15.
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春の気配。
ノルドに墓参りに向かった時も雪は溶けていたし、花が咲き始め、散るのも時間の問題だろう。
雪に埋もれ死んだ者が、待ち望んだ春。
気候からもそれを感じ取り、肌で実感しながらユエは館の廊下を進んだ。
港のバールに答えはあるかもしれない。
それでも、与えられるだけではなく自分の足で自分の思うままに調べてみようと思った。
だからこそ先に、ここを訪れる。
コンコン、とノックを何度か鳴らして返事を待った。
「はい」
「ユエです」
相手の声音からは、驚きも意外だというものも感じ取れなかった。
ガチャリと開いたドアの向こうには微笑みを見せる、ファミリーの母親の姿。
分かっていたのだろう。
ユエがここに来ることを。
「待っていたわ」
「マンマ……」
「来ると思ってたの」
優しい微笑みから語られる、ユエが望む真実を求めて。
15.
「どうぞ」
スミレはユエが来るのを分かっていたので、わざわざ抹茶を入れてくれている所だった。
座るのを促されたので、目の前に水晶玉が置かれたテーブルに腰かける。
出された抹茶に一度視線を向けつつも、真っ直ぐスミレを見返した。
「すみません、手間を取らせてしまって」
「いいのよ。フェリチータ以外の女性の来客なんて滅多にないことだもの」
「……」
「それより、私に聞きたいことがあるから来たしょう?」
「はい」
迷う事なく答えてやれば、スミレが湯呑に口付けてから目を伏せた。
仕草が、ユエを待っているようで……小さく息を吐いてから口を開いた。
「第19のカード、イル・ソーレ」
「……」
「このカードについて、お話を聞きたくて」
スミレは、そこまで予想はしていなかったのだろう。
タロッコについて聞いてくるだろうとは思っていたものの、まさかカードまで指名でくるとは。
「イル・ソーレ。太陽のカードね」
スミレが湯呑を優雅な手つきで置いて、瞼をあげた。
「今、このカードはファミリーに宿主はいないわ」
「はい」
「一体、何が知りたいというの……?」
スミレからしたら不思議だっただろう。
宿主がいるカードならまだしも、いないカードの詳細を知り、どうしていくのかが。
守護団での戦いで何を見て来たのか、知らないならなおのことだ。
「―――…先刻までの戦いで、太陽の宿主に出会いました」
スミレは目を見開いた。
もちろん、時を超えてどんな戦いをしていたのか。
ウィル・インゲニオーススが生み出したタロッコが創られてから間もない時代であったことも。
だが、その中に“太陽”が絡んでいたとまでは伝えられていなかったらしい。
「その太陽の力を宿した者は、オリビオンであたしを助けるために力を使いすぎて……消えたんです」
消えた、という表現が“死んだ”ではないことからスミレは何かを感じ取った。
「太陽の代償だというのは、わかっています。“生まれ育った大切な場所に存在できなくなる”」
「…」
「彼が消えたのは、ただ故郷に近付けないくらい遠くに飛ばされてしまったのか、それとも消えたと言っただけで、魂が消化されて、死んでしまったのか…―――そこが知りたいんです」
ヴァロン・インゲニオースス。
ウィルの実弟。
錬金術の腕はほぼほぼ期待できないと言われていたが、彼の力は錬金術ではなかった。
守護団を設立する前の、騎士団と呼ばれていた部隊の団長。
剣術、銃、体術、知識、体力。
どれを取っても戦闘のスペシャリストと呼ばれていた。
宿したアルカナは“太陽”。
人に生命力、生きる力を精神的にも肉体的にも与えることが出来る。
そして受け取る代償は“生まれ育った故郷に存在できなくなること”。
恐らく、ヴァロンはぼかして、気付きにくいように伝えて来た。
本当ならば、もっと端的に代償を伝えられたはず。
そうしなかったのは…―――。
