【Sequel Day】 とある日の司祭長と愚者
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「もう怪我はいいのか?ダンテ」
室内には薬品の匂いが少しだけ充満していた。
鼻をつまみたくなるような匂いに目を細めて、そしてその事実を悟られないようにしながらリベルタはダンテの様子を上から下まで眺めていた。
「あぁ。心配いらん」
薬品の蓋をしめてから、ふぅ、と一息ついて渋く笑って見せる。
前から見慣れた笑顔が今はどこか懐かしく感じるのも、オリビオンでの戦いで離れていたせいだろう。
こちらとあちらは、流れている時の早さが違う。
どうやらオリビオンの方が流れが遅いらしく、リベルタ達が姿を消したのが冬前であったのに対し、レガーロに帰還した時は既にジャッポネのサクラが蕾を大きくしている頃だった。
オリビオンでの滞在期間は約一か月といったところであっただろうに、こちらでは一つの季節を越えてしまっている。
にも関わらず、ダンテが守護団から負わされた傷は未だに完治していなかった。
「(無理もないか……。ユエから聞いてた時点で死んでてもおかしくないって言われてたしな)」
こうして悪化しないように薬品で手当てを続けて早数か月といったところか。
手慣れたものである幹部長に鼻から溜息をついて、リベルタは席を立った。
「あんまり無理するなよ?もし必要だったらオレが代行するからな」
「がはは!問題ない。ありがたく気持ちだけ受け取っておこう」
「……」
そのまま颯爽と幹部長の部屋を出て行こうとするダンテ。
こうして話をするのもどこか久しぶりだった。
オリビオンの戦いが終わり、こうしてレガーロにコヨミのゲートを使って帰還したのは数日前の話。
館内でユエを含めたデビトやルカ、パーチェがノルドに小旅行に行ってきたとかなんとかの話が出ている頃だった。
日常を取り戻したリベルタは諜報部の仕事に戻りつつも、ダンテの怪我を気にしていた。
瀕死に陥るほど手酷くやられたのは聞いていた。なんといってもあのイオンが相手だったのだ。ヘラヘラ笑顔の平気な顔してやりかねない、なんて思い返してしまう。
溜息ひとつつきながら、ドアノブに手をかけたダンテの大きな背中にリベルタが呟いた。
「本当に平気なら何も言わないけどさ……」
「お前もユエも心配しすぎだ。俺はそこまで落ちぶれていないぞ」
「だってユエから聞いてた話だと結構な大怪我で死んでもおかしくなかったって……」
「それが心配しすぎだというんだ」
「イデッ」
あまりにしつこかったからだろう。
振り下ろされた拳を避けきれなかったリベルタが、ごつかれた頭を撫でながらダンテを見上げる。
「まぁ確かにここだけの話……瀕死状態で、シャロスの館で炎に巻き込まれた時は死を覚悟したが……――」
ぽつりと零された本音。
リベルタが眉をさげた時、俄かに信じられない言葉が呟かれた。
「アルトに助けられてな」
「え……?」
「あの炎の中、敵方である守護団のアルトに救いだされたんだ。信じられなかったがな」
「アルトが……」
「どんな真意があったのかはわからないが、アルトの行動は俺より多くの時間を共有したお前らなら、理解できるのかもな」
――……アルト。
守護団のメンバーの1人であり、イオンの相棒。
ネイビーブルーの髪を一つに束ねており、リベルタと同じ色の瞳を持っていたのが印象的だった青年だ。
多くを語らず、オリビオンの戦いでもそこまで必要最低限の言葉しか交わしてこなかった。
そんな彼が、敵であり倒すべき相手であっただろうダンテを助けたというのは意外だったのだ。
確かにダンテよりも長い時間を共有した。ダンテと比べれば絡みは濃い方だろう。
だけど、それだけでは理解はできなかった。
彼が何を思って、ダンテを助けてくれたのか。どうしてそんな行動に出てくれたのか。
「アルト……」
この時だった。
リベルタの中に、“アルトともう一度話してみたい”という気持ちが芽生えたのは。
Sepuel Day Ⅰ
――……それから数日後のことだった。
ユエがノルドから帰還して、ついにセリエを決めるために剣、防衛、棍棒、金貨、諜報部を転々としながら仕事を手伝い始めた頃のことだった。
