06.
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夕陽がさしこむレガーロは、とても美しい。
この交易島は、他の島から多くの観光客が訪れる。
観光パンフレットでもある“ガイダ・レガーロ”には、この夕陽のことも書かれていた。
その夕陽の下、アルカナ・ファミリアの館の前では2人の男がバチバチと視線を合わせ、火花を飛ばしていた。
決してこの美しい光景に似合わない鋭い光を放って。
06.
「で。俺になんか用か?」
アッシュが冷たく言い放った。
本心としてはアッシュがデビトに言いたいことがあるのだが、敢えて聞いてやった。
目の前の隻眼の男は、アッシュの言いたいことが分かっていたようでニィっと口角をあげる。
「用があるのはアッシュ。お前じゃァねェのか?」
「……」
「わざわざ俺とユエを会わせずに、手を回したのはお前だろォが」
「だったらそっちも人のこと言えねぇんじゃないか?わざわざ、メイドのねーちゃん達を追い払っただろ」
一歩も譲らない2人。
三白眼の瞳が細められ、先に口を出したのは…アッシュだった。
「ユエに何したんだ」
「は?何ってなにがだ」
「とぼけんな」
アッシュが更に睨みをきかせる。
デビトは涼しい顔で受け流すが、言葉の続きだけは気になるようだった。
「アイツがあぁやって落ち込むのは、お前が絡んだ時だ」
「……」
「テメェがハッキリしねぇで、とっかえひっかえにしてんからだろ」
表面上は落ちついているようだったが、アッシュの言葉はデビトに一瞬だけ変化を見せる。
アッシュはそれを見逃さなかった。
「答えが出せないなら、俺が貰う」
「……――」
「お前がアイツに対して、ハッキリさせずに今後もそんな態度を続けるなら―――」
アッシュの真っ直ぐさは、揺らがなかった。
それはまるで、ユエが何かを決めた時と同じような…――凛とした視線。
強くて、逃げない。
諦めを見せない瞳だった。
「俺がユエを貰うぜ」
断言される言葉たち。
デビトは思わず喉まで出てきた子供らしい暴言を、飲み込む。
ハッと嘲笑ってやったが、アッシュの精神は強かった。
「好きにしろよ。わざわざ俺に宣戦布告する意味あんのかァ?」
デビトが背を向けて、館への扉へと手をかける。
次に出された言葉は、彼の目を見開かせた。
「言っとくが、俺は一回フられてんからな」
「!」
振り返りそうになるのをぐっと堪えた。
アッシュがどんな表情をしていたのかは、わからない。
「デビト。お前がそんな中途半端なら、アイツの気持ちがどうであれ、譲る気はないぜ」
背後で、マントが翻る音。
アッシュが用は済んだとでも言うように、背を向けたのだろう。
リベルタとユエを迎えに行くようだ。
デビトは、悟られないように。
館へ入り、玄関ホールを抜けて早足で自室を目指す。
ザワザワと騒ぐ胸の内は収まらなかった……。
―――そんな、ユエとデビト、デビトとアッシュが気まずい状態は何日か続いた。
進展がないまま、デビトとユエはろくに話しをする機会もなく、時間だけが過ぎていく。
気がつけば、守護団との戦いが終わり、レガーロへ戻ってきた時に誘われたアルベルトのパーティの日にちが近付いてきている。
「フェルは行かないの?」
「その日は、ノヴァとリベルタと一緒に、別の件で島の外に出ちゃうの」
「そっか……」
「だからユエ、私の分まで楽しんで来てね」
フェリチータに誘われたシエスタ時のお茶会。
スミレが育てたバラが見える、空の下でのお茶会はとても有意義な時間だった。
だが、心だけがどうしても晴れない。
「ユエはアルベルトさんに直々に誘われたんだから、行かないわけにはいかないでしょ?」
「まぁ……そうだよね」
フェリチータが、ルカが淹れたミルクティーを楽しみながら首をかしげる。
ユエは用意されたスコーンにも、紅茶にも手をつけていない。
奥からスコーンのジャムを取って来たルカが、彼女の皿を見て不思議そうな顔をしていたのも事実だ。
「ユエ?」
「どうしても行かなきゃダメかな…」
「ユエ、どうかされたんですか?」
