011. 参戦
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月が姿を現し、人々が寝静まる。やがて太陽と月が交差し、月は地平線へと消え行った。
さぁ、夜が明ける。
7月17日の、はじまりだ……ーー。
011. 参戦
ギラが頭痛に倒れてから、丸一日が経過した。
朝、フェリチータが様子を見に伺えば、回復したギラの姿がベットの淵にあったことに安心する。
今日は特に体調も悪くないらしく、ジョーリィが与えた特製の鎮痛剤が効いたのではないかと考えた。
「でもよかった。なんともなかったみたいで」
「心配かけてごめんなさい。本当、今日はなんともないみたい」
「まだ無理はしないで。辛くなったらすぐに誰かに伝えてね」
「ありがとう」
窓の外には館から見える地中海。
ゆらりゆらりと優しく揺れる水面は、今日のギラの心を表しているようだった。
こめかみを何度か抑えてみたが、今日はなんともない。
確認するようなギラの掌を見つめ、先に続いたのが彼女の笑顔だったのでフェリチータは安心する。
きっと、パーチェが言っていた通り心労、疲労が出たのだろう。
「フェリチータ、本当にごめんね。今日も巡回があるんでしょう?わざわざ先に寄ってくれたんだよね……」
ギラが腰掛けていたベッドから起き上がり、フェリチータと視線を合わせてくる。
不安そうに、申し訳なさそうに目尻を下げるギラに「大丈夫よ」と返してやった。
「まだ時間はあるから平気。ギラも着替えたら朝食を食べた方がいいよ」
「うん……。そうする」
朝食というには遅すぎる時間帯だった。時刻はもう10時を回っている。
昨日、体調不良に倒れた者なのだから多少の寝坊は許容範囲だ。むしろあれだけの痛みに耐えた彼女が、今日けろりとしていることが恐ろしくもある。
まだ、この先に不吉なことが待っているのではないかと思えてしまったが、なるべく考えないようにした。
「私、外で待ってるから着替えて」
フェリチータがフクロウタを連れてギラの部屋を飛び出せば、一人にしては広い部屋に再びギラが残された。
ぽつり、と立ち尽くし、用意されたワンピースに袖を通していく。
「私……」
一体どうしてしまったのだろう。
昨日、あれだけの激痛を覚えた脳が今日はなんともないなんて。
それくらい、ジョーリィの鎮痛剤が効いたということなのか。または、まだ体の中に何かが潜伏していて、今はたまたま姿を現していないだけなのか。
わからないけれど、酷く恐怖を感じていた。
「……ネ、オ……」
ぽつり、と出てきた言葉は連鎖した。
そして心底に置き去りにされた記憶の一部が浮上してくる。
「”ユエ”に……」
ぽつり、と再び零れたもう一人の名前。
ハッと気付き、ギラは顔をゆっくりあげる。
「”ユエ”……?」
その名前に、覚えがある。
だが、それは旧い忘れた記憶ではない。数日前に、この館の食堂で写真の話になった時に聞いた名前だった。
「ユエに……助けを、求める……こと」
連なった一言。
手から抱えていたタオルケットを落とし、立ち尽くす。
ユエに助けを求めること。
それは彼女が忘れ去ってしまった一つの記憶。
紐付いて何かが連想はされなかったが、新しい記憶にそれらは絡みついて行った。
「私は、あの写真の人に……ーー」
◇◆◇◆◇
同じ頃。
時刻は10時をまわり、陽もてっぺん目指して昇っていく頃のこと。
レガーロの街から山奥に入った貯水湖の麓に、彼らは姿を現した。
「水没させるなら、この湖を決壊させて川の流れに沿って飲み込むしかない。チディーア、奥が見えるか?」
「なんだい、イーラ。今回の攻略法、スペールの言った通り水没にする気なの?」
ダンッ、と山奥にある湖の杭に足を乗せて、大男・イーラは景色を見渡していた。
傍に、昨日のクレーターに現れた時にはいなかったフードを被った男と共に。
ここは上流にある山奥の湖。ここから清らかな水が湧き、レガーロへと川の流れに沿って水が運ばれていく。
災害にあうこともあったレガーロは、水害の一つに湖の決壊を過去に体験していた。雨の勢いが止まらず、止めきれなかった水が流れ出し、街を飲み込んだのはもう随分と前のこと。数十年の時を経て教訓を生かした島民たちは湖に水を調整する杭を作り、日々を豊かに過ごすことになる。
その杭の調整をどうやるのか、下調べに来たのであろうイーラ。それからフードの男。どうやら名前をチディーアというらしい。
チューインガムを膨らませたフードの男は、覗く隙間から切れ長の目でイーラを見つめる。
一体なにに気を取られていたのか。はたまた油断していたからか。
ひとつの気配に気付かぬまま、2人は会話を続けている。
「てゆーかイーラ。スペールは?」
ふと気付いたようにフードの男が尋ねる。
