07.
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煌びやかな装飾。
オレンジ色の優しいランプの色に、少しだけ胸の奥が高鳴る。
馬車で次々と到着する人々は皆、この空気にとても似合っていた。
そんな場所に自分がいてもいいのか、少しだけそわそわとしてしまう。
「ユエ、迷子になるなよ」
「ならないってば」
隣にいる長身の年下の彼がいることが、頼もしい事実だった。
パーティに参加することにしたアッシュは正装で会場にユエとやってきていた。
見慣れない格好いることは違和感があったけれど。
ついにきた、パーティ当日。
レガーロ島の領主であるアルベルトが開いた今宵の催し。
レガーロに近付き、不穏な動きを見せていたシャロス・フェアの捕縛が出来たことを祝う名目で開かれるそれに、主役としてユエを筆頭としたアルカナ・ファミリアが呼ばれたのであった。
ただ、フェリチータやリベルタ、ノヴァは別件で動いている為にユエと共に来てくれたのは、アッシュである。
彼がこのような場所を好んで来るのは、少しだけ意外であった。
「で。その有名な錬金術師さんは見つかった?」
「今探してるとこだっての」
そう。
アッシュがわざわざユエについてきたのは、有名な錬金術師がこの場に来ると言う情報があったからだ。
アッシュからしたら、ある意味それは建て前。
本音は全く別の所にあったのだろうが、ユエは気付いていない。
平然を装ってはいるが、こんな空気の中に、ドレスアップしたユエ……――。
「……――」
まさに“美人”としか言いようがなかった。
目を奪われる。
セミロングの髪は、左サイドで緩く束ねられて、アッシュが選んだドレスに身を包んでいて。
色合いからして“地味だ”と笑う輩はいるかもしれない。
だがアッシュは自身の見立てに文句を言わせる気は毛頭なかった。
本人は童顔だというが、彼女の容姿は誰が見たって認める美人だ。
「(フェデリカドレスで試着した時以上に化けやがった……っ)」
内心照れて視線を合わせることが出来ないアッシュに、首をかしげながらユエは怪訝そうな表情を隠せずにいた。
ほっとこう、とそのまま会場であるホールでぼうっと突っ立っていたユエ。
そんな時だ。
悪い情報というのは、すぐに目に入ってくるもので。
「!」
ルカとパーチェがここに来ることは知っていた。
パーチェとアルベルトが異母兄弟という理由があるからだろう。
もちろん、彼らがアルカナファミリアの一員で守護団との戦いに加勢していたのも理由だ。
だが。
だが、彼がここに来るとは聞いていない。
「デビトさん、あれ!あれ見て!」
まして、“彼女”と一緒に来ているだなんて。
「デビトとヴァニア……」
07.
見間違えるわけなんてなかった。
親しげに腕を組んで、立食会を楽しんでいる2人は自分の想い人と、恋敵といっても過言ではない少女。
「デビト、来てたんだ」
「なんだアイツ、そんなこと一言も言ってなかったのにな」
ポロリ、と零したユエの言葉に視線を逸らして人探しをしていたアッシュが答える。
2人は瞳の奥に同じ隻眼の男を映したまま、沈黙を呼び起こした。
隣にまたも連れている少女は、近海の令嬢であることは言わずと知れた事。
ユエの横顔は、既に諦めが見えた切なさを含んでいる。
「行こう、アッシュ」
「……」
「お腹すいた」
そのままアッシュを見上げて、なんでもないというように表情を笑顔で隠すユエ。
隠し切れてねぇぜ、とは敢えて言わなかった。
「ここまで来て食い気かよ」
悪態をついたのは、彼なりの優しさだった。
そのままユエの指先を拾って、微笑んでやる。
「何が食いたいんだ?取ってきてやるよ」
正直、正装のアッシュは、すごく決まっていた。
ユエが見慣れた“年下”の彼はどこにもいない。
優しく目を細くして微笑まれたら、照れるのは反射だ。
ここにある、煌びやかな空気もそうさせるのかもしれない。
