File / 21
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「うまく笑えない?」
ふいに口を突いて出てしまった本音。しまった、と思い顔を逸らす。
左隣にいる大人に零した本音はどこまで見透かされてしまうのか心配になった。
目線は絶対に左側にもっていくもんか、と固く唇を紡いだ。いつもの仏頂面が更に厳しくなっている。
「なんだよ、リアはもっと笑いたいってことかな?」
「べつに……」
「じゃあ、なんでそんなことが心配になってんの?」
悩み……だったのだろうか。
己の生い立ちをみれば、笑えなくなって、笑わないで過ごすのが当たり前だと思ったけれど、どうなんだろう。
俯いて、最近のことを思い出す。
笑顔が浮かべられなくなったのは、リアだけだった。周りは確実に一歩、また一歩と前へ進んでいく。
「……輪に入れないのが不安?」
「そんなんじゃない」
「まぁ、そうだよなぁ。お前は確かにひとりで本を読んでるのが好きかもしれないが、協調性がないわけじゃないし」
「……あいつらと一緒にいると」
「ん?」
「落ち着くし、難しいことを考えなくて済む。だけど、あいつらみたいに思ったことが顔に出せない……」
「……」
「楽しくても、嬉しくても……」
街の最先端。
市街地にもほど近い橋の近くに、あまり高度はないけれど丘がある。
海の向こうに見えるダクト。振り返れば栄えた平和な街。街灯に照らされて優しい色を灯す祖国になった場所。
口からすべてがこぼれ落ちた。優しく笑う気配がして、ようやくリアは左隣を向くことができた。
「なんだ、そんなことか」
「(そんなこと……)」
「確かに思ってること、伝えたいこと、言葉にしたこと。それらが表情と一致していないと違和感はあるけれど、そんなもの気にかけるものじゃないよ」
なぜか安心したように伸びをする隣の男は、へらへら笑う。
リアの本音を打ち砕くくらいの笑顔。そんな顔はリアにはできない。
「いいじゃないか。そのままで」
「でも……」
「笑えないなら、笑わなくていい。リアはリアのままでいいじゃないか」
もう一度、天に大きく腕を振り上げてそのまま後ろに倒れこんだ男。
星屑が散りばめられた空。
男とリアは相対するものを宿していた。今は、リアのターン。
「お前が心配していること、誰かが気に食わなく思ったり、咎めようとしていない。みんな、お前のことをちゃーんと理解している」
「……」
「クールで凛としているリアが、家族であることをちゃんとわかってる」
言い聞かせるように告げてきた男は、右側にいたリアの腕を引っ張った。
一緒に寝転ぶように促されて、まだ小さかった体をそのまま投げ出して転がれば空一面に輝く星。
「それでも笑えるようになりたいなら、僕が一緒に笑える方法を考えてあげるよ」
「ヴァロンが?」
「そう!僕はへらへら笑ってるの好きだからな!リアも一緒に笑えるように考えるよ」
「……例えば」
「そーだなぁ、面白いコメディもの物語でも読む?」
「もう読んだ」
「え、だめだった?」
がばっと起き上がり、オススメの笑える内容の本のタイトルをあげていく男だが、ほぼ網羅しており、結果がなかったことを伝えてやる。
ナンテコッタ……と愕然としつつ、次の手を打とうとしている相手に、リアは心の中が少し温かくなった。
「……父親がいたら」
「あ?」
「私に父親がいたら、」
口から出てきた言葉は、間違いなく思ったことだった。
真顔であることには変わりなかったけれど、どこか空気が安らいだのを男は感じ取る。
ほら、表情以外にも雰囲気を伝える方法はいくらでもあるんだ。なんて思ったけれど、今はまだ、言わないでおいてやろうと心の中に仕舞い込む。
「ヴァロンといるときみたいな気持ちになったのかな」
温かい。優しい。そしてどこか懐かしくて、ちょっぴり切ない。
