【Sequel Day】 とある日の吊るし人と愚者と司祭長
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家族って、なんなんだろうと思っていた頃があった。
無性の愛というものを求めていた頃があった。
そして、当時の僕はひとつの答えを導き出した。
無性の愛なんて、存在などしない。と。
「おーい、シノブー!」
「……ジジ?」
幼い頃の記憶を辿れば、今でも優しかった母様と父様の姿を思い出すことができる。
遠く離れた異国の地から、オリビオンの近くへ渡ってきた僕の父様は、この地で母様に出会い、恋に落ちた。
そしてここで僕が生まれ、ランザスとの深い因果に絡まれながらもオリビオンで過ごすことになる。
それは、ある男が僕たちの前に現れた時から始まった。
「さっきから呼んでんのに、全然気づかねぇんだもん、お前。無視すんなよな!」
「あぁ……ごめん。考え事してて」
「いいけどよ……体調でも悪いのか?」
偶然か。必然か。
オリビオンの王族に近しい存在にあるウィル・インゲニオーススとヴァロン・インゲニオーススの兄弟に拾われた俺たちは、別の時代からやってきた巫女と呼ばれる女性と、オリビオンの姫君と共に夢のような城での生活を送り始める。
あの狭く、暗い洞窟で飢え、寒さに凍えていた日々を思えばとてもありがたいもの、そのものであった。
だが、僕はどこか達観していた。その点では、後に完成するイオンと、どこか共通点があるような気がしてならない。
「いや。そんなことない、平気」
「本当かぁ?この間はリアの奴が風邪でぶっ倒れただろ?流行り始めてんだったらやべぇじゃん」
「僕は風邪じゃないけれど、流行ってるのは事実みたいだよ。リアに関しては風邪でも普通に鍛錬してたけど」
「まぁな。アイツ本当に化物じゃないのか?涼しい顔して蹴りの練習とかされた日には目を疑ったぜ」
いずれにしても、この時の僕は生きる理由を必死に探していた気がする。
どうしてランザスから逃げて、生かされて、拾われたのか。何かに存在意義をこじつけて生きていたかった。
まだ子供だったからこそ、尚更。誰かに求められて、必要とされて、それに応えたいと願っていた。
「それよりさ、お前いま時間あるのか?」
「あるけれど……どうかしたの?」
「ヴァロンがさ、本気のかくれんぼに付き合ってくれるって言ってんだよ!シノブ、お前もやろうぜ!」
「かくれんぼ……?」
僕が考え事をしている時から、探してくれていたらしいジジは、僕の顔を見るなりキラキラした目でそう告げた。
ジジはヴァロンを慕っている。悪ガキで、少し幼稚で、同い年の僕からしても顔に似合わず単純だと思う。
「そう!勝ったらヴァロンが俺の言うことなんでも1つ聞いてくれるって言ってんだ!」
「(勝てっこないだろうに……)」
「そしたら、ウィルと巫女様に黙って隠してあるへそくり全部差し出せって言ってやる!」
単純で、でも年相応で、何かに縋らなくても彼はきちんと己の道を歩いていると思った。
だからこそ、この数年後にくる親友との別れすら、最終的には壁を乗り越えたのだろう。
「な、お前もやろうぜ。シノブ!アルトもリアも参加するって言ってるからよ!」
「……」
もし、僕が本気で隠れたとして。
誰かがみつけてくれるだろうか。
僕を必要として、地の果てまで探しに来てくれるだろうか。
小さな疑問を胸に抱えたまま、僕はジジの言葉に一度だけ頷いた――。
Sepuel Day Ⅳ
「ってことで、鬼はヴァロンだ!行動範囲は城の敷地全体!時間は夕刻まで!」
「城ならどこでもいいんだな?」
「あぁ!ヴァロンの奴、へそくり取られたくないとか言って今回は本気で挑んできてるから気をつけろよ!」
「鍛錬の一環として、敵地に乗り込んだ場合の隠れ身を実戦すればいいって話か」
柱時計の長い針がもうすぐてっぺんを示す頃。
ジジがもちかけたヴァロンを鬼にして行う、本気のかくれんぼのルールが説明されていた。
