File / 19
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「報告ご苦労。下がっていい」
「ハッ」
時刻は何時になろうとしていた頃か。
夜が明けた。朝食まであと少し、というところでウィルは大きなため息をついて部屋の散らかった机の上に書類を投げ出した。
この小さな部屋も、もう何年の付き合いになるだろうか。
寄りかかった椅子の背もたれ、脱力しきれない疲労感と緊張感。気が抜けないとはこのことだ。
足を伸ばしながら、投げ出した書類を手に取り、聞いた報告を思い出す。
「まさか本当に動き出すつもりなのか……」
ふわり、と風が抜けた気がした。それはウィルの油断に近かった。
書類と頭を使っていたこと、気が抜けないとわかっていたのに文字と思い出される言葉ばかりに意識を向けたせいだ。
同時に扉が開き、やってきた者がいたのもいけない。
「ウィル」
ノックと一緒に小さく声をかけられる。
朝こうして顔を出しに来てくれるアルベルティーナの存在は彼の安らぎに近い。
「どうしたの、頭を抱えて」
「いや……」
「ひどく疲れているみたい。お茶を淹れましょうか?」
「大丈夫だ。それよりベル、聞いてほしい」
「何かしら?」
愛称で呼びながらも、ウィルの顔は険しいままだ。
小首を傾げながらアルベルティーナが彼に近づけば、書類に書かれていた文字に目を疑った。
「え……」
「どうやら先に動かれた。厄介なことになる」
覗き込んだ先、間違いだと思いたい。
見えたそれは、”禁書が敵に回った可能性が大きい”と記載された報告書。
「どういうこと……」
「禁書と契約した者が、白い龍の手下になった可能性が高い」
「あの2人が調べあげたのね?」
「あぁ。今、彼らの使いをうけて兵士がこれを持ってきた。恐らく間違いないだろう」
アルベルティーナが口にした”あの2人”というのがリアとジジであることは容易く感じられるだろう。
今、地下に潜んでいる娘は気付きもしないだろうが。
「時代を超えたのは間違いない。あの白い龍の伝説は本物だ」
「……っ、またオリビオンから平和を……取り上げるつもりなの……!?」
「まだ決まったわけじゃない。私は今から直接会って話を聞いてくる」
悔しくて崩れそうになるアルベルティーナを支えながら、ウィルは休む暇もなく部屋を出て行った。
がちゃり、とドアノブが鳴り静まった空間がそこに広がる。しばらく様子を見てから、その地下への扉は重く解放される。
「……––––」
「ちょっとユエさん!よかったんですか?ウィル様がいたのに声かけなくて……」
まるで盗み聞きしていた……というより、意図的に盗み聞いていたのはユエと付き添いのコズエだった。
ウィルの小さな部屋の床にある地下書庫への入り口。
戻って来ると思わなかったのか、ウィルは何事もなかったかのようにアルベルティーナを連れて部屋を出て行ってしまった。
ちょうど2人の会話が始まったあたりから、床の扉の下にいたにいたユエとコズエはばっちり今の話を聞き取っていた。
「ウィルや姫は何かに気付き、その事柄について既になにか知ってる。聞いても教えてくれないだろうから、ある程度は自分で調べる」
「で、でも……」
「”白い龍の伝説は本物だ”ってウィルは言った。それについて調べてる者が2人いる。あたしがあいつに聞きたかったことは、パラケラススと白い龍についての正体……。それが本の中だけで語られるものならまだしも、本物って断言されたなら話は早いよ」
「だけど、調べるってどうやって調べるんですか……?」
コズエが床に備えられた地下書庫の入り口からウィルの部屋に上がったユエを見上げて問う。
ユエには確信ではないが、当たる宛があった。
「鼓動の神殿に行こうと思う」
「鼓動の神殿へ……?」
それは、かつてユエが命を落としかけ、ヴァロンに救われた場所。
そして廻国が存在し、消滅した場所。
この国の中枢的な存在である。
「コズエ」
「はい……」
「連れてってくれる?鼓動の神殿へ」
恐れを知らない瞳。
前に進む事だけを望むユエの紅色は、コズエにも懐かしさを与える。巫女の色だと認識していたそれは、もうユエの色と認識されるようになった。
「……はいっ!」
【File / 19】
「はぁ……マジで疲れた……」
「……」
「これ金に換算したら、億万長者になれる気がするぜ……」
普段は誰も寄り付かない東の塔の談話室。
ぐったりとソファーに倒れこんだジジと、出窓に腰掛けて外をぼーっと眺めて居るリア。
ジジは先程までの働きについて、未だブツブツ言っていたけれどリアは焦点が合わない視線で街並みを見下ろしていた。見下ろすといっても、その眼がどこを見ているのか検討がつかない。
「おい、リア。コヨミはまだ戻ってこねーのか」
「まだだろ。そんなすぐゲートくぐって戻って来るようじゃ、調べた宛ては外れてたって意味だし」