自覚してしまえば、どこか寂しいから甘えてしまいたくなる。だけど、それをするには格好悪い気がして、それ以上は何も言えなかった。
ただ傍にいれば安心できて、明日も頑張れる気がした。帰る場所はここだと思わせてくれる気がした。
水色の瞳を上半身起こした騎士団団長にむければ、男・ヴァロンは大人のくせに少年みたいな顔して笑うんだ。
にししっと歯を見せて、豪快にリアの頭を撫で回す。
やめろ!と言ってもヴァロンはやめようとしなかった。自身の子供を大事にするように、褒めてやるように……傍にいたんだ。
「ハハハッ、どうかな?僕にはまだ嫁さんがいないしな~。娘がいたことないから答えはわからないけどさ」
「(髪ぐしゃぐしゃにされた……)」
「でも、僕に子供が生まれて、それが娘だったらリアと一緒にいるときみたいな気持ちになるのかもね」
「それ、どーゆー意味?」
「そのまんまの意味さ。危なっかしくて、目が離せなくて、僕が知らないところで泣いてないか心配になるっていうか」
––––……だから、僕がちゃんと見ててあげないと。
続いた言葉はリアの頭の中に響いた。
柄にもなく手元に残っていた写真は、港の開港記念日……襲撃の直前に撮られたもの。
ヴァロンとリア、アルベルティーナ、そしてウィル。
相変わらずの仏頂面。向けられたレンズに笑顔を向けることはなかった。
それでもいい、というように隣で豪快に笑うウルフカットの金髪碧眼。
すべてを守られていた気がしてならなくて、気に食わない。
暗い部屋。締め切られたカーテン。本の栞として出てきたそれを眺めながら、リアは瞬きをゆっくりするだけだった。
危なっかしくて、目が離せなかったのはどちらか。
年を重ねれば重ねるほど、そう思う。あんな父親をもったら大変だと当時の自分に言い聞かせたい。
「……ッ」
本を閉じて、白いシャツに腕を通す。
上着には新調したナポレオンデザインの上着を纏って。
リアは部屋を出て行った。
どうしても掴みたい真実がある。
会わせたい者同士がいる。
会いたい男がいる。
青に飲み込まれ、食い千切られる前に。
もう一人のヒロインの物語も、歩みを止めずに刻まれ続けていたのだった。
【File / 21】
「ちょっと!ちょっと待ってユエさん!」
「おいユエ!」
「教えてくれないなら自分で探す!!」
右手に痛いほど力を込めて握った厚紙。
写されていた人物への手がかり。
今ここで、見失うわけにはいかない。
「ユエ!」
「うるさいッ!」
城の廊下をどんどん突き進む。
コヨミが倒れた今、ウィルが彼女を再起させない限り話が進んでいかないのは目に見えている。
しかし、そんな悠長なことはしてられない。待てるはずがない。
クレアシオンへ行くには、時空を超えていたコヨミのゲートがどこに出現したのかを探せばいい。
だが、逆にユエを止めなければ。と走り出したユエを止めようと後ろからコズエ、ジジ、アロイス、ファリベルが追いかけてくる。
「暴走しないでちょうだい!今は冷静に考える時よ」
「そんな悠長なことしてたら、手がかりも踏み込むタイミングもなくなる!」
「ま、待ってください!ユエさん!」
「っるさいな!あたしは一人だけになっても絶対行く!止めんな!」
「早まるなって言ってんのよ!だいたいどこへ行くつもり!?」
「うるさい!ついてくんな!」
アロイス、コズエ、ファリベルから止められるが、ユエはそのままずんずん進んでいった。
おかげで走り出した廊下は本気の戦闘が始まりそうな空気が漂う。
黙ってついてきていたジジが、眉間にシワを寄せながらどう動こうか考えていた。
「大体、コヨミがゲートで別のところに行ってることも、そんな大事なことしてるのもあたし知らなかったし!」
「それは私たちもよ、教えてもらってなかったわ」
「えぇ。ウィルが直々にコヨミに命じたのよきっと。ユエ、あんたが原因ではないわ」
「……ッ、ならヴァロンが絡んだ今!あたしにだって動く権利があるでしょ!?」
「……」
