File / 17
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「は……っ、はぁ……」
呼吸がうまくできない。かつてここまで息を吸うことにこれほどまで苦戦したことがなかった。肺に送り込まれない酸素に、身体中が悲鳴をあげている。
激しい運動をしたのではなく、単に体に大きな負担がかかっているのは承知の上。それでも、掴みたい真実があった。手にしたい未来があった。
「リア」
「うるさい、今やってる……」
「いえ。そーゆー意味ではありません。少し休んだらどうですか」
「うるさいって言ってんの」
「書庫に籠って調べていた頃から……休んでいませんよね?本当に倒れますよ」
肩が上下に動く。片膝をつく真似なんてしたくない。絶対に、見えない敵に屈するわけにはいかない。
働きかけ続ける腕に記されたスティグマータは水色の光を放ち続けていた。
「ジジもそうでしたけれど、急いてもいいことはないですよ」
「……」
「ユエにある時間を気にしているのならば、それは彼女が選んだことです」
「コヨミ」
煩わしい。黙れ、という意味で名を呼べば理解能力のあるホムンクルスは口を閉ざした。
冷めた視線でこちらを見つめてくる相手に、リアは同じくらい冷めていて、それでいて熱い思いを燻らせるような眼で彼女を見返した。
お互い無表情のくせに、どこかで希望を求め続けている様はとても無とは言い切れない。
「わかったら伝えにいくから下がってな」
「ですが、」
「さっきから言ってるけど、あんたうっさいんだよ」
「……」
「誰に似たんだか」
嫌味で跳ね返すつもりで口にした。
返事はなく、踵を返す動きをした相手。そのまま下がってくれればよかったのに、残していった最後の言葉はリアに小さく焦りを与える。
「私はヴァロン様に似たのかもしれませんね」
「……」
「きっと、あの方がいれば同じことを言いますし、力づくで貴女を止めたと思います」
嫌味を嫌味で返された気分。
構えを解いて、立ち去る背を睨みながらリアは一人で大きなため息をついた。
「だからやってんだっての……」
会わせたい娘と父親。
それがあの娘に返せる最大の恩返し。そして自分の寂しさを埋めるためにできること。
彼に会いたいのは、ユエだけではない。
瞼を閉じて、眼を開ける。開いた心の眼で見つめる先はリアにしか覗き見ることができない世界。
一面が青く、偽りの青に塗り替えられる世界の中で真実の色だけを見つけたい。その色が持つ本当の終わりに辿り着くために。
「1……9、6……地点は78のポイント……」
ぶつぶつと口から脳に流れ込み、口から溢れ出る情報。
真っ青な世界が汚れていく。真っ黒に覆い隠されそうになる。嘘はどこにあるのか。いや、偽りの中に真実はあるか。
いつかこの眼が真実の青いを捉えることができなくなり、偽りと闇と汚れたものしか見えなくなった時。視界が真っ黒に覆われることになった時。
心に残るものは何か。不安がないといえば、それもまた嘘になる。
「炎……破壊……、水滴、狼……」
見えてくる虚時ではないものを拾い集めていく。その情報が齎すものは、一致する答えを導き出すだろう。
大きな波が青の世界に現れる。佇むリアを大きく飲み込み、流されそうになりながら冷や汗ひとつ、掴んだものは大きな手がかり。
「”クレアシオン”……」
【File / 17】
寄りかかった柱がとても冷たかった。
木の温もりが感じられない。目を細め、鼻の奥をつん、と込みあげさせるような感覚だけを研ぎ覚ます。
蘇る声が今もまだ、耳に響いていた。
「あ、だめだって兄さん!それはこっちのポットに入れてからじゃないと」
「あぁ、すまない。もう入れてしまった」
「そんなことばっかしてたら、また巫女様にどやされるって。あの子、兄さんが国一の錬金術師でも関係ないんだから」
「その方が私は気兼ねなくて嬉しい」
「いや、褒めてないけど。僕、今注意する意味で言ったんだけど」
「ははは」
懐かしいと思えたことが悲しい。
今は思い出すことでしか会えない笑顔。幼い頃は天才肌の自分と比べられ、引っ込み思案で目立つことを嫌い、何より兄の背に隠れていた弟。
いつから立派だといえるほどになったのか。
知らぬ間に大きくなり、才能がなくとも努力で壁を超えてきた。備えられた度胸、果敢さ、一途な心。直向きに、ただ前へ。
「ヴァロンが父親になる暁、子供は逞しくなるだろうね」
「そーだよ、なんといっても僕の子供だからね?それはもう勇敢な息子になるだろうさ」
「なぜ息子と決まってるんだい」
残念ながら、娘だったね。なんて今は笑って思う。
自然と下がった眉、くしゃっと笑う。ウィルもヴァロンも、とてもよく似ていた。
