File / 10
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肌寒いと感じてから、数時間が経過していただろう。
頬、鼻の頭、首筋。
少しずつ体温を奪われていく中で、彼女は夢を見ていた。
「珍しいね」
「ひっ」
「あんたが研究室に来て、しかも巡り雫(めぐりしずく)を調達しようとしてるなんて」
その夢の中で再会する。
会いたくて、そして何より会わせたい相手と。
星色の髪をした、若い男に。
そこはよく知る場所だった。
まだ夢とは気づいていないけれど、オリビオンの研究室。ここで日々、錬金術について新たな可能性を見出そうとしているウィルお抱えの錬金術士たちが勉学に励んでいる。
そこへ人気のない時間に忍び込んで、研究者たちが作り上げたものを拝借……という名の窃盗をしようとしている男を、彼女……リアは見逃さなかった。
「他人が作った錬成陣、黙って持ってくのやめな。あんたクラスになれば、頼めば喜んでみんなが差し出すだろ」
「いやぁ、なんだか相談しにくくて……」
「自分が錬金術使えないから?」
「まぁ……そんなとこだな」
ははは、なんて乾いた笑いが娘にそっくり。
いや逆か、娘がこの男にそっくりなのだ。
望んでいたものを、作って与え、小瓶につめて渡してやった。
巡り雫。別名・水滴型錬成陣発動術。
全く、こんなものを持ち運び、この男は何をしようとしているのか。のちになり、聞いておけばよかった……と大きく後悔する。
「わざわざ作らせて悪かったな。助かった、リア」
「いいけど。こっちに尻拭いがこないようにして」
「わかってるって」
にへらぁって笑う彼。忘れもしない。守護団団長。
太陽の契約者で、誰からも愛された男。
今は手の届くところにいる。
行かないでほしい。その先の未来に、別れが待っていると伝えたい。せめて、あんたが何を考えていたのかを教えて欲しい。
待ってくれ、と柄にもなく縋ろうと手を伸ばし、掴みかけたところで体温が戻った気配。
意識が二つに分裂した。おかしい、今ヴァロンを追いかけようとしている自分と、温かくなったことを冷静に感じ取り、傍観しているような自分がここにいる。
あぁ、夢か。と気がついた。
ならば起きなければ、と瞼に力を込めてやる。
ふわり。
もう一度肩口に何かが掛かったのが合図。リアは目を覚ました。
「すまない、起こしたか」
「……アルト」
「何度も呼びかけたが、起きなくてな。風邪だけでも気をつけようと」
だから、とリアの肩に毛布がかかっている。
だんだん思い出してきた。
そうか、調べ物の続きをして、途中で睡魔に勝てずに机に突っ伏して寝てしまったのだ、と。
通りすがりのアルトが、その面倒見の良さで見過ごせずに毛布を用意してくれたのだろう。
リアは礼を告げることはなかったが、それより先にアルトが続く口を開いた。
「あまり無茶は感心しない。ジジもそうだが、休む時は休んだらどうだ」
「それ、あんたにも言えるでしょ。それからあのバカにも」
「……ユエはトーナメントに出場するらしいな」
「だろうね」
今のオリビオンには圧倒的に人手が足りない。
元から国と呼ぶには小さな島で成り立っていたオリビオンだ。
国民はおれど、腕っ節が立つものや、信頼の置ける者は先の戦いで失いすぎていた。
だからこそ、我こそは。という者を守護団に迎え入れようとしている。
銀の紋章が手に入れば、その者の一生は安泰だ。そして国のために身を賭すことが出来る。
矜持を持つ勇敢なオリビオンの民は、多くがそれを望むだろう。
だが現実問題、希望者の人数とその者が腕が立つかというのは別問題なのである。
「リア、お前能力で予知してただろ」
鋭く言い放たれた言葉。
アルトはリアの動きを読んでいる。
ウィルをうまく誘導するかのように、こうしてここまでシナリオを持ってきたことを。
「だから団服も13着だった。最初から」
「……」
「地下書庫に潜り込む時、力を貸したのもお前だ。ウィルの傍で、ユエのことを報告し、助言をしていたのもお前だ、リア」
「へぇ」
「俺は、この国の未来を守るのが役目だ。だが、ユエの優先は違うだろう。……リア、お前の望み通りの事が運んだ先に何がある」
「……」
未来予知。
全く便利な能力だ、と手にした時は誰もが言った。後ろ指を指し、気味が悪いと罵られたこともある。
だが全てがわかるわけではない。全く何も予知できないことだってある。
先が読めてしまう物語は面白くもないし、ページをめくる気力も失せるさ。
