File / 12
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響く音は金属音。それから錬成を完成させた時の音。
広々とした闘技場に響くそれぞれは、差し迫った戦いへの士気をあげさせる。
もちろんユエもその一人なのだが、今は迷わずに闘技場の横を突っ切った。
しばらく前から通っているここは、親しい間柄の者はいないものの、見知った相手はいる。いやでもここにいれば顔を覚えるだろう。トーナメントでぶつかるだろう相手でもあるのだから。
だが今、ユエはトーナメントなど関係なく一人の娘の元へ向かっていた。
闘技場の奥の奥、一番端で光を輝かせながら錬成陣を作ろうとしている相手のもとへ。
ショートヘアの髪、誰も寄り付かないし寄り付かせない雰囲気。
歩きながらも相手の動向を観察していたが、あの娘は基本いつも一人だ。
「チャオ」
言ってしまってから”しまった”と思った。
ここはオリビオン。レガーロ流の挨拶は通じない。改めて”こんにちは”と言い返してから言葉を続ける。
しゃがんでいた相手から向けられる視線は、ユエだと気付いてから痛々しいほどに鋭かった。
「この前はどーも。あの日は逃げられちゃったけど……あんたがエスナ、だよね?」
「……」
「ちょっと顔かしなよ」
拒否権なんで与えない。
今までこいつが仕掛けてきた事、小賢しく陰険で、そして何より見境なく子供を巻き込んだ事。
ユエ自身を狙うならばまだしも、許せないものだった。
「いいよ」
「……」
「私も、お前と一度きちんと話がしたかった」
立ち上がって睨みあげてくる少女……エスナ。気迫が負けず、そして退きを見せないところを思えば気が強いのだろう。
ユエと似た者同士ということか。これは困った、長丁場の戦いになりそうだ。
「場所移そう。着いてきなよ」
「……」
だったら最初から声をかけるべきだったんじゃないかとも思う。話し合いで解決させずに不満をそのまま武力でぶつけてきたことに納得ができない。
例えここから取っ組み合いの喧嘩になったとしても、殺し合いになるような勢いになったとしてもユエも退く気はなかった。
そして知ることになる。
前に進むために乗り越えるべき壁とこの地に生きた男の生き様を。
【File / 12】
エスナに連れられ、案内されたのは誰も寄り付かなさそうな林の中だった。
生い茂る木々、伸びる葉がユエの頬を撫ぜる。
前を行く少女は開けた場所に出る前に足を止めた。
もう少し先に道が見えるが、そこまで行く気はないらしい。
止めた足、森の匂い、鳥が鳴く声が聞こえる。
エスナはユエなどお構いなしに一つの木に背を寄りかからせ、口を開いた。
「話があるって言ったの、お前だからな。先に話をさせてあげるよ。こっちも暇じゃないから手短に願いたいけど」
上から目線で偉そうだ。
なんだこいつは。と思ったが、手短にしたいのはユエも同じだ。
さっさと片付けようと、答えた。
「この前の中庭での一件から、最近ちょっかい出してきてるのはあんただと思うんだけど。言いたいことがあるなら、回りくどい手なんて使わずにハッキリ言ったらどうなの?」
「はぁ?わざわざそんなこと言いに来たの?ご苦労なこと」
「あたしの質問に答えて。何かあったから攻撃してきたんでしょ?子供まで巻き込んで……やり方が汚いって言ってんの」
「うわぁ。おまけに真っ向勝負の正義のヒロイン気取りか。うっざ」
「……」
とられる悪態。勘に障る言葉の選択と言い方。
どうやら相手は相当ユエに思う事があるらしい。
相手が言いたいことと、ユエが聞きたい事は恐らく繋がるはすだ。
でなければ知り合いがいるはずないオリビオンで、こんなことに発展するはずがない。
「お前、何者なわけ?」
「は……?」
質問はまだ終わっていなかったが、エスナから切り出された問いに今度はユエが声を漏らす。
「ぽっと出でオリビオンに現れて、銀の紋章も持っていないくせに城に住んでる。アルベルティーナ様の側近でなければ、使用人でもない……」