「自由に動くために、そのために手にいれた銀の紋章でしょ!?」
一理あった。
真実を探して、描く未来のために手にいれた資格と力。ユエはヴァロンの娘で、そのためにここにいる。
だが、情報を整理しないうちに動くのは得策ではない。ファリベルとアロイスはそれを伝えたかったのだが、ユエは止まる気はないつもりだ。
「ユエさん、待って……」
へとへとになったコズエがついに足を止めてしまう。
開くユエとの距離に、コズエが切なくなり顔を歪めた。
ジジが前を行っていたコズエを抜いた時、ため息ひとつついて速度をあげた。
敵を仕留める時の速さ。決して仲間や身内に見せるものではない。
が、今はこうしなければならないと踏んだ。
「!」
気配に気づいたユエが、斜め上から飛びかかってきたジジに軌道をずらす。
真横に跳ねて、窓際まで飛べば追いついたジジが構えを見せた。
まさか本当にここでおっ始める気がしたアロイスとファリベルが焦りを見せつつ足を止めた。
「ジィジ……!」
「ジジ、何する気……!?」
止めに入らなければならないか?と大人組が心配になる。
ジジが牙を剥けば、間違いなくユエは応えるだろう。言い聞かせるのが大変なのは彼女の方だ。
一発即発状態に浮かぶ汗。
が、成長したジジがユエに諭した。
「止まれよ、ユエ」
「ジジ……」
「お前の意見は一理ある。自由に、未来を掴むために手にいれた紋章だ。異存はねえ」
「なら行かせて」
「まぁ、聞けって。この俺が有力な情報を無償で提供しようって言ってんだ」
「は?」
空気がガラッと変わる。
逃げの体制から、話を聞こうとする姿勢に変わったユエにファリベルとアロイスがひとまず安心した。
そこに追いついたコズエが、ぜえぜえと息を切らしながらアロイスの後ろにやってくる。
「この件に関わったのは俺とリアだ」
「え……」
「そうなの……?」
「ウィルからの直下の命令だ。コヨミをクレアシオンって街に向かうように頼んだのも、白い龍や禁書、パラケラススや伝説について調べていたのもな」
おかげで酷くコキ使われたぜ、とため息をつくジジ。
ユエはふと、地下書庫で有力な情報を手にいれた古い本が、誰かが読んだ形跡があったことを思い出す。
あれは、ジジかリアだったということならば納得できる話だ。
「俺はお前がクレアシオンに行きたいってなら止めねえし、お前は行く権利がある。行ってヴァロンを助ける資格もある。あいつの娘で、なおかつそのためにここにいるんだからな」
「……」
「が。行くなら俺からアドバイスだ」
「アドバイス……」
こうすることでしか、ユエを一時的に止められないと思った。
今行かせても分が悪いのはわかっている。
クレアシオンが既に救えないのならば、そこまで壊滅的にされた理由があるのならば白い龍が街に留まる理由も見当たらなかった。
ヴァロンは生きているとジジは信じていた。
ならば、用済みとなった敵の戦場に何も理解していないユエを向かわせるのは危険であり、適切ではない。
だから。
「先にリアに会ってけ」
アロイスとファリベルは何かジジが考えているんだろう、と思っていた。
だからこそ、知っている事実を口に出さずにとりあえず聞き入れた。
ユエはまだ知らないだろうことを。
「リアに……?」
「最近あいつに会ったか?」
そういえば……と思い返す。
一番最後に姿を見かけたのは、銀の紋章を手にいれて紹介を受けた時くらいだった気が。
ユエも書庫に閉じこもり、知識をつけていた。その間、彼女がどんな動きをしていたのかは全く知らない。
「会ってない……」
「なら会っていくべきだ。ほぼほぼあいつが調べ上げたことが、こうして結果になっているからな」
「……」
「話を聞いて、情報を集めてから行け」
そもそも、コズエが再起不能になった今……クレアシオンへ繋がるゲートが存在を閉じていないかどうかもわからない。ウィルに希っていたところを見ると、あの男ならどうにかできるのだろうか、とも考えられる。
