File / 05
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「魔術を……発動させる――?」
変化はいずれ訪れる。
そして、ユエの場合はオリビオンにきて1か月が経とうとしていた頃だった。
「そう。あの錬成陣は、禁書がとある人間と契約され、錬金術でもなく、アルカナ能力でもない“異能の力”を手に入れる時に発動される」
「異能の力……」
「僕らはそれを“魔術”と呼ぶことにした。大昔のオリビオンの人がね」
城に軟禁され、出歩くことを許されない中で破ったもの。
その先に見えた、レガーロへ繋がる道を彼女はまだ自覚していない。
「禁書は、錬金術を持ってして契約できる。錬金術で呼び起された魔術は、発動した人間が望む相手に力を与える」
「……じゃあ、今錬成陣が禁書の墓にあるってことは、誰かが魔術を手に入れたってこと?」
「そうなる」
「それは、国王が望んだ意向?」
「違うだろうね」
つまり、ウィルが望んでいないにも関わらず力をつけようとしている者がいる。
それがいい方向へ働けばいいだろう。しかし、この国で禁書とされるものだ。それを国王に許可なく契約するとなれば、いい方向に進むわけもない。
「禁書と契約はタブーとされている。そのリスクを犯してまで魔術を手に入れたいということは、少なくともオリビオンのために働きたいわけじゃないだろうね」
「……魔術は、具体的にどんな力を持つの?」
問題はそこだ。
敵の手に渡ったのは錬金術が封印を解き発動をする“魔術”。しかしその魔術がどんな力を手に入れることが出来るのかがわからない。
「……ごめん、僕にも知らされていない」
「え?」
「恐らく、“恐ろしい力”ということ以外は誰も知らないだろう。それこそ、アルベルティーナのような王族や、王族に仕えていた錬金術師以外は」
「……」
「魔術は生身の人間が宿すから、廻国の方が恐れられていたに違いないけれど、廻国以上に情報がない分厄介だね」
「どこに行けばわかるの?」
「それを知ってどうする気?」
質問を質問で返されてしまった。
しかし、ユエは諦めない。
「昼間、城を抜け出して表の通りに来た。その時に街の人が禁書が契約されたことを知って、取り乱してた。……きっとよくないことが起きる」
「だろうね」
「それを止めたい」
「……――ユエにはヴァロンのことがあるだろう?禁書は僕とウタラがあたるつもりだよ」
「っ、」
再び出てきた“お客様扱い”に胸がチクリと痛む。
口止めはされていないのだろうが、ウィルが守護団全員に対して扱いの仕方を伝えていたのかもしれない。
だけど、見捨てられない。
知ってしまった、見てしまったからには、ユエも力になりたいのだ。
「……あたしは、ヴァロンが守りたかった世界を」
「……」
「ヴァロンが愛した人たちや、愛した風景、場所、もの……全てを守りたい」
星色に変わった髪が靡く。
ゴォゴォと音を立てていたはずの風は、いつの間にかそよ風のような優しさに変わっていた。
「それを守って初めて、会えるんだと思う」
「ユエ……」
「ここに来た以上、蔑ろになんてしたくないの。ここは、本来あたしの故郷になるはずだった場所だから」
「……――」
それは事実だ。
巫女がこの地で孕んだ子供なのだから。
シノブは正直、困ってしまった。
ここまで押しに強いと思わなかったからだ。
「知ってるなら、教えてほしい。どこに行けば禁書についてちゃんと知れるのか」
重なる面影。
眼差しも強さも瓜二つであり、だからこそ危なっかしい。誰かがちゃんと見ててあげないと、彼女の両親のように消えてしまいそうだった。
でも今は、その意志に答えてやろうと気まぐれに思う。
瞼を閉じ、鼻で優しく笑いながら……告げた。
「城の書庫は、この国一の資料が揃っている。だけど、普段みんなが出入りできる書庫は一般的に公開できるものだけ」
「……つまり――」
「裏歴史や廻国のこと、禁書、それからアルカナ能力なんかについては別の保管庫があるはずだよ」
「そこが分かれば、情報が少ない禁書についてもわかるってことか……」
「問題は、その場所」
怪しく照らし出される錬成陣が、本の埋葬地を映す。
本当の戦いはここからだ。
「ウィルの部屋に地下に繋がる階段が隠されている。そこが入口だ」
「よりによって……」
「だからこそだよ。だからウィルはあの小さい部屋を自室に選び、国王になる暁にもあの部屋を出るつもりはないんだ」
「ほかに入口は?」
「ない。保管庫はオリビオンの城の地下。地下書庫。水路からも食糧の蔵からも入れない場所にある」
「つまり、国家的に大切なものはその中にしまってあるっていう……総合的に怪盗に狙われそうな場所ね」
