File / 25
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「えー、おねえちゃん行っちゃうのー?」
「うん。ごめんね」
ひと騒動終えて、ユエはこの場を離れる前に再度ガラス工房に立ち寄った。
言いつけ通り、店の中を出ることなくきちんと待ってくれていた子供達は、戻ってくるなりセラに会わずに向かうところができた。と告げたユエに残念そうに声をあげる。
子供達のとんがった口を見ると、なんだか悪いことをしてしまった気になるが。そうも言ってられない。
「セラにいさまには会わないの?」
「”セラにいさま”?」
「そうだね……。また日を改めて、会わせてくれると嬉しいかな」
「そっかぁ……」
子供達に視線をあわせて、しゃがみこんだユエ。わかった、とうんうん唸りながらなんとか頷いてもらった。
そんなユエと子供達の会話を聞きながら、入り口付近で待っていたテオが首を捻る。
「セラなら総督邸で会えるじゃんね」
「テオ、セラにいさまって人のこと知ってるの?」
意外な展開だ。
別にセラにいさまに会わなければいけない予定はなかったが、会わせてもらえるなら情報収集にはなるかもしれないと思っていたくらい。
テオが会わせてくれるならば、一石二鳥なのだけれど。
「まぁな」
なら、続きはテオに託そう。
ユエが立ち上がり、名残惜しそうにする子供達に手を振りながら別れを告げた。
ガラス工房の店主にも挨拶を済ませ、テオと共に店を出る。
外で待っていたネーヴェが、ユエとテオが戻ってきたのを見てから口元に着物の袖をもっていき、笑う。
「お待たせ」
「ユエは、子供に好かれるのですね」
「そうかな」
「はい。そう思いました」
まだ店内のガラス張りの窓からこちらに手を振ってくれている子供達。耳をすませば、”もうゴミ箱の上で寝ちゃだめだよー!”なんて聞こえてくるものだから笑ってしまう。
「ユエ、ゴミ箱で寝てたんか?」
テオに間髪置かずに尋ねられれば、苦笑い。
えーと。と続けるが、先に続く言葉が見当たらずに迷子になる。
「い、いろいろあって……あはは、あははは」
笑って誤魔化せば、小柄な2人が顔を見合わせた後……くすりと口角をあげた。
「お前も大変じゃんね」
「ま、まぁね」
励ましてもらえたのは有り難かったが、これでいいんだろうか……?とふと疑問が残る。前を行くテオとネーヴェが、カッフェが飲みたいやらセンチャやらなんやら言っていたので、気持ちがお茶を飲みに行く感覚になりかねない。
首をぶんぶん振って、思い切って尋ねてみた。
「それで、これからどこに行くの?」
「ん?決まってんじゃんね!総督邸」
「総督邸って……ノルディア総督の?」
「あったりまえだろ」
「ネーヴェのご主人様は、総督邸にいるの?」
実はこの2人も身分の高い者なのか?総督邸に出入りができるなんて。だとしたら、とんでもない2人に手助けしたことになる。
悪いことをしたわけではないが、レガーロとも友好があるノルディアで勝手なことをしたら、ファミリーのみんなに迷惑がかかるかもしれない。悩みどころだ。
「(ファミリーの一員だって名乗らなければいいんだろうけど……。事実、あたしは今、守護団って肩書きも持ってるし……でも、デビトのことはネーヴェに看破されてるのか……)」
恐らく大丈夫だろうが……歩き出した足が、総督邸に着くまでに身のふり方をきちんと考えておこう。
一歩、また一歩、踏み出した先にあるものが”タロッコ”だったことを知るのは少し後のことである。
【File / 25】
薄暗い部屋。まとも目が利かない世界。
あたりに見える光だけを手繰り寄せて、なんとか意識してようやく少し先が見えるのみ。
モノクロの家具、趣味のいいチェスト。誰が集めたものかはわからないが、とても統一感があった。
そんな部屋の主がひとつ、音を零す。
「––––……時空が開いた」
ぼそり、と零された言葉の中にはこの物語の核心のひとつが刻まれる。
反応を示す頭がいくつか見えた。首を傾げたり、こちらを覗き見る者たち。
「つまり、妨害が利かなかったということになる」
「へぇ。あの碧眼の子以外に時空をしっかり開ける手駒を持ってたってわけか」
「または碧眼の子が死に物狂いで時空を開いたか……。ま、あんだけの怪我なら無理だろうけれど」
くすくす笑みを浮かべながら、感心する言葉が投げられたが実際の表情は嘲笑に近かった。
手元に用意された”それ”を大事そうに撫でながら、彼らは闇より生まれきた。
「敵の目的は不明確だが、案ずることはない。我々の狙いだけを明確にし、見失うことがなければ」
暗所、暖炉の近く。猫足のずっしりとしたチェアーに腰掛けていた男が腕を組みながら告げる。
「だが、できれば厄介な種は先に食い潰したい。そこで、だ」
示し出される視線。右目にモノクルをつけた男が、指示した。
「トウテツ。時空を切り開き、侵入してきた者を確認してきてもらえると嬉しい」
「んふ、ワタシでいいの?」
「あぁ。お前だからこそ願いたい。トウテツ」
くすり、と気味の悪い声が漏れていく。同室で大人しくしていた別の者たちの乾いたため息が響き渡った。
気にも留めていないようで、トウテツと呼ばれた男が立ち上がり暗い暗い部屋の出口を目指す。
「邪魔だと判断したら殺せ。特に、あの白い蛇に関わるようなら殺して構わない」
「白い蛇にねぇ……んふふっ、わかった」
