File / 28 .
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見慣れない部屋、壁紙の色、天井。
全てが新鮮。何もかもが、ユエには見覚えなどないし、ここから先見慣れることもないだろう空間。
一度はラフな格好になって、体を休めていた。
が、今ユエはもう一度青い団服に身を包む。
背中が広く開いたインナーの上に、リアが用意してくれたそれを着込み、腿にベルトを巻いて小型のナイフを入れる。
ベルトについた赤い腕章。これは証だ。ウィルとユエが契約をした者同士だという目に見える形。
「……夜明けが近い」
仮眠をとり、完全に薬も抜けきり、動けるようになった体を確かめる。
手を開き、閉じ、そして開く。言うことを聞くそれ、脚。もう大丈夫だ。
開けていた団服のボタンを閉じ、ユエは詰襟にAのバッチを2つ取り付ける。
ひとつは守護団のAとしての銀の紋章。もうひとつは、アルカナファミリアとしてのAのバッチだ。後者はよく見なければファミリーだとわからないだろうが、紛れもなく……時が経ち、立つ場所が同じ世界でなくてもユエが掲げていきたい居場所だった。
「ネーヴェに感謝しなくちゃね」
ユエが今、挑もうとしているのは巡り雫の奪取。
ルッスと呼ばれる男が必ず接触してくることを先に読み、こちらから仕掛ける手はずだ。
そしてネーヴェの占いによると、この夜明けのタイミングで……ひとつの運命が動きだすとのこと。
彼女の占いが正確で、確信できるものとわかっている以上……夜明けに備えて待つのみだ。
灰色のローブをセラに先程いただいた。朝はまだ冷え込むから、着ていけ、と。青い団服の上にローブ身にまとう。そして腰につけたホルダーと鎖鎌。この重みが戦いへと誘った。
約束を守るため。願いを叶えるため。望む場所に帰るため。
ユエは客室の扉を放ち、歩き出す。
長い廊下を行き、まだ薄暗い時間、水平線の向こうが白む前。太陽が現れる前に決着をつけてやる。
あの男、ウィルと長いこと契約をしていてもいいことがあるとは思えない。さっさと終わらせて、聞きたいことを聞いて奴らが時間を超えてノルディアからいなくなる前に任務を完遂させてやる。
一度は囚われた死角のある門前に訪れる。
広い庭先、屋敷までの小道、植えられた木々。美しい総督邸で、決戦と洒落込もうじゃないか。
そんな門前に立つユエの姿を、客間に沿った廊下の窓から、ウィルがわざわざ起き上がり……見つめていた。
「あの愚直さは、愚者をも思わせる……。彼女はイル・マットにも気に入られる性質を持っているようだ」
くつくつと喉の奥で笑うウィルに、背後で立ち尽くすエルモ。
ユエにはユエの戦いがある。エルモには手が出せない領域だ。
だが、ウィルの企みでかつての憧れた娘が傷つけられるのかもしれないと思うと、許せない部分がある。
思わず黙り込み、ウィルと、その先で敵を出迎えるユエの背中を見ながらエルモは唇を噛み締めた。
そんな彼を知っているからか。ウィルにとってはエルモも大事な仲間なのだろう。
だからこそ、ひとつだけ彼にヒントを与える。
この先、ユエが迷い惑った時、彼女を助けられるのは彼女自身。そして……アルカナファミリアであるからこそ。
「エルモ。元気そうで安心したよ」
「……どうしたの、いきなり」
「顔が見れてよかった、と言ったんだ」
「……」
「レガーロに戻る折、ユエがここへ現れたことはあまり他言しない方がいい。彼女の妨げになるだろう……ラ・フォルツァ、ラ・テンペランツァ、イル・バガット、フォルトゥナはもちろん––––特にレルミタはね」
「誰にも言うなってこと……だね」
「君に任せる。だが、ユエを思うなら、真実を伝えるのは父親くらいにしておいた方が彼女のためさ」
暗に、ウィルはジョーリィ以外には言うなと警告しているんだ。どんな意味があってかはわからないが、エルモはそれに従うことにする。
この男……ウィルに敵うことなどないのだから。
「それから、よく覚えておくといい。今日から183日後。それは運命の日になる」
「運命の日……?」
「始まりか、終わりか……。彼女の行動に全てがかかっていることになる」
「どういうこと、ウィル」
「俺はラ・ペーソ……刑死者に世界を揺るがす力を授けた覚えはないんだけれどね……。それくらい、ラ・ペーソが彼女のことを気に入っているということか」
ユエが見つめる先、夜明けが近い空。その海の先にある島は、彼女の帰りを待っていた。
帰還から始まる物語がある。描かれる未来。掴みたい真実のために。
「ユエ……俺は気長に待っているよ––––君が巡り雫を俺のもとまで持って来る日を」
赤い腕章の証にかけて。
【File / 28】
