File / 07
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「くっ……」
どう動いても助かる気が全くしない。
正直な感想がまさにそれだったが、ユエとリアは抗い続けた。
ウィルに黙って、辿り着いた場所。
ウィルの部屋からしか進めない地下書庫を目指し、門番を力技で破壊した先に待っていたのは逃げ場のない密室と冷水。
錬金術を用いて倒さなければならなかった門番をアルカナ能力で破壊した代償として、今、ユエとリアは壁一面から降り注ぐ水に体を浸けてしまっていた。
「どうすんの!?」
「チッ……」
思わず聞いてしまったユエと、返事が返せないリア。
焦るのも当たり前。目の前には鉄壁なる天井。
軽々と肩まで水に呑み込まれ、既に足が浮き出す始末。
迫る来る天井と心臓に負荷がかかる温度が2人を苦しめた。
逃げられない。
そう確信しつつ、抗うことはやめられない。
「この距離じゃテレパスは届かない……ッ」
リアが天井の先に視えるウィルの部屋や城の廊下まで見据えたが、事の有様を知っているツェスィやお茶をしているだろうファリベルやエリカ、サクラたちにも届きはしないだろう。
浮かび上がる体。目前の天井。
顔を真上にして息を思いっきり吸いこめば、口の中に入る水。
苦しい。溺死、凍死。どちらを選んでも生きて帰れそうにない。なんて頭の片隅でユエは考えてしまった。
「う……ッ」
「ふはァッ……!」
水の量に抗えず、ついに全身抱かれてしまった。
コポコポと生まれる酸素の玉が美しい。
さっきまで聞こえていた水が弾ける轟音が嘘のように、水中は穏やかだった。
「(リア……!)」
助けに駆けつけてくれた彼女が泳げるのか、どうなのかは全く分からない。
だが、せめて。せめてリアだけは。
「(せめてリアだけでも……ッ!)」
腕を彼女の方へ翳す。
酸素0地帯。今から空気を作り出すことなんて到底できっこないけれど、せめて彼女は助けられないだろうか。
考えて、フェノメナキネシストは苦手な水を手に纏った。
「(頼むから……!)」
リアの体に、水の庇護がつく。
水が水を弾き、そこにだけ無の空間が生まれる。
リアの体を守った庇護は、無の地帯にリアを留めた。
その間にも僅か数分。酸欠で意識が薄れるリアと、限界を超えたユエ。
リアの無事を確認した瞬間、ユエは意識を手放す。
「(やっぱ、水はあんまり……うまく扱えない……)」
昔からそうだった。
デビトと館の大浴場でのやりとりが思い出された。
“会いたい”
素直にそう思えたのは何度目か。
落ちる瞼が最後に見せたのは、強烈な白い光と輝かしいほどの気泡の宝石だった……――。
【File / 07】
――それから、どれくらいの時が経ったのだろう。
わからない。
だけど、あと少しで自分の意識が浮上してくるのがわかる。
瞼を、押し上げて、視界いっぱいに光を取り入れようとしているのがわかる。
「もう。父親譲りで、無茶ばっかりするんだから」
誰かが、開こうとする視界の真上でそう言った。
くすり、と笑って髪を撫でてくれた。
懐かしいような、それでいてこの感じを知らないような気がする。
「だめよ?あんまり命を懸けすぎるのは。どれだけお腹を痛めて、死ぬ思いで生んだと思ってるの?」
くすくす。また、笑う声。
「あなたの命はたった1つなのだから。大切にしてね……世界や、仲間と同じくらい」
悲しい声はしなかった。
ただただ、愛しさをくれるような声だった。
「ユエ」
次に呼ばれた声は、さっき聞こえた声とは違った。
爽やかだけど、女の人の声とは言えない。もう少しだけ太くて、凛々しい声。
小さく、だけど確かに呼ばれた。
完全に覚醒した瞼がゆっくり上がる。
心配したように覗き込んでくる男には覚えがあった。
声の持ち主、ウィルだ。
「ウィル……」
「よかった。目が覚めたようだね」
「……」
「まったく。驚かされた。僕の部屋に忍び込んで、地下書庫を目指そうとするなんて。あのまま僕が駆けつけなければ、確実に命を落としていただろう。ユエも、リアも」
「……、」
「ユエの命は1つだ。目的を果たすために動き、果たす前に命を落としたら本末転倒だ。もっと自分を大切にしないと」
「……巫女にも、同じことを……言われた」
「え?」
思わず口から零れた言葉。まるで会ったような意味合いに、ウィルが疑問に思う。
尋ね返そうとして……やめた。
ここはオリビオン。錬金術の街で、今は鎮魂の街でもある。
どんな不思議なことだって、起こるのかもしれないと感じたからだ。
「……まだ、怠いかい?」
「少しだけ……」
「たくさん水を飲んでたみたいだからね。仕方ない。今、医者を呼んでくるから」
「リアは……?」
気になっていたことを1つ、問いかけた。
ガタリ、とイスを立ったウィルを見上げた時にようやくここが医務室であることに気が付く。
白い壁、白い天井、白いカーテン。全部真っ白。
だから、先程の声……――恐らく、巫女の幻想と対面したことが現実だったんじゃないかなんて思ってしまう。
「ユエ。少しは自分の心配をしたらどうかな」
そう言いつつも、区切られていたカーテンをウィルがひいた。
カーテンがシャーっと音を立て、仕切りがなくなる。
現れたのは隣のベッドで上半身だけ起こして本を読んでいたリアだった。
「リア……」
「……どーも」
「無事ならよかった……」
「……おかげさまでね」
横目でチラリ、とユエを見た後、リアはぷいっと本に視線を戻した。
素っ気ないのはいつものことだが、どこか何かが違う気がする。
もぞもぞとしているというか、なんというか。
「ユエ、リアはあれでいてお礼を言っているつもりなんだよ」
「え?」
「君が作った水泡のおかげで、リアは軽傷で済んだからね」
「……そっか」
だから、照れくさいのか。
なんて自己完結させてユエは笑んだ。
少しでも役に立てたのならば、それは嬉しいことだ、と。
「へたしたら死ぬはずだった子が浮かべる表情ではないね、それは」
ウィルが呆れたように言うものだから、ユエはそのまま天井を見ながら言い返した。
「リアの役に立てて嬉しかったからね」
「……頼んではないけど」
「わかってるって」
「……」