05.
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守護団のメンバーと食事をしたあとは、なんとか気持ちを誤魔化して、金貨でのセリエ体験を終わらせたユエ。
守護団と話をしたことを思い出しつつ、大きく溜息をついた。
ヴァニア。
この近海のご令嬢であり、誰もが認める美人だ。
カジノの裏通りで彼女を見かけた時、ユエが息を止めたのにはいくつか理由があった。
もちろん、1つ目はデビトにキスをしていた光景が脳裏をよぎったから。
もう1つはその容姿を間近で見て、単純に時が止まったような感覚を覚えたから。
「誰もが、可愛いって認める部類だもんなぁ」
すべすべの色白の肌。細い腕。
長い睫毛に大きな瞳。
守ってあげたいと思わせる空気。
デビトが彼女に触れたくなって、カジノで付きっ切りでいるのもわかる気がする。
対して、自分は―――
「シャワー浴びて来よう……」
廊下を行き、バスルームに来て上着を脱ぎ捨てる。
下着だけの姿になった時……彼女は目を逸らしたくなった。
「…」
たくさんの戦いがあった。
親友を助けるために望んだ力。
どうしても諦めることが出来ずに、挑み続けたこと。
その事実自体を後悔はしていない。
だが、もっと自分を大事にすればよかったと思うことは別だ。
「ボロボロ。これが女か?って感じだね、まさに」
鏡に映った自分の姿は、ひどかった。
ルカがいつか言っていた“アナタは女なんです”の意味がわかった気がする。
同時に心にズキン、と響く意味。
切り傷、擦り傷、もう治らない痕。
守護団との戦いで負ったものがまだ目立っていたけれど、中には昔つけたものもある。
「“その先”かぁ……」
無理でしょ。と、誰よりも先に自分が嘲笑った。どうしようもなくて。
伏せた瞳に、悲しい色を残して、ユエはそのまま蹲った。
「あまりにも違いすぎる……」
容姿も、負ってきたものも、過去も。
そしてそれは、これから先に負うものも課せられるものも違うはずだ。
どれだけ強くなれば、どれだけの想いがあれば、解決できるのか。
―――違う、そんな問題じゃない。
デビトをどれだけ好きだから。
デビトをどれだけ思っているのか。
その気持ちだけで解決できるものじゃないのだ。
必要であるのは、相手との会話、対話。
気付いていても、進むことを躊躇ったのはユエ自身だった。
05.
「いや、だから俺はいいって言ってんだろうが!」
「なんでだよ!?せっかくなんだから、お前も来いって!」
「あ~しつこいな!行かねぇ!俺は行かねぇ!」
とある日の朝。
ユエが金貨でセリエの体験をしてから数日経ったある日のこと。
昼前の館の廊下でギャアギャアと騒ぐ声が響いてくる。
どうやら声の主たちは、アッシュとリベルタのようだ。
行く・行かないの論争を繰り返しているのは、遠くからでも読みとれた。
「なんだよ、せっかくの祭典なんだぜ!?水上パフォーマンスとかあるのによ!」
「俺はやることがあるってさっきから言ってんだろ」
「それって今日しか出来ないことなのか?」
リベルタの隣でアッシュが、ややぐったりしながら溜息をつく。
どうやって、このうるさい愚者から離れるべきか考えていると、ちょうど理由になりそうな人物がいることに気付いた。
「おい、アッシュ聞いてんのか?」
リベルタが彼の顔を覗きこみ、その視線を追った。
先にいたのは、
「あ、ユエ」
アッシュからしてみれば、彼女がどこにいようと見つけることは、容易かったのかもしれない。
この廊下の真正面にあるテラスで、膝を抱えて座っているのが見えた。
特に本を読んだりしているわけでもなく、日光浴をしているというには、表情が暗すぎる。
「ユエ……」
「どうしたんだ、ユエ。なんか元気なくね?」
リベルタの言葉は、アッシュにとって愚問であった。
アイツがあんな顔するのは、決まってデビトが絡んでいる時。
「あ、おいアッシュ……!」
リベルタを抜いて、ズンズン歩いていったアッシュが、躊躇いもなくテラスのガラスドアをあけた。
顔をあげたユエがアッシュを捕えて、少しだけ笑う。
「よう」
「……おはよ」
「お前、今日は棍棒のセリエで働くんじゃなかったのか?」
まずは、ぶっきらぼうに素朴な疑問からぶつけてやった。
ユエは苦笑いをして、彼から視線を逸らす。
投げた先には、スミレが懸命に面倒を見て咲かせた花々が並んでいた。
「ズル休み」
「……―――」
「天気がいいから、海にでも行きたいなぁって思ったんだけど、ここも景色がいいから」
