17.
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「なァにしてんだ、こんなとこで」
あまりにもユエの帰りが遅いから外まで見に来れば、すぐそこの高台でぼーっとしている彼女を見つけたデビト。
能力を使わずに近付いていっても気付かないから、そのまま背後から触れてやった。
脅かしてやっても面白いと思えたけれど、やめた。
呼ばれた気がしたから。
とても切ない声で。
だから、優しく労わって触れてやる。
案の定、何があったのかは分からないけれど彼女はどこか泣きそうになっていた。
「あんまり遅いと、ヘタレ従者が心配するだろォ?」
「はは、そうだね……」
作られた笑顔から語られた、隠されているもの。
違和感を感じつつ、きっと伝えてくれると信じた。
「ユエ……?」
背後から抱きしめて、そのまま夜景に目をやれば、彼女は小さく告げたんだ。
「綺麗だから、帰るの遅くなっちゃった……」
「……あァ」
嘘が相変わらずヘタクソだな、と胸中で笑う。
サクラが舞う中、デビトは何かを察した。
切なくて、美しい。
デビトは直感した。
自分と彼女は、このまま幸せになって終わることはないと。
「―――……ユエ」
「……」
「ほら、戻るゼ」
体を離して。
ユエを置いていくように、先を歩き始める。
デビトが半身振り返り笑いながらユエを見つめれば、驚いたのはデビトだった。
濡れた瞳。
あまりにも自然に、目の縁から零れた涙。
伸ばされた腕が、縋る先。
素直に甘えてくれるようになったのは嬉しいが、まさかこんな形でなのか……なんて思いつつ。
惑いがちだった腕に手を伸ばして、今度はちゃんと正面から抱きしめてやった。
「デビト……っ」
「ハハっ、ンだよ……。珍しいこともあるんだなァ」
きっと、これから告げられるのはいいことじゃない。
こんな時に働くデビトの勘は、絶対と言っていいほど的中する。
必ず、必ず…。
「ユエ」
だから、先に告げてやった。
「お前は、12年……俺を待ってたなァ」
どんな理由であっても、どんなことがあっても。
「俺も、お前を待つ覚悟は出来てる」
縋って、泣いて、告げた言葉。
闇夜の中でユエが己の声で告げた願い、望み。
デビトは最後まで…最後まで、受け止めた…―――。
17.
明ける日の夕方。
錬金術の書物を読み終えたアッシュは、書庫から姿を現した。
「ふぁぁぁ~……っ。少し休むとするか…」
猫のような伸びをし体勢を楽にする。
時間を忘れ、研究に没頭してしまうのは昔からの癖だ。
それはファミリーに出入りするようになった後も変わらない。
休息をとるために、ヴァスチェロ・ファンタズマ号へ戻ろうと館の玄関ホールを目指した時だ。
踊り場でメイド達がザワザワと騒いでいるのを見かけた。
「ん……?」
どうやら、いいことがあったようで騒いでいるのとは違うようだ。
声をかける前に、聞こえてきた言葉にアッシュは絶句した。
「それ本当なの?」
「本当だよ!さっきパーパの部屋から出て来たユエ見たし、何よりパーパとマンマの会話を聞いちゃったんだもん……!」
「それじゃあ本当なのね……」
「ユエがファミリーを抜けるって話」
アッシュは手に持っていた書物を落としかけた。
今、なんて言った?
誰が、何をやめる?
ユエが……?
「元はといえばセナさんとの戦いが終わった後、ユエをファミリーに迎え入れたのはパーパでしょう?本人の意志は、レガーロから離れることだったって聞いたし……」
「でもそれは、パーパの罰がデビトやみんなとの絆をもう一度結べたらって意味で……」
「どっちにしても、今回はユエから直談判しに行っちゃってるんですよ!?本当に辞めるとしか……」
メイドの話は、それ以上入ってこなかった。
気がついたら、アッシュは駆けだしていた。
「一体どうなってやがる……ッ」
一難去って、また一難。
よく言う事ではあるが、これは早すぎるだろう。
守護団の戦いが終わって、レガーロに戻ってきて、アイツはデビトと結ばれた。
もちろん、いろんな事があったけれど……―――。
「ふざけやがって……ッ」
館を飛び出して、ユエがいそうな場所を片っ端から駆け回った。
ユエがいなくなるということは、デビトも一緒に出ていくのだろうか?
