File / 15
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青い空。
切り裂いて、生まれきたもの。
立派な雄叫びをあげて、現れた狼。
巨大な兵と対等に渡り合えるほどの助っ人参戦を一体誰が予想しただろうか。
観戦席からざわついた声が上がりだした。
「召喚錬金術……!?」
「これは……」
「……」
エスナが己が繰り出した錬金術を超越する存在に、驚愕を隠せない。
ユエはまるで盾になるように尾を自由に漂わせながら目の前に立つ獣に声があげられなかった。
観戦席の王族に使える者として。一国の最強の錬金術師として試合を見ていたウィルは思わず息を呑んでしまう。
「……ヴァロンの狼か––」
まさか、主人を選ぶ召喚錬金術からも魅入られているなんて。
はたまたヴァロンの望みに応えているからか。
わかりはしないが、今、このピンチに駆けつけた力はユエの財産になるはずだ。
「あれが3度目です」
「何っ?」
「あれが3度目の召喚です」
隣に控えていたコヨミが、ウィルに静かにそう告げた。
思い返すこと数ヶ月前の、廻国をめぐる戦いでの最中。ユエは黒騎士に対抗すべく、2回召喚錬金術を使用した。
それが決め手となり、カレルダではなくてヴァロンの娘だと判定できたのだったが。
ウィルにとっては驚きを隠せないことだった。
「ユエ……」
––やはりお前は、ヴァロンの娘であり……魅入られた者だったか。
小さく隠すように吐き出した言葉は誰にも届かない。
目の前の決戦を見守るだけだった……。
【File / 15】
「くそっ!召喚錬金術がなんだってんだ!」
呆気にとられていたエスナが手を翳して、へたれこんでいるユエを攻撃するために命令を出す。
しかし、ユエの前に立ちはだかるのは召喚錬金術で現れた狼。こいつが手強いことは誰もが知っている。
狼の召喚錬金術を使えるのは、このオリビオンでただ一人だった。
「なんでヴァロン様の術を……!」
ガラクタで集められた巨大な兵は、狼に体当たりしていく。
狼が再び雄叫びをあげて、その体当たりへ応える。旋風が吹き荒れるような衝撃波に誰もが顔を背けた。
ユエも腕で顔を守りながら、エスナの影を使った錬金術から抜け出せる隙を見つける。
力が弱まったと思った刹那、影を縛っていた地が地割れを起こし、術を発動することができなくなったようだ。
これはチャンス、と自由になったユエが急いで後退するが狼と兵の戦いは止むことを知らない。
何度も何度も体当たりを起こし、衝撃波が収まる様子はなかった。
バランスを崩し、衝撃波に乗せられてコロッセオの端まで飛ばされたユエが受け身をとりながら着地する。
「もう何が何だか……っ」
わからないが、あの球体から出てきた狼は少なからず知っている。
オリビオンを救いたいと願った戦いで力を貸してくれた狼。あれはもとはヴァロンから借りたものであり、返すタイミングを失ったまま保管していたものだ。
使えればいいと思い、肌身離さず持っていたけれど……。
「呼んだつもりはなかったのに……」
ユエが周りをみつつ、エスナが操る兵と狼の戦いの行く末を見つめる。
エスナは兵を操らなければいけないが、ユエの狼は意志を持っていた。命令などしなくても動くし、守れと頼んだつもりもないが守ってくれている。
「……」
勝てるかもしれない。
でも、狼の力で勝っても意味がない。このトーナメントはユエ自身が出場すると決めたんだ。迷いもあった。正しいことかと悩んだりもした。
だからこそ、最後は。
「(自分の手で……!)」
―――コロッセオの端から、中央へ。衝撃波を避け、かわしながら前に進むユエをリア、そしてアルトとイオンが眺めていた。
リアは現れた狼をいたって冷静な目で眺めている。
それは予測に近いものであり、現れて当然だと思っていたもの。
「あんたがヴァロンの娘なら、確実にあの狼はあんたを次の主人に選ぶ」
