File / 27
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ノルディアの貯蔵庫の更に奥。廃れた牢屋があることを、総督の息子であるセラフィーノは知っていた。
総督邸の門前に誰かが侵入し、屋敷の中はそのまま素通りし、門番だけを気絶させるという不可解な事件をうけて、セラとエルモはウィルに話を聞いていた。
おそらく、ここじゃないか。
そう答えたウィルの予想通り、牢屋の中には狙われた対象の娘と、”誰か”がいた。
ひとり……ユエは何かしらの攻撃を受け、ふらふらしているような印象。
もうひとりは、目の前で錬成陣を発動させ、姿を消してしまったのを目撃したばかり。
何か大きな事件が始まろうとしている、とセラは感じ取りながらエルモが抱えた娘を見つめる。
成長したエルモの腕の中で眠る娘・ユエは先程、廊下で衝突した者本人だったのだ。
だが、セラはこの娘とウィルの関わりを知らない。関わりを知らないどころか、ユエが何者で、どうしてノルディアにやってきたのかもわからない。
見る限りで、エルモは彼女を知っている様子だったからこそ、声をかけてみた。
「エルモ」
「なに?」
「お前はこのシニョリーナ……ユエ、か?知っているのか」
エルモは抱えたユエを見下ろしながら、気まずそうな顔をする。
答えられないのか、答えにくいのか、色々事情があるのだろう。だが即答で断りを入れないということは、口止めされているわけではないらしい。
「うん……知ってるよ」
「この娘は……」
「……アルカナファミリアの、一員だ」
「ファミリーの?」
こくり、と彼が頷く。
赤い瞳の奥には何かが見え隠れする。……―――エルモは、ユエが時を超え、オリビオンに向かったことをジョーリィから聞いて知っていたのだった。
父親を救うために、大好きな人との別れを惜しんで、進むべき道へと歩き出した、と。
「ユエは……今、事情があってファミリーを離れてるんだ」
「そうか……。なら、久しぶりの再会なんだろう?」
「うん。ユエは僕がこの姿になったことも知らないし、アクアテンペスタの件も知らない。なのに、僕を見てすぐに名前を呼んでくれたことにはびっくりした」
エルモは、1年半前の事件……年明けのノルディアで起きたアクアテンペスタ等の件で、少年だった幼い姿から青年へと成長を遂げていた。
だから、わかるはずもないエルモの姿を見てすぐに名前が出てきたことは嬉しかったし、同じくらい驚いたものだ。
「でも、わからない……。どうしてユエはノルディアに……?」
「しかもウィルの客人として、総督邸に来ていた」
「ウィル……何を考えてるんだろう」
もし、ウィルにユエが関わったと知れば、ジョーリィがどんな顔をするだろうか。いい思いはきっとしないだろう。
ユエを大事に想っている、あの彼も。
「……また、無茶してるんじゃないかな」
「無茶?」
「この人は……自分を傷つけてでも、前に進んでいってしまうくらい、強さを持ってるから」
でもそれは同時に、”周りを傷つける弱さ”でもある。本人も理解はしているつもりだ。昔よりはマシになったと言い張るだろう。
「最近、ウィルも何か調べている様子を見せていた。もしかすると、この娘がウィルが求めてる情報を握っているのかもしれない」
セラから伝えられる言葉は、エルモを不安にさせる。
ウィルの良さも、悪さもわかっている。だから不安になった。
「レガーロじゃなくて、ノルディアに現れたってことは……ファミリーはユエがここにいること、知らないんだよね……。手紙もきてなかったし、デビトたちがそんなことを話してたって噂も聞いてないし……」
髪色が変わっていたことには驚いたが、瞳の色、強さ、声。彼女は彼女のままだった。
時代を超え、オリビオンに向かったはずのユエが、今、ここにいる。
エルモとセラは地上まで戻ってくると、春の陽気に包まれた街並みに顔をあげる。
もうすぐラ・プリマヴェーラの季節だ。
「あれから……もう2年が経つよ。ユエ」
ユエが姿を消して、デビトやファミリーが寂しさに耐える。
楽しさや嬉しいこと、そして大変なことも切ないこともたくさんあった。乗り越えて、今がある。
ユエの帰りを、誰もが諦めずに待っている。
ノルディアに現れたユエが、何に関わり、何を求めるのか。
今、前日談最後の伏線が現れる……。
【File / 27】
地下牢で、また謎が増えてしまった。
あそこに捕らえられたことにも意味があるとしたら、あのキャメルの彼女に出会ったことだろう。
状況を整理したい。頭がまるでごちゃごちゃだ。
ユエは最新の精密機械なんかじゃない。処理しきれない情報がたくさんあり、ロボットではないんだから感情も追いついていないのが事実。
