File / 14
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声にならない声。器官を空気だけが通り過ぎる。
音は出なかったのに、目の前の見慣れた背中が振り返ってくれた。
『よォ、ユエ』
びっくりして目が点になったけれど、彼はこっちに体をむけて微笑んでくれた。
一歩、前に踏み出そうとする彼に”それじゃダメだ”とあたしが思った。
『待って』
ようやく出た声。呼び止められて相手が足を止める。
あたしは、あたしの足で帰りたい。
あなたのもとへ。
そう告げたらまた笑うの。
笑んだ顔、細い腰、高い背、愛しい姿。
全部目掛けて駆け出した。
いつか、こんな日がくることを願ってる。
いつか、あたしの意志でデビトのもとへ帰れることを。
その時、ヴァロンが傍で見守っていてくれることを。
夢を夢で終わらせられない。
あたしはあたしの願いがある。
だから、前へ。
押し上げた瞼。
目の前に広がる光景は、装飾された闘技場の中・コロッセオ。
ここからの第一歩が、デビトに『ただいま』を言う明日へ繋がってると信じてる。
歓声。血気を含んだその声があたしを呼ぶ。
あたしは、オリビオンの守護団になるために。
足を前へ踏み出した……––––。
【File / 14】
「すごい圧勝だったわね」
「さすがユエって感じ」
「まぁ、あれくらいのレベルじゃないと守護団は務まらないし、何よりオリビオンは救えなかっただろうねぇ」
優勝者には守護団入団と、銀の紋章が贈呈されるトーナメント試合が始まって第三回戦までが終了した。
各自、残り二試合で優勝者が決まるところまできている。
「そうね……。ユエくらいのレベルの強者なら、オリビオンを救ったっていっても誰も疑わないんじゃないかしら」
「相変わらず強いのはありがたいことだよ。あれがうちに入るなら怖いものないじゃん」
今回、初めてこーゆー形式で守護団のメンバーを募集したわけだが、案外あっさりとユエが勝ち進んでいることに違和感はなかった。
観戦席からユエの試合を眺めていたエリカ、サクラ、ファリベルはそれぞれ納得いった表情でそれを見ている。
「まだユエだって決まったわけじゃないのよ。他の参戦者に失礼じゃない、サクラ」
「へいへい、気をつけまーす」
「でも確かに、一般人で錬金術を少し嗜むくらいならユエは止められないわね」
そんな3人の会話を、出番が終わり、次の試合を待つエスナが背後から静かに聞いていた。
ファリベル、サクラ、エリカの顔は国中の誰もが知っている。
だからこそ、エスナも守護団を目指す者として先輩の顔を知らないわけがなかった。同時にそんな3人がユエについて期待を寄せる発言をしていることが気に入らない。
「錬金術だけでユエを止めるなら、ウィルくらいの強者じゃないとユエは止められないと思う……」
「確かに」
「でもほら、ユエと逆のブロックから出てるエスナって子。あの子は結構強いみたいじゃない?錬金術も体術も」
「まぁ、そうだけど。ユエには敵わないだろーねぇ……」
「そうなの?」
まさかエスナはそこの自分の話も投入されるとは思っていなかっただろう。
強いと評価されるのは嬉しいが、次だ言葉が勘に障る。
「だってユエ、あれまだ全然本気じゃないでしょぉ」
サクラがチョコステックを頬張りながらたった今、試合を終え、控え室に戻ろうとするユエの姿を示して言う。
確かにその姿は、息ひとつ乱さずに凛とした佇まいで帰還していく様であり。
「あいつの恐ろしいところは、体術だけど、それ以上に怖いものが僕はあると思うんだよねぇ」
「どーゆーこと?サクラ」
エリカが気になる、と先を促した。
エスナはもう立ち去ろうとした間際に、それをきちんと聞き取ることに成功する。
「ユエの強さは体術や、ちょーっと苦手な錬金術の数々でもないでしょ」
「じゃあ、吊るし人の力?」
「そーじゃないよぉ。第一、その力は使わない気でいるだろうねぇ」
シノブが既に契約しているから。
時代が違う契約者だなんて知られてはならないし。
「……ユエの強さは、経験だと思うよ」
「経験?」
「……そうかもね」
ファリベルが納得したように、控え室に戻り見えなくなったユエを思いながら頷く。
「物怖じしない度胸、咄嗟の判断力、そして……」
「経験からなる瞬発力」
ユエの度胸は親譲り。
判断力と瞬発力は、修行や鍛錬以外の実戦からつけた経験の力。
既存守護団のメンバーでもない一般市民が勝てる相手では元からないのだ。
「……チッ」