一本気で前しかみない。そのくせ悩み、立ち止まることもある。だけどその度に何を犠牲にしても着実に一歩踏み出すことしか考えていない。歩くことをやめるために悩むのではなく、歩き続けるために迷う者。
儚くて、目を向けていないと消えてしまいそうになる者。
「そっくりだからね……あんたら」
前へ走り出したユエにエスナは気づいていた。
しかし、気を抜けば兵は狼にやられるだろう。が、このままではユエにフルボッコにされるのも時間の問題だ。
エスナは賭けにでた。
「ふざけやがって……!」
「!」
「なめんな!」
翳した腕を引き、兵を後ろまで引かせた。
兵が手に携えた大きな剣として錬成された物体で、大きく横に薙いだ。
風が起き、狼とユエに襲いかかるそれ。
思わず吹き飛ばされるかと思い目を瞑ったが、後退してきた狼が大きく口をあける。そのまま牙にユエを引っ掛けて風の影響がないところまで下がれば、目を瞑る必要はなくなっていた。
「え……っ」
咄嗟の判断というより、当たり前のように狼に守られたユエは地に下された時、その赤い眼を初めて見つめた気がする。
瞬時、脳裏に過る腕に巻いたリボンの主。強さの意味を説いた者。
「……ありがとう」
ユエの手には余るほど大きな鼻を撫でてやれば、安らかに眼を閉じた狼。頼もしい味方ができた、と思い心が強くなる。
通じるかどうか、わからないけれど言わずにはいられなかった。
「あの子は、あたしが倒さないと意味がないの」
『……』
「だから、あなたは兵の動きを封じてくれるかな。あたしは、その間にエスナを止めるから」
『……』
「兵が滅んだら、あなたは見てるだけでいい。お願い。……あくまで私の言葉が通じればだけど、」
”味方でいてくれる?”
小さく尋ねた言葉は届いたのか。不安だったが、逸らされない赤い瞳。
頷くような仕草が伺えた後、間違いなくそれは聞こえた。
『ユエ。そなたの思いに応えよう』
「……っ」
口は動いていないのに、きちんと耳に届く声。低くて獣に合う声はユエに返事を寄越した。
喋れたんだ、なんて思いながら感謝したいことがたくさんあった。何度も助けてくれたこと。守ってくれたこと。すべての意味を込めて。
「ありがとう」
兵が起こした風がもう一度コロッセオに伝わる。轟音凄まじく、観戦席の者ものも心配だったがユエは狼から離れて前に出た。
兵は恐ることなく横に剣を薙ぎ続ける。
それを知っているからこそ、狼は地割れも構わずに大きく空へと飛び上がった。
「上からか!」
兵を操作するエスナは上から飛びかかってきた狼に気づき、応戦体制に入るよう命令する。
だがユエも上から来るだろうと読んでいたのが間違い。肝心なユエは衝撃波を避けながら前へ前へと、正面から突っ込んできた。
「何!?」
「はぁぁぁぁあ‼‼」
鎖鎌を携えて、目の前までやってくれば体術で戦うのみ。
まずは地を軽く蹴り体を浮かせて回転を入れる。右脚でエスナの首の位置を狙うがそこは避けられるだろう。僅差で首を傾け下がったエスナに脚が空振りする。一緒に捻った左腕を地につけて、軸にする。重心を腕にすれば両足がエスナを追いかけた。
左脚を今度は前へ、エスナの顔面を狙うようにしつつ右手に握った鎖を舞わせればエスナの背後に鎖の網羅。
顔面の蹴りも買わされたが、網に引っかかるのは時間の問題だ。
「くっ……」
まだ粘るエスナだったが、兵の操作が疎かになる。
動きが鈍くなったところに狼の牙を突き立てられれば、エスナの兵は瓦礫の山に戻るしかなかった。
「しまった……っ!」
焦りを見せれば最後。
兵が崩れ落ちる砂埃の中、エスナは再び見舞われたユエの右脚キックにより完全に網羅の中へ。待っていました、というように左手に携えた端を引けばエスナは完全に囚われる。
「まだ錬金術で……これしき……っ」
錬成をかけようと、巡り雫を解き放ったがもう遅い。
目の前に迫りきたユエが、エスナの首を飛ばす勢いで鎖鎌を手に突っ込んで来た。
「(殺られる……‼‼)」