014. Priceless
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気味の悪い気配を感じて振り返る。
流れた髪の隙間、4階に君臨した男は敵方が”白い蛇”と呼んでいる男だった。
名前をウィルという。ユエがよく知り、叔父と姪の関係にある男とは同じ名前だが別の人物。纏う雰囲気も何もかもが違うのに、どことなく彼と同じ飛び抜けた力を感じていた。
「やあユエ。俺との等価交換の準備はできたかな?」
「ウィル……」
真っ白な服を着て現れた男。純白とは程遠い中身であるにも関わらず、そうしてウィルは立っていた。
ユエが喜ばしくないような顔をして見上げれば、彼は更に口角をあげるだけ。
「君がノルディアに現れ、俺と契約を結んでから半年の月日が経ったよ」
「あたしにとっては昨日の話だけどね」
「そうだろうね。総督邸でルッスを追って消えた時はさすがに驚いたよ」
こうして話をしている間、テオとセラがルッスと交戦してくれる。
おかげで息を少し整え、楽にすることができた。
「時に干渉する時空のゲート。俺が見たのは初めてだったけど、本当に時間旅行ができるようだね」
「……」
「時は一刻たりとも待ってはくれない。さぁ、ユエ。俺は半年待った。もともと気は長い方だけれど、仕事が早い君なら”昨日の今日”で決めてくれるんじゃないかな?」
「……ーー」
「その腕章に誓って」
ウィルが視線で示すのはベルトにつけられた腕章だった。
面倒くさい種を残してくれたもんだ。ノルディアの者とデビトたちが面識があったということはウィルがどんな男であり、どんな手を使うかをファミリーは知っているだろう。
契約を結んだことを知られれば、まず簡単にオリビオンへ帰してくれないだろう。問いただされ、気が済むまで説明を求められるに決まっている。
もとより、この戦闘が終わったら即座に色々な手を使ってでもオリビオンへ戻るつもりだった。なんの説明もせず、デビトと言葉を交わすことなく。そうでなければユエ自身の正しいもの、信じるものが曲がってしまう気がしたのと、心の奥底の罪悪感で負けてしまいそうになる気がした。
「ユエ、その腕章……」
視線が追ってきたフェリチータすら視界に納めない。
ユエはただ目を逸らし、ウィルに背中で答えた。
「必ず果たす」
「期待しているよ」
ーーその腕章が、炎に尽くされ灰になる時まで。
「ユエ……」
014. Priceless
ユエがウィルと会話を交わしている間。
スペールと決着をつけたリア。
振りかざした刃がスペールを貫き、完全に男の息の根を止めた。
そう思っていた。
しかし。
「……ッ!?」
刃とスペールの間に割り入る者がいた。
「おいスペール、なーにこんな雑魚共に殺されそうになってんだ?」
上から降ってきたかのように現れた者。
リアが無で振りかざした剣を受け止め、スペールを庇ったところから、この者も敵だと即座に判断した。
だが驚いたのはそこではない。片腕だけでリアの一振りを受け止め、そのまま余裕そうにスペールの方を見たからだ。
「あんた一応、うちらの頭でしょ?しっかりしてよ。つーか遊びすぎ」
「申し訳ありません。つい興が乗ってしまって」
「興が乗ってしまって。じゃねーよ。こちとら時間の兼ね合いがあるんだからきっちり仕事しろってんだ」
呆れたような声で話しながら、一切こっちを見ようとしない新手。
発せられた声から女であることがわかったが、顔はまだこちらに向けてこないのでリアからは判別できなかった。
しかし……妙な違和感がある。
赤い髪。まとめられたそれはポニーテールになり、高い位置で結ばれている。流れる長さの赤は、腰まであってユエよりも少し長かった。
声は明るく可愛らしさも含まれていて、よく通るものだった。残念なのは喋り方であり、荒々しくきつい単語が並んでいく。
どこかで感じる違和感。ざわざわし、胸中の気持ちが逆立つ。
開けてはいけない箱を開けようとしている感覚。パンドラの箱、触れてはいけない記憶をどこかで笑顔で開けようとしている”者”がいる。
「だいたい、あんたが本気を出せば一瞬で倒せるだろ?こんな奴」
振り返る顔。ゆっくりとし、流し目でにやっと笑われる。
記憶の蓋が開こうとしていた。ザザッと光景が蘇り、旧い想いが帰ってくる。
「こーんな裏切り者に負けるなよスペール」
「……ッ」
赤い髪の奥。揃えられた前髪の隙間から見える色は、黄色。
赤髪に黄色の瞳が笑っていた。悪笑とも言えるような、憎しみを込めた目だった。
「なぁ、リア?」
「ッ‼⁉」
記憶障害にかかった覚えはない。リアは至って正常に物事を記録し、そして思い返してきた。脳に損傷はないはずだ。
しかし、思い出したくないからか、はたまた忘れていたかったからか。だが、鮮明に思い返せる光景が過る。
薬品の匂い。金属。痛み。
銀色の台。揺れるランプの光と炎。その中でも輝いていた笑顔。
