16.
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12年の月日が経ち、レガーロに戻ってから…―――全ての始まりはここだった。
港のバール跡地。
以前は経営がされていたのだろうが、店がつぶれ、そこへと逃げ込んだ一味を捕まえたのは他でもない、ユエ自身だ。
バールを燃やし、火の海と化した。
アルカナファミリアが子供を保護しに来るのは分かっていたので、だからこそ、好き勝手にやってみせた。
ルペタへ繋がるのであれば、どんな手段を使っても、どんな事でもやってみせた。
果たして、今同じ気持ちでイル・ソーレについて調べられるだろうか。
―――あれぐらい、必死になるほどの気持ちが出てこないのは何故か。
恐らく、自覚した先の恐怖心が大きいから。
それでも進んでいこうとしている自分がいて、笑わざるを得ない。
焼け焦げたバールの跡地を抜けて、先にある廃墟と化したもう1つの跡地へ。
そこにいる人物が鍵を握っていると信じて、ユエは扉を開け放った。
「ッ!」
ギィイ……と油がささっていない扉が音を立てる。
入口正面に佇んでいた者は、勢いよく振り返った。
戦闘態勢に同時に入ったようで、腰を低くし構えを取られたけれど、それもすぐに解かれることになる。
「ユエ……」
「アンタは、」
黒の長い髪を2つに縛り、碧い瞳で警戒をみせたのはいつかの少女。
てっきり天才錬金術師の近くで笑顔でいると思っていた。
「コヨミ……」
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「何故、貴女がここに?」
コヨミが吐き出したのは責めるものではなく、問いかけに似ていた。
だが少しだけ棘がある言い方。
ユエはまさかキーマンがコヨミだとは思わずに、説明を思考フル回転で考えた。
「調べものをしてて……。ここに来たら、詳しい人物がいるからって話を耳にしたから来たんだけど……」
「調べ物?」
コヨミは碧い瞳を瞬かせる。
ユエはジョーリィにしたのと同じ質問を投げかけた。
「もう一度、オリビオンに行くことが可能かどうか」
コヨミは表情を変えなかった。
驚きもせず、馬鹿にするでも、喜びもしなかった。
相変わらず表に出てくるには乏しい表現だが、ユエの言葉は受け取ってくれているようだ。
「そんなことを知って、どうするのですか?」
「……」
「貴女がもう一度、オリビオンに赴かなければならない理由とは?」
先刻から、その答えが出てこない。
別に今のまま生きていけば、デビトと幸せになって、ファミリーと楽しく暮らせるはずだ。
それを選べないのは、ユエの性分か。
だとしたらとても損な性分であると自嘲する。
―――だけど、引っ掛かっているからこそ、こうして動いているのだ。
ならば、素直にそう告げようではないか。
「ヴァロンについて、もっとちゃんと知りたい」
「……」
「太陽の代償がどんなものなのか、消えただけなのか……死んでしまったのか」
ほんの一瞬。
一瞬だけ。
ユエの言葉に、コヨミの眉がぴくりと動いた。
「それを調べ、知り、どうする気ですか?」
矢継ぎ早に問われる。
彼女は何か知っているのだろうか。
内面の多少の焦りが見透かせた。
「もし、ヴァロン様が死んだと知ったなら、貴女はどうするんですか?」
「それは……」
「誰のせいで死んだのかをもう一度理解し、罪の意識に苦しみながら生きるのですか?」
“そんな必要、ありませんよ”と続けられた言葉。
確かに、“死んだ”と告げられた時、ユエの中にどんな感情が生まれるのかは容易く想像できる。
きっと、あの日のことを悔やむだろう。
「私は貴女を責めてるつもりはありません」
「……」
「いいえ。誰も責められないと思います」
コヨミの言葉に、伏せかけた瞳をあげる。
冷静な碧がユエを捕えた。
「貴女はヴァロン様の娘です」
今一度告げられる、事実。
「己の娘が危険な状態にあり、自分に娘を生かす方法があるのであれば、彼はそうします」
「……―――」
「父親とは、いいえ、ヴァロン様とはそうゆう男です」
だから、誰も貴女を責められない。と。
娘を救おうと、当り前の行動を身を呈してした男。
存在が消され、どこにいるのかも、何も分からない彼。
