010. 形なき上陸者
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7月16日 日付が変わると同時刻。
深夜、凄まじい轟音と共に視界に入ったのは強い閃光だった。
光芒の如く流れたそれは、人工的につくられたものなのか、自然界に起きたものなのかがわからないくらいのもの。
食堂から事の有様を見つめたパーチェ。自室から光と音を確認したアッシュ。
ファミリーの各々が、近付いてくる無音の足音に気付いたとしたら、このタイミングだったかもしれない。
音も伴わず、目にも見えず、大きな大きな戦いが幕を開けようとしている……ーー。
「はぁ……っ、は……」
”その者”は、まさに渦中にいた。
光がレガーロに激突し、大きな轟音を生みながらクレーターと化し、残される。
左胸を抑え、大きく呼吸を乱しながらふらつく足で立ち上がった。
「クソ……」
悪態つきながら辺りを見渡して、追撃してくる者がいないことを確認する。
このままここにいては確実に殺されるだろう。逃げなければ。
幸い、体は不自由になりつつあるものの、血は流れていないのでこのまま逃げられれば隠れることも可能だろう。
適当な森の茂みの中に身を投げて、できるだけ現場になったクレーターから離れることにした”その者”。
森を渡り歩き、クレーター側の入り口から出口に差し掛かった時。目に見えた景色にどこか、見覚えがあった。
「……ーー」
真夜中の薄暗い街並み。
港から栄えるようにして奥まったそれ。街灯が照らす光はオレンジや黄色で、人気はないものの道を優しく示し続ける。
ここは、間違いない。見覚えのある、あの島だ。
「レガーロ……」
010. 形なき上陸者
光と音がクレーターを生み出してから数時間が経過した頃。
7月16日 明朝。
まだ誰もそこに寄り付かない、黎明時に影が3つ現れた……。
「……逃がしましたか」
東雲が導く光に乗せて、その男のモノクルが煌めいた。
目を細め、クレーターの真ん中を見つめながら唸る男。黒髪を靡かせて、負けを認めるような言葉とは裏腹に、口角を不気味にあげている。
「なに、逃がしたの?」
そんなモノクルをつけた男に近付き、同じくクレーターを覗き見る女が一人。
派手で過激で露出が高い格好をした赤髪の女。瞳の色はデビトと同じか、それより明るい琥珀色だった。
目つきはするどく、表情は人を小馬鹿にしたものが似合いそうな顔立ち。綺麗と言えるが、いかにも悪党といえるもの。
「スペール、あんたダサすぎ」
「参りましたね。ヴィヴィ、貴女のために仕留めてさしあげたかったのに」
「よく言うよ。あんた、なんだかんだギリギリまで追い詰めて殺す気満々だったじゃん。方便はその辺にしといたら?ムカつくから」
「それはそれは。失礼いたしました」
どうやらモノクロの男をスペール。女の方をヴィヴィというらしい。
それぞれが名で呼び合いながら、クレーターの中心部を見つめている。
「で。どーすんの?もう時空の扉は閉まってるけど」
ヴィヴィが首に手を宛てがい、だるそうに辺りの空を見上げていく。
そこには何もなく、ただ明るくなる空が広がっているだけ。円形の、見覚えのある扉はどこにもない。
「逃がしてしまったことは、致し方ない。奴らもこの時代に用はあるはずだ」
「つまり、」
「この街の中から探し出す……。ということで間違いないか?スペール」
ヴィヴィが言葉を続けようとしたところだった。
背後から最後の一人の姿が声を発し、二人の横に並ぶのだった。
刈り込みした銀短髪の男。瞳の色は深い紫で、底光りしている。瞳孔が開いており、強面と言うしかないような者だ。おまけに体格もいいので一般人からみたらとても怖いだろう。
「えぇ、間違いありませんよイーラ。彼女自身に時代を行き来する力はないはずです。つまり、この時代に留まるしかないでしょう」
「巡り雫を持ってなきゃの話だろ?」
「もちろん。ですが、もし雫を持っていてオリビオンに帰るのであればそれはそれで良しとしましょう。我々を邪魔する輩がいなくなり、再びこの時代を制圧することが容易くなります」
クレーターを見つめながら、スペールはほくそ笑んだ。
ヴィヴィは腕を頭の後ろで組み、イーラと呼ばれた大男は無言で佇むばかり。
「にしても飽きたな、この景色。レガーロっつったっけ?何回破壊させれば気がすむんだよ」
ヴィヴィが振り返り、背後に見えているレガーロの街並みを見つめる。
まさか別の角度から、クレーターから逃げ出した者もレガーロを認知していると誰が思っただろうか。
「仕方ない。あの娘が持つ力、そしてクレアシオンから彼女を逃した者と共に逃げた者の力では平行した時間への移動しか出来なかろう」
「まーね。レヴィア様みたいな力が使えること自体が異能だし?にしても同じ街しか破壊してないと飽きるよねぇ。攻略法も丸わかり」
「そう言わずに楽しみましょう、ヴィヴィ。前回は炎で丸焼きにし、その前は力任せに破壊しました。今度は水没させてみてはいかがでしょう?」
