03.
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「いらっしゃいませ、シニョリーナ」
「ようこそ、イシス・レガーロへ」
「って、あれ?ユエじゃないっスか!」
あまり見慣れたくないこの空間。
少しだけ薄暗い入口を抜ければ、今度は上品な明るさの広間へ。
そこで毎夜繰り広げられるゲームは、まさにスリルを物語っていた。
03.
「おや、ようやく来られましたか」
パーパが仕向けた、セリエを決定する為のセリエ入門体験。
剣と聖杯を試して、今日は避けたかった金貨の体験。
そのためにイシス・レガーロへとやってきた。
少しだけ、むすぅっとした顔で入口をくぐれば客と間違えたジェルミと、ロロが一緒に出迎えてくれた。
その奥で、ユエの姿を確認したヴィットリオが声をかけてくる。
「ようこそ、イシス・レガーロへ。今日はお願いしますよ、ユエ」
「うん……」
見知った顔に囲まれつつ、ユエの心のザワザワは消えなかった。
このカジノが盛り上がりを見せるのは、夜なので剣や聖杯と違って、必然的にユエが力を貸すのも夜となる。
続々と入口をくぐってやってくる、素敵な装飾をした女性、そして紳士たち。
ロロとジェルミがもてなしの準備を進めている中、ユエは奥のカウンターでヴィットリオから配当の説明を一通り受けた。
「アナタの実力なら、説明は不要でしたでしょうが、念のためです」
「ありがとう」
「…」
どこか落ち込み気味のその表情。
ヴィットリオが鼻で小さく溜息をつきながら、ユエの顔を覗き込んできた。
「顔色が優れませんね」
「そ、そんなことない……」
「そんなにここがイヤですか?」
「ううん、嫌いってわけじゃないよ」
「それはわかっているつもりです」
深追いは互いの為にならないな、とヴィットリオはそれ以上聞くのをやめた。
カウンター奥から出てきたレナートが、ユエの姿に気付き、声をかけてくる。
「ユエ」
「レナート……」
「そうか。今日だったな」
時計を確認し、よろしく頼むと告げた彼はそのまま人だかりの中へと消えていく。
今日は客人の数も多い。
実力問題は別として、ユエはこの中にいていいのかと……――少しばかり居心地が悪かった。
ロロが続ける。
「貴女はカポと一緒にいるのがいいと思いますが、生憎。カポは今日、手が離せそうにありません」
「らしいね」
「専属のお客様がみられているので」
「近海の令嬢のこと?」
「知ってらっしゃいましたか」
「ノヴァから聞いた」
つまり、金貨に来たからと言って。
デビトと同じ店にいるからと言って。
話せるわけでも、傍にいれるわけでも。
何より、数日前から現れたこのモヤモヤが消えるわけでもない。
むしろ……―――
「ユエ」
ヴィットリオが視線を店内の中央へと向ける。
真顔でそれを追いかけて、その先にいる人物を捕えた。
さっきここを離れた、レナートだ。
「今日は彼についてて下さい」
向かうように促されれば、もはややるしかなかった。
消えない不安も、拭えない想いも。
「デビトさぁん!」
―――…誤魔化し切れない、焦燥も、耐え抜いて。
仕事は仕事。
始めてしまえば、自分の興味から身に付けたこのカードを扱う実力は、ディーラーとしても試された。
レナートが担当したのは、ブラックジャック。
色々な富豪や令嬢、子息を相手にし、ゲームを円滑に回していく。
サポートに回りながら、ユエはいろんな男性から声をかけられた。
新人かい?
どこの娘だ?
彼氏いるの?