リベルタもアッシュに追いついて、ひょっこり顔を出してやれば、ユエも気付いて微笑んだ。
アッシュは顔にこそ出さなかったが、内心穏やかではなかった。
リベルタも“ユエが棍棒の仕事をサボってる”と聞いて、焦った空気を出している。
だが。
「―――……そーかよ」
アッシュは、真逆の態度を示した。
ドカリと隣に腰かけて、同じく花々に視線を投げる。
「休息だって必要だぜ。たまにはな」
「アッシュ……」
「…」
リベルタは思わず、目をぱちくりさせた。
ユエはパーパから課せられた任務を、言わば黙って投げ出したことになるだろう。
責任能力がなんちゃらかんちゃらと、あとで誰かから言われないかが不安だ。
「アッシュこそ、どうしたの?」
「あ?」
「今日、ヴァスチェロ・ファンタズマで研究の続きじゃなかったっけ?」
少し、どこか気まずそうにしているユエが、伏せがちの瞳で尋ねる。
彼は間を置いてから、答えた。
「気が変わったんだよ」
「…」
「日光浴しながら本読むのも悪くねぇな、て」
不器用だけれど。
一定の距離があるけれど。
彼らしくて、ユエの中に1つの安心が落ちてきた。
どうしても嬉しい笑みが零れてしまうのを隠して、口角だけ上げる。
隣でパラパラと持っていた本のページをめくりだしたアッシュは、気付かれないように……切なく表情を歪ませた。
ユエの想う相手が、自分ならば……―――。
「ていうかユエ、海に行きたいんだろ?」
だが、そんな2人の空気をブチ壊してきたのは愚者ルタくん……いや、リベルタだった。
「なら、今から海行こうぜ?今日は水上の祭典で、海岸あたりにいろんな出店も出てるんだッ」
「リベルタお前空気読めよ」
だが、愚直すぎる彼はそのままユエに楽しそうな視線を向ける。
キラキラの澄んだ笑顔が、ユエの心に落ちた不安や悲しいことを癒す。
「祭典か……」
「な!行こうぜ!どうせなら、今日しか出来ないことなんだからよっ」
「はぁぁぁぁ~~」
リベルタに答えを急かされ、ユエは眉を下げて笑ったが、彼の言葉に頷いた。
「そうだね。せっかくだし、行こうかな」
「……マジか」
アッシュも彼女の答えにこめかみを押さえてしまった。
せっかく2人でゆっくりできるのに、という期待が打ち破られる。
だがユエの笑顔が見えたので最後には“まったく”という空気で笑んでしまった。
「アッシュは行かないんだろ?ならここで留守番な」
「あれ、アッシュ行かないの?」
「………行く」
その答えに、彼は我ながら現金だな、とアッシュは強く自覚してしまうのだった。
◇◆◇◆◇
やって来た海岸沿い。
大きくもない祭典だが、それなりに人がいて、会場は賑やかであった。
「やっぱ海はいいよなぁ!!」
笑顔で両腕を広げたリベルタが叫ぶ。
ユエとアッシュが顔を合わせて笑う。
リベルタは遠慮なくユエの腕を優しく掴み上げて、1つの出店を指差し出した。
「よーしっ!んじゃ、まずはあの店から回ってみようぜッ!行くぞ!ユエッ」
「わわ……ッ」
駆けだしたリベルタに、さながら引きずられるようにしてユエも走り出す。
オイ、マジかよ。と顔をギョッとさせて、アッシュも2人を見失わないように彼らを追いかけた。
「リベルタ、今日は諜報部の仕事ないの……?」
ユエが走りながら、彼に問いかける。
リベルタは大きく頷いて見せた。
「あぁ!ダンテが休みをくれたんだ」
「海岸で祭典をやるのに、人手不足とかじゃないんだ」
「だいじょーぶだって!警備には聖杯が駆り出されてるし、オルソやニーノが手伝いにいってるからよ!」
「…」
「ダンテが、守護団での戦いで疲れてるんじゃないかって、気を利かせてくれたんだ」
「!」
そうか。と納得できてしまった。
本当に、壮絶な戦いを終わらせて、時代を超えて、色々なものも超えて来た。
疲れていないといえば嘘になるし、それはリベルタやアッシュ、みんなに言えることだろう。
「だから!今日は楽しんじまうぜっ」
「リベルタ……」
「ユエもっ!そんな暗い顔しないで、パァっとさッ!」
この真っ直ぐさが、彼の優しさであると感じた。
背後から2人に追いついたアッシュが何か叫んでいたが、リベルタはそれすらも笑い飛ばして見せる。
リベルタの威力とでも言おうか。
彼らの傍にいると、この一時だけはユエも笑顔になれた。
3人で色々な出店を周り、景色、食べ物、会場の空気を楽しむ。
この祭典限定だというジェラートも堪能した。
相変わらず、アッシュは2つの味をリンゴと青リンゴで埋め尽くしていたのは言うまでもなかったけれど。