どこに出現しているのかもわからないゲート。それを探し回る前にリアに話の聞いてほしい。
「……リアは?」
居場所はどこだ、という旨でユエが尋ねた。
ジジの思いが届いたか、というように鼻で笑う。続けて伝えなければいけないことが辛い事実でもあったのだが。
「部屋だろうな」
「……わかった」
「それからリアだけどな、」
言葉を止めたジジに、ユエが不審に思って顔をあげる。
ファリベルとアロイスが切なげに目を細めたことにコズエも疑問に思っていた。
「能力を酷使して倒れたんだ」
「え……」
「リアが……!?」
ユエも、そしてコズエも知らなかった事実。
思わず何も言えなくなる2人に、ジジは真正面から思ったことをぶつけた。
「あいつなら倒れることも理解してたはずだ。それでも能力を使い続けたのには訳がある」
「……っ」
「リアの父親代わりになったのはヴァロンだ。俺の面倒やアルトの世話をしたのも、ヴァロンだ」
「……」
「ジジ……」
「お前がヴァロンを救いたいと願う傍で、お前とヴァロンを再会させたいと願う奴がいる」
てっきり、”お前がヴァロンを救いたいと願う傍で、同じようにヴァロンを救いたい奴がいる”と言われるのかと思っていた。続いた言葉にハッとしてユエの胸がチクリと痛む。
「リアは、お前をヴァロンに会わせたいんだ」
「……っ」
「そんで、リアもヴァロンに会いたいと思ってる。それは俺も、守護団全員が同じ気持ちだ」
だからこそ、ひとつだってミスできない。ひとつの判断も誤りたくない状況なんだ。
そう続けたジジに、ユエは先程まで冷静さを失っていた自身を恥じた。自分が娘だからといって、心配している指数が高いわけではない。ここにいる誰もが、彼を慕い、彼と共に生きてきた者たち。ユエが特別にヴァロンを思っているわけではなくて、誰もが彼を特別に思っている。
「ユエ。お前が実の娘であることもわかってる。気持ちもわからなくない。が……忘れんなよ」
アロイスとファリベルが顔を見合わせる。
困ったような、それでいて安心したような複雑な顔。
「お前と同じ想いの大きさで全員が動いてる。ユエ、お前がヴァロンやリアを案じたように、てめーが無茶すれば心配しない奴がいると思うなよ」
「……」
「それでも行くなら勝手にしろ。俺のアドバイスは以上だ。二度目からは有料だからな」
そんじゃ。と手をあげて去っていくジジ。
ユエは俯いて、顔をあげることができなかった。
「全く……ジージも成長したじゃない」
「そうね。なかなか格好良かったわ」
アロイスとファリベルが笑った。
コズエがつられて笑いながら、リアの病状を気にかけてファリベルに質問していく。アロイスは立ち尽くしたユエに腕を回しながら告げた。
「つまり、アタシらはユエのことも大事なのよ」
「……」
「リアのことも。だからたまには立ち止まって、周りも見なさい」
目を見開いて、ひとりじゃないんだから。自身がどうかなってしまえば、心配する人がいるんだよ。
今、ユエがリアに抱いた思いと同じようにね。
「無茶することも必要だけど。冷静になる前に走ることも必要な時もあるけれど。今は、立ち止まってほしいわ。ユエ」
アロイスから妹を慰めるような声音と手つきで抱きしめられれば、ユエは何も言えなかった。
リアと自分は似ているのか、とか。あぁ育ての親と、実の父親がお互いに一緒だから似てしまったのかなんて思う。
どうしようもなくリアに会って、話がしたい気持ちになった。
「それに、ヴァロンは……あんたの父親は、簡単に死んだりしないわよ」
アロイスからの声は、ユエにも自信を与える。
人を思い、守り、戦うとは、とても難しいことだと実感した。
「……ありがとう」
「……」
「ありがとう」
瞼を閉じて、ひとりじゃないとまた感じた。
ひとりでここに来たはずなのに、ひとりじゃなくなっていくのを感じる。
周りにいてくれる者たちに感謝を忘れてはいけないと、何度も何度も刻みつけていった……。