ジャムの瓶のフタを開けながら、ルカも目をパチパチさせている。
「そんなにパーティに行きたくないの……?」
「うーん……」
「大丈夫ですよ、ユエ。当日は私もパーチェも、アルベルトのパーティには参加しますし」
ルカが慰めるような、元気づけるような口調で言い、顔を覗かせたが、ユエは苦笑いするだけ。
フェリチータが首をかしげ、アルカナ能力を使おうか迷い、思いとどまる。
彼女も成長したのだ。
むやみやたらに心を読むことで、彼女の不安やイヤなことを拭えるとは限らない。
ルカとフェリチータが顔を合わせて、心配そうな顔をする。
ユエは一回だけきちんと笑顔を見せてやった。
「大丈夫。きちんと参加してくる」
言葉の最後が、どうしても消え入りそうに聞こえた。
そこで、ルカが「あ!」と声をあげる。
「そうです、ユエ。ドレスはもう決まりましたか?」
「え?」
「そうだね。パーティだもん、ドレスを選ばないとだよね」
刹那、ユエが一瞬だけ“イヤだ”という顔を見せた。
その表情は、冗談や面白みを含んでのものではなく、本気で拒否を見せた色。
フェリチータとルカは特に気付かなかったようで、“フェデリカドレスへ頼んどきましょう!”なんて張り切っていた。
実際に着るユエよりも、はしゃいでいるのはルカ達なのは言わずともわかった。
「(ドレスか……)」
◇◆◇◆◇
事は早い方がいい、というルカのアドバイスでフェデリカドレスの店までやって来たユエ。
ルカが素早く手回ししてくれた関係で、フェデリカさんには既に話をしてあるとのことだ。
お店の前で、どうしても照れだったり、恥ずかしい感情が勝ってしまい立ちすくんでしまう。
誰か一緒に付いてきてもらえばよかったなんて落胆してしまった。
どうもここの所、1人でいるとどうも悪い方向へと進んでしまう。
変に弱くなった自分自身がユエはいやだった。
「着たくないな……」
フェデリカさんのドレスのデザインがイヤとかではないのだ。
そのような格好をするのも、嫌いではない。
華やかな空気に自分が似合うかどうかと聞かれると、肯定する自信はあまりない。
でも、ユエがドレスを着たくない理由は、もっと別の所にあった。
「ルカ達には選べなかったって言って、帰ろうかなぁ」
店の中には、何組ものお客さんがいる。
こっそりと帰ることを決めて、店の扉にお別れを告げ、元来た道を戻り出そうとした時だ。
「あれ、ユエ?」
「ひっ」
顔をあげると、そこには意外なメンバーが立っていた。
見慣れた銀髪の男・アッシュは、まぁいいとして。
その横に並んでいた少女たちが意外すぎた。
「何してんの?こんなところでウロウロしちゃって」
「“フェデリカドレス”?」
「なーに、ユエ、ドレスでも着るわけぇ?」
「ふふ、ちょっと意外です…♪」
「エリカ!ファリベルにサクラ……ツェスィまで……」
先日は守護団のメンズがレガーロに現れたが、今アッシュの横に並んでいるのはどう見ても、守護団のガールズ達。
見間違えるわけもない。
「で、ユエはこんな所で何してんだ?」
アッシュが何でもないように尋ねてくるので、思わず声を少しだけ荒げて聞き返してしまった。
「そっちこそ!なんで守護団が……?」
「あぁ、港で偶然会ったんだよ。錬金術についての書物をファリベルが探してるっていうから、この前の裏道の店を教えてたとこだ」
「いや、そうじゃなくて……」
アロイスやラディの時もそうだったが、当り前のように現れる彼らが不思議でしょうがない。
もちろん、コヨミが作っている時代のゲートがあるからだろうけれども。
だが、こうも容易く時代を超えて行動していいるのが意外だったのだ。
ルカのような小言つきで話を進めることになってしまうので、ユエはなんとか思いとどまった。
「こっちの世界は、とても素敵なものが多くて魅力的です…♪」
ツェスィがフェデリカドレスの看板を見つめながら、少しだけ目をキラキラさせていた。
ユエがそんな彼女の後ろ姿を眺めて、“パーティに代わりに行ってくれ”なんて思ってしまう。
「ユエさん、今度案内してくださいね…♪」
「え?」