まるで一国の女王になったような扱いに思えた。
大袈裟な表現だけれども、ユエはそう感じ取れたんだ。
「……パスタがいいかな」
少しだけ俯きながら、視線をあげて。
本人はそうしたつもりもないのだけれど……上目遣いでアッシュにお願いすれば、今度はアッシュが照れる番だった。
反射といえるようなやり取りが続く。
アッシュがバツが悪そうに照れながら、複雑な顔を隠せずに頷く。
そんな時だった。
「こんばんは。2人とも、パーティは楽しまれてますか?」
「!」
「あ?」
声をかけてきた人物がいたので、2人の世界に入り込んでいたアッシュとユエが顔をあげた。
刹那、目の前にいた人物に絶句する。
淡いピンクの可愛らしいドレスに身をつつみ、白くて綺麗な肌を大胆に露出した少女。
笑顔は嫌味なくらいキラキラしていた。
「お前……」
アッシュが発した言葉に対して、ユエは目を見開いて動けずにいた。
奥からグラスを抱えたデビトがやってくるのが見える。
目の前に現れた少女・ヴァニアの元に歩み寄ってくるのは想像しなくたってわかった。
「うふふ。さっき、お二人から熱い視線を感じたので。つい嬉しくて声をかけさせていただきました」
デビトがヴァニアが話しかけている相手を認識して、はちみつ色の瞳を揺らがせた。
こちらも絶句という表現が正しい。
目の前にドレスアップしたユエがいたからか。
そのユエと一緒にいたのがアッシュだからか。
はたまた、ヴァニアがユエと接触しているからなのか。
それは当の本人、またはフェリチータにしか分からないことだろう。
「はじめまして。いいえ、“改めまして”でしょうか」
「……」
「貴女は、イシス・レガーロにいた1日ディーラーさんですよね?」
ヴァニアはユエに笑いかける。
年下とは思えない威圧感。
放たれる空気は決して好意的なものじゃない。
敵対心が剥き出しだった。
「あの説はどうも。とても楽しませてもらいました」
「別に、アナタを楽しませるためにディーラーを務めた訳じゃないです」
「そう?ふふふ」
表面上は可愛さを放つのに、全身を舐めるように探る視線はどこをとっても刺々しい。
「私はヴァニア。近海の領主イースト家の末娘です。今日はアルベルトさんのご厚意でお邪魔させていただいてます」
ヴァニアが、周囲に聞こえるように声を張って名乗りをあげる。
“イースト家”と聞いて、周囲がざわつきはじめた。
彼女の家柄なんて知ったこっちゃないが、どうやら色々有名らしい。
その名を聞いた瞬間、彼女に近付いてくる者も視界に入った。
「貴女の名前は?まだ聞いてなかったわよね?」
全面対決とでもいいたいような、攻撃的な言葉。
アッシュが“どうして連れて来た”と意味を含んでデビトを睨んだ。
さすがにこの睨みには耐えられなかったようで、デビトが舌打ちをかまして、顔を背ける。
「私は名乗ったわ。名乗りなさいよ」
反応をまったく示さないユエに、いらつきを覚えたヴァニアが鋭く発した。
アッシュが腕をユエの前に出すかと思われた瞬間、ユエの凛とした声が響く。
「ユエ」
小さく、でも強く放った声。
そして次に続いた言葉は、更に驚いた。
「ユエ・インゲニオースス」
その場にいたアッシュも、デビトも。
わかる者にはわかったのだろう。
ユエの発言を聞いて近くで息を飲んだのは、アッシュやデビトだけではなかった。
「ユエ……」
「…っ」
自分の出生を認め、そして誇るように名乗った姓。
名乗る義務はなかっただろう。
アルカナ・ファミリアに属するものは家名を捨てた者たち。
だが、ユエが名乗ったのには、御家柄を振りまいて優遇してもらっている彼女の生き方が気に食わなかったのが理由であろう。
ある意味、子供っぽい理屈だ。
それでも、彼女には負けたくないとの強い思いがあったに違いない。
「インゲニオーススだと?あのかの“ウィル・インゲニオースス”の末裔……」
「錬金術師の……」
