File / 04
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こんな感覚、前にもあった気がする。と思った。世間はこれをデジャヴという。
「おーろーしーてぇぇ!」
それはいつのことだっただろうか。
まだ、“A”の紋章をもらう前。レガーロに上陸して“おかえり”なんて言ってもらえる立場ではなかった日のこと。
「放せぇぇぇ!ばか!軟禁男!サイテー錬金術師!」
「それはそれは光栄です、私の可愛い姪っ子さん」
「へたれ!変態!むっつり!へたれ!分からず屋!」
「へたれだけ2回言わなくても……」
そう、あれはデビトの銃を奪って彼に銃口を向けた日のこと。
金貨の手錠に能力を使用して、旧い知り合いたちにタンカを切った日でもあった。
パーチェの肩に抱えられて、館に連行されたあの日を、ユエは忘れられなかった。
今でもまだ、心に残る思い出だ。
そんな懐かしい状況を、何故かこのオリビオンで体験している。
今はパーチェの肩ではなく、この一国の王になる錬金術師の肩の上。
自分とこの男の関係を、世間は伯父と姪という。
「下ろしてってば!もう城の中でしょ!?いつまで抱えてるつもりなわけ!?」
「ここで下せば、また裏門の城壁から逃げられるかと思ってね」
「ばれてたのか……」
「見てたよ。わざとしばらく泳がせたんだ」
「あんた本性は性格悪いでしょ」
「錬金術師だからね」
「なにその偏見。世界には善良な錬金術師だっているはずでしょ」
肩の上でばたつかせていた足は諦めて、そのまま成すがままウィルの肩の上に縛られる。
辿り着いた先は、彼に与えられた――一国の王にしてはとても小さな――部屋。
「さて、と」
ゆっくり、丁寧に下ろされれば嫌でもこの男が肉親としてユエを大切にしているのかが伝わってくる。
ふぅ、と溜息をついて顔をあげた男は解放されたユエに少しだけ困ったような、怒ったような表情をみせた。
「どうして勝手に城を出たのか、聞かせてくれるかな」
「あんたがあたしを軟禁するからでしょ」
「おかしいな。それはちゃんと伝えたはずだけど」
対峙して、お互い目を見て、もう一度交渉する。
未来の王に行動を禁じられるならば、この人の命令は絶対だ。それを無視してユエが1人で解決していくには確実に時間がかかりすぎる。
だからこそ、ちゃんと自由にしてほしい。
「ユエ。君は正真正銘、ヴァロンと巫女の娘であり、私の姪だ。だが、それ故に今はまだ立場が危うい。一時はランザスにも身を狙われていたし、君にはオリビオンの常識そのものがない」
「感覚や雰囲気で知っていく“常識”は城に籠って本を読んでも身に付かない」
「常識を身に付けるために動くにしては、時期が危険すぎる。そもそも君はヴァロンのことを知るためにオリビオンへ来た。ならば先に父親のことについて調べるべきではないかな」
「調べてる。本だって読んでる」
「リアほどじゃない」
「それは……っ、あたしだけ衣食住のお礼もせずに自分のことだけしているのは納得がいかなくて……!ちゃんとここでも一人前にならないと落ち着かないっていうか」
「ユエ」
一瞬弱くなった声を遮るように、ウィルは続けた。
「私は、ユエをオリビオンの一部にする気はない。君は国民ではなく、あくまでオリビオンの客人だ」
「え……?」
「だから一人前になろうとか、お礼をしなければ。なんて、考えなくていい。やるべきことを優先しなさい」
それは、あまりにもずっしりと重みをもった言葉だった。
思わずユエはウィルの目を見て、動けなくなる。
「城の文献は、この国一だ。城の本を片っ端から読みふければ、ヴァロンのことは調べがつく。そうすればユエもレガーロに帰れる日が近づくだろう」
「……」
「オリビオンのことは気にしなくていい。君はオリビオンの復興や国の再建、救済のためにレガーロから来ているわけではない。城から出歩く必要もない」
「そんな……ッ」
「でなければ、本末転倒だろう?ユエを待ってるデビトの時間はどうなる?」
「……っ」
それを言い出されては何も言えない。
だけど。
目の前に力になれることが、手を貸せることが沢山あるのに。見て、見ぬフリをしなければいけないというのか。
自分の存在は、そんなものなのか、と思い知らされる。
「ユエは正義感が強いし、優しいからこそ心苦しいだろう。だけど自分が進む道をきちんと見つめてほしいんだ」
「なら、どうしてあたしに監視をつけてないわけ」
思わず出てきた言葉。
城の中は自由に動ける。監視もなければ、今日の昼間のように抜け出すことだって可能だ。
ウィルは城に縛り付けたい存在のユエに、何も警備をしていないことも事実。
「城の中は自由にしてていいからさ。常に誰かがいたら、気疲れするだろう?“客人”にいらぬ疲労を与えたら失礼だ」
「だったら既にいらぬ疲労だらけだよッ!」
「言い返そう。その疲労のもと、こちらからすればそれは、いらぬ世話だ」
「っ……」
「お客様はゆっくりくつろぎ、そして目的を果たしてくれたまえ」
限界だ。
視界いっぱいに入る本の山。ウィルの部屋の中を見渡して、手当たり次第に投げられそうなものを掴む。
