【Sequel Day】 とある日の錬金術師とお姫様
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「お待たせしました」
この景色にようやく見慣れ始めていた。
眠りについてから約5年という月日を経て、彼女は今、ここにいる。
「ありがとう、コズエ」
「今日のココアは自信作です!砂糖もきちんと適量ですし、変な味もしないはずです!」
「姉さんのココアは過去に被害者が続出してますからね」
「ふふふっ、ありがとう。いただきます」
陽がてっぺんから傾き始めて、3時間くらいが経過しただろうか。お茶の時刻には持って来いだ、という頃合い。
笑顔を浮かべ、ペールピンクのドレスに身を包んだこの国のお姫様は、ふたつのホムンクルスとティータイムを楽しむことにしていた。
「でも、姫様。どうしてお茶するのが敢えてバルコニーなんですか?」
素朴な疑問を投げかけながら、ホムンクルスの姉であるコズエが、琥珀色の瞳でこちらをまじまじと見つめていた。
隣に座って、静かに本を読んでいる碧い瞳の妹……コヨミは、問いかけに顔をあげる。
「せっかくのココアが冷めますし、それに……」
姫様と呼ばれた女性……――アルベルティーナは、お茶をする場所にオリビオンが見渡せるバルコニーを選んでいた。
見渡せる、といっても今、オリビオンは復興途中であり、どこを見ても美しくはない。自然に囲まれているという点に関しては確かに美しいけれど、街並みは悲惨だった。
ランザスから受けた攻撃で破壊された景色、傷ついた人々。それを見ながら敢えてお茶をするなんてことしなくてもいいじゃないか、と思ったのがコズエの考えだった。
「そうね。確かに高みの見物でいい意味はしないかもしれないけれど……私はこの景色も忘れたくないの」
「姫様……」
太陽が煌めきをくれる。真下で、いつかの美しい景色と国を取り戻すために、今、一国の王女として何をしなければいけないのかを、忘れてはならなかった。
そして、この悲劇を繰り返さないためにも、歴史を胸に焼き付けておかなければならない。
「いつかこの景色も、前のように美しい景色に戻して見せる。だけど……傷ついたオリビオンを忘れてしまっては、また惨劇を繰り返すことになるかもしれない。それはもうご遠慮したいわ」
「姫様……」
「……姫様が王女である限り、もうオリビオンに戦争など起きませんよ」
「コヨミ?」
本を静かにパタリ、と閉じて、コヨミが立ち上がる。
真っ黒な髪をツインテールにした姉妹は、確かにそっくりではあるけれど、目の色と考え、そして表情などが全然違う。
甘さが控えめのホイップクリームがたっぷり入ったココアを両手で抱えながら、アルベルティーナはコヨミを見つめた。
「姫様がそう願うのならば、私たちは応え続けます。ウィル様も守護団も、そう思うはずです」
「コヨミ……」
「そうですね!もうオリビオンをこんな傷ついた形にしたいなんて、誰も思いませんっ!」
コズエもとびっきりの笑顔を見せて、アルベルティーナの思いに応える。
「今が底辺なら、もう上り続けるだけですからね!がんばりましょうっ」
にこにこと笑うコズエに、知的で静かな笑みを見せてくれるコヨミ。
こんな家族に囲まれて、若くして国の王女となったアルベルティーナだったがまだまだやれると思えた。
素直に力が湧いてくる。
励ましを貰って、このココアを一杯飲んだら、もう一度オリビオンの復興について計画を立てて行こうと思う。
瞼を閉じて、新しい世界の創造に身を投じると、彼女は決意していた……。
Sepuel Day Ⅷ
「どうしたものか……」
うーん、と頭を抱えながら悩む男がそこにはいた。
黄緑色の綺麗な瞳を細めさせ、手元に届いた山ほどの封筒が彼をただただ悩ませる。
「(時期ではないだろう。今、ここでそれを告げるのは不謹慎だ。国のこともある……。だけど、ここで私がもたもたしていたら、別の者にまた掻っ攫われるかもしれない……)」
「あ、いたいた!ウィル!」
「(だからといって、一国の王女宛てに届いた手紙を届けないわけにもいかない。もしこの中にいい話が紛れ込んでいたら私に彼女を留める権利など……)」
「ウィル?聞こえてないの?」
「てゆーか、なんか上の空じゃない?」
「(いや、でもここで彼女に気持ちを伝えても、ただ不純に思われるだけなんじゃ……)」
「……ウィル?」
「……なんか猛烈にあの背中、蹴りたくなってきた」
「リア……」
オリビオンの城の中。
長い長い廊下を、――使用人やメイドが少ない今――王女宛てに届いた手紙を召使いに代わって運ぶ男がそこにいた。
どうやら先程から何か考え込んでいるようで、背後から彼の名前を呼ぶ者たちの声が聞こえてないらしい。
