそれで遊んでしまいたくなる。
触れれば指をすり抜ける感触。敢えて、まだ聞かずにいてやった髪の色についても聞いてみたい。
山吹色に輝く色も、元の茶髪もどちらも似合って入るけれど。
「こうしてると、ヴァロンの面影もわからなくねェな」
きっと、そういう狙いなんだろう。と微笑んでデビトはそのままユエが目覚めるまで隣にいてやった。
約束通り、きちんと傍で待ってていてやった……ーー。