床に転がっていた本、敷かれていた薄いクロス、試験管。順番や後先考えずに投げつけてやった。
「この――」
まず手始めに本、次いで試験管、最後にはクロスを広げて視界が桃色になった中心に重そうな本を投げつけてやる。
「分からず屋ッッ!!!!」
「わ……ッ」
最後の桃色のクロスに包まれた本だけがウィルの顔面にヒットして国王が後ろに仰け反る。
ドン!と音を立てて尻餅をついたウィルに、ユエは仁王立ちしながら言い放った。
「お客様お客様お客様って、もーうるさい!そんなにあたしを止めたいんだったら、守護団全員掻き集めてあたしを監視下に置いておくんだな!バーーーカッ!!!」
【File / 04】
「いてて……。最後のは流石に効いた……」
殴りつけられたような痛みのする頬を押さえながら、ユエが部屋を出て行った方角を見つめるウィル。
その顔には少しの笑顔と、隠された苦労が滲み出ていた。
「まったく……」
「あの子は巫女とヴァロンの娘よ?縛られるのが一番嫌いだってこと、よーくわかってるのはウィルでしょう?」
「!」
いつから話を聞いていたのか。
ユエと入れ替わりで部屋にやってきたのは、クスクス笑いながらも困った表情をしているアルベルティーナだった。
ウィルの赤く腫れる頬をみつめて、“痛そうね”と綺麗な指先を伸ばしてくる。
「アルベルティーナ……」
「廊下まで聞こえてたわよ?2人の喧嘩」
「喧嘩など……私はただ、」
「わかってるけれど。でも、ユエの制御は誰にもできないことも、私はわかってるわ」
「……」
ウィルがユエを城に縛るのは、もちろん立場や常識の欠如ということもある。
だが、もうひとつ差し迫った問題があることをウィルは知っていた。
その問題に、彼女が首を突っ込まないよう予防している。
――反面で、彼女がどう首を突っ込み、解決していく姿に期待しているのを、ウィル自身でわかっているから複雑だった。
「ウィルは本当に嘘が上手ね」
「……」
「そんな顔するなら、ちゃんと自由にしてあげたら?」
切なそうに顔を背けるウィルに、女王様は頬を撫で続けた。
「今、ユエを自由にすれば……確実に“禁書”について動くだろう。禁書はいずれ、パラケラススと白い龍の実態に繋がっていく」
「そうね。白い龍の伝説はオリビオンに昔からある、廻国の正体だものね」
「だからこそ、オリビオンに昔から伝わり、誰もが話を聞いたことのある常識的な“白い龍”について知らせたくない。知れば、必ずユエは乗り出してくる」
「でも貴方は反面、この手詰まりの状況を理解しているから、ユエがオリビオンのために、この国を守るために、力を貸してくれることを望んでいる」
「それは……っ」
「そしてそれを、エゴだと思っている。彼女には優先したい目的がある。禁書や白い龍、オリビオンのために動けば時間を費やしてしまう。彼女を待っている家族も、大きな時を費やしてしまう。ウィルはそれが心配なのでしょう?」
今、この国は大きな問題に呑み込まれようとしていた。
それは、再び錬金術や魔導を根本とした争いであり、この地が生み出した過去の産物である。
ウィルがユエを自由にしたくない理由には、その問題も大きく関わっていた。
「だけどね、ウィル。ユエはきっと、貴方の事も家族だと思ってるはずだわ」
「……」
「貴方には国王としてやるべきことが沢山あって、どうしようもなくて手が回らなくて……押し潰されそうになった時。きっとユエは私たちと同じように迷わず手を差し出すと思うの」
アルベルティーナは悟らせるように。
怯えている王……優しくて嘘がうまい王を、慰めるように囁き続けた。
「私や、コズエ、コヨミ。守護団。みんなこの国で暮らす家族。そして……あなたの肉親にあたるユエ。お客様なんかじゃないわ。貴方の姪。血の繋がった、姪よ」
「……――」
「ヴァロンと、巫女の娘。愛しい存在が残してくれた奇跡」
だから、これから起きようとしている新しい戦いから目を背けないでほしかった。
もう一度、巻き込まれるであろうオリビオンを、今度こそみんなで守っていきたいと強く、誓う。
「オリビオンに在る時は……レガーロで与えてやることはできない。私は、それが怖い」
「怯えないで、ウィル。ひとりで全てを自分のせいだと思わないで」
「ヴァロンを救うことが出来ていたら、ユエの時は狂わずに済んだ……」
「狂ってしまったかどうかは、彼女が決めることよ。彼女が決めて歩んできた道を不幸だと指差すのは間違ってる」
誰もが後悔している。
あの廻国が消滅した日に、命を落とすことを選んだ弟であり、従者であり、団長である者を止められなかったことを。存在を彷徨わせてしまった男がいることを。
「ウィル。ユエを信じましょう」
風が吹き荒れる。
窓をガタガタと揺らすそれは次第に強くなっていった。
「どちらにしても、禁書とパラケラススの繋がりには、リアが辿り着くわ」
「……あぁ」
嵐の前兆のような静まり返る夜に吹く風。
その風を恐れずに、中へと飛び込んだ女がいたことを、ウィルとアルベルティーナはまだ知らないだろう。