19.
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朝、開けられたままのカーテンから射しこむ光で目が覚める。
それだけでも優雅な1日の始まりを予想させた。
浮上してくる意識を保ちながら、瞼を押し上げて。
肌に触れる感覚をしっかりさせれば、目の前に好いた男がいる。
「おはよーさん、ユエ」
「で、びと……」
あぁ、そうか。
昨日はデビトと肌を重ねたんだ。
恋人らしい行為をしたんだ、と体のだるさと共に思い出しす。
少しだけ顔を背けたくなったが、この後くる別れを思えば、今はどんな感情だとしても前を見て、デビトを焼き付けておきたい。
「カラダ、大丈夫か?」
「ちょっとだけ……だるい」
素直な感想を述べてやれば、デビトは苦笑い。
でも労るように抱きしめて撫でてくれる。
優しさに大きく包まれた朝だった。
時刻はまだ8時を回る寸前のところ。
起きて仕度をしなければ、と思いながらもユエはもう一度目を閉じる。
そうすれば、デビトが腕の中に抱えてくれることもなんとなく予想出来たから。
「ユエ」
真っ白なシーツと布団に、何も身に付けずに抱きしめられて。
更にその上から回された彼の腕の体温を感じる。
優しくて、温かい。
涙が零れた。
「泣くなよ」
「……うん」
自分が決めたことを。
全ての目的を達成した今、次なる目標としてた立てたこの誓いを。
間違ってるとは思わない。
ユエは、ユエなりに進んでいく。
自分が決めた、道を。
19.
朝食を食べて、一息ついた所で仕度を始めた。
レガーロへ戻って来て、もうすぐ1年。
とても色々なことがあったと思う。
セナを助けられたこと。
アッシュと再会し、幽霊船騒動に巻き込まれた事。
ヨシュアが空へ還ったこと。
そして、コヨミの追跡、守護団との対峙。
戦いを乗り越え、見えてきた先にあったのは両親の存在だった。
自分は何故、産み落とされたのか。
どんな両親だったのか。
正直、いないことが当り前となっていたから考えたことなんて今までなかった。
12年という月日を、別のものへと向けていたのも原因の1つ。
何より、自分には義理の父親がいた。
多少いや、だいぶ歪んではいるものの、彼は彼なりにユエを愛してくれていたと思う。
「―――行くのか」
背後にその気配があったことには気付いていた。
ほぼ、空っぽになった部屋を見つめ、窓を開けた。
高台にある館からはよく海が見えた。
そこへ来た、義理の父親。
ただ一言そう聞かれたので返事に困ったが、ユエも一言で返す。
「うん」
振り返り、ドアの縁に寄りかかりながらジョーリィは煙を吹かしていた。
あれだけ人の部屋で吸うなと言ったのに、コイツは理解すらしていないらしい。
「フ、永遠の別れだというのに、お前の恋人は薄情だな……」
傍らにいないデビトに投げかけた言葉。
ジョーリィはバカにしたように笑っていたが、別にユエは何とも思わなかった。
「朝ごはん食べてから、市場に用事があるって出かけたけど」
「……」
「別に祝って見送られるような旅路じゃないと思ってるし、永遠の別れにする気もない。最後まで自由に気を使って貰わない方があたしにとってはいいよ」
そう。
ユエは見送られる気はサラサラなかった。
だから、リベルタにもノヴァにも、ユエは“少しの間、オリビオンに戻る”としか言っていない。
もちろん、ルカやパーチェにもだ。
ここの2人にはデビトに旅立った後、きちんと説明をお願いした。
きっと後から聞いたら、みんな怒ると思う。
それでも、そうすることで“必ず戻る”と思えたからだ。
向こうで、例えば“死”に直面する場面に出会ったとしても。
“時代の壁”に直面したとしても。
「あの時、きちんと別れを告げていないから」と敢えて思えるように。
ユエがここへ戻ることを諦めないようにするための糧だった。
「ユエ」
「なーに」
「分かっていると思うが、恐らくここへ戻ることは困難だろう。同じ時間、時代に戻ることは」
同じ時間枠を行く、今のレガーロ。
戻れたとしても100年後かもしれない。
コヨミが守護団と戦っている時のように、ずっとオリビオンとレガーロを繋ぐ訳じゃない。
時代の波を逆らえないとしたら、ここへはきっと戻れない。
「分かってる」
「……」
「それでも、行くって決めた」
ジョーリィは黙ってそれを見つめていた。
紅色の瞳を懐かしく思う。
やがて、刹那のようで永遠のような時間が流れた後、ジョーリィはユエを片手で抱きしめた。
「ユエ」
声音はいつもと変わらない。
見えないけれど、語る視線も変わらない。
ただ、くれる言葉の意味はいつもより優しかった。
「お前の母親は誰よりも優しく、美しかった」