ツェスィの唐突な申し入れに少しだけ戸惑いつつ、頷いて見せた。
彼女はアイスブルーの瞳を細め、愛らしく笑みを返してくれる。
「本当ですか?楽しみにしています…♪」
「そこそこーなにデートの約束してんのぉ?」
サクラが渦巻いたピンクと白のキャンディを口一杯に頬張りながら、ツェスィに抗議する。
ツェスィは特に何も返さずに微笑んでいた。
エリカは既にフェデリカドレスの窓に張り付いて中を覗き見ている。
「すごい!可愛いドレスがいっぱい!」
エリカやツェスィがドレスを見て目を輝かせていたのを見て、女子力が高いなぁなんて思う。
ユエはどちらかというと、ドレスのように着飾ったものよりも、戦う時に動きやすい格好を選んでしまう。
今はファミリーのスーツだけれど、個人的には守護団と戦っていた時のショートパンツの方が好きだったりする。
ドレスなんて、今まで興味のかけらもなかった。
「ねぇねぇ!ちょっと見ていってもいい?」
エリカがはしゃぎながらガラスの扉を開けていた。
言葉より早く体が動いてるよ、とファリベルが突っ込みながら笑顔で中へと入っていく。
ツェスィも“これはいい機会です…♪”なんて言いながら扉の向こうへと消えた。
仕方がないのでサクラもついていく結果になったが、ユエはその後に続こうとは思えなかった。
「アッシュも意外だね。守護団のメンバーと何の違和感なくいれるんだもん」
「まぁな。案外錬金術のいい話も聞けたんだぜ。それに、あのゲートはコヨミの力だからな。来ようと思えば、いつでも来れるだろ」
コズエが作ってるわけじゃないんだ、と付け加えられた言葉が少しだけ彼女が可哀想だった。
「そんで、ユエはここで何してたんだ?」
「え……と」
言いだすか迷って、結果……素直に相談してみた。
「今週、アルベルトさんが誘ってくれたパーティがあるって前言ったでしょ」
「あぁ、そんな話しあったな」
「その時のドレスを選んで来いってルカに……」
「……なるほど」
ヘタレ帽子がやりそうなことだな、とアッシュが笑う。
「でも……」
言い淀んだユエの続きを、アッシュは待った。
ポロリ、と本音が出てきたのは、相手がアッシュだったからかもしれない。
「ドレスなんて着たくない……」
ユエが告げた言葉は、あまりにも弱々しくて。
アッシュが茫然としながら、真剣に瞳を見返してやった。
「なんでだよ……?似合わないなんてことねぇだろ」
「そうじゃなくて……」
「そうじゃなくて?」
次の言葉に、アッシュは目を見開いた。
「体、傷だらけだから……さ」
この声音は、なんというのだろう。
後悔ではなかった。
自分を憐れむものでもなくて。
怒りでもない。
言うならば、諦めが似ていた気がする。
「肩とか、露出が多いものは今までの戦って出来た傷が見えるから」
「ユエ……」
「それに、胸元が空いてるやつだって、守護団との戦いでついた痣がまだ治ってないし」
「……」
「脚はかろうじて大丈夫だけど、綺麗なんてお世辞にも言えなくて……」
ニーハイの下に隠れた擦り傷や切り傷。
シャツの下にある晒される肌は、痣もあれば治らない痕も。
「ちゃんとしたドレスなんて、着たことないしさ。こんな体で着て、社交界に出ていいのかなって思ったら…―――」
恥じらいではない、本気で悩んでいる顔。
憂いを含んだその横顔は……どうしても、どうしても。
不謹慎であると分かっていても、とても美しかった。
「―――……、」
アッシュが口角を、優しく上げて。
ユエの細くて白い指先を、握った。
「来いよ、ユエ」
「アッシュ、」
「ドレス、選ぶんだろ」
「ちょっと……人の話ッ、聞いてた?」
アッシュの行動にユエが眉間にシワを寄せたが、彼はそれを微笑み飛ばした。
「お前、もっとちゃんと見てから言えよな」
「はぁ!?」
「あるよ。そんくらいの傷、隠せるドレス」
「……っ」
カラン、と訪問の鈴が鳴った先。
ガラスの扉を超えた世界は煌びやかで。
エリカやツェスィは笑顔でドレスを選んでいた。
そんな光景を目の当たりにしつつ、アッシュが“そこで待ってろ”と告げて、奥の店主であるフェデリカさんに何か話をしている。