スミレは黙って聞いていた。
水晶に手を翳しながら。
そしてもう一度お茶を口にしてから……告げる。
「今は大アルカナとの契約は禁忌とされているわ。詳細までは分からないけれど……」
水晶が切ない光を放ったような気がした。
視線を捕らわれたまま、言葉を呑む。
「とても悲しい運命を背負ったカードね」
「悲しい……?」
「ラ・フォルツァやイル・モォンド、フォルトゥナのように凶悪なカードでもなく、だからといってリ・アマンティやラ・ペーソのような温厚で宿主に力を貸すカードでもない」
ある意味、一番厄介かもね。と苦笑を向けられる。
「声を聞くたびに、優しい叫びをあげるカードよ……」
「…」
「宿主に力を貸してはくれる。でも、同じくらい大きな代償を奪わなければならない」
「それはどのカードも一緒なのでは……?」
「―――そうね。でも、太陽のカードの意味は“成功”、“生命”、“安らぎ”。それを奪うのは、タロッコからも辛いものなんじゃないかしら……?」
―――……結局のところ、スミレとはこの後も話をしたが、手掛かりになるようなことは何もなかった。
タロッコ自体の性質などは少しばかり理解できた気がしたけれど、それがヴァロンの居場所に繋がるとは思えない。
スミレの部屋を出ようと、礼を告げ腰を上げた時。
スミレから最後の問いが飛んできた。
「ユエは消えたその人を助けたいの?」
ドアノブに触れる前。
投げかけられた質問。
動きが、止まる。
「タロッコの代償という宿命を覆せると信じて、消えたその人を追いたいのかしら……?」
―――…自分は何故、ヴァロンのタロッコについて調べているのか。
助けたいのか?
そりゃもちろん、手が届く範囲であれば助けたい。
だが彼は、存在した時代も、国も、今いる居場所もユエとは違う。
父親であることにはかわりないが……――。
「あたし、は……――、」
「ごめんなさい。助けたいから動いているのよね」
自分を責めるように笑ったスミレ。
ユエは目を伏せ、考える。
自分がこれを調べ、何をしたいのだろう、と。
もし“死んだ”ということが分かったら、どうするのか。
もし“消えた先”がわかったら、どうするのか。
「あたしは……」
ただザワザワと騒ぐ心を治めるために動いているのだろうか。
あまりにも子供で、自分勝手。
自分が犠牲にしてしまったという罪から逃れたいが為の行為か。
背負っていくべきものから、許されたいが為か。
―――……答えは、出てこなかった。
◇◆◇◆◇
スミレの部屋を出た時は、既にシエスタ時から夕方にかかっていた。
昨夜、ジョーリィに教えてもらった港のバールに向かおうと館を出る準備をする。
変な時間から出かけるものだから、メイド達やリベルタやルカには不思議な顔をされた。
が、特に気に留めることもせずにレガーロの街へ飛び出す。
フィオーレ通りを抜け、裏路地へ。
小さく暗く狭い路地を抜けた所で、裏の小道へとやってきた。
ドレスが並んだショーウィンドのお店の前。
高台にあるからこそ、西陽で綺麗なサンセットを描く海が見える。
「綺麗……」
絶景だと思い、足を止めたところで背後に気配。
慣れ親しんだものだと思い、振り返れば……予想した男とは違った。
「アッシュ……」
「ユエ……」
どうやら彼も逆の道から出て来たらしく、手には新しい錬金術の書物が抱えられていた。
なんでこんな時間にここにいるんだ、という視線で問いかけられれば説明が難しい。
何と返そうかと視線を合わせようとしたが、彼は振り向きざまにたまたま目が合った後、すぐに視線をフイっと逸らしてしまった。
「……アッシュ」
そのまま背を向け、歩き出そうとした背中。
留める言葉が見つからない。
ただ名前だけを呼び続けた。
「アッシュ……っ、ねぇ「ここらは夜になると人が寄りつかない」
遮られた言葉は、どことなく優しさはあるけれど、とても怜悧だった。