「……」
「だが、忘れるな。優しさは時として己の身を滅ぼし、相手を絶世の如く追いこむ事がある」
言われている意味が、よく分かった。
ユエはその優しさに追い込まれたことがある。
「俺にそんな思いを二度とさせるな」
遠まわしだけれど、伝わった“戻って来い”という真意。
この煙と薬品の匂いに包まれるのは、最後かもしれない。
目を閉じて、安らぎを貰って。
父親に感謝した。
「あたし、三人も父親がいるんだね」
「……」
「それって、とっても幸せなことだと思う」
グイッと白いネクタイを引っ張ってやる。
真下から覗きこんだサングラスの向こう側のアメジストの瞳に届けばいい。
「戻ってくるよ」
気休めなんかのつもりはない。
必ず、戻る。
どれだけ可能性が低いとしても、どれだけ時間を費やそうとも。
必ず、ここへ戻る。
みんなが存在する、ここへ戻る。
約束は守るために存在すると思いたい。
呆れるくらい真っ直ぐに進んだユエを見て、ジョーリィはただただ笑うだけだった。
館から見送りに出してくれたのは、ジョーリィとモンド、そしてスミレだけだった。
言葉も殆どなく、ただ“いってきます”だったのを見届けて、3人は坂を下るユエを見送った。
「寂しいんじゃないかしら。ジョーリィは」
「そうだろうな」
モンドとスミレが顔を合わせて、隣に並ぶ男に投げかける。
当の本人は飽きもせずに葉巻を咥えて、先を見つめていた。
もうすぐ夕刻。
コヨミとユエが約束した時間だ。
「フ……勝手なことを」
誰が寂しいなんて思うものか、と吐き捨てて。
「殺しても死なないような娘に、別れの情など湧くものか」
見えなくなったその姿。
次に目に映る時、まだ自分はこの世に存在していることをただただ願った。
「地の果てまででも追い求め、生きてゆくがいい」
風が靡く。
春の風が、サクラを揺らめかせた。
「それがお前らしい」
それが、ユエという女の生き様だ。
◇◆◇◆◇
「コヨミー!先に戻るぜ」
「早く帰ろうよー!ジェラート溶けちゃうもんっ!」
ガヤガヤと港のバール跡地が騒がしい。
小さいクローゼットに十数人が押し掛ければ、それはもう団子状態だった。
「ちょっとぉ!イオン早く進みなさいよっ」
「そんな押さないでよー。エトワールが壊れたらどーするのー」
「だからと言って場所を確保するために、俺の方に寄りかかるな……!」
「アルトくんならいいかと思ってー」
「お前な……」
男性陣で突っかかるゲートに、背後で待っているエリカやウタラがぷぅっと頬を膨らませる。
「ちょっと早く行きなさいよ!後ろ詰まってるんだから!」
「ほらほら、ウタラ怒ってるからぁ」
サクラとウタラのコンビが後ろから男性陣を蹴り飛ばす勢いで言葉を投げかける。
スムーズになりかけるゲートの入口を苦笑いしながら見つめていたファリベルは、振り返り、入口を見つめていたコヨミに問いかける。
「コヨミ……どうかしたの?」
鋭い視線で外を見つめながら、コヨミは時計と格闘していた。
約束の時間まであと少し。
ここで来ないのなら、互いに諦めるしかないと思った。
「別に。何でもありません。ほら、スペースが空きましたよ。早く進んでください」
コヨミに前を向くように促され、ファリベルは首を傾げながらオリビオンへの入口に飛び込む。
その横をツェスィも追いかけたが、シノブだけは微笑のまま壁に背を預けたままだった。
「どうしたのですか、シノブ」
コヨミがさながら“早く入れ”という意味を込めて呟いたが、彼にはきちんとそれが伝わっていた。
そして告げる。
「あと、3分くらいかな。来るよ」
「はい……?」
「ユエ」
伏せられていたオッドアイの瞳が上がる。
フッ……と微笑んだシノブは12人の最後の1人としてゲートへと飛び込んだ。
「……」
そして、その予告通り……夕陽が射し込む中、少女は現れた―――。
「ユエ……」
「ごめん、時間ギリギリで」
少しだけ息を切らしてやってきたユエに、コヨミは拍子抜けした。
本当に来るとは思っていなかったから。
守護団の時のショートパンツではなくて、ファミリーのスーツ。
とてもよく似合っているそれが、オリビオンに来たら脱ぎ捨てることになるだろう。
「本当に、来たのですね……」
「来ないと思ってたの?」
「急な話でしたし。貴女はデビトと結ばれたと聞きました。なのに……」
普通、来るか?と呆れすら窺えた。
酷いな、と思いながらユエは微笑む。
コヨミからしてみれば、不思議で仕方ない彼女。
だから分かっていても、もう1度聞いてやった。
「戻れない可能性の方が大きいのですよ」
「うん」
迷いなく頷かれれば、困ってしまう。
帰してやりたいと思う事は嫌でも今後あるだろう。