「ん~……マリン味おいしい」
白と青が渦巻き状になっているジェラートをつつきながら、ユエは素直な感想を零した。
アッシュがリンゴのジェラートを食べつつ、ユエのジェラートを凝視する。
「それどんな味だ?」
マリン味って。と続けたアッシュに、ユエはいたずらっぽく微笑んだ。
確かに、マリン味なんてものは存在しないし、こじゃれた名称だなと思って買ってはみたが。
くすくすと笑いながら、ユエがアッシュにスプーンに盛った一口分のジェラートを向けた。
「食べてみる?」
「ん」
そのまま、なんの迷いもなく口で受けとったアッシュの行動に、リベルタは硬直し、ジェラートを落としそうになった。
アッシュも照れるように微かに顔が赤かったが、リベルタなんてもう真っ赤だ。
ユエは特に気にすることもなく、リベルタを見つめて“リベルタも食べる?”なんて言っていたが、彼はそのまま首をブンブンを横に振った。
アッシュはマリン味…――正確にいうと、それはラムネとパインの味だった――を頬張りながら、“コイツは一生免疫ないままだな”なんて確信しながら彼を見つめる…。
「(まぁ、ヘタレ従者もあの年齢でこんなもんか)」
もっとひどい例がいるから、問題ないか。と下には下がいると、心でリベルタをフォローしたのは、秘密である。
―――時刻は夕方。
丸一日を祭典で過ごしてしまった3人は、夕陽を見ながらレガーロの街を行き、館まで帰って来た。
名残惜しくもあったが、祭典の空気は十分に堪能できたし、美味しいジェラートも食べれた。
もう1回食べながら帰ってこようかとも思ったが、そろそろ夕食時。
あまり食べすぎて、マーサの夕食が食べれないのもどうかとも思う。
そのまま帰りつつ、来年もまた行きたいと心に願う面々であった。
「楽しかったな!ユエ、アッシュ!」
「そうだね。マリン味のジェラート、美味しかった」
「ありゃ、ただのラムネとパインじゃねぇか」
「名称が祭典限定ってことだよ」
ユエが笑顔でアッシュの嫌味を交わせば、アッシュもリベルタも彼女に笑顔が戻ったことに、顔を合わせて微笑んだ。
館への最後の坂を上りきった所で、アッシュはふと動きを止めた。
それを見逃さなかったのは、ユエ。
「アッシュ?」
ユエよりも先を歩いていた彼の表情は窺えない。
どうしたのだろう?と前に回り込もうとしたが、坂を上り切る前に彼が振り返った。
「―――…ユエ」
「なに?」
アッシュが――あまりにも普通に――振り返り、“忘れてた”という空気を見せたのでポカン、としてしまう。
リベルタも首をかしげた。
「悪い、船に忘れもんしちまったんだが、取ってきてくれるか?」
「え?」
「俺はこれから行かなきゃならない所がある。だから頼みたい」
「いいけど……」
んじゃ、この本とこの本を持ってきてくれ。とユエに告げるアッシュ。
リベルタにも視線を向けて、アッシュは彼に頼んだ。
「リベルタ、お前もコイツに付いてってやってくれ」
「へっ?」
「あたし1人で行けるよ」
「いいから。行けって」
少しだけ、不審感を覚えた。
だが、アッシュがあまりにもいつも通りに笑うから。
リベルタとユエは顔を見合わせて、頷く。
「わかった」
「はいはい、行ってくるよ」
「頼んだぜ」
そのまま来た道を戻り始めた2人。
背中をきちんと坂の下まで、見えなくなるまで見送ったアッシュは、館の入口に鋭い視線を向けた。
「……」
坂を上り切った時から、お互いに気付いていた存在。
入口で、メリエラやドナテラ、イザベラと楽しそうに談笑していた……――隻眼の男。
あの余裕のある態度が、どうしても許せなかった。
アッシュの存在に気付いた相手も、一瞬だけ眼光を鋭く光らせた。
互いに牽制をきかせて。
アッシュがユエとリベルタに頼みごとをしている間に、彼も人払いをしたのだろう。
対峙した2人は、互いに睨みをきかせつつ、口角をあげていた。
先に言葉を発したのは…―――デビトだった。
「よォ。今日も楽しくデートかァ?やるなぁ、ガキんちょのくせに」
「テメェこそ、そこらの女とっかえひっかえにしてんじゃねーよ」
嘲笑いつつ、嫌味を向けつつ、2人の男は睨みあう。
間を流れる風が春先の冷たい温度を纏った。
互いにどうしても、許せない、気に食わないという思いがあったに違いない。
対立を示した2人。
語られる言葉は…一体…――――。
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