「悪いけど、勝手な妄想はそこまでにしてくれる」
「……」
「今回、私は一切能力を使ってない」
「……なら、どうして団服が13着ある」
「試してんの」
―――私には、掴みたい真実がある。
その真実は、あの娘と掴まなければ意味がないんだ。
「ウィルだけじゃない。私はあいつを試してるの」
「リア……」
「これでハッキリするはずだから」
あの娘を信じていいのか。あの娘は掴み切れるだろうか。
果てのない長い戦いの先に、いつか笑って再会することをリアは誰よりも信じていた。
【File / 10】
「ぷへっくしょんッ!!」
「わぁっ、大丈夫?」
盛大なくしゃみがこぼれた。
どうしても止めておくことができなくて、鼻を押さえながら俯けば重力に従い一緒に落ちてくるものがあった。
頬を、首を、肩を、腕、指を伝い流れ落ちてくるそれ。水滴だ。
水も滴るいい女、とはよく言ったものであり、髪も額に張り付いていつもの視界良好なヘアセットが遮られている。
「にしても凄い濡れ方だねぇ?一体どうしたの」
「いやぁ、それがよくわからなくて……」
事の始まりを話すように促してきたのは、廊下でたまたま鉢合わせたエリカだった。首を傾けてこちらに視線を送りつつ、持っていたハンカチでユエの頬を拭いてくれる。
甲斐甲斐しい仕草は男性にもてるだろう、なんて思いながらも発端を思い返した。
が、なぜこうなったのかがユエ自身、イマイチよくわかっていない。
「規制が緩くなったのか、ウィルが最近あたしに頼み事してくることが多くて……闘技場に修行に行くついでに、下門の兵士に差し入れを入れて欲しいって言われたから届けに行ったんだけど……」
「ちょーっとストップ!その前にアロイスさんに頼んでた申請、通ったのね!おめでとう!」
「あぁ、ありがと」
「これでユエも私たち守護団に一歩近づいたわけね!うんうんっ、楽しみねこれは!」
話は脱線してしまったが、ここまで喜んでくれていることもまた嬉しい限りだ。
びしょびしょになりながらも、ユエは隣を歩いてくれるエリカに感謝し笑顔を見せた。
「っと……それでそれで?」
話を戻して?と、エリカがユエに続きを促したので、ユエもあぁ、と思い返す。
うーんと、指を顎にあげて軽く天井を見上げてみた。
「どうやらドルチェだったみたいで、結構兵士さんは喜んでくれたんだけど、食べてる間に見張り役がいなくなっちゃうね、ということであたしが代行したわけよ」
「うん」
下門の兵士は2人体制だ。中央の門と違い、客人を招き入れる門ではないし、尚且つ城に出入りを許されている者でもここから出入りする人は少ない。
だから2人で成り立っているのだが、1人がドルチェを食べている間にもう一方の方角が見れなくなる……なんていう生真面目な問題があがり――数分ぐらいいいじゃないか、と思ったのはユエが不真面目なのだろうか――1人の代行をユエがしたのだ。
「で、下門の真上に貯水タンクがあるのは知ってるでしょ?」
「あぁ、うんあるね」
「なんでかよくわかんないんだけど、まるで狙ったみたいに交代した瞬間、あたしの脳天に水が滝のように流れ落ちてきて」
「うわ……」
「聞いたところ、老朽化が進んでた貯水タンクが破裂したみたいで、その被害に遭った……って感じ」
「なんてゆうか、運が悪いのか、間が悪かったのか……。とにかくお疲れさま……」
エリカが本気でかわいそうに、という目をしてみてくるもんだからユエももう何も言えなかった。
あまりにも憐れみの声が酷いので、テンションまで落ちてきてしまう。
「とにかく風邪ひかないように早くお風呂に入った方がいいわね。それから闘技場で汗流してきたら?」
「うん……とりあえずそうしようと思う……」
「ほらほら、そんな落ち込まないで……!悪いことがあったから、今日この後いいことが起きるかもしれないじゃない♪」
だといいけど。と思ったのが率直な感想だった。
滴り落ちる水滴は、オリビオンの高級な絨毯が敷き詰められる廊下に足跡を残すことになる。あとでウィルか、コズエ、コヨミあたりにどやされるのは覚悟の上だ。
「あ、そういえばさっき食堂に寄った時、サクラがユエ宛の手紙受け取ってたよ?あとで声かけといてね」
「手紙?」
ちょうど風呂と、エリカが行きたい方角が分かれ道になった先。
またあとで、と告げる前にエリカがそんなことを言ってきた。
どう考えてもおかしい、と思ったのはユエだけではないだろう。ここに例えばあの、少し抜けているイオンがいたとしてもおかしいと思うはずだ。
「あたし宛の手紙って、一体誰から……」