なのに、強がりでもなく、そんなに強気であるなんて。
「それでも、あたしは必ず戻るよ」
低い可能性に懸ける。
全力を向けてやる。
自然と生まれた微笑みは、短期間での彼女の成長が窺えた。
「そうですか……」
コヨミもつられて笑ってしまった。
「―――ゲートはこちらです。早速、向かうとしましょう」
コヨミがクローゼットの中で光をあげるゲートに視線を移す。
ユエは一度だけ振り返り、バールの跡地から港を見渡した。
レガーロに戻ったあの時、全てはここから始まった。
そして今、全てをここからもう一度始める。
瞳を軽く伏せて、振り返りながら足を一歩ゲートへ踏み出す。
あげた視線がコヨミを捕えた時、背後から気配なく抱き留められた。
「……っ」
泣かないと自分で思っていた。
怖くないと思ってた。
それなのに、この匂いと腕と感覚だけで今は涙が込み上げる。
「連れて行け」
「え?」
耳元から聞こえたのは、紫の光と共にアルカナ能力が弾ける音。
同時に現れた彼・デビトの指先が首筋をすくめ、鎖骨あたりに何かをかけた。
シャラン……と繊細な金属が鳴る音がして、視線をさげる。
ピンクゴールドのシンプルなネックレス。
何連にも連なり、知恵の輪のように絡み合う、小さな指輪のデザインの中には隠された宝石が埋め込まれていた。
「デビト、これ……」
「あんまり準備する時間がなくてな。昨日の昼間に作らせて、さっき取りに行ったンだ」
約束の時間に出来てなくて、こんなギリギリになってしまったことを耳元で詫びられる。
コヨミは溜息をつきつつ、2人を見守りながらユエに告げた。
とても優しい表情で。
「ユエ、貴女がくるまで繋げておきます」
「コヨミ……」
「惚気を見せびらかされる程、暇ではないので。それじゃ」
ゲートの中に消えたコヨミ。
2人だけの空間になった瞬間、これが最後かもしれないという不安も生まれる。
最後まで、最後まで迷うだろう。
「デビト……」
振り返ろうとしたけれど、強く抱きしめられて許されない。
耳元で伝えられる言葉たち。
「無理するなよ」
「……うん」
「怪我もな」
「うん……。頑張る」
「色気も使うな」
「使ってない」
「あんまり人を簡単に信じるな」
「……努力する」
未だ振り返ることを許さない腕。
縋るように肩に降って来た彼の額。
“だいじょうぶだよ”と告げるために、腕に触れれば指先すらも絡めとられた。
「風邪ひくなよ」
「……」
「泣きたくなったら、泣け。その代わり、コズエ辺りの前でなァ」
「……っ」
「それから……―――」
額が上がった。
告げられた声が弱々しくて、ユエは耐えられなかった。
「俺を、忘れるな」
―――腕を、全力で弾いた。
触れあってた距離なのに、抱きつくには遠いように感じた。
これからもっともっと遠くなる。
どれだけ離れても、この距離を埋めに来る。
いつか、必ず。
「……っ」
「ユエ……っ」
背伸びをしても、彼の唇には届かない。
だから屈んでくれというように、スーツを引っ張った。
驚いて、成すすべなく思い通りになった恋人に唇を重ねる。
いつの間にこんな大胆になったのかと、デビトもユエ自身も驚きながら。
優しくて、甘くて、切ないキスを繰り返す。
「忘れない」
「……――」
「忘れないよ」
「……あァ」
「絶対」
互いを縛りつけ、お互いでなければ幸せにならないという誓いを立てることは、果たして良い事だろうか。
長く続く場所で、素敵な人をまた見つければいいのに、それすらも蹴っ飛ばした2人。
惜しみなく与えられたキスを終え、笑顔を交わしたデビトとユエ。
ついに、別れの時が来た。
「ユエ……」
クローゼットの前まで来て、繋いでいた手を宙にあげる。
最後の瞬間まで離さないと決めた。
だから。
「必ず、戻るよ」
「……あァ」
それから季節は巡り、どれだけの時間が流れることか。
幸せになれないとしても、この約束を胸に生きていく。
「待ってるゼ」
クローゼットの中へと消える愛しい存在。
繋いだ指先は、最後の最後……――限界まで離されなかった。
1本、また1本と離された感触。
碧い光が強く立ちこめ、最後の1本が無くなった頃……光は―――消えた。
「……―――」
ただ1人、残されたデビト。
何もなくなったクローゼットの中を見つめて、切なく、微笑を零した。
ユエ。
いつまでも、どこにいても、どんな形だとしても。
お前を待ってる。
お前を、
「愛してる」
Secret Gate
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* 全19章。お時間かけてしまって申し訳ありませんでした。
お付き合いありがとうございました。
2013.09.19 完結