File / 09
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火薬の匂いがする。
耳に響く悲鳴と、劈くような音。あぁ、恐怖に身が震える。
もう、オリビオンは終わりなんだ。
頭のどこかでそう感じた。涙も溢す暇もないくらいに走り抜ける。この街は廃墟になる。もう助からない。
黒煙が導く先へ逃げようとも、希望が満ちるわけもなく。
目を閉じて、落ちてくる瓦礫の下敷きになることを受け入れた矢先の出来事。
「大丈夫!?」
「……っ」
「君、怪我は!?走れるか!?」
受け入れたはずの痛みはこない。
落ちてきた瓦礫は粉々で、脳天を刺すものはなかった。どうやらこの瞬間は助かったらしい。
目の前にいた、金髪碧眼の男のおかげで。
「ヴァロン……さま……」
「よしよし。大丈夫だいじょうぶ。僕の顔を見て名前を呼べるなら一安心だ」
にこにこ笑顔。
頭を撫でてくれた温もりが、全身に染み渡っていく。
「さぁ、走って!君の命はここで終わらせたりしないからね!」
お行き、とトンっと背を叩かれて、目尻に雫を溜めた少女は走り出す。
大きな、逞しい背中。その背は確実に憧れになった。
会いたい、会いたい、あなたと一緒に戦いたい。いつか、そう、いつか。
だが、彼女が彼・ヴァロンを見たのはそれが最後。
後の彼の行方も、愛した人も、その娘の存在も知る由はなかった。
【File / 09】
「とりあえず、申請は出しといたわ」
「ありがとう。アロイス」
地下書庫に向かい、溺れかけた日から約2週間の日々が経とうとしている。
問題なく完全に回復したユエは、ついに自由になる条件である銀の紋章を手に入れるために動き出していた。
オリビオンの城のほど近くにある闘技場。
過去の話などから、リアやジジ、アルトやシノブがここでお互いの腕を競い合ったことも聞いた。
その闘技場で約2週間後、銀の紋章とオリビオンの守護団の入団をかけ、トーナメント形式の試験がある。
ここで優勝すれば、守護団に入団し、銀の紋章が手に入るというわけだ。
ウィルから提示された条件を、これで見事に果たせることになる。
ただ、闘技場での修行は限られた者しか行えない。
といっても、紋章も何も持たない者が闘技場への出入りを許可されてはおらず申請し、仮の通過証明書を発行しなければならないのだ。
この管轄に詳しかったのがアロイスで、ユエはアロイスに頼み込み、通過証明書の発行をしてもらったのだった。
闘技場で修行をすること、トーナメント会場の雰囲気を掴んでおきたかったので許可が下りることを願うばかりだ。
「すぐ結果は出ると思うけれど、許可証が出たら連絡するわ♪頑張ってね」
「ありがとう」
”あんまり無茶ばっかりするんじゃないわよ?”と最後に付け足され、軽く額にデコピンされる。ひりひりした痛みを残しながら、ユエはアロイスを見上げ笑った。
大丈夫。目標や、進む道が明確になっているのなら、迷ったとしても切り開いていける。
今までは進む道すらわからないままだった。心は孤独な地で、孤独に戦い続けなければならなかった。
だけど、今は芯をしっかり持って前を向ける。一歩前進した、と心から思えた。
「よーし!久々に書物やら調べものやら、頭を使うことから解放されて、体を動かすぞー!」
思いっきり伸びをして、城の中庭に出てきたユエ。
よし!とひとつ、気合を入れたところで、背後から声をかけられた。
「前進したらかといって、浮かれるのはいいけれど」
「!」
「無茶したら私の口添えで、トーナメントにも出場したり、銀の紋章を獲得できないようにするからね」
「……ウィル…、」
相変わらず過保護な男だ。
じーっと不服そうに長身の男を見上げる。黄緑色の瞳が誰よりも不安そうに揺れているのを、強がりで隠していた。
「それじゃあ話が違うじゃん」
「だから、ユエが無茶をしたり、大怪我をしないような方法で挑めばいいだけさ」
「なにそれ、頑張ってトーナメント出て大怪我したら銀の紋章くれないわけ?意味わかんない」
「わからなくて結構。私は黄金の紋章の権力でなんとでもできるからね」
「さいってー」