まず、オリビオンからノルディアへ来たのは、リアの能力で断片的な情報を掴んだから。
ここに、禁書の能力を得た敵が現れる可能性が高い。と。
それは当たった可能性が高い。
まだ敵が禁書の能力を使っていないのでなんとも言えないが、白い龍の傘下がユエに攻撃してきたのはわかった。
地下牢で会話されていた”時間を超える”という発言。そして”レヴィア様”。確かに変態男はそう言った。
レヴィア。
鼓動の神殿に描かれた、創造者・パラケラススと娘・セイレーンとともに語られる人物。
レヴィアの存在と白い龍の存在は大きく関わっている。
ルッスと呼ばれた変態男が、レヴィアを主君のような呼び名で呼ぶということは白い龍の配下の一味には、やはりレヴィアという存在がいる。
白い龍、その傘下にルッス、そしてレヴィア。
コズエが導いた地で得られた情報は、重要なもの。リアの予測は当たったのだ。
次の目的はただひとつ。
白い龍の傘下に接触し、龍のもとへ連れて行かせること。目的を吐かせること。そして、止めること、だ。
これまでの過程も聞き出せれば、必ずヴァロンにつながるはず。
「(レガーロに接触する前に……オリビオンへ、もどらないと……)」
ぼんやりとした思考が浮上した。
頭の中は先にフル回転していたのに、どうやら眠っていたらしい。
微かに開けることができた瞼。揺れる平行線、誰かの腕の感覚。
強い力にあてられたこと、薬を嗅がされたこと、急所への打撃。すべてが相まって意識を失いかけていたが、どうやら回復し始めたようだ。
まだ本調子ではないが、眉間にしわを寄せつつも開けた視界に首をかしげる。
「ここ……」
「ユエ」
声が天上から聞こえた。
横を向いていた目を上へ向ければ、優しく笑う顔がみえる。
意識を手放す前に名前を呼んだが、やっぱり……見覚えがあるような、ないような。正しくはない気がしたが、その目の色を知っている。
もう一度、名を呼んだ。
「エルモ……?」
「うん。久しぶりだね」
まだ総督邸にはついていないらしい。
歩き続けるエルモの腕の中で、ユエは目を覚ました。
太陽の光が久しぶりな気がしてならない。
エルモ?と問いかけて、うん。と返ってきた返事が何よりもの疑問だった。
「あたしの知ってるエルモは、こんなに大きくなかった……」
「そうだね。僕もいろいろあって」
「そっか……」
「まだ無理して動かないで。随分調子悪いみたいだから、あとで診せてね」
「……」
小さな少年で。洞窟で彼をルペタの手下から救ったことが懐かしい。
この時代でずっと過ごしていたのなら、エルモが突然大きくなったことはわかるが、ユエからすると彼の成長は=自分がここから消えた時間を表してるように捉えただろう。
そう思うと、ここは10年後くらいなのだろうか。
「エルモ……、ここはあたしが消えてから何年後……?」
聞くのが怖かった。
10年の時を足せば、変わったものの方が多いだろう。
ファミリーは?フェルはドンナになっただろうか。パーパは引退しただろうか。
ルカは?パーチェは?リベルタやノヴァ、アッシュは?
ダンテも。ジョーリィは姿が変わっていない気もするが。
なにより、デビトは……?
不安が駆け巡る。
「10年……とか……?」
「そんな不安そうな顔しないで」
エルモが足を止めて、ユエの顔を見下ろした。
横抱きにしたまま、ぽんぽん、とされれば慰められているのだとわかる。
こんなにも、あの少年は逞しくなってしまったのか、と。
「大丈夫、10年も経ってないよ」
「でも……エルモが大人に、」
「僕は、特別な理由があって。今は、ユエがオリビオンに旅立ってから2年が経つところだよ」
―――……2年。
それでも、2年が経過している。
ユエがオリビオンに滞在した期間としてはレガーロを出てからもうすぐで約8ヶ月。
やはり、流れる時間の早さが違うのだと思い知る。
恋人が、まだ帰りを待っているのだとしたら。彼の恋情の時間を2年、縛ったことになった。
聞かなければよかった。
聞けば、ここからレガーロへ向かいたい気持ちが膨らんだ。
駆け寄って、抱きしめて、”ただいま”と言いたい。”ごめんね”と”ありがとう”を言いたい。
会わずにもう一度、この時代から去るのだとすると恐怖で足が震える。次、ここへ来れるのはいつなのだろう、と。
自分で決めた道なのに、迷っている。情けなくて、時間が経てば経つほど弱くなっていったのを感じた。
言葉を返せなくなって、エルモの赤から視線を逸らした時。
エルモの隣に来た男の影が映りこむ。顔をあげると、いつか廊下でぶつかった青年が。
「気分はどうだ?」
「あんた……」