File / 13
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「あの、ウィル様……」
「なんだい」
「その……」
「……コズエ。この間から言い淀んでばかりじゃないか。聞いてあげるから、ゆっくりでいい。話してごらん?」
アルベルティーナがいつも使っているバルコニーで久しぶりにゆっくりとした時間を過ごしていたウィル。
再建もうまいこといき、あとは瓦礫の撤去と新しい街づくりがメインになりだした頃。
今日は謁見があるのでここにはいない姫を思いながら本を読んでいた時だった。
自分が作り出したホムンクルスが、どうにもモジモジしながら言葉を濁している。これは昔からだったが、ここ最近ひどかった。
きっと言いたいことがあるのだろう。しかし、話が続かない。
「その……えっと……、差し出がましいんですが……あの」
「うん」
優しく接することを一番に意識する。
目線を合わせて頭を撫でてやれば、心地よさそうにしていたけれど小さく、小さく吐き出された声は震えていた。
「ユエさんと……」
「……?」
「話を、してあげてくれませんか?」
「ユエと……?」
思いが届くことを願う。
届けらられると信じたい。
司ったものが、才能ではなく、心ならば。
【File / 13】
朝、目を覚ます前に思うことがある。
最近、夢の中だけでもデビトに出会えないかな、なんて考えてしまっていた。
自分で決めた道なのに。きっと寂しいのはお互い様なのに、決めた自分が先に折れてしまったとユエは思った。
デビトは寂しい思いをしているだろうか。少しはそう感じてくれているだろうか。
考え出したらキリがなくて、薄い毛布にくるまって枕も投げ出して覚醒したら、今日も君がいない1日が始まろうとしている。
人は弱くなると助けを求める。弱くなるのは迷い、悩んでいる時だ。
「……エスナ、か」
そろそろ起きて闘技場に向かわなければ。
だけど、このままトーナメントに出場していいのかとも思う。
この国を思っている、大切で大事な場所だ。優しさに溢れているとも感じている。
だが、ユエがオリビオンの守護団に入団し、最後まで責任が持てるだろうか。
最後の最後まで守護団を全うできるだろうか。いつかレガーロに帰る日、守護団のメンバーになったとしたら、それはどうしたらいいのだろう。ただ退団すればいいのか?それはそれで責任放棄な気もしてくる。
ならば他に道を探し、エスナや他の純粋に守護団を思っている者へその夢を託した方がいいのではないだろうか。
それではヴァロンが救われず、ユエの望みが叶わないのだが。
「もう少し、寝ちゃおうかな……」
闘技場に行くのもやめてしまおうか。
トーナメントに出場するのもやめてしまおうか。
このまま力だけを鍛えて、自力で時間をかけて父親を探し出そうか。
その時間の中で、ヴァロンや巫女を知っていけるならば……––。
「……エスナを助けたのは、ヴァロンだって言ってたな」
巫女のことも知っているようだった。
カレルダに襲われた巫女は、薬屋に向かう途中だったと聞いた気がする。つまりエスナの店へ向かおうとしていたのだろう。
「エスナはヴァロンに憧れて、ヴァロンと共にオリビオンを守るために守護団へ入ろうとしている……」
ヴァロンが消えてしまった今でも、その意志を受け継ごうとしている。
「あたしは……」
瞼を閉じて、横になりながら膝を抱えて再び眠った。
これは弱さか、はたまた逃げか。
わからないままに、考えることをやめようとして眠った。
夢の中で出会いたいと願った者は、背中すら追うことができなかったけれど……。
―――大きく眠りを揺らして、起こされたのはそれからどれくらい後のことだったのか。
一瞬、もう日付すら越えてしまっただろうか、なんて過ぎった。
まだ重くて開かない瞼はそのままに、真横に寄り添う温もりがある。
軋んだ重み、寝ているベッドサイドに誰かがいる。
これが夢なら出会えたか、なんて思ったけれど残念ながら相手が違う。
いやでも感じてしまう違い。比較したつもりはないけれど、匂いが違った。
