File / 24
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水の都・ノルディア。
かつてはノルドの領域とされていた場所であり、今はノルドから独立したレガーロと友好関係を結んでいる土地。
ユエがオリビオンに赴く前、同じ地名を聞いたことがあった。
残念ながらその時、ノルディアへ訪れたことはなかったけれどレガーロと友好関係があると聞いたのは間違いない。
つまり、今ユエは地名を知らず、土地勘もない場所にいる。そこがリアが予測した”白い龍の関連する場所”と伝えられていたから。
その場所がこのノルディアか。このノルディアはユエが聞き知ったノルディアだろうか。
「おねえさん、だいじょうぶ?顔色わるいよ?」
もし、聞き知ったノルディアだとしたらユエは予期せず、帰ってきてしまったことに近い現状にあった。
ここから数日船で航海してしまえば、レガーロに行ける位置にいる。手が届かなかった場所が、目の前に差し出された気分になった。
「……っ」
まだ、帰れない。
もちろん、帰っちゃおう。なんて気持ちでもない。
しかし、複雑だ。あまりいい気はしない。結局、目的を達成しないままにレガーロが目の前にあるなんて。
「おねえさん?」
「だいじょうぶ。ごめんね。ありがと」
心配そうに足を止めてしまった子供達に首を振って笑顔を振りまいた。
水の都というに相応しい風景。
建物と建物の間に水路があるのが当たり前で、いくつも小さな橋が架かっている。また橋や建物の外観やデザインがとてもおしゃれで、観光にきたわけじゃないのに観光している気分に陥った。
バカか、目を覚ませ。と自身の頬を叩きながらユエは子供達についていく。
「こっちこっち!」
前を駆けていく少年と少女。
今、ユエはこのノルディアの案内を受けている真っ最中。
ずっと会話に出てきていた”セラにいさま”に会わせてくれる話になぜか落ち着き、そのにいさまがいるであろうガラス工房を目指して歩いているところだ。
橋をもういくつ越えてきたか、わからない。
デザインが違うのはよくわかるが、基本的に水路と建物の間を行く道なのでとても迷いやすい。初見で覚えられるはずなんてなくて、子供達を見失わないようにするだけで一苦労だ。
似た風景が目を過ぎり、何度も同じ道を行ったり来たりしている気がしてならない。デジャヴと言ってもいい。やがて瞬きをするのも疲労を感じた時、子供達がひとつの建物を指さした。
「あれだよ!」
示されたものは、こじんまりとした白い建物。
ゴンドラ乗り場の近くにあり、ここからだともうひとつ橋を越えていく必要がある。
目的地はもうわかったので目を回さずに済んだ。
走り出し競い合う子供達を目で追いかけながらも、ゆっくりとした歩調で建物へ近づいていく。
しゃりーん、と人が扉を開けたことを伝える鐘が聞こえた。
ユエが橋を渡り、開けたゴンドラ乗り場を通過した時、子供達がガラス工房へと足を踏み入れたようだ。
ゴンドラから降りてくる人たちを避けながら、ユエも工房の扉に手をかける。
しゃりーん。
もう一度鳴った呼び鈴。店の店主が子供達だけじゃないのか?とこちらに顔をむけてくれた。
「いらっしゃい」
「ど……どうも」
咄嗟にどう挨拶していいかがわからなかった。とりあえず”どうも”となんでも通用するような言葉をチョイスする。
子供達がキャッキャッと騒ぎながらガラス工房の中で定位置らしい場所に腰掛けていた。
あんまり騒ぎすぎるなよ、割れるから。と注意を促す彼が……セラだろうか。
「うわぁ、綺麗!これ新しいやつ?」
「あぁ。今朝完成したんだ。壊すなよ?」
「ほんとだー!いつものよりキラキラしてる!」
子供達が感心して意識を引かれているのはどうやら新作らしい。
毎日ここに通っているかのような反応だった彼らに対して、ユエは見るものすべてが綺麗に見えた。
どれが新作で、どれが旧作でも関係ない。そのひとつひとつが、どれも輝いている。
広くも狭くもない店内を見渡していると、店主がユエをやはり客だと思ったのか、カウンターの向こう側から声をかけてくれた。
「まぁ、せっかく来たんだ。ゆっくり見てってくれな。観光の人」
「あ、はい。でも、観光ではないんですけどね……」
最後のをわざと付け足したのは、自身に言い聞かせるためだった。
セラらしき人はとても繊細なガラスの材料を片そうと、細かい作業をしているように見えた。
声をかけてもいいのだろうか。今、ここにカレンダーはありますか、と聞きたい。
思い切ってカウンター側に近づいた時。
「なぁ、おじさん。そういえばセラにいさまは?」
「え」
子供から出た言葉に硬直。この人はセラじゃないのか。
てっきりそうなのかと思っていたのだが。
「あぁ、今日はまだ来てないな」
「なーんだ」
「もう少し待ってればくるかなー?」
「さぁな。セラも忙しいからよ」
どうやら全くの別人らしい。
