File / 03
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飛び出した世界の先は、きっと本来ならとても美しいのだろうと思った。
黒を基調とした服を着たユエ。城の外へと自分の意志で飛び出した彼女の素性や、誰の肉親であるかなんて、街の人が知るはずもない。
仮初ではあるが、ようやく自由を手にしたユエはヴァロン、そして巫女が愛したであろう街を見て歩く。
今はとてもじゃないが綺麗と言える光景ではない。
破壊され、崩れかける建物、整備されていたはずの道はガタガタになり遊牧地で成乳に勤しみそうな動物たちも歩くのが大変そうだった。
「改めて見ると、酷い光景だ……」
首を回しながら、右へ、左へ。
何か手伝えることはないだろうか。何かこの国を知る上で、きっかけになりそうなことはないだろうか。
考えている間もなく、彼女の目の前に機会が訪れる。
「た、助けてくれぇー!」
「どうした!」
「瓦礫に埋もれた丸太が持ち上がらないんだー!力を貸してくれー!」
1人のおじさんが、煉瓦造りの瓦礫の下に埋まっている丸太を持ち上げようとしている。とてもじゃないが、1人の力ではどうにもならないだろう。
声をかけられた男性や、近くでチーズや干し肉をつくっていた女性たちも手を止めて、彼の助けに力を貸す。
「あ、あたしも!」
こうしてはいられない。
ユエも衝動にかられ、急いで駆け寄り彼の力になってやる。
声を合わせ、同じタイミングで持ち上げた丸太は見事に瓦礫の下から抜け、新しく土地が開けていく。
「た、助かったー……。みんな、ありがとな」
「いやいや、困ったときはお互い様さ。な!」
「あぁ。いつでも手を貸すさ」
わいわいと賑やかに過ぎ去る時。こんなに傷ついた街並みでも、どんなに辛くて悲しい過去があったとしても、こうして笑っていられる彼らの心はとても温かい。
それを、忘れたくないと素直に思った。
「お嬢ちゃんも、ありがとな!」
「あ、うん」
丸太を持ち上げるのに力を貸してくれ!と声をかけたおじさんが、ユエの姿を見てにっこり笑う。
こうして礼を告げられることをしたのも久しぶりな気がしてならない。
「……てゆうかアンタ、見かけない顔だな」
「え」
「ほんとだ。初めて会うよな?」
先程、おじさんと顔を合わせて笑っていた青年が2人。ユエの存在に気付き、まじまじとこちらを見ている。
それもそうだろう。ユエは街に住んでいるわけでもなく、ましてやこの時代の人間でもない。
こうしてお忍びで城から抜け出して、街の者へ力を貸すのも初めてだ。いくら廻国を消滅させた張本人といっても公言していないし、彼らからしてみればただの通りすがりの人と変わらない。
だが、オリビオンは住人達との連携がとてもとれている国だった。
「お前……この国の人間か?」
「へっ!?」
「ランザスとの戦いの前にも見かけたことがない気がするんだけど」
「え、……と……」
「外から来たのか?」
「いやいや、今外から来た奴がいたとしたらウィル様が黙ってねぇだろ?ランザスは倒したって言っても危険な状態に変わりないんだしさ」
「だから、外から来た奴なら捕まえなきゃならないって話だよ!」
「…………」
やばい。ものすごくやばい。
うまい言い訳が見つからず、黙っていたが……嘘をついても仕方ないと思う。
この国で、ここで希望と答えを必ず見つけると決めて、時代を越えてきたのだ。今からここが、この国が自分の家だといえるようになりたいのならば、ごまかしなんてしたくない。
ユエは、一か八かで素直に答えた。
「実は、外から来たんだ」
「え!?」
「な、なんだって!?ランザスの人間か!?」
「違うよ。ダクトの森から来たの」
「え?」
思わず、2人の青年。そして丸太のおじさんや、手助けした周りの人、女性も手を止めてしまう。
生唾を呑み込み、変な緊張から背中に汗が伝う。オリビオンの常識がわからないので“ダクトの森から来た”なんて言ったらダクトの森に住んでいるかのようだ。
それで誤解されないのならいいが、ダクトの森に人が住めるという概念がもし存在しないなら……とんでもないことを口にしたかもしれない、と後悔した。
が。
「なんだそれ。まるで巫女様みたいなこと言うんだな!」
「え?」
「お前、面白いな!ダクトの森から来たなんて、オオカミ人間みたいな生活してたってことか?それとも巫女様みたいに空から降ってきたのか?」
「……」
「どっちにしても、お前いい奴そうだな!名前はなんてんだ?」
ユエはびっくりしてしまった。
まさか、巫女の名前を城の中だけではなく、街の人も知っていたなんて。と。
とんでもないことを口にしたのは、あながち間違ってなさそうだ。しかし、それも受け入れられたらしい。