レガーロ男として、嗜みの香水の香りがしない。あぁ、会いたい人じゃない。だけど。
だけど、とても懐かしくて、泣きそうな温かさだった。
「ユエ」
「……」
「そろそろ起きたらどうかな?もう昼過ぎになる。あまり過度な睡眠は感心しないし、何より体のリズムが崩れるよ」
「……、」
「明日はついにトーナメントだからね。闘技場にはいかないのかい?」
優しい手。その手だけじゃ判断できなかったけれど、声でようやく誰だかわかった。
ウィルだ。
「う……るさい……、」
「まぁそうだね。寝ているところを邪魔されたら誰でも煩わしく感じるだろう」
「なに……」
―――……あんたがわざわざ、あたしを起こしにくるなんて珍しい。
言いかけた言葉は声にならずに、喉につかえて飲み込んだ。用件はなんだ、要はそう聞きたい。
「闘技場にはいかないのかな?」
「……行きたくない」
「そうか。あんなに我が弟への道を探して足掻いていたのに」
「もう……でてって」
「でも好都合だ」
「っ……」
本気でうるさいと思って、横から背中を蹴り飛ばしてやろうと思った。
が、それは寸で止めることができた。
「出掛けよう」
「……は?」
「私と一緒に出掛けよう。ユエ」
蹴り飛ばそうと思い、起き上がったのだがどうやら早とちり。
目を点にしてみれば、目の前には満足そうな顔した錬金術師がいる。
話に聞いた、アルベルティーナに接する時のような、少し意地の悪い笑顔。
「もう準備してあるんだ。ユエが着替えてくれればそれで完璧さ」
「な、なんなのいきなり。あたし出掛けるなんて……」
「まぁ、いいじゃないか。闘技場に行く予定もないのだろう?なら、私に付き合って欲しいんだ」
「別にあたしじゃなくても……」
「まぁまぁ、そう言わずに。きっとユエも喜ぶ場所さ」
「……」
「いいだろう?今日は天気もいいし。ピクニックとして。ね」
促される視線。黄緑色のそれは強制させるものではなかったけれど、逆らえずに頷くことしかできないような強さがあった。
突如連れ出された先は、オリビオンの外へと出ることになる。
てっきりピクニックだというので、そんなに遠出になるとは思わなかったのだが、がっつり歩かされることになった。
行き先はわからないまま。
オリビオンとダクトの森を繋ぐ架け橋を渡り、湧き水の庭園を通り過ぎ、森を抜け、まだまだ行く。
エルシア、レミと戦ったサキュバス戦の跡地も抜けて。
ダクトの端の端までやってきた時、ユエはウィルに促されるよりも先に足を止めた。
目の前に広がる大きな湖。
水面に映す景色はそのまま空を映していて逆さの世界を創りだす。
生命力をみせる蓮の花が湖面に浮かび、見事に咲き誇っているのも風流であり、とても美しい場所だった。
「さて。よく歩いたからね。食事にしよう」
ウィルがレジャーシートを広げ、持ってきた荷物と錬金術で火を起こし、食事の準備をテキパキと進める。
その間も、ユエは美しい風景と澄んだ空気に体を動かすことができなかった。
「きれい……」
今まで幾度となく湖というものは見てきたことがあるが、ここまで美しいものに出会ったのは初めてだ。
レガーロにはないもの、幽霊船で旅をしていた時にも見たことがない景色。
心に打つものがあった。
鼻から息を吸い込めば、豊かな土の匂いがする。混ざって野花の匂い。自然の中に立っていることがわかった。
「ユエ、紅茶とココアはどっちがいいかな?」
「……―――」
「ユエ?」
あまりの美しさに胸を打たれ、熱い気持ちになる彼女は立ち尽くし、瞼を閉じたまま何も言えなくなっていた。
満足そうに口角が上がっていることが、ウィルは何よりも嬉しい。
「……紅茶でいいよね」
勝手にそう決めてたように見えて、でも実は理由があった。
あとで説明してあげようと思い、今はただ、心が洗われる感覚に浸らせてあげようと思う。
ウィルはそのまま手を動かし、姪の分まで食事の用意に取り掛かるのだった……。
―――そうして20分もしないうちに美味しい紅茶と、マフインが出来上がった。