音を立ててドアノブが回った。光が差し込む。照らされた道を煩わしく思いながら、一人称を”ワタシ”とする列記とした男が振り返った。
「それから、今更”トウテツ”なんて寂しい呼び方しないでよ。ワタシのことは––––」
放たれる魔の手。
気づくのはどちらが先か。
「ルッスって呼んでほしいなぁ」
―――………
―――……
――……
「ここが……」
市街地をどう抜けてきたか、もう一度説明してほしい。と言われたらまず答える。無理だ。
オリビオンは古代を思わせるような街づくりになっていて、似ている路地や建物がいくつも存在する。抜け道も存在しているから、滞在期間8ヶ月ほどでは覚えきれないくらいだ。
例えるならば、ノルディアも同じ。十分ここも、迷宮都市と呼べるくらいだ。覚えられない、説明できない、案内できないの三拍子。
そんな綺麗で、どこもかしこも似てる街から、総督邸まで連れて来てもらった。
大きな門をくぐり、正面へ伸びる石畳の道。整備されていることはもちろん、花々も咲き誇っていて美しい。
何をどう見ても素晴らしきこの街は、上品だ。
レガーロは元気な島という印象で、ノルディアは気品溢れる街。どちらもどちらでいいところがある。
テオとネーヴェは我が者顔で歩いてるところをみると、やっぱりここは馴染みのある場所なんだろう。
あちこちきょろきょろしてしまうユエとは比べものにならない。ここにノヴァがいたら、間違いなく「堂々としていろ。みっともないだろう」と言われる。絶対に。
そこから先も顔パス的な扱いの2人は、迷うことなく屋敷の中を進んで行く。
裏庭や別の門の前を通りながら、何かがあった時のためにユエも一生懸命に見取り図を頭の中に描いていった。
とある門の近くに来た時、植えられた木のせいで死角ができていることも確認し、”もし自分が賊になるならば、この死角は有効に使うだろう”と確信する。狙われる位置一つ目だ。
といっても警備は万全だし、ユエが総督邸を襲う理由がない。今は、にしても見当たらない。未来系であったとしても、レガーロに不利なことはするつもりはない。今は覚えるだけでいいのだ、と視線を逸らして前を見た。
廊下には立派な装飾品や骨董品が並べられていた。足を包んでくれる絨毯もふかふかで気持ちが良い。
センスのいいものばかりで、この屋敷の主人の顔が見たいと思ったのも事実。
「ウィル、部屋にいるんかな」
「きっといると思います。旦那さまのことですから……」
「ま、ネーヴェがそういうなら間違いないじゃんね」
テオもネーヴェには何故か頭があがらないらしく、鵜呑みにして先を急ぐ。
2人のやり取りをずっと後ろで見ていたが、この2人の関係は未だによくわからない。
友達……とも言えないし、家族……とも程遠い気がする。恋人か?とも思ったが雰囲気が全然それっぽくない。
「(いや、でもあたしもデビトとこんな感じな気が……)」
ピンクのオーラが飛んでいるか、と聞かれればノーと答えるし。
そもそも、恋人になってから2人で連れ立って歩いたことがあっただろうか。
サクラが舞う丘で、オリビオンに戻ると告げた日。あの場から館までは一緒に帰ってきた。アッシュを尋ねてヴァスチェロ・ファンタズマに向かったときも一緒に歩いた。
が、手をつなぐわけでもなく腕を組むわけでもなく。家族、と見えるかもわからない雰囲気だったような。
「(うん、人のこと言えない)」
もし、テオとネーヴェが恋人同士だったとしたら謝ろう。
心で陳謝しながら、2人が立ち止まった扉を見て、ユエはようやくスイッチを切り替えた。
「お待たせしました。ここです」
「ネーヴェ、案内ありがとう」
にこり、と笑って”いいえ”と答えた彼女は可愛らしい。
その笑顔が、どこかのお嬢様に少し似ている気がしたのは気のせいだろうか。
「ウィルー」
重々しい扉の前で足を止めたユエとネーヴェを置き去りに、軽々とノックもなしに先へ進んだテオ。
ネーヴェがはぁ……と僅かなため息をつきながら、ユエを中へと迎え入れた。
ネーヴェに押され、入った部屋は客間のようだ。
……どうやら、この世界の”ウィル”がノルディアの総督ではないらしい。
「客人連れてきた」
「テオ。また誰かを迎え入れたのかい?」
「またってなんだし。どっちかってゆーと、今回はネーヴェがこいつをウィルに会わせたがってんじゃんね」
部屋の奥から声がする。
テオの声と、もうひとつ。爽やかに聞こえて、どこか毒づいてるような声。くつくつと喉の奥で笑うようなそれに、ユエの身が引き締まった。先程までの邪念が消え失せる。
ユエは……この男に会うべきだったんだ。
「おかえり、ネーヴェ」
部屋の奥から現れたネーヴェの”旦那さま”。
それが恋人なのか、主従関係の主人なのか、どうなのかは深く聞かなかったが空気で悟る。彼はネーヴェの恋人だろう。
その旦那さまを、言い表すならばなんだろうか。
「ただいま……です」
全身真っ白。長くて白い髪。片方が隠れた目。好んで選ばれているスーツも白。それ以外、なんと表して良いかわからない男だった。
帰ってきたネーヴェを抱擁し、頬に優しくキスを残す彼。やはり恋人はテオではなくて、彼の方か。これでは一緒にいるテオがあてられてしまうだろう。
何も言わずにいたが、ネーヴェが小声で男にユエを示したようで、男がようやくユエを見る。
紫が少しかかった赤い瞳。声と同じく不気味な笑みに、ユエが無意識に身構える。
「やぁ、ユエ。遅かったじゃないか。待ちくたびれたよ」