逃げようと決めた日、残してきた数々。
「ヴィヴィ……!?」
驚いたあまり、珍しくリアが目を見開いた。
身に覚えのある姿だったのだろう。
敵はそんなリアの隙を見逃さない。驚いた一瞬、剣で剣を押し返し、同時に煙幕を放つ道具を投げつけた。
リアとスペールが戦っていた箇所付近で上がる煙は、彼女とスペール、そしてもう一人の敵である女を隠してしまう。
咳き込みながら腕で煙を振り払い、リアが正面を向いたがもうその場に2人の姿はなかった。
「何で……っ」
対してスペールと、”ヴィヴィ”と呼ばれた女は宙へと一度身を退いていた。
「なんですかヴィヴィ。団長代理殿と知り合いだったのですか?」
「まぁーな。腐れ縁さ」
「なるほど」
「あんたとヴァロンと同じ、切っても切れない縁ってな」
赤いポニーテールが揺れた。
ヴィヴィと呼ばれる女の視線は、下にいるリアを真っ直ぐに見入っている。
「切りたくても切れない、厄介な縁だ」
4階のスペースに着地した彼ら。真正面、高低差を同じにしてウィルが立っている。その背後、下からは見えなかったが前には出てこない、黒い着物を着ている娘がいるのも見えた。ネーヴェだ。
「で、どーすんのスペール。白い蛇、来ちゃってるけど」
「それはそれは困ります。彼の放つ古代の錬金術だけは、我々も受けるとタダじゃ済まないですからね」
「撤退?」
「そうですねぇ……。ルッスが言うことを聞けばいいのですが」
どうしたものか。なんて言葉では言っているけれど、全く困った反応を見せないスペール。モノクルの位置を正しながら、もう一度戦いに身を投じたユエを見てみる。
「この時代のイル・カッロが私の重力操作の錬金術を打ち破るまでは時間の問題です。時代が己のものか、敵のものか。ここでひとつの力の明暗が分かれます」
「退路ならすぐ作れるけど?時間稼ぎにちょうどいい咬ませ犬じゃない、あの変態は」
「ヴィヴィ、貴女がそう言うのなら仕方ない。彼には囮になってもらいましょう。退路を作り次第、白き蛇から撤退。ついでに郊外にいるチディーアとイーラも連れて帰りましょう」
そう言いヴィヴィが撤退するためのゲートを作り出す。
赤い円が型どられ、そのまま両手を翳し続ければ、抜けていた向こう側が見えなくなり、マーブル模様になった時空が見えた。
スペールがヴィヴィが働き出したのを確認し、ウィルとユエ、それからルッスの動きに注目した。
4階で時空のゲートが作られ始めたことはルッスも気付いていた。
「あらやだ。ヴィヴィちゃん、なんだかんだ来たのね」
参戦してくれたテオ、それからエルモとセラを相手にしながらルッスは視線を泳がせる。
くすくす笑いながら応戦する変態の称号を持った男は、ノルディア勢を全くものともしなかった。
セラの銃撃戦は透過で交わし、エルモの錬金術は避け、テオの剣技も同じこと。だが対抗できなくなっているのはスペールが仕掛けた重力操作の錬金術の方だった。
「どうしようかしら。ルッスの錬金術が退けられ出しているし、弱いけど相手にしなきゃならない人がどんどん増えてきてて。多勢に無勢だわ」
くるくると回りながらエルモの錬金術を交わす。セラの銃撃も痛くもかゆくもない。テオが仕掛けている”戦車”の能力……イル・カッロの重力を操るアルカナ能力の方が心配だ。
そして何より気を向けていたのは他でもない。
「ミラコロ・ディ・ナスチータ」
「く……っ」
4階部分から放たれるウィルの錬金術。
渦巻く青のような紫のような炎に似た術が出されれば、それだけは避けなければならない。また追尾するような強い術であるのも知っていたからこそ、ルッスはウィルからの攻撃には神経を張り巡らせていた。
高く飛び上がり、ウィルのミラコロ・ディ・ナスチータを意地でも避ける。
もとからエルモたちは然程気にしていなかったので、避けてる間に攻撃されても意図も簡単に交わすことができた。
そんなルッスに同じく、体術をしかけようと戦うユエ。
エルモたちが前線に出てくれているからユエは後ろからフェノメナキネシスの力で援護をしていたが、どうにも傷口の血が止まらない。
痛みに顔を歪め、アルカナ能力で止血をしても間に合わなかった。
テオの好意に甘え、デビトたちにかけた重力相殺は彼に任せることにした。それだけに特化したテオの術の方が強いだろう。錬金術を打ち破るかもしれないという可能性もある。
そんな時、ウィルから投げられたミラコロ・ディ・ナスチータの連続攻撃。
彼の術だけは交わし、避け、受け止めることをしないルッス。ユエは総督邸でも同じ場面があったことを思い出す。
「なんで……」
どうしてウィルの技だけは受け止めないのか。
あの技が特別で、威力が強く、受け止められないものとは思えない。あれだけならばユエですら受け止めて相殺することができる。例えフェノメナキネシスの力がなかったとしても可能だ。
ならば、ルッスほどの力を手にしたものがそれをしないのは理由があるはず。透過もせずに避け続ける理由が。