「娘でも息子でもいい!もし僕が父親なら、とにかく可愛がって、怒る時はきちんと怒って……。伝えてやりたいんだ」
命が巡る、愛の奇跡をさ。
そう言った、若かりし頃の弟の顔が……―――兄であるウィルは忘れることができなかった。
目を閉じていたつもりはなかった。けれど、意識して瞼をこじ開けた感覚があった。
あぁ、もたれかかりながら寝てしまっていたのかもしれない。
あまり普段は誰も寄り付かない古びた談話室。出窓から外の様子がうっすらと入り込む。
天気がよくないな、と思うと同時に肩から何かがずれ落ちた。
気付いて取り掛かると、かけられた毛布だと気づく。
「本当に眠ってしまっていたんだね……」
こんなところでうたた寝は感心できない、なんて思ってたら甘ったるい匂いが鼻孔をくすぐる。首を傾げ、談話室の奥へ視線を向けると廊下からココアを持ったアルベルティーナが現れた。
「ごめんなさい。起こしてしまったかしら?」
いや、大丈夫。
そう返して笑ってやればアルベルティーナがココアをウィルに手渡した。受け取って反射的に口にすれば、今度こそ胸に温もりが落ちてきた。
安心する温かさだ。
気管を抜ける熱が収まる頃。
落ちた視線をあげるようにして、アルベルティーナが告げた。
「コズエが発ったわ」
「……、そうか。リアが突き止めたんだね」
「まだ、正しいかどうかはわからないみたいだけれど……。行く価値はあるって言ってたわ」
ついに大きく動き出した水面下での戦い。
何が起きるかわからない分、慎重に事に取り掛からなければならないだろう。
「わかった。報告ありがとう」
この道が、ヴァロンに繋がることを願いながら。
ウィルはコヨミの帰りを待つ事にした……。
◇◆◇◆◇
「あ、ユエさま~!」
「ん?」
今日の天気は生憎だった。
雲間から光が射せばいいなんて思っていたが、うまくいかない。分厚い雲に覆われたオリビオンは今にも泣き出しそうだった。
見上げていた視線を地に返すことになったのは幼き声で呼ばれたから。
地を駆けて寄ってくるのは子供達。
両手にいっぱいのチーズやら瓶のミルク、そしてパンを携えているのを見るとおそらく買い物帰りか。
わざわざユエの姿を見かけたので走り寄ってきてくれたのだろう。
「ユエさま!」
「みてーユエさま!これ今とれたばっかりのミルクだよ!わたしが搾ったんだよ!」
「おぉーすごい!自分で搾ってくるなんて、絶対おいしいじゃん」
ユエがしゃがんで視線を合わせてやると、きゃっきゃっと笑顔の子供達が瓶ミルクを掲げて笑いながら集まってくる。
そんな光景を、道行く人や掃除などで店先や家の外に出ていた人々が優しい視線で見守ってくれている。
―――……あのエスナとの決戦。銀の紋章を手にしてから、約2ヶ月の時が流れた。
こうして纏うようになった守護団の団服も、いくらか着慣れてきた気がする。
毎日、街へ出てユエは心のままにオリビオンの再建の手伝いをこなしていた。
どの守護団よりも、国民に近い、街で敢えて動くことを選んだのはユエだった。
まだ外交と食料支援や色々な交渉事をするには、この国の知識が足りなさすぎる。だからこそ、小さなことから手をつけていこうと決めたのだ。
最初は瓦礫の撤去から。
フェノメナキネシスの力を使い、役に立てることもたくさんあった。民からは当初の予定よりも早く瓦礫の撤去が済んだことをとても喜ばれたのも忘れられない。
外へ出れるようになり、自由に動き回れるようになったのは本当によかった。ユエは自身の選択が間違っていなかったのだと改めて実感する毎日。
外に出れるようになってからは、こうしてユエに近付いてきてくれる人懐っこい子供が増えた。
もちろん、ユエが”ユエだから”という理由も大きかった。
アルベルティーナがわざわざ授与式の日に、廻国を消滅させた一味のメンバーがユエであると告げてくれたことは、大きな意味あるとこ。
おかげで常識が通用しない場面でも、その言葉に守られたところが多々ある。
あの姫君に大きな感謝を忘れてはいけない。
もちろん、ここへ来た意味も忘れてはいない。
本末転倒にならないように、ユエは日没からの時間は全て本を読むために費やした。
地下書庫以外の、オリビオンの城の一般書庫の書物をこの2ヶ月かけて読破した。
オリビオンの表向きな歴史。王族の歴史。土地の歴史。そして錬金術の歴史。
一般的なものばかりなので、地下書庫にあるようなユエが知りたい核心についてはまだ何も知識にできていなかったが、オリビオンについては大変よく知ることができる時間だった。
本で読み、実際に外へ出てそれを見て、感じて、聞いて、思う。
ようやくこの世界の一部になれた気がしたのだ。
覚悟を決めたのならば、とことんやり抜くだけだ。