―――むしろ、長時間戻ってこないということの方が予測は当たっていた可能性が高い。
コズエじゃあるまいし、コヨミならばよほどのヘマをしない限り、失敗の心配はしていない。
「ったく、じゃあコヨミが戻って来るまでの間は休憩にしよーぜ」
「勝手にすれば。どうせ3秒後にウィルが来るから」
「あ?」
廊下に響く足音が2つ。
リアはそれを聞き取っていた。
ジジが返事をすると同時に塔の談話室の扉が開いた。
焦ったような表情で現れた男は、連れは誰も連れていない。代わりにいたのが一国の女王だったので、ジジもリアも驚いた。
「ジジ、リア」
「おー、ウィル。それにアルベルティーナか」
「2人ともご苦労様。報告を聞いて来たの」
ウィルと、連れられたアルベルティーナが疲労困憊している2人に労いの言葉をかけていく。
ジジはまだ動ける元気がありそうだったが、リアはそんな2人に見向きもせずに瞼を閉じてぐったりしていた。
「早速で申し訳ないが、報告書の件について確認したい」
「あー……またそれか」
「コヨミが戻って来るまでの間に状況を整理したいんだ」
「はいはい」
国のためだからな、と無償で動いているジジも重い腰を動かす。
座り直して2人の前に居直った彼が、先程まで調べ上げた事実を返すように資料を見つめ直す。
リアは相変わらず黙りのまんまだった。
「とりあえず、使いに寄越した報告書は読んだだろ?あれが結果だ」
「じゃあ……」
「コヨミが戻ってこなけりゃなんとも言えないが。白い龍が時空を超え、暴れてる……そんで、その龍の配下に禁書と契約したオリビオンの人間がいる可能性が高い」
「あの白い龍の伝説は本物だったのね……」
アルベルティーナがつられて悲しみの表情を見せる。
また、この国は平和から遠ざかろうとしているのか。オリビオンが原因で、また戦いがどこかで起きようとしているのか。伝えられる戦記の中にオリビオンの名があることが、心苦しくて仕方ない。
「白い龍の伝説……。この国の災厄のひとつ……」
それは遥か昔から伝えられていること。廻国と同じく引き継がれてきたもの。
「時空、時代、時間に干渉する最凶の魔物……。架空の存在だと思っていたが……」
「あの日……廻国がなくなった日」
それまで黙っていたリアが、小さく呼吸を整えて声を漏らした。
ウィルも、アルベルティーナも彼女の方に視線を向ける。
ジジは告げられる言葉の続きを知っていたので、何も言えなくなってしまった。
「鼓動の神殿で流されたユエの血が、バレアの願い通り廻国を解放した。それを食い止めたのがユエ自身。だけど……」
「……」
「廻国が消滅する前、ユエの力を押し破って中から出てきたのは間違いなく白銀を纏った龍だった」
「廻国の中に封印されていたってことか」
「パラケラススの野郎は本当に廻国をつくり、そこに白い龍を封じてたって事だ」
押し破って出てきたあの存在はずっと気にかかっていた。
しかし、架空の存在であると信じたかったそれは、やはり最後の敵になりうるようだ。
渋い顔をして書類を睨むジジと、頭を抱えるアルベルティーナ、そして項垂れるウィル。
「次に龍がどこへ出現するのか……。リアが能力から割り出した場所にコヨミがゲートを使って乗り込んでる。あとは結果待ちと言ったところか」
「その時代にいるなら、龍を仕留めた方がいいな」
「禁書も動いてる……。守護団を全員出動させるレベルね」
アルベルティーナの脳裏には一人の娘の存在が。
せっかく銀の紋章を手にいれたのに、結局この国の一部となり、優先すべき事ができなくなってしまったユエのことを思う。
「とにかく、今はコヨミ待ちだ。その間に、もう一度禁書と契約した者の情報がないかどうか。それからパラケラススや龍についてもう少し詳しい情報が欲しい。できる限りで構わないが全力で探してくれ」
「あー……はいはい、ワカリマシター」
ジジが”過労死する”なんて言いながらも書類に向かう姿を見せる。
ぼーっとしていたリアだったが、彼女も腰をあげ、書庫へと向かおうと力を入れる。
「……っ」
ズキン、と体のどこかが痛んだ。
あれ?と違和感を持つ前に、目眩。こめかみを押さえ、前を見ようとしたが視界がどんどん青に染まっていく。
左目を押さえ、顔をあげた。
異変に気付いたウィルとアルベルティーナが名前を呼んでいるのが見えたけれど、答える気になれない。
青に埋め尽くされそうとする世界、その端、扉の近くで影がにんまりと口角をあげる。口が裂けるんじゃないか、と思うくらいの笑顔。嘲笑に見えるその表情を浮かべた者の影には、見覚えがあった。
「(お前……は……―――)」
「リア!?」
「リア!!」
声にならない声。
痛みが痛覚を覆し、もう何も感じられない。
膝から崩れ落ちれば、リアの視界から影の笑顔は消え去っていた……––––。