フェデリカさんの視線が一瞬こちらに向けられて、天使さながらの笑顔が向けられた。
「待ってたわ、可愛いお嬢さん。従者の彼から連絡があって随分経つのに、なかなか来ないから心配してたのよ」
すみませんと、なんとなく頭をさげてしまった。
そんなことをしているうちにも、アッシュが何着かドレスを持ってきて、ユエに手渡した。
「ほら」
「え?」
「着てみて、好きなの選べよ」
「…っ」
惑うユエ。
フェデリカは何かを察して、ユエの肩に触れながらゆっくりと前へ出る。
「個室を用意してあげるわ」
「え?」
「普通の試着室じゃ、ちょっと狭いから。……ね」
「…」
流されるまま案内されて。
隣の部屋で、ユエは渡された何着かのドレスを纏ってみた。
薄いピンクのドレス。
淡い緑のもの。
白、黒…そして、紺のドレス。
さまざまな種類のものを着て、鏡の前に立ってみて。
ユエは1つの共通点に気付いた。
「どれも…―――」
どれも、胸元はきちんと隠されており、肩もふんわりと丸い袖がついている。
キャミワンピのようなキュートさは欠けているが、どれも纏えば大人っぽくて。
「似合ってんじゃねぇか」
「!」
急に背後で声がして振り向けば、堂々と入って来た年下の幼馴染に目を丸くする。
「ちょっと!仮にも着替えてること想定しなさいよッ!」
「ぎゃあぎゃあ騒ぐなよ。着替えてなかったんだから結果オーライだろ」
「はぁ…ッ!?」
思わず赤い顔で反論するユエに、アッシュが笑う。
「んな顔するなよ。せっかく着飾ってんだろ、淑やかにしろって」
「…っ」
視線を合わせて、かがんでくれた彼。
目が合うだけで、何故か鼓動が跳ねた。
そのままアッシュがユエの背後に立ち、鏡越しでユエを見つめ、告げる。
「やっぱ紺だな」
「え?」
「それにしとけよ。一番しっくりきてる」
大人っぽい紺のドレス。
繊細な装飾、対してスカートの丈がふんわり丸いのは可愛らしさを出していた。
「………、」
少しだけ、鏡の自分とにらめっこ。
紺の魔法にかけられて、自分が自分じゃない気がしていた。
「変じゃない?」
彼の意見を頼りにするのは、どうかとも思ったのだけれど。
背後でぴったりとくっついて立つアッシュが、もう一度屈んで耳元で囁いた。
「すっげぇ綺麗」
デビトに言われたわけじゃないのに肩が跳ねて頬に赤みが刺したのが鏡でわかった。
弟のような存在のアッシュに、耳元で優しくそう囁かれるのもむずがゆい。
でも間違いなく照れてしまうのは、アッシュの気持ちを知っているからか。
「……ありがとう」
顔を赤くせずには、いられなかった。
◇◆◇◆◇
結局は、アッシュが選んでくれたドレスを買って、ユエとアッシュは店を出た。
守護団の面々は、もう少ショッピングを楽しみたいということで、そこで別れることにした。
「アッシュ、ドレス選んでくれてありがとね」
「あぁ。それはフェデリカさんにも言ってやれよ」
再び夕陽が伸びる街を2人並んで歩く。
ドレスの紙袋は、彼が当り前だとでも言うように持ってくれていた。
「そういや、そのパーティっていつだ?」
「今週の日曜日」
「そうか。それって領主の館でやるやつだよな?」
「うん」
「ふーん。なら、俺も行く」
「え?」
あまりにも突然すぎて、ユエは足を止めてしまった。
「な、なんで……?」
「その領主主催のパーティに、有名な錬金術師が来るらしいからな」
「…」
「お前の付き添いとか言ったら、入れてくれねーかなと思って」
「ど、どうだろう……」
でも、彼がついてくるなら安心かもしれない。
どこか少し安らいでパーティに臨めそうだと思った。
伸びる影はどこまでも遠く。
2人の距離を平行線で繋ぐ。
交われないものかと願えば、手が届きそうな気もしたけれど。
アッシュは隣で俯きがちで、でも小さく笑んだ彼女に優しく視線を向けていた。
パーティまで、あと1日。
嵐の前の安らぎは、この時、終わりを告げていた。
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