【Sequel Day】 とある日、目を醒ます狼
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雫がひとつ、ぽちゃん。と音を立てて落ちた。
下にある水面には、“俺”の姿が映っていた。
それは逆さまに映る俺と、正位置で映る俺の姿、両方を映し出している。
恐らく、正位置で映っている“俺”が、今の“俺”。
この水が滴る青い空間に、たった一人で立ち尽くしている、“俺”。
全てが終わってしまった、“俺”だった。
そして逆さまで水面に映っているのが、全てが終わる前の“俺”……――。
その水面の中で、“俺”の懐かしい名前を呼ぶ声が聞こえる。
「ガロー!」
こちらへ駆けてくる小さき存在。
“俺”とはまた系統の違う、珍しい色をした瞳……。
そう、“俺”という存在は“ガロ”と呼ばれていた。
雅なる狼。
昔、“俺”を思ってくれた小さき存在の母親がくれた名前だった。
雅狼でガロ。
この名前と出会ったことも、小さき存在と出会ったことも後悔などなかった。
いつだって温かい気持ちで、いつだって大切なことを教えてくれていた。
「ユエ」
小さき存在の名前は“ユエ”と言った。
“俺”を……ガロを助けてくれた、ヴァロンの娘だった。
「ユエ」
繰り返し、ガロはユエの名前を呼んだ。
呼ぶたびに優しい気持ちになれた。
「ユエ……――」
その名前を呼び続けたのは、逆さまのガロか。はたまた正位置のガロか。
どちらでもいい。せめて、この名前だけは忘れたくない。
いつか、何かと引き換えに何かを手に入れるとしても。
譲りたくない名前を、ガロは覚えていた……――。
Sepuel Day Ⅸ
森の奥の奥。
息を潜め、来る日も来る日も隠れ続けた。
その時のガロにはそれしかできなかった。
ガロは狼。多少、長い期間食べなくても死なない。
オリビオンと呼ばれる国に使えるべき、オオカミ人間……――ガロはその種族に生まれた。
だけど、ガロの先祖はオリビオンの一般人を傷付けてしまったことにより、王様に顔向けできないと言い、闇が潜むこの森の奥へと逃げて来てしまった。
だから、人間を見たら傷つけてはならない。見つかってもいけない。
ただただ、オオカミ人間はオオカミ人間としか関わりを持つべきではないと教えられてきた。
人間と関わりを持ってはいけない。人間を見たら逃げなければいけない。
念頭にそれを置いて過ごしてきたが、ある日、ガロの家族は人間に捕まってしまう。
闇が広がる森の奥に住むオオカミ人間は、巷の人間たちに恐怖を与える存在になってしまっていたから。
「……」
捕まった家族は、戻ってこなかった。誰一人として。
後から考えてみれば、きっと殺されてしまったんだ、とわかった。
ガロは、それでも動かずに待ち続けていた。
誰か、ガロが関わっていい人がカロの目の前を通ることを。
そして声をかけてくれることを。
「いたぞー!オオカミ人間だ!」
「どこだどこだ!?」
「殺っちまえ!殺しちまえ!」
ガロの願いは、叶わなかった。
家族を連れて行ったのは大人たちだった。
だけど、ガロの目の前に現れたのは数人の少年たち。
きっと、大人たちがガロの家族を捕まえて名声を手に入れたことに焚き付けられたんだろうと思った。
ガロを捕まえて殺してしまえば、彼らも英雄の仲間入りだったんだろうとすぐに考え付いた。
蹴られて、殴られて、爪は折られた。
耳も傷つけられて、血はとめどなく溢れた。
唯一、ガロが救われたと思ったのは彼らが銃を持っていなかったこと。
銃で心臓を貫かれたのでは、さすがに死を覚悟するしかない。
だけど、少年たちは素手とナイフでガロをいじめ抜いた。
“人間を傷付けてはいけない”と教えられたガロは、彼らの攻撃から逃げることしかしなかった。
傷付けてはいけないから、反撃ができない。
そうして長い時間耐えたところで、ガロの意識は朦朧としてくる。
まだ死にたくないと願った心が、少年を威嚇するために牙を剥いた。
「うわ、やべぇ!逃げろ!」
「こいつ全然倒れねえし、殺されちまう!」
「逃げろ!オオカミ人間が怒ったぞ!」
叫び声をあげて逃げていく少年たちを確認してから、ガロはまた闇の奥へと姿を消す。
もう誰にも会いたくなんてなかった。
人間に関わるのも、ひとりでいるのももううんざりだった。
死んでもいい、なんてさっきとは真逆のことをガロは考えた。
考えて、考えて、瞼を閉じて、意識を闇にあげることにしたんだ……――。