パトロンについてなどなど。
ユエが客としてカジノを潰していた時代とは、想像がつかない内容だ。
あの頃は、まだ年端もいっていなかったし、何より経営者側の人間ではなかった。
ディーラーでもなく、ゲームを楽しむ客の1人。
声をかけられても逃げられる立場の人間であったし、声をかけられるほど長居をしたことがなかった。
そんなことをしていれば、もちろん時間は早く感じるもので。
ゲームや話の最中だけは不安も、カジノのどこかで楽しんでいるデビトのことも忘れられた。
レナートが常に気にかけてくれていたのも分かっている。
出来るだけ笑顔でいられるように心がけた。
愛想笑いには満たなかったけれど、微笑んでやれば、たいていの客は不安な心情を誤魔化る。
「―――……」
だがユエの考えとは裏腹に結果、デビトには別の意味で伝わってしまったようだ。
「デビトさん?」
「ん?あァ、酒がもうねェな」
「私が取ってきますよ」
「いや、イイ。それより…―――」
今日、ここにユエが来ることはもちろん知っていた。
金貨のカポとして面倒をみるつもりでいたが、ガロの存在のことをアッシュから聞いた時点で、カジノに来させるのは酷ではないかと考えるようになったデビト。
近くに居てフォローしようと思っていたが、日が悪かった。
今日も来訪している近海の令嬢・ヴァニアはデビトが離れることを許してくれない。
「ブラックジャックでもどうだァ?」
「ふふっ、何を賭けて下さるの?」
「そうだなァ……」
心配はしていたが、特にそれは無用だったように見えてしまった。
彼女からしては頑張っている笑みは…―――デビトの心にチクリと傷をつけていた。
案外、楽しそうではないか、と。
心配していたが、問題ないのではないか、と。
ならば、この機に乗じていつもはできない遊びをしようと思う。
「ヴァニアを楽しませる、とっておきの時間。とでも言っておくか」
「素敵ね。よろこんでお願いしたいわ」
デビトからしてみれば、これはほんの少しのからかいだった。
立ち上がりスーツを軽く整え、視線をユエの方へと向けていく。
この時はまだ、気付いていなかった。
恋心という慣れない感情に侵されつつある今のユエに、このデビトの行動は大きく響いてしまった。
「レナート」
「ん…?……カポ」
分け前をきちんと配当していたユエの背後に、デビトがヴァニアと腕を組みながらやってきたのだ。
ユエからしたら、敢えて見せつけに来たのか、はたまたブラックジャックを楽しむためにここに来ているのか。
デビトの心は本当に分からなかった。
「……っ」
デビトとヴァニラ。
並ぶ美男美女を見ないようにしよう、と心掛けるユエ。
対して、配当を続けるユエの背を、デビトは鋭く見つめた。
「レナート。今日は随分と美人のディーラーを連れてんなァ」
レナートが溜息をつきつつ、カードを手に取る。
目の前に座ったデビト、横にヴァニア。
先程のデビトの言葉に、ヴァニアがユエを意識し、一瞥する。
ユエの容姿を見たあとに、彼女は年相応の顔つきで頬を膨らましながらデビトのスーツの裾を引っ張った。
案に拗ねているのがわかる。
頭を撫でてデビトが彼女を宥めると、レナートは“罪な人だ”とデビトから視線を逸らした。
いくら目で見ていないからといっても、ユエからしてみればこの空気は辛いだろうとレナートは察した。
「レナート」
カードを切り、さっさと別のテーブルへと案内した方がユエのためであろうとレナートは手を早めた。
が。
次に出てきた言葉に手を止めた。
「今夜の相手はお前じゃァねェ」
「カポ……」
「ユエ」
呼ばれたユエが振り返る。
腕の中いっぱいに詰め込んだ配当は、確かにきっちりと分けられていた。
視線が一瞬硬直する。
デビトと、ヴァニアが一緒にいて、レナートはデビトに呆れている様子だった。
呼ばれたので、目で返せばデビトの口角が上がった。
「今日はお前がイイ」
「…」
「お前の運のツキが俺を上回るのか、それとも…―――」
デビトからしたら、ほんの少しのお遊びにすぎない。
深く考えすぎたのは、ユエ。
「俺のツキか」
「……」
「真剣勝負といこうぜ、シニョリーナ」
カジノ中が途端にざわめいた。
金貨の幹部・デビト。
イカサマを見抜いた、ユエ。
どっちが勝つんだ!?とスリルを求める客からしたら、結果が気になって仕方ないだろう。
「あたしは見せもんじゃないんだよ……」
ボソッと切ない顔で言い返したが、デビトは頬杖ついて笑った。
「ンなつもりで言ってるんじゃねェよ」
「……」
「いろんな男に微笑で返せるくらい余裕があるなら、一戦くらいいいだろォ?」
「誰のせいだと思ってんの……」
最後の言葉は、聞こえないように言ってやった。
仕方ないので、デビトのテーブルの前に立つ。
別に勝っても負けてもどっちでもいい。
今、重要なことはユエにとってそんなことじゃない。
どれだけ…―――
「頑張って!デビトさんっ」
この美人の令嬢を目の前にして、デビトに心を隠せるか。だった…。
◇◆◇◆◇
「きゃぁぁあああ!デビトさぁーんっ!」
結果は、最初から見えていた。
惨敗。
惨めに負けた。
なんて言葉通りなのだろうと、ユエは自分に言い聞かせる。
勝てる隙はあったのだ。
だが、そこに付け込む余裕はなくて。
きっとゲームの中での思考回路は丸見えで。
デビトが投げたカードを集めながら、ユエは無心で片付けと配当分を彼に渡す。
目の前ではしゃいでいるヴァニアは、デビト本人よりも楽しそうだった。
「デビトさんさすが!かっこいい!」
キャッキャッとはしゃぎ回る彼女は、座っているデビトに背後から抱きついて、本当に楽しそうだった。
こうしてみれば、年相応。ユエ自身よりも幼さを感じた。
「ユエ、楽しかったぜ」
たった一言だけ手向けて、デビトが席を立ちあがる。
顔を、上げられなかった。
「ヴァニア嬢」
「はーいっ」
そのままポーカーあたりのテーブルへと移動しようとしているデビトが、可愛い笑みを見せた少女の手を優しく、自然な動きで取った。
彼女もそれに応えて、女らしさを魅せ付けられる。
年相応?
