【Sequel Day】 とある日の運命の輪と吊るし人
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「はぁー……疲れた……」
ごろり、と海がよく眺められるお気に入りの丘で、体を小さな草原に預けてみた。
雲がぽつり、ぽつりと途切れながら流れていく空を見上げて、紅色の目が微かに細められる。
春の陽気、平和な時間、悩みが解消された今。
こうして久しぶりに無防備に太陽を楽しむ時間があってもいいではないか、とユエは思っていた。
「セリエ体験も終わったし、あとは任せてれば結果が出るから……」
ここ数日、執り行われていたセリエ体験が終了した。
ついでに言うならば、デビトとのいざこざも解決した。悩みという悩みといえば、アッシュと多少気まずいだけ。
これも立派な悩みではあったが、今は触れない方がいいとユエが自分で判断した結果だった。
「ほんと……永久シエスタ組でいいんだけどなぁ……あたし……、」
陽気に誘われてか、それとも真上をひらひら飛んでいく蝶々を追いかけていたからか。
うとうとと眠気に襲われ、ひとり言を呟きながらユエはまぶたをとろん、と落としてしまう。
大の字になり、誰かが滅多にやってこないこの場所でシエスタをする。
必要な時だけ呼んでくれればそれで構わないのに……なんて甘ったれた考えは通るはずもないとわかりながら、ユエはそのうち完全に意識を手放すのだった。
そんな海の見える丘に人がやってきたのは、彼女が眠りに落ちてから数十分後のこと。
「――……あれは……?」
藤色の髪が緩いカーブを描き、くるんっとまとまる。
胸元にあるリボンはとてもキュートでありつつ、適度な露出はとてもセクシー。両方の顔を兼ね備えた美少女は、アイスブルーの瞳ときた。
まるでヴァニアと対になりそうな美少女は、ユエとも面識のある者――。
「ふふ……っ♪身動きひとつしないから、何しているのかと思いました……」
「……zzZ」
「こんなところで奇遇ですね、ユエさん……♪」
にこりと微笑んでみせた少女。彼女の名はツェスィ。
言わずとも知れた守護団のメンバーである。
何故、ここにいるのか。と問いを浮かべるはずの者は今は夢の中であり、誰もがツェスィの存在に疑問を投げかけることはなかった。
だが、ユエが起きたとしても彼女がレガーロにいる理由はわかっていただろう。
先日、バールでイオンやアルト達と遭遇しているのがいい例だったからだ。
「こんなところでお昼寝だなんて、誰かに襲われても文句なんて言えませんよ……?♪」
「……zz」
「……――」
くすり、と零される笑み。
少しだけ影を落とす笑顔は確実に何かを企んでいるように見えた。
「巫女様の……娘……、」
刹那、少しだけ表情を暗くしたツェスィ。
しかし次の瞬間には忠告はした、と言いたげな表情をひとつ残してから、ツェスィは大の字で寝たままのユエの横に腰掛けてポーチの中から器具を取り出し始める。
黒い笑みを纏った実験は、ここから始まった……。
Sepuel Day Ⅲ
ごそごそ、と誰かに腕を触れられている気配がした。
寝返りをうちたくても押さえつけられた左手がいうことを利かない。
無理矢理にでも力を入れてやってもよかったのだが、そうする前に思考がきちんと戻ってきた。
ここには誰もいないはずなのに、何故誰かに腕を押さえつけられているのであろうか。と。
「ん……、」
「あ、おはようございます。ユエさん……♪」
「……ん、……おはよ……う……?」
しれっと、知った顔に知った声で挨拶を交わされたが、なんだかおかしい気がする。
なんだかというよりも、全てが。
「……ツェスィ?」
「はい♪」
「……………なにしてんの?」
最後の言葉はハッキリと覚醒していた。
押さえつけられた左腕、その腕に先程からチクリとしたり、血管の内側に圧をかけるように何かが侵入してくる気がする。目をぱちくりさせてよくよく見れば、左腕には注射器が何故か刺さっていた。
そして、まさに今。透明な液体がユエの腕を介して血管から体内へと注がれ終わった場面だった。
「何って……お注射です♪」