準備をすべて任せてしまったことを詫びながら、ユエはウィルの隣に腰掛ける。
火を焚いていたからか、レジャーシートも温かくなっていたので座っても驚いたりしなかった。
出された紅茶はストレート。マフィンは中にポーチドエッグとベーコン、レタスがサンドされている。ただのスクランブルエッグでないところが王族に仕えた錬金術師といったところか。
「大地の恵みに感謝を。いただきます」
礼節よく挨拶を交わし、手を合わせ終えたウィルがマフィンにかぶりついている。
自身で作ったものなのに、満足そうにうんうんと頷く様が面白い。
つられて腹の虫が鳴り出しそうだったのでユエも一口いただくことにする。
「……いただきます」
ウィルに習い、手を合わせてからマフィンを口へ。
一口目でポーチドエッグがとろり、と溢れ出し、口の中へ卵の甘さが広がっていく。ベーコンの塩加減も絶妙であり、文句なしに美味しかった。
この男、本当になんでもできるらしい。
「美味しい」
「ん、そうか、ならよかった」
とろりと流れた卵を舌で舐めとる仕草をしながら笑うウィル。
あ、と少し気がついた。笑い方が、最後に対面したヴァロンに似ていた。
「少しだけど、おかわりもあるから好きなだけ食べなさい」
「……ありがと」
いつもの過保護なところが見えない気がしてなんだか不思議だ。
ようやく一人前に扱ってもらえているような。優しさだけが伝えられていて、心配事が何もない世界に導かれるような感覚。
「このマフィン、私が作る食事の中で一番ヴァロンが好きだったものなんだ」
「え?」
「あと、この紅茶も」
特別な茶葉は一切ブレンドしていないんだけど、普通に摘んだアールグレイの葉でつくるストレートが好きなんだよ、ヴァロンは。
そう付け足された。
「ポーチドエッグはコツがいるからね。不器用で一本気なヴァロンに、こーゆー繊細な作業はできなくてさ。私が代わりにいつも作っていたのだけれど、それがとてもお気に召したらしい」
「……」
「ヴァロンは素直で、視野がとても広かった。苦手な分野もあるけれど、見通しのいい眼を持っていた。なにより人を励まし、導き、そして真っ直ぐな心の持ち主で……」
「……、」
「誰かが傷付き苦しんだ姿を見つけたら無性で手を差し伸べる。隠している痛みがあるならば、気付かぬフリをして癒してしまう優しさを持っていた。本当に気付いていなかったのかもしれないけれど」
「……っ」
「周りを癒し、助けていく代わりに、彼が抱え込んでいく痛みも闇も存在した。あいつは悩みだすと止まらなくなってしまう。まぁ、顔に出るから気付けるんだけどさ……。だから、ヴァロンが悩んだ時、必ずここへ連れてくるようにしていた」
「え……」
マフィンを置いて、先を見つめるウィル。
逆さの景色の向こう側にレガーロがあればいいな、なんて脳の片隅で思った。
「親子なら、ユエも同じかと思って」
へらって笑うウィル。
あぁ、これが本来の伯父なのかもしれない。今までずっと過保護に守ることだけを考えていた男は、それがすべてじゃないんだろうなんて思った。
「ユエのこと、ジジやファリベル、ツェスィ……みんなから色々聞いたんだ」
「なに、それ」
「みんな大体答えることが一緒でね。あぁ、ヴァロンと親子だなぁなんて思っちゃったよ」
「……」
一本気で。根が素直。人の悲しみや痛みに敏感。
自分を犠牲にしても、守りたいもののために戦ってしまうこと。
そしてそれを成してしまうこと。
だけどその分、自分で自分を傷つけてしまう。
要は……。
「優しすぎるのかな、って」
「そんなことない」
「そう?でも実際、今悩んでるだろう」
「……」
先を促す目。それは先程と違って、どこか強制を強いているようなもの。だけど表情は眉を下げながら笑っていた。
誰にも言うものか、と思っていた気持ちが解かれる。
場所のせいか、相手がウィルだからか、血がそうさせたのか。
わからないけれど。
「話してごらん。最後まで、聞き届けて……導こう」
―――……私の弟が、多くのものにそうしたように。君が、多くのものへそうしたように。