きっとそれは、精神面だけだ。
しなやかな動きも、繊細なオーラも。
自分にない華やかさも。
この夜の世界で生きていく彼女は、ズバ抜けて自分とは違った。
対等に付き合えるデビト。
似合わない自分。
ユエ自身が何かに対して、自分を過小評価をしたりすることはなかったと思う。
もちろん、過大評価も。
だが、今は違いが見えて仕方なかった。
「ユエ」
デビトとヴァニアが去ったテーブルに残された彼女にレナート、そして遠くから見ていたジェルミが駆け寄って来た。
「大丈夫か?」
「……、なにが?」
ポツリと呟いた言葉に笑顔をなんとか貼り付ける。
レナートが動きを止めた。
ジェルミも、その表情にポンポン出てくるはずの言葉が喉に詰まった。
「―――……ウィルが、アルベルティーナの想いに応えられなかったのって、」
「…」
「きっと、こーゆーことなんだろうな……」
あの2人は、戦火が終わった今、結ばれたのだろう。
新しい世界で生きていく2人を咎める者などいない。
だが、自分はまた違う。
互いが平民であるにも関わらず、生きてきた世界が違うと叩きつけられた気がする。
努力はするつもりだ。
それでも、今はどうしようもなく―――臆病になる自分がいた。
「やっぱりすごいなぁ、デビトさん。本当に勝っちゃうんだもん」
「……」
「それにあの子も…―――」
ヴァニアがデビトに密着しながら話し続けていた言葉。
デビトは途中までは、きっちり聞いていた。
途中までは。
なんとなく、振り返ろうと思い、視線をさっきのテーブルに投げた時だ。
「……―――」
今にも泣き出しそうな顔して、弱さを見せたユエ。
一瞬、息を飲んだ。
何故、そんな顔をするのか、と。
ディーラーで遊んだつもりだ。
彼女に何か別の想いをさせたくて挑んだわけではなかったはずだ。
だが、デビトだって鈍くない。
隣の存在が何か影響させた、と判断する。
最初から考えてはいたさ。
でも、ユエのキャラ的に…嫉妬をするようなタイプではないだろうと思っていた。
何より、彼女と自分は…―――イマイチ、今どんな関係なのだかが分からないままで。
「デビトさん?」
動きと言葉と、反応がなくなったデビトを見上げて、ヴァニアは首をかしげた。
視線を追って、その先にいたさっきのディーラーの少女に…ヴァニアは目を細める。
「…」
レナートに肩を抱かれて連れて行かれるユエ。
それを追い続けたデビト。
ヴァニアはおもしろくなさそうに、呟いた。
「デビトさん、彼女がどうかしたんですか」
「は?」
疑問系ではなく、断定の質問をしてやればデビトは誤魔化すようにして、刹那に表情を隠した。
ヴァニアは無残にも、続けた。
「レナートさんとあのディーラーさん、恋人同士ですか?」
「あ…?」
「お似合いだと思います」
真顔で、少しだけ声音を真剣にしてヴァニアが言う。
デビトは彼女の言葉を聞き流すようで…聞き流せなかった。
「あーゆーディーラーさんみたいなタイプには…一途で常に傍に居てくれる人がお似合いだと思うんです」
「……――」
「だから、レナートさんってピッタリ」
悪笑してやれば、それは彼女の願いでもあった。
「私といるんですから、私だけ見てて下さい」
ストレートな言葉。
その直球さがユエにあれば、どれだけこじれずに済んだのか。
真剣に告げてくるヴァニアの声に……―――デビトはレナートとユエから視線を戻した。
そのままエスコートをしてロロが務めるポーカーのテーブルへ…。
背を向け出した2人。
その間に、亀裂が見えたのは……互いに分かっていた気がする。
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