風が止む気配がした。フェノメナキネシスの力が、ユエに何かを伝えてくる。
ここへ誰かがやってくる、と。
「(来たか……)」
ウィルとエルモが背後の窓から様子を見てくれているのは知っていた。
ネーヴェの参戦はウィルが許さなかったが、テオとセラが最悪の事態を考えてユエに力を貸せるように茂みの中と屋敷の扉のところに控えている。
ユエは死角をつくった木の幹に敢えて背を預け、静まり返った総督邸で時を待った。
恐らく、数は一人。ならば太刀打ちできるだろう。
ぴったりくっつけていた背中を離し、腰に備えたホルダーへと手をもっていく。
まだ抜かない、鎖鎌の柄に利き手である右手だけを添えて、前へ踏み出した。
葉で生まれた陰り。それがない場所まで出てくる。
現れた男は、施錠された門の上に音もなくやってきた。
「んふ。月夜の逢瀬っていうのは……ものすご~く興奮するのよね。思わず抱きたくなっちゃうのよ♪めちゃくちゃにしたくなる……ぁあ……」
「地下牢で会話聞いてて思ったけど、あんた相当気持ち悪いよね」
「んふ。それは褒め言葉ってことでしょう?この性……抑えきれなくって」
「……」
「欲望に素直になるほうが、生きていく上では楽なのよ……んふっ」
口元に当てた指先。
男……ルッスが舌をみせ、長く彩られた自身の指を舐めあげる。
あぁ、この男は敵として至上最強に、気持ちが悪い相手だ。生理的に受付ができないと思う。
ユエが睨み上げて、言葉を返した。
「秩序がない世界なんて、ただの傲慢にすぎない。そんな世の中で、幸せが生まれるはずなんてない」
「真面目ねぇ?真面目すぎて食べたくなっちゃうわ……。でもそれだけ真面目だと知らないでしょう?性の欲も、殺意も、とても似たようなものだって」
「理解したくもない」
「んふふ。そうよねぇ、あなたどうみても純粋で汚れがない生娘ちゃんに見えるものねぇ?殺意が湧いたことはあっても、色欲については無知でしょう?」
ケラケラ笑うルッスは口角で円を描くようだった。
濡らされた指先が、横に空間を切る。踏み切る合図は恐らくもうすぐだ。
「だから、あなたのヴァージン。ワタシにちょうだい?」
「……。……あたしがあんたの目にどう見えてるかなんて微塵も興味ないけれど、」
ユエも踏み切る準備をとる。
右手で添えていた柄を思いっきり下に押し込めば、ホルダーから回転して鎖鎌が現れた。ジャラジャラと音が鳴りながら、鎌が宙を舞う。二回転したところで掴み取り、逆手に持って構えてやった。
左側はまだ抜かない。代わりに左手はフェノメナで雷をまとい始める。
「あたし、大好きな人とちゃんと経験済みですけど」
シレッと普通に、クールに言い放った言葉。
思わず話を聞いていたウィルがクスリ、と幸せそうな素の笑みを見せる。控えていたテオが”えぇ!?”と意外そうに声をあげ、セラが少し赤面していた。
「あらやだ、人のものに染まっちゃってたのね?いいわよ、それはそれで面白いから♪」
「全然よくないし、面白くもない。気持ち悪い」
「ほら、そーゆーとこがウブなのよ。他の男とも遊んでみると自分の男がうまいか下手かもわかるでしょう?だから―――」
先に踏み込んだのはルッスだった。
ケラケラ気持ちの悪い笑みを浮かべながら、門から飛び降りユエ目掛けて生身で飛び込んでくる。
「ワタシに抱かれてみるのもまた一興よ!!」
空中に飛び出たルッス。
ユエが雷を携えたまま、真正面から受け止める構えに入る。
その行為が、度胸あるものだとセラとテオは思っていた。
「お断りだね」
ユエが構えから左腕を薙ぐ。切り離された雷が、ルッスを包み込むように飛んできた。
「面白いわ……!そうね、あんたはフェノメナキネシストだったわね!オリビオンの守護団サマサマッ!」
雷は交わされた。なら、殴り込んでくるルッスを両腕で受け止めるしかない。
左腕で鎖を引いて、右手に鎌を持ち込みながら真っ直ぐに境界線を引く。そのままあまりいい戦法とはいえなかったが、錬金術で盾を繰り出した。
「チッ……」
「バカねぇ?この時代であっちの錬金術を使うのは強力すぎて心臓にガタがくるわよ!」
「その口ぶり……っ、お前らやっぱりオリビオンの人間か……!」
「んふ♪知ってるなら話が早いわ。どこまで知ってるのかが問題だけど!」
錬金術の盾すら打ち砕く脚力。
砂埃が舞い、視界が霞む。ユエが引き下がり、ルッスの姿を捉えるために埃の中から飛び出た。
ルッスも同じ考えだったらしく、ユエの後を追い現れればもう一撃、蹴りが飛んできた。
今度は雷ではなく、炎の壁でそれを遮ればルッスは寸のところで止まり、両手を翳す。
「流石にこの壁は邪魔臭いわね」
「……っ」
「だったらワタシも使わせてもらうわ……!オリビオンの錬金術を……‼」