この人は本当にこの工房の店主であり、セラとよばれるにいさまは別にいる。
まぁ、カレンダーの件はセラにいさまじゃなくてもいいわけで。
もう一度声をかけようと唇を震わせた時だった。
「!」
パァン!と一発の銃声が鳴り響いたのは。
「何だ……!?」
「じゅ、銃声……!?」
閑静な街並みに不穏すぎる音。似合わない。
ユエは子供達に念を押すように言い切った。
「ここから出ないで」
「あ、おい、あんた!」
「おねえさん!?」
しゃりーん、と鳴る呼び鈴は最初と似つかない激しい音を立てて放たれたのだった……––––。
【File / 24】
呼び鈴の音が扉の向こう側に消えた。
辺りを見渡して、ゴンドラ乗り場の方も見てみる。
先程までの人混みはなく、静かな道が広がるだけ。しかし、間違いなく銃声は街に響き渡った。
どこだ。音源はどこにある。
目を凝らし、辺りをよく見渡した。音をなるべく立てないようにして歩き、左右に首を振る。
そこでようやく橋の向こう側の路地裏が騒がしいことに気づいた。
「そのガキを離すじゃんねッ!」
荒っぽい声。誰かと言い争いをしているようだ。
そのまま飛び出していってもよかったが、ここは誰が敵で誰が味方かわからない。
見知った人物もいないので、慎重に動くべき。
橋を渡り、壁伝いに背をぴったりくっつけて現場まで近づいてみた。
「ハッ、ガキがガキを助けるってか?笑わせる」
「たーけたこと言ってんな!俺様ガキじゃないし!」
「あぁ?どこかだよ。こいつと同じくらいじゃねぇか?」
「キャアアっ助けてぇ!」
「チッ……」
ちらりと盗み見た場面は、男が銃を子供に突き立てて後ろから抱き上げている状況。それに立ち向かう小柄な少年と、同じくらいの背丈の女の子だった。
いるのは子供をいれて4人。敵は一人と見える。
何とかしようと思えばできるが、人質をとられているのが厄介だ。機会を窺うしかない。
上から攻められないかどうか考えたが、建物が高すぎて登りきれる距離じゃなかった。ここは待つしかないだろう。
「俺たちは総督・アガタが気に入らねえ!こうして少しずつ大事な民を傷付けられれば引退も近付くってわけだろ!」
「わらけるな。そんなんでアガタが引退するわけないじゃんね」
「んだとコラァ!」
「痛っ、やめてぇ!」
子供の悲痛な叫びが聞こえる。無理に動くのは得策じゃない。どうにか自身の存在で状況を覆せないかどうか頭をフル回転で活動させた。が、うまく思いつかない。
「テメェ!」
「テオ、挑発にのっちゃダメ……っ」
「ならどーすんじゃんね、ネーヴェ!」
2人に打開策はないらしい。
やはり、気は乗らないが錬金術か、アルカナ能力で子供だけでも助けべきだろう。
ユエが腹部に手を宛てて、小さく呼気を整えた時だ。
予想しないタイミングで引き金が引かれた。
「何……っ」
誰が打たれたのか。わからない。もう一度視線を路地側に寄こそうとした時、通路から勢い良く少年が投げ飛ばされてきた。
「ぐあ……っ!」
「テオ!」
「っ……」
そのまま少年は手すりを越えて水路の中へ。飛沫をあげながら消えていった少年をどうにかしなければと思いつつ、子供の叫び声が聞こえればユエの足が一瞬止まる。
まだ子供が捕まっているならば、優先順位は……そちらだ。
「オーラ・コンドゥシャンレターニタ……っ」
先に口から唱えた言葉。
臍の上に光が集中したのがわかる。
時代が自分の時代に近いからか、オリビオンで使用したときよりも思い通りになった気がした。
「待ちな!」
「ぁあ!?」
「!」
隠れていてももう無駄だ。
子供を連れ去ろうとする男の前に立ちはだかり、地を這うようにして紅の光が男の足下まで広がる。
隣にいた少女はユエの存在にも力にも驚いたように、目を丸くしていた。
「な、なんだこれ……!?体が動かねえ……!」
「はぁぁあ‼‼」
そこからは敵めがけて蹴りを数発お見舞いするだけだった。
余計な能力は使わない。最小限の異能だけで済むならそれでいい。ここはレガーロでもなければオリビオンでもない。見知らぬ地のルールをかき乱すような真似をするな、とヴァスチェロ・ファンタズマでの旅路にヨシュアに言われた教えが過っていたからだ。
「ふぅ……」
解放された子供が、泣き喚きながら座り込んでいる。
気絶した男から銃を取り上げて水路に投げ捨ててやれば、事件は解決と認められた。
「あれ、君さっきの……」
泣いている子供に声をかけようと近づき、しゃがんで視線を合わせたらその子はセラにいさまを呼びに行ってくれた子供だったのだ。
「あれ……おねえしゃん……」
「だいじょうぶ?怪我してない?」
「うん……ありがとう……」
「どういたしまして。あたしも、さっきはありがとうね」
気絶し泡を吹き出した男は、面倒臭いのでそのままにすることにした。
ここに聖杯のスートがいたら便利なのに、と思った程度には永久シエスタ組だなと自覚する。
振り返り、今度は呆然としている少女と、水路から自力で岸辺まで上がってきた少年へと視線を移した。