「……」
「おまけに国一の錬金術師、ウィル様と親しげに……というより生意気な態度で話をする仲。既に守護団とも顔見知り。……普通、身分も何もなく、召使いでも何でもない小娘が、そんなこと許されるはずないんだよ」
「……っ」
やはり突っかかってきたのはその事か。
見るものが見ればわかるはずだ。
この国は今、規律を重んじる。
そして昔からある紋章などの制度は受け継ぎ、新しく再建しようとしている。
紋章がなければ動けない事も多い。ルールを大切にし、皆がそれを守っている。
にも関わらず、現れたユエという存在は何も証明することもできないのに、城に上がり込みこの国の顔ともあろうメンバーと親しげな雰囲気。
「お前、本当に守護団に入団したくてここにいるの?」
「どーゆー意味……」
「守護団になるって意味がわかってんのかって聞いてんだよ」
背を木から離し、歩み寄ってきたエスナ。
迷いのない瞳の中に、惑いを見せるユエが映る。
「ハッキリ言っといてあげる。私はお前が気に食わない」
「……」
じりじりと、また一歩近づかれて思わず足を引いてしまった。
怖気付いたつもりはないが、彼女から放たれる言葉には大きな力がある気がしていた。
「私は、ヴァロン様に守られたあの日から」
「え……」
「必ず守護団に入って、ヴァロン様と共に戦うと決めた」
出てくるなんて予想もしていなかった男の名前が溢れた。
思わず表情を硬くし、態度に変化が出てしまっただろう。
「守護団はタロッコとよばれる神秘なる力と契約し、」
「……」
「この国を守るために尽力する。国と民、そして姫様を守るために。亡きヴァロン様がそうしたように」
「ヴァロンが、あんたを助けたの……?」
トンっと背が木にぶつかり、じりじり攻められた先で今度はユエが追いやられる。
少しだけ下にあるエスナの瞳は揺らぐ事なくユエを射抜いた。
「そうよ。私はヴァロン様に命を助けられた」
「(この子を……)」
「だから同じ守護団に入ってヴァロン様に忠誠を誓い、国を姫をすべてを守ろうと誓った。私は守護団に入る覚悟も、異形の力を身に宿し戦う決意もできてる」
「(この子を助けたのはヴァロンで、憧れも……ヴァロンなんだ……)」
「お前みたいに、憧れた人々の誰かが気にかけてくれるわけでもなく、0からスタートした……!最初から城にいるお前なんかに、守護団の座を奪われてたまるか……!!」
小柄な肩、手が伸びてきてユエの襟首を掴みあげる。
これがすべてだ。
彼女には手に入れたい夢があり、それを一心に歩んできた。
突然現れたユエがウィルや姫、守護団と親しくしていれば気に入らないのも当然だ。
どこの誰だかもわらない。なぜそこにいるのかもわからない。
そんな相手が同じトーナメントに進出するならば、許せない思いがあってもおかしくないだろう。
何も、言い返せなくなりそうだった。
ウィルから禁じられている”ヴァロンの娘であるということ”、そして”時を超えて存在していること”は告げられない。
伝えたいもどかしさ。父について聞けたこと、憧れを抱いてもらえていること、そこから生まれる喜び。だけど同時に悲しくもある。
「でも、あんたがしたことは誉められるものじゃないでしょ?相手がむかつく相手だとしても、やっていいこと、巻き込んじゃいけない人はいる」
「また綺麗事?ハッ、笑わせんな」
ガンっ!と襟首を掴まれたまま後ろに押さえつけられ、憎悪を見せる瞳が目の前にくる。
相手が間違っていることがあるのに、ユエは真っ向から腕を弾き返せなかった。
「あの日、港の襲撃の日。オリビオンは知ったはずだ。私もよくわかった、身をもって体験した。世界は武力で力を証明される」
「そんなの……っ」
「違うとでも言える?だけど、あの日の襲撃はランザスの方が力は上だった。そこから苦しんだのは誰?オリビオンでしょう?ウィル様、姫様、ヴァロン様……それに」
音が、消えた。
「巫女様でしょう?」