「いやいや、おかしいよね、どう考えても。あたし注射される覚えないんだけど」
「はい。ユエさん、どこも悪くありませんので……♪」
「じゃあなんで注射?ていうか、何の液体注射したわけ!?」
「ある薬を少々……」
「少々って、注射器一本分を少々って言わないよね!?なにしてんの!!?」
あまりにも当たり前のように告げるツェスィに、慌てて起き上がるユエ。
先日、見ず知らずの男に一杯盛られたことを思い返して血の気が引いた。
まさか、同じ手を喰らったんじゃないだろうかと不安になる。
いやいや、相手がツェスィだからそこまで不安になる必要はないと己に言い聞かせて、彼女の顔をまじまじと――驚愕の表情で――見つめた。
ユエが起き上がった拍子に注射器が抜けてしまったらしく、きょとん……としながらツェスィがユエの顔を見返す。
しばらくして、にこり、と可愛く微笑めば――ユエは魅了されてか――何も言えなくなってしまった。
「忠告ならしました♪こんなところで寝ていて、襲われたとしても文句は言えませんよ、と」
「いや、寝てる相手にそれ言っても聞こえないって!」
「そう思うのならこんなところで無防備に寝たりしちゃだめですよ♪それとも、ユエさんは私に気を許してくれているからこそ、気付かなかったんですかね?♪」
にこにこと、そして可愛い声で凛と告げられる言葉たちは威力がある。
どう考えてもこの子に口で勝てる気がしなくて、ユエはおずおずと黙ってしまった。
「まぁ、全然知らない人ってわけじゃないし、気はそこそこ許してるけど……」
「ふふふっ、素直で可愛いです、ユエさん♪」
「で、ツェスィもどうしてレガーロにいるの?買い物?」
思い返せばこうしてきちんと話をするのも初めてだった。
ツェスィという人物のことは守護団の一員として認識はしていたけれど、個人がどんな人物なのかは全く知らない。
雰囲気からして懐っこいようにみえるし、のほほんと笑っているので愛らしいが……どこか強かさが見える。
なんとも不思議な少女だった。
「はい♪バールでアルト達に会ったと思いますけれど、私も一緒に来たんです。あの時は別で行動していましたけれど……」
「そうだったんだ。てっきり男メンバーしか来てないのかと思った」
「コヨミが男だけでは不安なので、監視していろとのことでした♪」
「(それって、監視の役目になってないんじゃ……)」
「ちなみにアロイスさんは女子側として監視役にカウントされています」
「納得したよ。だから別だったのね」
つまりツェスィではなく、あの時はアロイスが彼らを監視していたのかと思い出す。
思い返してみれば、あれからまだ数日しか経っていないのに随分昔のことのように感じてしまった。
「ユエさんはここで何をしてたんですか?」
「見ての通りシエスタ。ツェスィが来るまでは」
「なら、今お時間あるんですよね?」
「うん、起きちゃったし」
「だったら、もしよければレガーロを案内していただけませんか?」
「え?」
思わず驚いてしまったツェスィからの申し出。
今度はユエが彼女を見つめ返す番であり、ツェスィのアイスブルーの瞳が真っ直ぐにこちらを見つめていた。
「いいけど、随分急だね。今からでいいの?」
もう陽は傾きかけている。
今から案内したとしても、島のいいところ全部を回るのは難しいし、ピックアップだけして案内するのも難しい。
また日を改めれば、きちんと案内してやれることもないのだけれど……。
「いいです。今からで♪」
「……」
「ユエさんの好きな場所に連れて行ってください♪」
ほんの少しだけ、笑顔の裏に隠された本音が気になった。
だが、ツェスィにはツェスィなりに動く理由があるのだろう。
それに、彼女の口車に乗せられつつ、こうして誰かと新鮮な気持ちでレガーロを巡るのも悪くないと思えた。
アッシュの時のように準備に時間は一切かけられないと思いながらも、即座に決まったのはジェラートを紹介しようということ。
「じゃあ、とりあえず。ジェラート食べに行こうか」
笑顔の裏に抱えた、ツェスィの本音を少しだけでも知れればいい。
どこか切なそうに笑う彼女の心を知りたいと思ったからこそ、ユエは応えたのだった……。