人がざわざわと集まり始めた。
ユエの名乗りが影響したと受け取ったヴァニアが、面白くなさそうな顔をする。
「アルカナ・ファミリアは家名を捨ててるはずよ?」
「アナタがフルネームで名乗ってくれたので、フルネームで返したまでですよ」
「なにそれ」
ユエの瞳に映したのは冷静さと少しの冷たさだったが、ヴァニアには既に火花が飛んでいた。
「言っておくけど、私、欲しいものは全力で手に入れる主義なの」
「……」
「言いたい意味、わかりますわよね?」
遠まわしの、宣戦布告。
彼女はある程度、ユエ自身のことを調査していたんだろう。
ヴァニアが欲しい男には、12年越しで彼を想っている女がいる。
邪魔な存在がいる。
今彼女が発言した通り、“欲しいものは意地でも手に入れる”のであれば潰しにかかってくることは目に見えた。
「これからも長い付き合いになりそうですね。ユエさん」
「…」
「それじゃあ、楽しい夜をお過ごしください」
デビトさん、行きましょ。と可憐に声をかけた少女。
ユエは既にヴァニアからも、デビトからも目を逸らして背を向けつつあった。
アッシュの横を通り抜けていこうとする、年上の想い人。
瞳に宿ったのは、何だったのだろう。
諦め?切なさ?
悔しさ?怒り?
違う。
どれでもなかった。
言い表せない表情を見せたユエの横顔。
―――……耐えられなかった。
「オイ」
人は、土壇場になると何をするか分からない。
それは、頭で考えるよりも先に、体が動いてしまうからだろう。
未熟と言えば、それまでだ。
思考より行動。
理屈より、心。
アッシュの低い声に、ヴァニアが振り返る。
腕を引かれていたデビトもアッシュの声に、少女に倣って振り返った。
対してアッシュの声を聞いていなかったユエは、急速に、そして強引に肩を引かれて。
さっきまで立っていた場所に戻されれば、同時に降りかかったのは優しい吐息だった。
「な…っ―――」
声を零してしまったのは、デビトだった。
目の前で。
奪われてしまった。
「ん……っ」
ユエの唇を、アッシュに。
「―――……っ」
―――漏れた吐息。
血液が逆流しそうになるのを肌で感じた。
何が起きたのか分からなくて、しばらく動けなかった。
しばらくといっても長い時間じゃない。
でも、デビトからしたら永遠とも思えた。
そしてそれは、ユエにとってもだった。
灰色の前髪から、ゆっくりと開かれる同色の優しくも鋭い光をもつ瞳。
その視線に射止められた。
後頭部を髪を掻き上げるように甘く支えられて、もう一方の手は全ての障害から守るというように回されていた。
ユエの紅色が、アッシュの瞳を見つめ返す。
唇に宛てられた熱。
デビトとは違う。
似つかないくらい、ちがう意味で優しすぎて甘かった。
「ア……シュ…」
「何を勘違いしてんのか、知らねーけど」
アッシュの瞳は、今まで見たことないくらい真剣だった。
「コイツは俺が貰うんだよ」
公でいつも通り強気で発せられた想い。
ヴァニアもさすがに度肝を抜かれていた。
デビトに関しては、衝撃が強すぎて言葉が吐き出せなかった。
首を絞め続けられてる感覚だった。
「ヴァニア・イーストっつったか?」
「…っ」
「お前が欲しい男は、大事な女を傷つけてばっかなヘタレだぜ」
「アッシュ……っ」
「そんな奴、モノにしたって後悔すんぞ」
抱き寄せられる肩に添えた腕は、強かった。
どんなものからも、本当に守ってくれるようで…。
「もちろん、俺はそんな奴に惚れた女を渡す気はねぇ」
正装とドレスでメイクアップされた男女の恋は加速して。
歪んで、形を変えたまま時間だけが過ぎていく。
アッシュが蹴っ飛ばした歯車は、どこかと噛み合うことがあるのか。
はたまた、全てを壊していくのか。
デビトとユエがその時出す答えは……――――。
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