2人でどこか遠い異国で幸せになるだなんて……許せない。
まだ素直に喜べない。
そして苦虫を噛み潰したような表情になりながら、思う。
許せないのは、ユエじゃない。
最後までユエに向き合おうとしない、自分だった。
手放すと言って、即座に体の関係に発展したと気付いたらどうしても悔しかった。
だから避けた。
避けて避けて避けて避けて、憎んでしまえればよかったのだけれど。
笑顔を見る度に思うのは、“よかった”と思ってしまうアッシュ自身もいるのだ。
幸せを心から願っているアッシュがいるからこそ、矛盾していた。
商店街を抜け、リンゴの樽があるのにも目をくれずに裏通りへ。
ポポラリタ通りのパンケーキ屋にも行ったがいない。
雑貨屋にもジェラートの店にもいない。
ならば、港にいるだろうと全速力で駆け抜ける。
白い海岸に出て来たが、そこに見知った姿はない。
以前、エルモたちと来た植物園側の海岸にも目を向けたが、いない。
「どこだ……ッ」
だとしたら、ユエがいるのはどこだ。
抜けるっていつだ、いついなくなるんだ。
焦りがアッシュを留めることを許さなかった。
春の温かい気候の中、汗をかきながら走り続けた。
やがて陽が沈みかけ、ユエがコヨミと約束を交わしたリミットまであと1日。
走り続けたアッシュは、途方に暮れながら自分の船へと戻ってきた。
「……」
心が鉛のように重たい。
霧を纏った船は、隠すことすら疲れたというように露わになっていた。
人気がない場所だから、特に問題はないけれど。
溜息すら出ない中、アッシュは自分以外の気配を感じた。
「―――…っ」
結論、どうやら最初からここにいたようだ。
船の入口のところで佇んでいたのは、昼間から探していた人物だった。
「アッシュ」
「ユエ……っ」
端の岩陰に、デビトが控えているのも分かった。
だが、アッシュはまだユエがレガーロにいたことに、どうしようもなく安堵してしまう。
「お前、ファミリーを抜けるって……!」
アッシュはユエが口を開く前に、掴みかかる勢いで尋ねる。
「どうゆうことだよッ!?」
ユエの肩をガッシリ掴んで揺すってやれば、彼女の視線は一瞬だけ宙へと投げられた。
逸らされたことにより、それが本当であるということを理解する。
「なんで……っ」
デビトは――アッシュに触れられていることが気には食わなかったが――そのまま2人の会話を見つめ、口を出さずに見守っていた。
「ごめんなさい、アッシュ」
「答えになってねぇ!お前またそうやって1人に……ッ」
ユエの紅色が、アッシュの瞳を捕えた。
向けられた視線は、真剣そのもの。
逃げたり、惑ったり、病んだりしている眼じゃない。
これから、何かを成し遂げてやるという…―――。
「アッシュは、いつもあたしのこと心配してくれてたよね」
「……っ」
「ありがとう」
向けられたのは、笑顔だった。
デビトは鼻で息を吐いて、ヴァスチェロファンタズマ号の船体に背を預け、空を仰ぐ。
「あたし、オリビオンに戻ることにした」
「オリビオンに……ッ?」
「うん」
アッシュはデビトの方に振り返る。
お前は知ってんのか!?と投げかけたくなったが、反応が全く動じていない彼を見て、承知の上だと分かった。
「ヴァロンのこと、ちゃんと知りたくて」
「ヴァロンって……だってアイツは…―――」
消えちまったじゃないか。
そう続けようとしたが、彼女を責めるような言葉になると思ったので留める。
だが、ユエは笑っていた。
「うん。消えちゃったから、消えた先を……―――知りたいの」
「は……ッ?消えた先って、だって、あれは代償で……」
「代償で消えた。それは“どこか遠くへ消えた”のか“死んだ”のか。どっちだか、知りたい」