オリビオンがどうして戦火になってしまったのかは、警戒心のない人懐っこい人柄も関係したのではないか、と心配になった。
「俺はセリエジュニア。ジュニアって呼んでくれ」
「僕はアルバーノ。よろしくね」
握手を求められ、なんと気さくな者たちなんだと、目をぱちくりさせてしまう。
だけど、その笑顔と明るさに、行き詰っていた心が慰められる。どこかで元気をもらった気がした。
「あたしはユエ。よろしく、ジュニア。アルバーノ」
【 File / 03 】
「はぁぁあ!?」
ユエがジュニアとアルバーノと握手を交わしているであろう頃。
オリビオンの城の中に、怒号がひとつ飛び交った。
「ユエが無断で城を飛び出した!?」
「え、それ本当なの?」
「あぁ」
驚愕の声をあげたのは、先日談話室でユエに注意を促していたファリベル。
開いた口が塞がらないとはこのことで、言ったばっかりなのに……。と頬をぴくぴくさせながら固まっている。
対して心配そうに声をかけたのはエリカだった。
当たり前のように本を読みながら答えたのはリアで、心配するもしないも関係なくペラペラとページをめくっていく。
「裏門の城壁をうま~く使って、見事に出てったよ」
「出てったって……城壁を伝っても外は崖なんだよ?そこからどうしたっていうのよ?」
「そのまま空中散歩」
「リア止めなかったわけ!?」
「めんどくさいからそのまま放置した」
信じられない……と、そのまま後ろのソファーに腰を沈めたファリベル。こめかみを押さえて、これからの対策を考える間もなく呆れてしまっているようだ。
エリカはそんな彼女の姿を見て、“あちゃ~”なんて呟く。
ファリベルにお構いなしにクッキーと紅茶を頬張るサクラに、錬金術の本を読み漁り続けるリア。
相も変わらない状況が城の中では続いていた。
「でもまぁ、ユエなら大丈夫じゃない?強いし」
「そうゆう問題じゃないのよ……。これからのオリビオンは規律を重んじて、平和だからいいとか、そんな能天気な考えは捨てなきゃならないのに……あの子は……っ!」
「ファリベルは心配しすぎだよ。僕はユエにもう少し自由を与えてあげてもいいと思うんだけどぉ」
楽観的考えなのか、ユエにとっては味方な発言なのか。エリカとサクラが彼女の保身発言に進めばファリベルは溜息しかつけなくなっていた。
対して、黙って話を聞きながらも書物を読んでいたリアは、とあるページにきたときに手を留め、息を呑んだ。
「……みつけた」
「へ?」
「リア?」
ぼそり、と呟きを残した一言。
リアの声のトーンに、何かを感じ取ったエリカとサクラは聞き返したがリアの表情からは何も読み取れない。
ガタリ、と立ち上ったリアはそのままページに栞を綴じて本を片手にファリベル達の前を後にする。
「あ、そーそ。あの子の件、確かにめんどくさくて放置したけどウィルには言ってあるから」
「え!?」
「それ逆に言っちゃいけなかったんじゃ……」
エリカとサクラが“ユエが災難だ……”なんて思いながらリアの後ろ姿を見送る。
「今、直々にウィルが迎えに行ってるはずだよ」
「マジで……」
「…………。」
帰ってくる頃のユエは、一体どんな罰を喰らうんだろうか……なんて背筋が凍る考えをしてしまう2人。
角を曲がり、見えなくなったリアの背から視線を外したエリカとサクラは顔を合わせて、首を傾げた。
「そもそも、どうしてユエは自由に動けないのぉ?」
「銀の紋章を持ってないからじゃないかな?」
「なら、もうすぐ守護団の入団試験があるでしょ?それに合格すればいいんじゃない?」
「ウィルは許可するつもりはないらしいわよ」
経緯を聞いていたファリベルは、項垂れたまま声を返した。
エリカとサクラの頭には疑問しか残らない。
「どうして?」
「……ウィルは、ユエをオリビオンの一部にしたくないのよ」
「国民にしたくなってこと?」
「帰る場所が……レガーロがあるから……?」
「……きっとね」
この国に縛り付けてしまったら、この国の一部にしてしまったら、彼女がオリビオンの一部に取り込まれてしまえば、きっとレガーロに帰る時に迷い生まれる。
気持ち以外のものでも、きっと。
その妨げになる原因をつくりたくないのが、彼女の叔父なのだ。
「だからこそ、自由は与えずに目的だけに没頭させたいんじゃないかしら。“太陽の代償”の件は、城の中で出来ることの方が多いだろうし」
「……じゃあ、ユエが自分の意志でオリビオンの一部になるって言い出したら、ウィルはどうするんだろう」
「……」
「だから……試してるんだね……?」
彼女が救いたいのは、ヴァロンだけなのか。
ヴァロンが愛した、巫女が愛したオリビオンごと彼を救いたいのか。
ウィルがそこを知りたいんだろう、というのは彼女たちになんとなく伝わり始めていた……。