そうなった原因は、ユエであるけれど誰も彼女を責められないのだ。
ヴァロンが誰よりも守りたい存在がユエだったのだから。
「死んでても、生きていても、自責の念に捕らわれる必要なんてないのです」
「コヨミ……」
「それを踏まえた上で、どうしてヴァロン様やイル・ソーレのことを知りたいのですか?」
―――…コヨミは1つ、ここで試していた。
ユエに“自覚”があるのかどうかを。
理解はしていたとしても、ユエ自身がヴァロンの娘であると自覚をしているのかどうか。
もちろん、19年を親子で一緒に過ごしてきたのであれば迷うことなく芽生えた感情だろう。
だが離れていた日々と、再会し共に在った時間は比例しない。
途方もなく長く離れていて、そして一緒にいた時間は少ない。
コヨミからしてみれば不思議だった。
そんなユエがヴァロンについて動いていることが。
「知りたい」
「……」
「知りたいの」
コヨミが射抜いた紅色の瞳は、間違いなく巫女と同じ色。
真っ直ぐに見据えた強さは、間違いなくヴァロンと同じもの。
「ヴァロンや、イル・ソーレについて知って、真相が分かるなら知りたいの」
「真相を知ってどうするんですか。悲しむだけですか?」
コヨミの問いは、“死んでいる”を前提にしていた。
だが、ユエは…――とっさに返したのかもしれないが――違った。
「助けたい」
「……え?」
「ヴァロンを、助けたい」
返って来た返事は、あまりにも単純で明快で。
でもコヨミからしたら意外だった。
「……生きていると思ってるんですか?」
「それは……そう、信じたくて」
「死んでいたら、どうするつもりなんですか」
呆れて突っぱねたコヨミに、ユエが返したのは小さな願い。
「守護団やコヨミやコズエは、ヴァロンのことを知ってると思うけど……」
「……」
「あたしは、ヴァロンのことよく知らない。彼が父親だとして、どんな人間で、どんな人生を歩んでいるのかも」
傍にいなかったんだから、当り前であるけれど。
「でも、娘として愛されてたのはなんとなく、わかる」
「(この子……)」
「知りたいの。ヴァロンって人間がどんな人なのか。もちろん、それが“ヴァロンが死んでいる”って時、どうするのか理由にはならないんだけれど……」
混沌とした心の中を、説明できない説明をしようと言葉を紡ぐ彼女。
コヨミは、押し負けた気がした。
血の繋がりに勝てるものなんて、滅多にあるものじゃない……。
「はぁ……。しょうがないですね」
溜息1つ零して、…―――告げた。
「実を言うと、私も同じことを調べていました」
「えっ」
コヨミから切り出されたのは、同じ目的を持っているということ。
「このことは内密に進めています。私以外に動いている者もいません」
「コヨミだけで……?」
「……私も、以前と同じ形に戻りたい」
ウィル、アルベルティーナ、コズエ、コヨミ、守護団…。
そして、ヴァロン…―――。
「今だって十分、幸せです。戦いを起こした日とは比べ物にならないくらい。心も満たされています。それでも……」
それでも、求めている。
「私は、ヴァロン様と……もっと一緒にいたい」
「……」
「だから、レガーロに来たんです」
レガーロは、オリビオンよりも100年も先の未来だ。
ヴァロンが果て、その後100年の間にイル・ソーレと契約をした者がいるならば、代償などの文献が残っていると信じていた。
「ですが、それも空回り……」
「何も出てこなかったの?」
「残念ながら」
コヨミが背後にある、壊れたクローゼットのドアノブに手をかけた。
開けば、中からはよく知った碧い光が渦巻いている。
「ここ1週間ほどゲートも繋いだままです。そろそろオリビオンに戻らなければ、私の力でも戻れなくなります」
「……っ」
「最初の問いにお答えします」
キッと振り返り、凛とした表情を向けて来たコヨミ。
思わず息を呑んだ。
「オリビオンに行く方法はあります、戻ることも可能です。ですが、あくまで“今なら”」
「今なら……?」
「知っての通り、今オリビオンは復興作業に取り掛かるところ。これから時間を費やして、レガーロとオリビオンを繋ぐことは難しいということです」
「!」
彼女が、何を言わんとしているのか、理解出来た。