「……それでも行く気?」
答えは、最初から決まっていた。
たったひとつの真実に辿り着くまでに選んだ道を、後悔なんてしたくない。
「もちろん」
【File / 05】
シノブは禁書の墓の前で早々に去って行ったユエの姿を追っていた。
一体どうやって戻るというのか。城は夜こそ警備が厚いというのに、なんて思いながらも彼女の力を試してしまう。
大方――ユエはあまりやりたくないのだろうが――アルカナ能力で時を止めてしまえば、警備の目を盗み、簡単に帰還することが出来るだろう。
あんなに必死になれるユエを、どこか心の中で微笑ましく見つめてしまう。
「“故郷になるはずだった場所”か……」
そう言ってもらえたことが、素直に嬉しい。
だからこそ饒舌になったせいもある。
「知らないぜ、あとで怒られても」
聞きなれた声がひとつ、耳に届く。きっと途中からシノブたちの会話をどこかで聞いていたのだろう。
錬成陣がない禁書の墓のオブジェにあぐらをかいていたウタラが目に入った。
「それはそれでいい。ウィルがそれで怒るなら、怒られるのも本望だよ」
「怒ると思うけどな、ユエをオリビオンのことで動かしたくないだろうし」
「だろうね」
「……知らないぜ?シノブ」
「……いいさ」
ウタラは随分と酔狂な振る舞いをするシノブに呆れた目をしていたが、シノブはどこか満足そうであった。
「さて、僕らも行こうか。ユエばかりに任せていられないし」
「……そうだな」
立ち上がったシノブとウタラが消えたのは、音もなく刹那の出来事。
先程まで会話が紡がれていた魔導書が葬られた地には、再び風の音だけが響き渡った……。
◇◆◇◆◇
今さっきの出来事のあと、再びウィルの部屋を訪ねる気にはなれなかった。
ユエは――シノブの予想に反してアルカナ能力は使わずに――城に帰還した後、だだっ広い廊下で途方に暮れていた。
「思えばさっきが絶好のチャンスだったわけね……」
ウィルの部屋に赴ける理由なんてなく、誰をどうだまくらかして忍び込もうか全力で考える。
相手は錬金術師の天才であり、王となる男だ。ジョーリィを相手にする以上に骨が折れるだろう。間違いない。
「任務は、ウィルの部屋に忍び込んで地下書庫への階段を探すこと。誰にもばれずに禁書について調べ上げて無事に戻ってくること……か」
声に出して耳に届け、自覚させて溜息。
悔しいが、これは――。
「……オリビオンの常識がないことは言い返せない。にも関わらず、1人でこれを調べ上げるのは不可能に近いかもしれない……」
0からのスタートでもなく、言うなればマイナスからのスタート。
協力者を探そうにも、どうにも守護団にお願いをするのは申し訳なくなってくる。
ファリベルは論外だ。きっと怒るだろう。
エリカとサクラは、協力してくれたとしてもボロが出てファリベルにばれそうだ。
イオンとアルト、ジジ、ラディ、アロイスはここ最近姿を見ていない。
恐らく復興の方へ力を入れているからこそなかなか顔を合わせられないのだろう。
それはシノブやウタラにしてもそうだ。シノブに会えたのは運がよかった。普段、隠密に活動しているだけあって会えることすら少ないから。
「……そう思うと、男は殆ど城にいないんだ」
自分がここ最近で見かけたのは全て女のみ。
男手が足りていないのはすぐに予測できる。
そんな時だからこそ。自分も力を貸したい。
もはや自己満足の勢いで動き出した彼女を、止められるものはきっといなかった。
「……仕方ない、リアにアドバイスでも――」
と思いかけて、思いとどまる。
彼女が素直に力を貸してくれるかどうか……考えた。
「…………協力してくれる姿が、想像つかない」
助言はくれるだろう。
が、一緒に動いてくれるだろうか。
……微妙だ。
「(それに、リアもリアで最近本ばかり読みふけってる……。何かしてるなら邪魔できないし)」
重く床に張り付いた足を、持ち上げることが出来ない。
長く、広い廊下に影を伸ばして孤独に置かれたユエはもう溜息すらもつけなかった。
「……ひとりで行くしかないか」
「どこへ行くんですか?」
「わあッ!?」
完全に油断していた。
背後からニュルリと伸びてきた細くしなやかな腕が体に張り付く。
同時に聞こえた声は鈴のように響き渡り、美しい。
耳元で囁かれるように尋ねられ、対してユエは情けない悲鳴をあげていた。
背後から伸びてきた腕の行く先がとても気になったが――今はとりあえず置いといて――反面振り返れば、そこにいたのは守護団一の美少女。
「ツェ、ツェスィ……!」
「こんばんは。ユエさん♪」
「ちょ……っ」
「どちらに行かれるんですか?」