いつもの彼とは打って変わった状況に、背後にいた存在の1人……リアがついに脚をあげて蹴り出すんじゃないかと思われた。
慌てるエリカは、リアが本当に蹴りを繰り出すんじゃないかとヒヤヒヤしながらもなんとか止めることに成功する。
そんな間も、ウィルは2人のやり取りに構うことなくゆっくりゆっくりアルベルティーナのもとへと歩を進めていた。
「なにあれ、らしくないんだけど」
「どうかしちゃったのかな、ウィル……。いつもみたいに笑顔もなかったし、足取りがフラフラしてたみたいだけど……」
「悪いものでも拾い喰いしたんじゃない?」
「さすがに国一の錬金術師がそんなことしないと思うけれど……」
リアから飛び出てくる言葉の数々にエリカが苦笑いしながらも、とりあえず彼の後ろを追いかけることにした。
執務室に入り、大量に届いた隣国からの手紙、遠方からの手紙を仕分けて、見やすいように整理する。
その背中が、徐々にどんよりしていく気がしつつも、弱音も何も口にしない、彼のウィル・インゲニオースス。
しばらく黙ってみていた2人だったが、顔を見合わせて――彼女たちも用事があったので――開けっ放しだった扉をノックして部屋に入ろうと試みた。
しかし、同時に背後から無遠慮にやってきた男が、リアとエリカの前に出て扉を乱暴にノックした。
「おい、ウィル」
ノックと部屋へ踏み入るのはほぼ同時だった。ズカズカと質のいい絨毯を踏みながらウィルの後ろに並んだのはジジだった。
先を越されたことに2人して“あ!”なんて呟いたけれど、ジジも仕事の一環でここに来たらしい。彼女たちに構ってる余裕はなさそうだった。
「あぁ、ジジ」
「これ、姫からだ」
どん、と手渡されたのは――今から届けようとしているのと同じ類の――手紙の返事らしい。
宛て名は今来ているものとは全く別のものであり、そして別の方向であることを思うと本当に他国から来ているとウィルは自覚してしまっていた。
「街に出た時に一緒に送っといてくれだってよ。頼んだぜ」
「そうか……わかった」
「にしてもすごい縁談の量だな。復興を志すオリビオンにとっては、まぁ金が入ることなんだろうし、いいことなんだろうけど」
「……」
「縁談!?」
扉のところで完全に入るタイミングを逃してしまっていたリアとエリカが声をあげる。リアに至っては真顔だったけれど、エリカはギョッとした表情でそれを見つめていた。
確かに、ここのところ姫宛てにくる手紙が多いのは守護団も使用人たちも知っていたけれど、まさかそれが縁談の類だったなんて。
「あぁ、エリカにリア。そんなところで何してるんだい?」
「さっきからアンタを呼んでたんだけど」
「私を?」
驚愕の表情を浮かべているエリカの横で、リアが淡々と――ようやく――用件を告げた。
「ファリベルとアルトが、錬成陣が正しいかどうか、どうしても見てほしいって。手が離せないから、代わりに呼びに行くのを頼まれた」
「そう。アルベルティーナのところに行ったらすぐに行くから、伝えておいて」
「私、フクロウ便じゃないんだけど」
「はは、ごめんねリア。あとでお礼はするから」
「俺にはないのかよ、荷物大量に運んできてやったのに」
「ちょっと2人とも!お礼なんかより、今サラッと重要なこと流してるよね!?なんで気にならないの!?」
用事そっちのけで、ジジから飛び出した“姫様が縁談”のことに引っ掛かってしまったエリカ。
真横にいたリアのスーツの裾を引っ張り、ジジの顔を見て叫ぶ。
エリカの反応に、ウィルはいろんな意味で苦笑いするのだった。
「姫様が結婚を持ちかけられてるんだよ!?いいの!?」
「いいのも何も」
「本人同士の話でしょ。お互いが納得してれば別にいいんじゃない」
「な、なんて薄情な……!」
エリカがまるで珍獣を見るような目でジジを見つめていたけれど、ジジはフンッと鼻を鳴らして部屋を出て行く。
「薄情も何も、姫が決めることだろ。二度目の失敗がない、尚且つオリビオンに悪影響がないなら、俺は応援するけどな」
「ジジ……」
そのまま遠ざかる足音。
ジジは姫の気持ちを尊重する、ということなのだろう。
対して、リアは別の意味で“本人同士”と告げたらしい。
ウィルに冷ややかな視線をあからさまに投げかける。
「そーだね。二度も失敗してるなんて、三度目はナイかもしれないし?どっかの弟さんや姪っ子みたいにヘタれてる場合じゃないと思うんだけどね、この場合は」
「……。」
「聞いた話によると、会食を予定してる隣国の王子がいるらしいし」
「えぇええ!?」
ズルッ、と手紙を落としそうになった。驚いて表情を変えたのはエリカだけじゃない。
リアからの忠告を受け、背中に冷や汗を浮かべながら大の大人がひとり、乾いた笑みを浮かべるのだった……。