「私の力を持ってしても、繋ぐことが出来る時間も安定性も限られている。ましてレガーロの人目につかない所でゲートを出すのは難しいこと」
「それって……」
碧い瞳は、横目でユエを見つめる。
「オリビオンに向かうなら、早急に決断と覚悟を」
「…っ」
「守護団のメンバーも休暇という名目で私と共に来ていましたが、遊びもそろそろ終わっているでしょう。全員連れて帰ります」
「……」
「そもそもオリビオンとレガーロは時が流れる早さが違う。次にゲートを繋ぐことが出来たとしても、貴女をどれほど待たせるか。約束も出来ません」
つまり…―――
「来るのであれば、ここへ戻ることがいつになるかも分からない。来ないのであれば、ヴァロンを知ることがいつになるかもわからない。仲間との別れか、ヴァロンについて諦めること……どちらかを覚悟してください」
「…ッ」
「期限は、2日後。明後日の日没までにここにいらしてください」
「明後日……!?」
「姿がなければ交渉は決裂とし、私はオリビオンに戻ります」
オリビオンでも、まだ手掛かりが消えたわけじゃない。
単独ではなく、ウィルに頼みこめば何かを知ることが出来るだろう。
もちろん、ヴァロンの周りをもう一度調べ込み、手掛かりを探すことも出来る。
己が動くのであればオリビオンの方が都合がいいとコヨミは考えていた。
それを理解しているからこそ、コヨミは焦っていないのだ。
ここからどれだけの“手が打てない”という事実を突きつけられることになっても、コヨミは手を止めないだろう。
「それでは、私は夕食をとりに守護団のメンバーと合流します」
「……――」
「無理強いはしません。己の心に添う答えを選んで、決めて下さい」
―――………
――……
―……
港のバールからの帰り道。
ユエは素直に、館に帰ることが出来なかった。
フィオーレ通りを抜けて、館に近い高台で夜景に染まる街を見下ろす。
風が心地よく、夜風に乗せてどこからか花弁が舞ってきた。
ピンク色の上品な花。
館の庭に埋まっていた、1本のサクラの樹から送られたものだろう。
スミレがジャッポネから仕入れたと、昔ジョーリィに聞いたことがある。
「アルカナファミリア……」
素敵な家族であることを、胸を張って言える。
だが、血が繋がっているわけではない。
自分にしか出来ないこととは、なんだろう。とユエは考える。
セリエの所属も、ファミリーの立ち位置的なものもそうだけれど、“ユエだからこそ出来ること”とは何だろう。
まさにそれは…―――
「娘だからこそ、出来る事」
そうなのではないか、と思った。
「……ヴァロン」
では、“行く”とここで決めたとしよう。
こちらの時代のみんなはどうするのだ。
いきなり明日、オリビオンに帰ります。で許されるのか。
セリエはそれこそどうなる。
フェリチータは応援してくれるだろうが、悲しむんじゃないだろうか。
アッシュは?
ルカやパーチェは?
デビトは……―――?
「どれくらい……離れるんだろう」
また十何年?
それなら別れた方がいいではないか。
時代の流れはどれくらい違うのか。
向こうでの1年は、レガーロではどうなのか。
時の早さは常に一定でいてくれるのか。
ユエが戻ってきた時、覚えててくれる者がいるのだろうか。
「あたし、こんな臆病だったっけ……」
自嘲しながら、腹部のスティグマータに触れた。
大切なものが出来れば、壊れてしまうのが怖いと思うのは普通なのだろう。
だが、弱くなったみたいだな……なんて考えながら笑った。
「(デビト……)」
夜風が、サクラを運ぶ。
春に、数週間しか咲かない花を。
花弁がひらりひらりと舞い、ユエの頬に触れた時……――
「ユエ」
背中から何かに包まれて、右耳の真横で声。
左手で触れていたスティグマータも、守るように上から重ねられれば、ユエを強くしてくれる気配。
「すごいね……以心伝心?あたし、心の中でしか呼んでないよ」
泣きそうになった。
半身振り返れば、細身で長身の彼がいた。
「デビト」
この温もりを手放なしてまで、行くべきなのか。
相手を悲しませるのも承知で動くべきなのか。
それとも、この安泰の生活の中、血の繋がる父親を忘れていくべきなのか。
決断はすぐそこまで来ていた……。
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