舌打ちをかまして姿を消したエスナ。
そんな娘の姿に気付いていたのは、意外にも彼女からの手紙をユエに渡したサクラだった……。
「……――」
◇◆◇◆◇
「ユエ、お疲れ様!次は準決勝だね!」
涼しい顔して控え室に戻ってきたユエを出迎えたのは、ずっと傍にいてくれるラディだった。
はい、どうぞ!とタオルとお水を渡してくれる姿はさながらスポーツマンのコーチのようだった。
「ありがとう、ラディ」
「次の準決勝も頑張ってね!僕、ユエと一緒に守護団として過ごせるなんて本当に嬉しいから!」
純粋に喜んでくれる姿がユエにとっても嬉しかった。
昨日、ひとりぼっちかもしれないなんて思ったユエを後ろから蹴りたいくらい、周りのみんなが支えてくれている。
リアとジジに関しては仕事が詰まっているらしく、今日は観戦に来れないと思うとアルトから告げられた。
別に見ててほしいと思ったことはないが、ここ最近2人をきちんと見かけていない気がする。
守護団になれば、そうして仕事に追われることも覚悟しなければならないということか。
今のうちに覚悟を決めなければと、精神統一するように瞼を閉じる。
首筋に指をもっていけば、もらったあの日の温もりが思い出せた。
「わぁ、きれいなネックレスだね……!」
ユエの指が辿り着いた先に、ラディは気付いていたようだ。
連なるリングがモチーフで、大きなゴールドとピンクゴールドのそれが輝かしい。
目を輝かせてみてくるラディに、ユエが照れたように微笑んだ。
「お守り」
「もしかしてデビトから?」
「……まぁ、うん」
「うわぁ!いいなぁ、素敵だね!」
同時に”なんか悔しいぃぃい!”と叫びながらバタつくラディ。愛らしいな、なんて思いながら子供を慰めるように頭を撫でてしまった。
「でもでも、すごいねデビトも」
「え?」
「指輪をネックレスにして渡したわけでしょう?それだけ意味を込めたってことだもんね」
「意味?」
なんの?なんて思わず聞き返す。
オリビオンの将来有望な色事師は、目をぱちくりさせた後にやりと笑って近づいてきた。
「ユエ……だめだよ、ちゃんと意味を汲んでもらってあげなきゃ」
「?」
首をもう一度かしげると、ラディは何故かアルカナ能力を使用した。
あたり一面に緑の光が放たれれば、次の瞬間目の前に同い年くらいの好青年が。
「ら、ラディ……」
「贈り物には意味があるんだよ。特に輪になってるアクセサリーにはね」
「輪って……ネックレス……?」
「モチーフにされた指輪も輪だよ?」
「あ……そうだね」
「ネックレスは首につけることから、首輪って意味もある。独占欲のシルシだよ?」
「どっ……!?」
「それから指輪は説明しなくてもわかるよね……?」
どんどん近づいてくるラディに、そんな話をされてはこの状況がバレた時にデビトに何倍返しにされるかわからない。
そっと肩を押し返して、離れればラディは能力を解き”ざんねーん!”と嘆いて見せた。
「ま、何にしてもジジには見せない方がいいよ!それ高そうだから!」
へたなところに置き去りにされたら、すぐに売られちゃうからね。なんて言われればもはや苦笑いしかすることが出来なかった……。
◇◆◇◆◇
「つっかれたぁー」
「はぁ……」
「ったく、振り返る量が多すぎんだよ……なんだよ紀元前って……」
場所改め、城の書庫。
人気のない、いつも通っている場所とは別のところでリアとジジは伸びをしていた。
後ろに倒れ、息を吐き出し疲れを見せるジジ。
溜息に近い深呼吸をするリア。相当な激務をこなしているらしい。
「そーいや、今日だよな。ユエのトーナメント」
「……」
「まぁ、見に行く必要もねぇか……。どうせあいつが入団するに決まってるしな」
ジジは仮眠をとろうと体を起き上がらせ、部屋に戻るか~なんてぼやいていたが、リアはテキパキと本や資料を片付けるとすぐに立ち上がり正門の方角へと歩き出す。
「あ?おいリア、休まねぇのか?」
「休む」
「いや、そっち部屋じゃねぇだろ」
「寝るだけが休息じゃないから」
「……ユエんとこ行くのか?マメだなぁ、お前も」
「うるさいからさっさと寝てろ」
毒を吐きながら角を曲がり、正門へと消えていったリア。
ジジは”信じらんねー”なんて零しつつ、声の響く廊下で忠告する。
「3時間後には再開すんだから、ちゃんと戻ってこいよ!」
〔あんたこそ寝坊すんなよ〕
静かに帰ってきた能力を介しての返事に、ジジは溜息をついた。
「意外と仲間思いなんだよな、あいつ」
ぼそりと口から出てしまった言葉は、昔馴染みだからこそ言えたものだった……。