「……ッ」
「前者なら、助けにいける方法を見つけたい」
真っ直ぐな視線は、迷いなんてなかった。
まるで、出逢った日を思い出す。
「後者だったら……」
そんなことをする必要なんてないじゃないか。
ユエがヴァロンを犠牲にしたと自覚するだけだ。
そう伝えても、ユエはきっと引かなかっただろう。
「後者……死んだのなら、父さんがどれだけあたしを愛してくれていたのか、オリビオンに行って確かめたい」
「……っ」
「あたしは、ヴァロンのこと何も知らない。ただ愛されてたってことは分かってる。命と引き換えに、あたしを呼び戻してくれた父さんのこと……ちゃんと知りたい」
「ユエ……」
「だから」
投げられた眼差しは強かった。
どんな時よりも。
狼の死と母の死を乗り越えて、父親だと名乗る男に目の前で助けられ。
何も知らない状態の中、周りを救うために戦い続けた。
彼女は今、今まで以上に強さを発揮している。
完全に、強さを自分のものにしたのだ。
「だからあたしは、オリビオンに戻る」
コヨミが創り出すゲートで戻ると察しはついた。
あのゲートが、レガーロとオリビオンを繋ぐ唯一の手段だと思っている。
だが、互いの国で流れている時の早さは異なるはずだ。
次に再会できるのはいつだか分からないし、自分が生きているとも限らない。
それでも。
それでも行くと言うのか。
「どうして……ッ」
「そうすることが、あたしにとって正しいと思った」
「正しい……?」
「あたしがヴァロンの娘だから」
ユエとして出来ることは少ないかもしれない。
逆に言えば、誰でもできるようなことをユエがこなしたっていいんだ。
だけど、ヴァロンの娘は1人しかいない。
彼の娘であるユエだからこそ、出来ることがあるのならば。
「お前……お前は許したのかよ!?デビトッ!!」
アッシュが勢いよくデビトにもう1度振り返る。
空を仰いでいたデビトが、ゆっくりと隻眼をアッシュに向けた。
「せったく想いが通じ合えたんだろ!?なのに、どうして簡単に離れられるんだ……ッ」
「喚くなよなァ。これだからお子様は」
「あぁ!?」
アッシュがデビトに歩み寄ろうとしたのを見て、ユエが腕を掴んで止める。
ケンカになりかねないことは目に見えてわかった。
「離れるからってなんだってンだ」
「あ……ッ?」
「待ってりゃいいンだろ」
「待つって……お前、オリビオンとレガーロの間に流れてる時代の早さは違うんだぞ!あっちの1年が、こっちでは10年になり得ることだって……―――」
「だったら何だ」
2人の間で始まってしまった会話に、ユエは何も言えなかった。
「ユエは俺を12年待った」
「!」
「デビト……」
「ならァ?俺だってアモーレの帰りを待つのが、レガーロ男のジョーシキだよなァ?」
ユエもアッシュも、言葉を止める。
切ない沈黙が、ヴァスチェロファンタズマの周りを包んだ。
「お前が俺に言ったンだろォ」
「え……?」
「“本気で愛してるなら、傷つけることで確かめるんじゃなくて、傷つくまで愛し抜いてみせろよ”」
デビトの決意は、ここを発つと決めたユエよりも強かった。
―――…初めて、彼に負けたと思った。
デビトに男としてではなく、人として。
そして想いの大きさで。
「……っ」
悔しかった。
だけど、初めて分かった気がする。
ユエがデビトを選んだ理由が……―――。
「テメェこそ、このままでいいのか?」
「……」
「ユエは明日、オリビオンに戻るんだゼ」
「明日!?」
あまりにも早すぎねぇか!?とギョッとすれば、ユエがすまなそうに顔を背けた。
「ごめん……。コヨミのゲートが閉まるのが、明日なの」
「……っ」
時間を無駄にしてしまったことを後悔する。
