【Sequel Day】 とある日の愚者と節制
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
その日はよく晴れた晴天だった。
誰もが「今日はお散歩日和だね」と笑顔を浮かべるくらい、太陽が輝いていた。
「お父さん!今日のお昼ご飯、何にするのー?」
「そうだなぁ……母さんと相談してみないとね。ほら、早く行こう」
「はーい!」
行き交う街の人は誰もが幸せそうだった。
レガーロにおける大通りの中でも賑わいを見せるフィオーレ通り。邪魔といわれても否めない場所で、そんな親子に目を取られ、足を止めた男がいた。
顔にはスティグマータと呼ばれる模様が刻まれており、見るからにガラの悪そうな三白眼がとても印象的だった。
そんな男が、親子のやり取りを眼にしてどこか幸せを分けてもらったというように振り返える。くすり、と笑みを浮かべてやれば、傍から見てぞくり、と悪寒がするような光景だったに違いない。
目つきが少し悪い男が、微笑んでいる……と。
「レガーロ……ねぇ」
正直、男……――ジジは、ここへ来るのは初めてではない。
幾度も迷い、惑った迷路の出口を見つけるため、長年の戦いを終わらせるため、一人の少女の捕獲とある組織を消滅させるために、ここへ訪れた。
今から早2ヶ月ほど前の話である。
しかし、時の流れる早さが違う2つの世界。数日前に降り立ったこの地は、季節を秋から春へと変えていた。
「“さくら”……つーんだったな?確かマメチビがそんなこと言ってた気がするが」
天に舞う優しい色をした花びらを眺めながら、ジジは足を動かすことが出来なかった。
見せたかった、と思う相手が即座に浮かんでは……消える。
――誰にどんな言い訳をしても、取り繕っても、探していないといえば嘘になる。
これはひとつの隠した本音……事実だ。
「ったく、辛気臭ぇのは御免だってのによ」
ボリボリと頭を掻きながら、ジジは天を見上げていた視線を、今度は海側に聳え立つ大きな丘へと向けた。
フィオーレ通りから見える、少し距離のある場所に聳える丘。
「……いつまでもこのまま引きずってるわけにはいかないってのも、わかってんしな」
眉を下げながら、彼は苦笑いし、吸い込んだ息を長く、細く吐き出した。
次に上げられた瞳からは先程までの微笑みはなく。強さと悲しさが見えていた……。
歩き出した先は、行き方もわからないであろう丘。闇雲に手を伸ばしながら切り開いてきた道。突き進む今も、彼はどこか哀しみの中にいた……。
Sepuel Day Ⅱ
「ちょっと……ちょっと待ってください!」
フェリチータお嬢様の従者が聞いて呆れる。
今、ルカの頭の中にはそのフレーズが何度も何度も繰り返されていた。
今朝、数日前にリベルタがフェデリカに届けた特注品のシルクを使ったドレスのパーツが出来上がったと、彼女から連絡があった。
次のパーパの誕生日にフェリチータに着てもらうドレスであり、ルカがフェデリカに頼んでいたもの。
運よく、今日は時間がいつもより自由にとれそうだった。もちろん、フェリチータが必要とすること自体は問題なくこなしていく上で時間が取れそうだったのだ。
だからこそ、はりきって館を出てきたルカだったのだけれど……。
「お願いですから……!戻ってきてください……!」
フェデリカドレスに行く前に、作業が進んでいなかった研究を少しだけ進めてしまおうと、手をつけたのがひとつの原因だ。更に言うなら先を読めなかったのがもうひとつの原因だ。
フェデリカの店まで行き、世間話をしてパーツを受け取ったところまでは普通だったのだ。問題ない。
問題はその後だ。彼女が飼っていた猫が、今ルカを全力疾走させる理由になっている。
「た、確かに迂闊だったのは私です……!あの薬草は猫にとっては効果があるものでしたから……!でも……!」
そう。今日、実験で触っていた薬草は猫を暴走させてしまう効果があることをルカは頭の片隅できっちり認識していた。
が、フェデリカの店に猫がいることはすっかり記憶から抜け落ちていたらしい。
フェデリカに擦り寄ってきた猫が、彼女の近くにいたルカの匂いにやられ、店から突如奇声をあげて飛び出してしまったのである。
ハッとして気付いた時にはもう遅い。フィオーレ通りをポポラリタ通りに向けて一直線に駆け抜けて、海の見える――ユエが気に入っている――丘の方向へと猫の姿は消えていた。
さすがに理由がわかっている上で放置するのは申し訳なくて、フェデリカにパーツを預かってもらったままルカは猫を全速力で追いかけ始めたというのが事の始まりである。
「ですがこのままでは今日の予定が全て狂ってしまいます!お嬢様のお茶の時間までには何としても館に戻らないと……!」
ゼエハア言いながら坂道を駆け上がり、消えた猫の姿を捜す。猫は高いところを好むというが……本当にこちらの方角であっているだろうか、と一抹の不安を抱えたまま山道まで来てしまった。
ここを越えれば、いつもの丘。ユエたちと流星を見た場所である。
膝に手をあてて、帽子をずらしたまま道を見つめたルカは、てっぺんあたりに白いふわふわな尻尾が見えたことに気付く。
「今度こそ……逃がしませんよ……!」
もう一息。
自分に言い聞かせながら、小走りに山道を駆け上がる。
彼は戦闘員としても錬金術で応戦する組なので、体力はからっきしだ。
途中、スピードを落としながらも坂を上りきる。
長い長い追いかけっこもここまでだ!と思い、俯かせていた顔をあげてみた。
「……っ」
同時に、そこにいた人物に息が一瞬詰まった。