数十m離れた場所から、”その者”は聞き耳を立てた。腕を押さえながら呼吸を押し殺した。相手に気付かれないように、気配をできるだけ消していく。
「スペールなら、正午の襲撃決行のためアルカナファミリアの館へ向かっているはずだ」
「……ーー」
不穏な声がひとつ響いたことを、”その者”は聞き逃さなかった。
時刻を確認するために空を見上げる。
天に鎮座する太陽が真上にくるまであと少し。1時間を切っているのではないかと思う。
正午の襲撃。今、イーラは間違いなくそう言った。間に合うか?と目を細め、音を掻き消しつつ、”その者”はイーラとチディーアから距離を取り始める。
「へぇ。スペール、今回は正面からおっぱじめる気なんですね」
「前回の火祭りと、その前の力任せの時は戦略的に攻めたからな。趣向を変えたいのだろう」
「どうでもいいですよ、僕の出番が少なくなるのであれば」
「相変わらずだな、チディーア」
「僕はイーラと違って体力馬力に自信があるわけでもないですし、ヴィヴィのように戦闘狂でもありません。ルッスもまた然り。スペールのように頭脳明晰でもありませんからねぇ。めんどくさいことは避けて引きこもっていたい性質ですし」
「省エネか」
「まぁ、そんなところです」
だんだんと気配を出しても気付かれない距離までくれば、”その者”は一直線にレガーロの街へ駆け出した。
向かう先はただ一つ、襲撃場所となるアルカナファミリアの館のみ。
「(今何時だ…)」
山道を下り、木々を飛び越え先へ先へ。
脚に言うことを聞かせたが、ぐらつく体が中枢を歪ませる。ぐらつく視界を力で言うことを聞かせ、彼女は走り続けた。
「(間に合うか……?)」
彼女が行かなければ、恐らくファミリーに甚大な被害が出るだろう。
敵について詳しいわけでもなかったが、アルカナファミリアの誰よりも、今回の敵を理解しているのはわかっていた。
先程目の前にいた彼らが、禁書の契約者であることはわかっていたからだ。
「あ、そうだ。イーラ」
「ん?なんだ」
「ルッス。いつ帰ってくるんですか?」
ひとりの女が気配を殺し、近付き得た情報をもとに走り出している頃。
チディーアは呑気に思い出して尋ねる。
まさしくそれが、今、どこの誰がレガーロに上陸したのかを答えているようなものだった。
「ルッスはこの時代から半年前のノルディアで、例の”猫”を追っているだろう」
「巡り雫を持った”猫”……でしたよね」
「そうだ。ルッスはスペールの襲撃直後に帰還する予定だが」
昇りつめていく太陽を見上げながら、湖の図とにらめっこを繰り返す2人。
ファミリーの方はスペールに任せていいと思ったのだろう。彼らはもうしばらく山奥の貯水湖で下調べを進めるのであった……。
更に少しだけ時間を進めた頃。
レガーロの街中で、不穏な気配に足を止めた者がいた。
「……」
今朝からざわり、と胸騒ぎが止まない。
こんな日に成すべきことをしようとしても、どうも心が落ち着かないのは当たり前である。
石畳の外路地に革靴が心地いい音を立てて留まった。
どこからか監視されているわけでもないのに、視線をあちこちに向けてしまう。
何かが違う。いつもと、どこかがおかしい。
本能が伝えてくる予感を胸に舌打ちをすれば、一緒に歩いていた男たちが振り返り、声をかけてきた。
「デビト?」
「どうかしましたか?」
前を行っていたパーチェとルカが振り返る。
どちらも頭にクエスチョンマークを浮かべているので、この気配は感じていないのだろう。ということは、誰かがデビトを見張っているという線はやはり薄くなった。が、拭えない気味の悪さが感じられる。
「いいや……なンでもねェ」
ハッキリとどこが気味悪いかは伝えられない。
全身を舐め回されるような感覚。ざわざわする胸の奥。嫌なものが近付いてくる。
こーゆー本能的な勘は冴えわたっているのを自覚しているので、デビトは館へ踵を返すことにした。
「デビト?やっぱり何かあったんでしょ?」
「顔色が優れませんね……。体調が悪いのですか?」
「いーやァ……?ただ、こーゆームシの好かない日は、館にいた方がマシだと思ってな」
「え……?」
「嫌な予感しかしねェンだ。さっきから街の空気が濁ってる気がしてならねェ」
ルカとパーチェが顔を合わせ、大通りで買い物をしている主婦や、海岸沿いで遊ぶ子供達を見渡してみる。
至っていつもと変わらない風景に見えたけれど、デビトが感じるものは違ったようだ。
「デビト、帰るの?」
「あァ。イシス・レガーロは部下に任せてある。俺は一足先にシエスタにさせてもらうゼ」
「アッシュがヴァスチェロ・ファンタズマで資料の読解をしているから来いって言われてるんですよ……!」
「そーゆーのは錬金術師サマサマで考察でもなんでもしろってンだ」