それが滲み出ていたのだろう。
デビトにも伝わっていた。
「あーァ。興醒めだァ。ユエ、俺は先に戻ってワインでも頂くとするゼ。後は好きにしな」
「え、あ、ちょっと……!」
「その代わり、」
はちみつ色の瞳が、ユエとアッシュを捕えて笑う。
上がった口角がいつもの日常を思わせてくれた。
「ちゃァーンと戻って来いよ?」
一瞬だけ、切ない色が見えた。
ユエもそれを見逃さずに…、頷く。
ひらひらと手を靡かせて歩いていくデビトの背を見送った。
残された海岸にはアッシュとユエだけ。
恐らく、これが最後のちゃんとした会話になるだろう。
「……」
「……っ」
互いに、気まずくなって言葉が最初出てこなかった。
それでも、時間は無駄には出来ない。
「アッシュ、ごめんね」
「なんで……謝るんだ」
「その……」
「デビトに抱かれたことか?」
「ッ!」
「それとも、ここからいなくなることか?」
アッシュの瞳は、微塵も隠すことなく悲しみを見せた。
ユエは完全に言葉を失う。
自分らしくない。と冷静な脳内のユエが言っていた。
デビトと付き合い始めてから、新しい自分がどんどん生まれてくる。
惑ってモジモジしてしまったり、恥ずかしくて言葉が出てこなかったり。
アッシュに申し訳なくて、顔が上げられなかったり。
「―――……いいんだ。俺こそ、悪かった」
「え……?」
責められると思ったのに、出て来たのは彼からの謝罪。
思わず顔をあげれば、悲しみは隠さないものの、微笑んで頬に触れてくる彼がいた。
「お前の幸せを願っておきながら、嫉妬して……八つ当たりして、避けた」
「アッシュ……」
「悪かった。キスしたことも、結果弱ってる時にお前を惑わすようにことしたのも」
「ううん……」
首を横に振って、彼の目を見る。
懐かしいとは思えない、いつでも傍にいてくれたアッシュ。
今度は、幽霊船の戦いの時のような数ヵ月離れるだけではいかない。
必ず、必ず長い時間を費やすことになる。
次に会えることがあるのなら、きっとアッシュを“懐かしい”と思う。
離れていたことが、きっと当り前になる。
奥歯を噛み締めて。
アッシュは伸ばした手を、最後と決めた。
「アッシュ……っ」
小柄な体を抱きよせた。
傷だらけの女を抱き締めた。
熱くなる目頭を何とかして押さえながら。
「好きだ」
「……ッ」
「お前のこと、大好きだ」
「アッシュ……」
「きっと、お前が消えても、誰かと幸せになっても、俺はお前を想ってた日々を忘れることなんてない」
「…ッ……、…っ」
先に泣いたのはユエだった。
背丈はデビトと同じ。
でも匂いも空気も、体つきも感触も全て違う。
違うけれど、彼に守られていたことも事実だ。
「いつか別の女を愛したとしても、お前が俺の家族であることに変わりはない」
「うん」
「祈り続けるさ。願い続けるさ……ッ!お前がデビトと幸せになる日を、ずっと……ッ!」
あまりに大きな愛情。
ユエは受け取る相手が自分であってはいけないような気がした。
それでも素直に胸にしまって。
涙を流して、伝えたんだ。
「ありがとう……ッ」
「…っ」
「ありがとう、アッシュ……っ」
痛いくらいに抱きしめられた。
伝われと、彼の背に縋ったんだ。
「アッシュの幸せを、ずっとずっと願ってる……っ」
ユエに言われるのは不服だろうな、と思いながらも彼は言い返さなかった。
一度、無言で頷いた。
目頭の熱を彷徨わせながら…―――。
そうして互いは幸せを願う関係になった。
遠い遠い、時代も時間も違う世界から。
ずっとずっと……いつまでも。
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