くすくすと楽しそうに不吉なことを言うスペール。
さて、行きますよ。という合図で彼が振り返り、ヴィヴィとイーラもそれに倣った。夜が明け、レガーロに7月16日の太陽が昇っていく。
「明日、7月17日。正午の鐘が鳴ると同時に仕掛けましょう」
◇◆◇◆◇
陽が昇り、幾分か時間が経った頃。
朝食を済ませるために、食堂へやってきたフェリチータは集まった家族に挨拶を告げて行く
「おはよう、みんな」
「あ、お嬢!おはよう!」
「おはようございます。お嬢様。昨日はよく眠れましたか?」
マーサが用意した朝食が並ぶテーブル。
集まったリベルタとパーチェ、ルカ、ノヴァ。残念ながらダンテとデビト、そしてジョーリィとアッシュの姿がなかったが、代わりにアンナの姿があった。
「夜中の音にびっくりして一度起きたけれど、そのあとは大丈夫だったよ」
「ならよかったです。今、音源と光の行方についてはジョーリィとアッシュ、ダンテが調査に向かってくれています。安心してください」
ルカが気を使って、先に経緯がどうなったのかを教えてくれた。
それを聞いていたのか、パーチェもリベルタも、ノヴァも割りかし大人しい朝を迎えている。
リベルタとノヴァに関しては「見に行こう」と言いかねなかったが、ダンテたちが向かっているなら必要ないときちんと判断したようだ。
「にしてもすごい音と光だったよな。隕石でも落ちてきたみたいな……」
「だよねだよねぇ。オレも食堂でたまたま見てたんだけど、すごい眩しかったし」
「なんだったんだ一体……」
リベルタとパーチェ、ノヴァが食事を進めながら首を傾げている。
恐らく、疑問は島民の誰もが感じたことであろう。フェリチータも席につき、ルカから紅茶を受け取ってフォークを手に取った。
「おはよう。アンナ」
「フェル……おはよう」
正面の席に座ったアンナが、フェリチータがやってきたことに微笑んだ。
彼女が館に来た日から、気にかけて話かけたり顔を見に行ったりしていたが、こうして食堂に来て、揃って食事をするのは初めてである。
アンナが少しでも、この館に馴染んでくれたことがフェリチータはとても嬉しかった。
ダンテ、またはリベルタから館にいていいという話は聞いただろう。これで安心して過ごしてくれればいいのだが……。
「アンナも大丈夫だった?」
「平気。あの音や光がした時は起きてたけど……その後は、きちんと眠れたよ」
「ならよかった。凄い衝撃だったからびっくりしたね」
「うん……」
メンズ組が色々考察を述べる中、フェリチータもアンナと共に「何が起きたんだろうね」なんて話をする。
ダンテたちの帰りを待つしかないのだけれど、待ってる時間も些かむずむずと気になるものだったのは無理もない。
クロワッサンを口にしたフェリチータが、目の前でポタージュを飲んでいたアンナに目を向ける。
体調はよくなったようだし、ファミリーのみんなと仲良くやっているようだ。
特にリベルタとは、ダンテ繋がりか。もっとも会話をしているように見えた。
「アンナ、少しはここの生活にも慣れた?」
「え?」
「こうして食堂に来てくれたから、どうかなって思って」
フェリチータが笑顔で問いかければ、アンナの視線は僅かに揺らぐ。
だが、看破は出来ず、返された笑顔に満足してしまった。
「うん。本当にみんなには感謝してる。ありがとう」
こうして、愛らしい笑顔をアンナが見せてくれるようになっただけでも嬉しいものだ。
隣に座ったリベルタも、アンナがフェリチータと笑顔で会話をしていることに刹那、彼女が何かを探しているんだということを忘れかける。
あの事柄は、アンナの願いがある手前……まだ誰にも言えずにいた。
「さて、もうこんな時間か」
ノヴァが一通りパーチェと考察を重ねた後、時計を見上げて立ち上がった。
つられてパーチェも時計を見れば、時刻は8時になる頃だ。
「僕はもう行く。ルカ、後のことは頼んだ」
「わかりました。巡回、気をつけて」
「あぁ」
ーーノヴァが指した、後のこと。
恐らく、この後帰ってくるであろうダンテやジョーリィたちからの情報のことを指しているんだろう。
召集をかける時が来たら、呼べという意味だ。
頷きひとつで返したルカが、ノヴァの食器を片付け始める。
徐な視線でノヴァの背を追いかけたアンナは、食堂から出て行く彼の姿を見つめていた。
「……アンナ、ひよこ豆がどうかしたのか?」
リベルタが視線に気付き、大丈夫か?という意味で問いかけたが、アンナはハッとしてから笑うだけ。
「ううん、なんでもない」
この心の内を、今フェリチータが覗き込んだなら謎が解ける時間が少し早かったかもしれない。
が、彼女は人の心を簡単に覗き見ることをしないと誓い、服装を変えたのだ。
声で伝え、声で教えてもらうからこそ、絆が深められることをフェリチータは知っている……。
だからこそ、アンナにはまだ……何も言えなかった。
そんな時だ。
ノヴァと入れ替えで、もう一人、この館に保護された少女が入ってきたのは。
「あぁ、ギラ。おはようございます」
「ルカ……」