File / 06
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
ツェスィは目の前の天才が、小さく寝息をたてていることに安堵する。
しかし、この安堵はいつやぶられてもおかしくない状態であることを彼女は知っていた。
「ユエさん……」
色々な理由はあったが、ツェスィが自らユエの行動に手を貸したのは素直な気持ちと理由からだった。
「必ず……想いを遂げてくださいね」
必死になって悩んで、考えて、動き始めたユエ。
ウィルから手出しは許されていないことすら、破ってしまおうと思えるほどの輝きを魅せられた。
「(この薬は40分が限度。過ぎれば目を覚ましてしまう。最低でも40分の間に、知りたい情報に辿り着かないと……)」
安らかに眠る国王の前で、ツェスィは廊下に仕掛けられた鏡を見つめ、表情を曇らせた。
そしてもう一度、名を呼ぶ。
「ユエさん……」
魅せられた想いに応えられるかどうかは、今ここで決まる……――。
【File / 06】
下り続けた先に、いったい闇以外に何があるのだろう。
腕に構えられた大きな光源は、闇を跳ねのけ続けるが、10m下は闇以外なにも見えない。
壁の側面に備えられた螺旋階段も、よく飽きないなというほど伸び続けている。
一般の人間がランタンあたりで辿り着くのは無理だと思えるほどの暗さ。
まるで心すら呑まれてしまうかのような黒に、ユエは意志を強く持ち、無心で落下し続けた。
腕を真上へ、脚も閉じ、最低限の空気抵抗で下へ下へ。
爪先が裂く風もだんだん冷たくなってきた。
「(地下に近付いてるってことならいいけど……)」
下へ下がるにつれて、螺旋階段も風化しているのか、崩れかけているのが伺えた。
問題は帰りかもしれない。と思いながらもう一度下を向き直したその時だ。
「侵入者……」
「!」
微かに風に乗って、誰かの声が聞こえた気がする。
間違いなく、下から。
「(何かいる……?)」
「侵入者……侵入者……」
10m先は相変わらず何も見えないが、だんだんと大きく聞こえてくるその声。
“侵入者”といっている以上、恐らくこの場の門番か守り主だ。
厄介なことは承知できた。
光の光源を腕から放し、自分の体と同じ速度で落下するようにコントロールしながらユエは腰でジャラジャラと音を鳴らしていた鎖鎌に手をかけた。
「侵入者……――」
声は今まで聞いた以上に、大きくなった。
「侵入者ァァァアアアア!!!!」
真下から放たれた爆風。
攻撃の規模からして、下にいるのは人間ではない。
同時に、錆びた金属のような匂いが漂ってきて、ギィギィと鋼の何かが音を鳴らす。
「っ!」
近いだろう。
そう思い、光源を投げつけ、鎖鎌で爆風を斬る。
「はぁぁ!!!」
反撃へ転じ、そのまま指を天から振りかざして雷を落とす。
光源が真下へ下る中、見えたのは吹き抜けの終わりと……――。
「鎧……!?」
光源が床に当たって消えた。
再び満ちる闇に、慌てず光を無数に生み出し、久しく足を床につける。
自分の体の大きさと比べて、目の前に立ちはだかる鎧は数倍に至った。
その奥に、見えるひとつの扉……――。
「そこか……ッ」
「侵入者……偉大なる錬金術師ウィル・インゲニオースス様の命令により、お前をここで処する……」
「く……っ」
振りかざされた大きな腕。
いかにも頑丈そうなつくりに、体だけで不利だとわかる。
「そうだよね!あんな床のクロスと二段構えの錬金術でこの国の秘密を守ってるなんて、ありえないよねッ!」
だとしたら、逆に大問題だ。と嘲笑いながらユエはもう一度、鎖鎌を構えた。
繰り出される大きな振動と爆風。
ここまで体の大きな敵とやり合うのは初めてであった。
相手はおそらく、からっぽの鎧を錬金術で動かしているだけ。
問題は相手の錬成陣がどこにあり、どの術で解けるかを解読しなければならない。
ここまでの所有時間は10分といったところか。
もう30分しか残されていない。時間をかけている場合ではなかった。
「なら……!」
アルカナ能力を使い、鎧を破壊するしかない。
時間を加算させ、鎧を風化させ破壊する。チャンスは相手の中枢に手を触れ続けられれば勝ったも同然というところか。
相手の攻撃をかわし、徐々に距離を詰めていく。
いくら錬金術で動かした鎧だといっても、所詮は鎧だ。知能までもが生まれるはずもないと思っていた。
足の下を潜り、そのまま背後から鎖鎌を投げつけて金具に引っかけて背に飛び乗った。
「う……ッ」
ぐらつく足場、バランスがどうもとれない。
苦労しながらもなんとかしがみつき、必死に膝をついて腕を働かせた。
「オーラコンドゥシャン・レターニタ……!」
久々に見せる力は変わらず紅色の光を放った。
しかし、違和感を感じたのはすぐあと。
「(……?)」
攻撃は、恐らく効いている。
しかし、まるで体内に異物が入り込むような、何かに体の中を探られているような気がする。
電流が逆流するように、炎が身を焦がすような、気持ちの悪い感覚だった。
その違和感の正体を知るのは、事態が動いてからだった。
「――ッ!」
まるで誰かに叩き起こされたかのような、そんな起き方だった。
眠っていなかったかのように目を開け、休む間もなく体を起こし、治療台から飛び降りる。
声が出たのは彼がもう立ち上がり、上着を手にした時だった。
「ウィル……!?」
「ツェスィ、ユエはどこにいる」
「え……」
「ユエがどこにいるか知らないか」
「……っ」
そう尋ねているにも関わらず、上着を持ち、歩き出したウィルは自室に戻るように足を急がせていた。
事に気付きつつも呆然としてしまうツェスィは声すらも出て来ない。
何かを察知したかのような動きであり、この天才を陥れることなんて出来ないと思ったのはこの時だ。
「ユエのアルカナ能力を感じた」
「ユエさん……」
「しかも私の錬金術と対峙している。私の力に、アルカナ能力を使用しているということだ」
地下で何が起きているというのか。
ツェスィはごくりと生唾を呑み込み、彼の後を無心で追う。
「ユエは昨日、禁書のことを街で聞いている。その後、シノブが禁書について匂わせたのも察しはついた。だが……」
「……」
「……ツェスィ、お前に私を見張るように頼んだのはユエかい?」
「それは……」
「……または、リアといったところか」
「……――」
彼女たちが同時進行で動いているのは知っていたが、同じ目的に辿り着くにしてはリアが出した答えが早すぎた。
これは後にわかってくることだが、彼女の求める願いはユエの願いに重なり、そして交差してくる。
頭のいい彼女がここで動いているのだとしたら、止めなければウィルの望む方向へは進めないだろう。
「まぁ、いい。どちらにしろ、地下書庫に向かったのならば止めなければまずい」
「……あそこには、何がいるのですか?」
「……――」