彼に集められたメンバーは全員で4人。幼馴染と称されるメンバーであり、リアを除き、僕を含めた3人が同い年だった。
アルト、ジジ、そして僕。1つ年下のリア。
イオンとアロイスは――後の――守護団の中でも大人組であり、アルトとジジ、僕、リア、ツェスィは少年少女組と呼ばれていた。それ以下の子たちはちびちゃんズと呼ばれ、年端もいかない幼さだった。
この頃の僕たちは既に戦闘に必要な技術を身に着けており、主にヴァロンが取り仕切る騎士団の中で体は小さいながらもオリビオンの警備に駆り出されていた。
いつ何時、この国が危険な目に遭おうとも守り抜けるようにと、力を身に付けていた。
ヴァロンは誰もが認める剣の腕前と、どんな武器でも完璧に扱う戦士のスペシャリストであり、学ぶことも盗む技術も多かった。
そんな彼を慕っていた僕たちは、ヴァロンが本気でやるかくれんぼというのに興味があったんだろう。
戦闘が起きた時のことばかり頭に浮かべている生真面目なメンバーであり、どこか真剣に“逃げ切ってやる”という顔をみせている。
リアが最後に呟いた言葉なんて、そのまま戦闘に活かせそうな内容を学習している言い方で、どことなく笑ってしまう。
「んじゃ、始めようぜ!」
「あぁ」
「わかった」
「はいよ」
ぱっぽー、ぱっぽー。と柱時計からハトが愉快に顔を出す。
同時に、身を隠すための場所を探しながら4人が全員一斉に床を蹴り出した。ダン、ダダダン、ダン、と音を立てて3つの足音が響く。
唯一音を立てずに駈け出すことが出来た僕は、窓がなく吹き抜けになった廊下の格子から体をそのまま投げ出した。
ヴァロンが動き出すまでの時間は僅か5分と聞いていた。
彼の洞察力、経験、そして実力からしてみれば、気配すら殺さないと生き残れないと読む。
己の気配、匂い、空気を一切悟られないように消して臨む。
向かう先は、城の中でも特に人気のない裏庭を抜けた先にある小屋。今はがらくた置き場として使われており、使用人やメイドである巫女様たちすら寄り付かない。
一時はあそこには幽霊が出る、なんて噂になっていたからこそ尚更誰も近付きたくないだろう。
「……」
タン、と僅かに鳴ってしまった着地の足音に顔をしかめた。
最後の最後でこうして失敗してしまうのは僕の悪いところ。気を抜いたわけではないのに、油断しているというのが己でわかっていやになる。
溜息ひとつ零したところで、時間として5分が経過したことを空気や感覚が伝えていた。
「ヴァロン……動き出したね……」
時刻はぴったり。寸分の狂いなく、ヴァロンであれば動くと読めていた。
小屋の周りは、城の城壁に囲まれた隙間になっており、見上げた先の空は丸くきりとられている。
空の青が微かに見えるだけで、鳥の姿すら見えない。
まだヴァロンの気配はしないから、堂々とそこに突っ立っていたけれど、このままではばれるのも時間の問題だろう。
――気配を殺して、小屋のドアノブに手をかける。
人が数人入るのがやっとのスペースに身を隠し、気配を出来るだけ消し去った。
「(ここならきっとバレないし、夕刻までやりすごしても誰にも迷惑をかけることない……)」
薄暗い小屋の中、昔、庭先で使っていたのであろうハロウィンの飾りつけが小屋にはしまわれている。
怪しい装飾や不気味な顔したコウモリの置物が逆さになりながら僕のことを見つめていた。
「……」
――ほんとうに、誰かが僕をみつけてくれるのだろうか。
なんて、一抹の願いを心に浮かべる。
昔から、隠密などに向いている体質なようで、父親譲りで気配を消したり、隠れたりするのがうまかった。
だからだろうか。かくれんぼで見つけてもらえたことがない。それどころか、かくれていたことすら忘れ去られていたことも多々ある。
とても小さな理由だけれど、僕はそんな理由でかくれんぼがあまり好きではなかった。
「(……眠たくなってきた)」
瞼を閉じて、暗闇から暗闇に、己の身を投じるようにして預けた背中。
ゆっくり、ゆっくりと……僕は意識を手放してしまった……――。