「おい、大丈夫か?」
それは、確実に聞きなれない声だった。
ガロが知らない声が、ガロの耳元で聞こえている。
不快だ、痛みに耐えて眠り続けているガロを起こすのは、一体誰だ。
「酷い怪我だな……人間にやられたのか」
傷に触れる気配がした。
即座に牙を剥いて、瞼を持ち上げて威嚇をしてやれば、目の前にいたのは金髪碧眼の男だったのを……ガロは今でも覚えている。
「っ、」
「グゥ……ッ」
「……何もしない。手当を、と思っただけだ」
「グゥウルル……ッ!」
「わかった、触らないでいてやる。だが、僕はお前の敵じゃない」
ガロのためを思ってか、金髪碧眼の男は手に持っていた剣も銃も――銃に関しては全部、親切に弾まで本体から取り出して――捨ててくれた。
その状態でヒラヒラと手を上で振りながら、敵対心がないことを教えている。
「ほら、これならどう?」
優しい笑顔。
こんな表情を、人から向けられたことなんてガロはなかった。
――……威嚇を解いて、素直に声を出してやる。
「お前、何者」
「……」
「何しに来た」
「何も。たまたま国に帰る途中、通り抜けで使った闇の森で、人狼が倒れていたから気になって」
「……この森、ずっと闇。敢えて通るなんて、お前バカ」
「急いでたんだ。お前の領域だったのなら謝る。すまなかったな」
そのままの体制でしゃべり続ける人間に、ガロは睨みを利かすだけだった。
「……その怪我、手当しないと化膿するだろう?出来れば手当をさせてほしい。ほっといたら後悔するぞ」
「人間と関わり、許されてない。これくらいどうにかなる」
「その関わりを許さないと言ったのは、お前の先祖か?」
「お前、関係ない」
「……ある。僕はオリビオンの人間だ」
「!」
聞き覚えのある国の名前。
かつて、ガロたちが存在した場所。
「僕はオリビオンの王族に仕えてる。お前、ひとりか?」
「……」
「そんな警戒しないでくれって。ひとりでその怪我じゃ、辛いだろ?こんな闇が広がる場所にいてよくなるもんじゃない」
「だったらどうする」
「僕と一緒に来い。オリビオンに帰るぞ」
“行くぞ”じゃなくて“帰るぞ”だったことも、印象的で忘れられない。
王族に仕える男、そして王族に仕えていた人狼。
曖昧でなんともいえないガロとコイツの関係が生まれたのは、ここからだった。
「お前、名は?」
「……名などない」
「そうか。僕はヴァロン」
「……――」
「ヴァロン・インゲニオーススだ」
その名を知らない、というのは嘘だった。
知っていた。ガロはコイツの名を聞いたことがあった。
オリビオンにいる、天才錬金術師の弟で、騎士団の団長を務める一流戦士。
もっとごつくて、いかつくて怖い奴を想像していた分、与えられた太陽みたいな笑顔に惹きつけられた。
優しい笑顔は、周りに影響を与えていた。
ガロが迎え入れられた城には、当初は13人の子供がいた。
やがてそれは12人になってしまうことも、こうして青い世界にガロがいて初めて思い出すことができた。
ヴァロンは13人の子供に好かれていた。もちろん、兄であるウィルも。
人間と関わるなと言われていたガロが、こんなにも多くの人間に囲まれなければならない日がくるのは……家族を裏切るみたいで、少しだけ苦痛だった。
だからこそ、オリビオンにはいるけれど城での生活は断ることにした。
オリビオンにもあった小さい森の中で、誰からも責められることなく、誰からも見つかることなく、過ごしていた。
たまに無断でやってくるのは、いたずら好きの男だけ。
「おい、ガロー」
「……」
「起きろってガロ、今日は稽古付き合ってくれるって言っただろ?なんで寝てるんだよ!」
「ジジうるさい。まだ朝5時。ガロ眠たい」
「お前が確かに夜行性なのはわかるけど、約束は約束だろ!?さっさと起きろよ!」
「ギャッ!?」
初めて会ったときから、ジジはガロに対してお構いなしだった。
無遠慮で、いたずらが好きでワガママでお金が好き。
ほとほと呆れることの方が多かったけれど、ガロを怖いと言わずに付き纏ってくるジジが、ガロはすきだった。
もちろん、ガロがジジを拒絶しなかった理由としては命の恩人であるヴァロンが“仲良くしてやってくれ”と告げたからだ。
最初はそれだけの理由で、恩返しとして付き合っていたけれど考えはすぐに変わった。
人間の中でも、こんなに懐っこくていい奴がいるんだな、と。
「ジジ!尻尾握るな!痛い!」
「お、起きたな」
ただ、こうして尻尾を力強く握られるのは本当に勘弁したかった。