つまり、安全に無理せずやっていればいいのだが、状況の打開が見えてきただけあってどうも気持ちが前に出やすい。それを彼は見抜いているし、ユエも自覚はしている。
わかってはいるが、もう一度己に言い聞かせて臨むことにした。
「それより、ユエ。少し気が早いが……頼まれごとを願えないかな?」
「頼まれごと?」
確かに気が早いだろう。
まだ守護団にもなっていないのに、ウィルから直々に頼まれごとだなんて。
「ダクトの森にあるコズエの家から、この薬草を取ってきてほしいんだ。瓶詰めされていて、名前の記載はあるみたいだから、種類が判別できなくても問題ない」
「ヒトマル草?それから、カエンジンのしずく?」
手渡されるメモに目を通し、相手を仰ぎ見た。
腹の底では、頼みたくない……なんて顔をしている。
が、こうしてユエに直々に頼みに来ているんだ。理由があるにちがいない。
「本当は守護団の誰かに行かせたいんだけど、今日はみんな手一杯みたいでね。尚且つ、あの家の場所を知っている者は少ないから」
「……わかった」
「多分、大丈夫だとは思うけど……。頼んだよ」
「平気だって。ウィルが心配しすぎなんだよ」
「それは違う、君がヴァロンにそっくりで……―――」
「え?」
まさか、ここで父親の名前が出てくるとは思わなんだ。
目をぱちくりさせて、驚く。
ウィルからヴァロンの話を自発的に聞くのは、初めてだった気がした。
「何?ウィル」
「……」
「教えて」
瞬時、しまった。という顔をしたのは見逃さなかった。
天才の錬金術師も姪っ子にかかればこんなところか。
「……君は、ヴァロンに似て無茶ばっかりするから」
「……」
「だから心配なんだ」
「……―――」
あぁ、そうか。
この錬金術師も、弟を失ったことにはかわりない。
大切な国を守っても、愛した家族を救えずに失踪させてしまったことに責任を感じているんだ。
「ヴァロンが帰ってきた時、君がいなければあいつは悲しむ。他の何を失うよりも、傷ついてしまうだろう……。そうならないために、私が君を守るのは義務だ」
「ウィル……」
「オリビオンを愛し、守ろうと、役に立とうとしてくれることには素直に嬉しい。だけど、忘れないでくれ」
「……」
「ユエ。君を想い、君を守った父親がいることを」
―――そんな弟を心から誇りに想い、君を護り導きたいと願う叔父がいることを。
少しだけ理解できた。
ウィルがどうしてユエを自由にしたがらなかったのか。
書物とにらめっこをし、客人として扱い続けた理由が。
多くの者を護り、そして多くの者を失ったこの王は、強くもあり、そして脆い。
怖いのだ。もう二度と、失いたくないと根底で強く思っているのだろう。
「……大丈夫。忘れない」
「ユエ……」
「でも、ウィルも忘れないで。それでもあたし、ヴァロンの娘だからさ」
「!」
「無茶はするかもしれない。だけど、ヴァロンに会うまで死んだりできないから」
それが精一杯、差出せる約束だった。
「それじゃあ、行ってきます!」
「こら!ちゃんと門から出なさい!」
そのままいつも通り、吹き抜けになっている窓から迷いなく飛び出し、街を目掛けて降下する。
屋根を伝いながら、橋の先にあるダクトを目指して。
「まったく……私の話、聞いていないだろう……」
頭を抱えてため息をひとつ。
背後から近づいてきた気配には、もう笑うしかなかった。
「一本してやられたって感じだな」
「諦めなって。あんたじゃユエには一生勝てないよ」
コインを指で弾いて空中に飛ばしていたジジ。
そして、メガネをかけたまま何冊かの書物を抱えたリア。
ウィルは振り返ると同時にぼそりと吐き捨てた。
「あくまで君たちも、ユエの味方ってわけか」
「味方もなにもねーよ。率直な意見だな」
「ウィル、結局言いくるめられてるところしか見たことないし」
ごもっともだ。と己で納得してしまえばもう何も言えなかった。
抑えていたこめかみ、面をあげてリアとジジに尋ねる。
「そっちの方はどうかな?」
「まぁ、ぼちぼちでんな」
「微妙。追えているといえば追えているんだろうけど、足取りは掴めてない。形跡が荒すぎる」
「……」