小さな草原といえるような丘に腰を下ろし、草が風にそよぐ音に耳を澄ましているようだった。
片膝を立てて、まっすぐに街と海が見える景色を見下ろしていた。
何故だかその男に摺り寄って行った猫を煩わしいとは思わないようで、左の指でごろごろと喉を撫でてやっていた。
誰しもが和みそうな絵なのに、どうしてだろう。その男の後姿は哀愁に満ちていて……すぐに声をかけることが出来なかった。
「ジジ……」
ようやく発した声も、彼に届かないくらいの声だった。
未だに猫に微笑みかけて指で喉を撫でている彼は、ルカの存在に気付いていない。
ルカも、どうして彼がここにいるんだろう、という疑問よりも先に“何かあったのだろうか”と浮かんできてしまう。
そうしてしばらく眺めていたら、先に声が飛んできた。
「何か用か?ヘタレ帽子」
「なっ!?ヘタ…っ!?」
「いつまでそうして突っ立ってんだ。モデル料とられたくなかったら今すぐやめろ」
第一声がそれだったもんで、ジジの隠した感情に気付くのが遅れた。
猫を未だに愛でながら、反面振り返り、ルカにニヤリと笑みを浮かべたジジは、オリビオンの戦いのときに別れたジジそのものだった。
「モデル料って……。それに、私にはルカという名前があるんですけれど」
「ヘタレにヘタレって言って何が悪いんだよ」
「ちょっとジジ!再会して早々失礼じゃないですか!?」
呆れたような、やり返すような口調で言ってやればジジが再び笑うもんだから、それより先は何も言えなくなってしまう。
肩を落として、首を振ってからルカはジジの真後ろまで行くことにした。
「この猫、お前のか?」
「いえ、正確には私が飼っている猫ではありません。その……色々事情がありまして」
「ふーん?フェリチータのか」
「お嬢様の猫でもありません。とりあえず、その猫、押さえといてくれるとありがたいのですが……」
「なに、お前猫に嫌われてんの?だっせ」
「なっ…」
「まぁ、いいぜ。捕まえといてやるよ」
真後ろに、少しだけ距離をとりながらやってきたルカのために、ジジが随分と懐いている猫を抱え上げる。
ルカも二度もヘマはしない。ここへ来る前にフェデリカの店できちんと薬草の匂いがとれるように手を洗い、手袋も手持ちのストックと替えた。
これで猫に暴れられるはずはないけれど、念には念をだ。ということでジジに猫を取り押さえててもらったのだが、それは杞憂だったらしい。
ジジが捕まえた猫をルカがもらって抱き上げれば、そのまま猫は大人しくルカの腕の中に納まった。
「ふぅ……。これでなんとかなります。助かりましたジジ」
「ん」
「え?」
ジジから猫をもらって、ようやく任務成功だと思ったルカ。
だが、それも束の間。今度はルカに片手を差し出し、未だに腰を下ろし続けているジジの姿があった。
「えっと……この手、は……?」
「世の中ギブアンドテイク。つーことで、金寄こせ。猫、捕まえててやっただろ」
「はぁ!?」
思わず大きな声が出てしまった。
そして思い出す。そういえばこの男……現金至上主義だった、と。
よりによって、どうして金勘定が大好きな男に頼みごとをしてしまったのか、と後悔する。
「はぁ?じゃねーよ。俺はちゃんと仕事の依頼を受けて、引き受けて遂行しただろーが」
「仕事って、そんな大げさな……」
「あんまりちんたらしてっと利子つけんぞ」
「横暴にも程がありますっ!」
あまりにも先程の背と雰囲気が変わったため、ルカは咄嗟にそのことを忘れてしまっていた。
しかし、ジジの表情からも垣間見える悲しみをまた微かに察知する。
彼はこの手の読みは、デビトと同じくらい鋭かったのかもしれない。
「……というより、どうしてあなたがここにいるんですか?」
「あ?」
「オリビオンで復興作業に当たってると思っていましたけど、どうしてレガーロにいるんですか?って聞いているんです」
適当に流しそうな態度をとるジジに、ルカは問い詰めてみた。
ジジは少しだけ間を置いて、ルカに投げていた視線を海へと戻す。
再び後姿を見せられることになったルカは、ジジからの返事を待っていた。
「コヨミのゲートがもうすぐレガーロと繋いでおけなくなるから、その前に見納めってことで来てみたんだよ」
「そう……ですか」
「お前と会うのも、きっとこれで最後だな」
しれっと、どこか切ないことを言うのでルカの眉が下がる。
ジジの表情は見えなかったけれど、代わりにジジの足元に何かが置いてあるのが見えた。
「それは……花、ですか?」
「……」
足元には、小さなブーケが海に手向けられるように置いてあった。
その近くには、何故かリストランテなどで出てきそうなトーストに目玉焼きとベーコンが乗った朝食セットまで。
異様な組み合わせなことと、まるで誰かを弔っているような空気に更に頭に疑問が残る。
追求したくなってしまうのは、錬金術師の性だろうか。
「あぁ。親友にな」
「……」
「弔いだ」
「……っ」
「この島で死んだわけじゃねぇが、ここがその島に一番近い場所に位置してるって聞いてな」
「(親友ってまさか……)」
「さすがにあと数日でその島まで行って戻ってこれる位置じゃないのはわかってるから、これで勘弁ってカンジでな」
脳裏に過ぎったのは、一匹の狼。
オリビオンでアッシュから聞いた、ユエに纏わる話の中にいたその狼を、誰が待っていたのかも、なんとなく聞いていて、察してしまっていた。
「アイツが決断した時、支えてやれなかったし、痛みも何も共有できなかった。アイツは俺にそれをしてくれたのにな。だから……せめてもの弔いで花を手向けに来たんだよ」