いつも通り、リベルタは諜報部で荷物の検査をしているところにダンテから声がかかる。
「リベルタ!ちょっと使いを頼めるか!」
「使い?あぁ、どこまで行けばいい?」
積荷の検査はもうすぐ終わるだろう。オルソもニーノいるし、今日は人手が足りているから1人くらい減ってもいいということか。
トントン、と軽々と積荷の山から地に降り立ったリベルタは歩み寄ってきたダンテを見上げて肩を回す。
「フェデリカのもとまでこれを届けて来てほしい」
手渡されたのはそれなりのサイズがある真っ平な包みだった。
「頼まれていたシルクだ。取り急ぎということでな。貴重なものだから傷付けないように頼んだぞ」
「フェデリカさんのところまでだな。了解!」
脇の間にサイズのある包みを挟みながら、リベルタは諜報部の仲間に大きく挨拶をして港を飛び出した。
時刻はシエスタ時。とても温かい日差しの中、路地をかけていくリベルタの背を見てダンテは笑顔を零した。
「……どことなく成長したな」
命をかけた戦闘。アルカナ能力の代償などではなく、目の前の戦いで心身を懸けた戦い。
レガーロではありえない、そして訪れることのない――防がなければならない――ものを経験して、海の男はまた逞しくなったと思う。
「ユエもそうだったが……過ぎてしまえば、それすらもいい経験になるということか」
今日も街のどこかで暴れているであろう紅色の瞳の少女を思いながら、ダンテは再び笑みを零すのだった……。
◇◆◇◆◇
「わざわざ届けてくれてありがとうね」
「いーって、いーって!」
無事にフェデリカドレスに辿り着いたリベルタは、傷付けることもスリに盗られることもなく、無事に荷物を彼女に手渡すことが出来た。
白い猫と共に出迎えてくれたフェデリカに、リベルタはどことなく顔を赤くさせながら視線を逸らす。
「今日はお嬢様と一緒じゃないのね」
「あぁ。お嬢は剣の幹部で今頃ユエと巡回してると思うぜ」
「そう……。彼女たちにもよろしく伝えてね」
「あぁ!」
他愛のない会話をいくつか交わして、諜報部のいる船に戻るために再び駆け出したリベルタ。
店を勢いよく飛び出していく姿を見ながら、フェデリカは、ふふふっと声を零して笑った。
「いいわね。とても真っ直ぐで……」
そんなフェデリカからの言葉を聞き届ける暇もなく、リベルタは海の見える通りまで戻ってきていた。
ちょうどこの裏通りをフェリチータとユエが巡回をしていたのだけれど、タイミング悪く気が付かなかったようだ。
高台にあるこの通りからの海を眺めながら駆けていたリベルタは、ふと足を留める……――。
そよぐ風、煌めく水平線、緩やかな日差し。そして、見慣れた景色。
全てがここに戻ってきたんだ、と思わせる愛しい景色であり、万感の溜息が漏れてしまう。
「帰ってきたんだな……」
帰ってきてしまえばこちらのもん。
諜報部から見える景色も懐かしかったけれど、そうではない……レガーロを象徴する海をもう少しだけ、近くで感じたかった。
ちょっとだけ寄り道ならば、許されるだろうか。
なんて、甘えをみせたリベルタはニシシ、と笑いながら再び踵を蹴り上げた。
高台から一直線。
煌めく海の海岸目指して駆け抜ける。
帰りのことも考えて、再び走って諜報部の港まで帰れる場所を選択すれば、プライベートビーチとでもいえるくらい誰もいないことに気が付いた。
「ラッキー!」
誰もいない海を眺めながら、少しだけ、もう少しだけ休みたい。
気にかけていたダンテも無事で、全てが終わって平和を取り戻した今、もう少しだけ……――。
ブーツが波にあたるのではないかというところまで近づいてきて、止まる。
いつか思いを馳せた水平線の向こうに飛んでいく鳥たちを眺めながらリベルタは潮の匂いを吸い込んだ。
空気からも、ここがレガーロであることを教えられて、安心してしまう。
ふあぁぁ……と大きく、優しい息を吐き出して、目を閉じた。
感覚に任せて、このまま海岸に寝転んでしまおうかと重力に身を任せようとしたその時だ。
「!」
背後からジャリ、と音がして即座に振り返る。
数日前までの戦いのせいからか、スペランツァに無意識に手をかけてしまったことに後悔する相手がそこに立っていた。
「お前……」