「用があるならさっさと行って、戻ってくるのがいいと思うぞ」
ブーツから奏でられる音をそのまま聞き届けた。
背中が夕陽に溶けていくのを、見つめる。
幸せになることで、あの背中が遠くなることを望んだわけじゃない。
どうしたら元に戻れるのかと考えて……自嘲した。
「……戻れる訳ない、のかな」
自分は彼の想いを刹那に踏みにじった。
勘が鋭い幼馴染だ。
気付いているはずだ、色々と。
あんな態度をとられるのも仕方ない。
そのまま憎んで嫌いになって、彼がまた新しい誰かをみつけて幸せになればいい。
歪んだ願いが出てきそうになりつつ、ユエはパン!と自分の頬を叩いた。
「――……しっかりしないと」
アッシュに背を向けて、悲しい目をするのはやめた。
前を見て、ユエなりのやり方で、また彼との距離を生み出し、そして埋めていこう。
今は自分のできることをするため。
静かに背中を向けるのであった……。
一方のアッシュも、振り返ることはせずに坂道を下り続けた。
オレンジに染まる空の下、ポケットに手を突っ込んでしかめっ面で先を行く。
思考が侵されていたせいか、声をかけられるまで気付かなかった。
「さすがにあの態度は酷いんじゃないかしらね?」
「!」
「フフフ、ユエさんの悲しげな顔も悪くは無かったですけれどね…♪」
振り返る前。
両サイドに現れた2人の影に、アッシュは足を止めた。
止めた瞬間から、回り込むように対峙をしたのは、懐かしい顔。
「アロイス、ツェスィ……」
「久しぶりねぇ、アッシュ」
「私はこの前会ってますけどね…♪」
「お前らなんでここに……」
ユエはアロイスともバールで再会しているけれど、アッシュは久々であった。
2人の手に下げられていたのは、先程アッシュとユエが足を止めていた絶景スポットの前の店。
ドレスのショーウィンドがあった店の袋だ。
どうやら買い物をしていた2人に、さっきのやり取りを見られていたらしい。
「聞いたわよぉ?ユエ、ちゃんとデビトと向き合って恋人同士になったらしいじゃない」
「……」
アロイスが吐き出した言葉に、アッシュの瞳の奥が揺れた。
もちろん、表面上に出してたまるかと思ったので、取り繕って平静を装う。
「そうみたいだな」
「だからって、あんな態度していいの?」
「なんの事だ」
「さっき、ユエさんのこと突っぱねてたじゃないですか…♪」
ツェスィがクスクスっと笑う。
「傑作でしたよ、彼女の悲しい表情…♪」
「ツェスィ、話が逸れるわ。また後でにしてよねん」
「はい…♪」
宥められて笑顔で黙るツェスィ。
アッシュはアロイスの言葉を待った。
「何があったかは聞かないわ。でも、納得できないからといって彼女に八つ当たりするのはお門違いじゃないかしらぁ?」
「別に納得してねぇわけじゃねぇ」
「なら、どうしてそんな態度のままなんですか……?」
突如現れた2人に詰め寄られるのは、イイ気分ではなかったけれど。
言われて言い返すより、アッシュは自分の心の中と向き合った瞬間だった。
「ユエさんはご自身が、アナタに愛されていたと自覚しています…♪」
「……」
「ならば…―――」
屈んで、下から眺め上げるようなアイスブルーの瞳にアッシュは息を呑んだ。
「納得できるまで、彼女とぶつかり合うべきではないでしょうか…♪彼女の為ではなく、アナタ自身の為に」
「……っ」
「それくらいは許されますよ…アッシュさん、アナタは本気だったんでしょうから…♪」
まるで楽しい喜劇をみているような表情のツェスィ。
言葉だけで汲み取れば冷たくも感じさせそうだが、彼女の場合は不思議とそれがなかった。
「納得するまで……ユエ、と……」
アッシュの中に1つ、最後の燈が生まれた。
ふられると分かっているから、ではなく。
自分のけじめと思いのために。
「意外だったわねぇ、ツェスィがあそこまで言うなんて」
「ふふ、そうですか……?」
アッシュが何かを悟り、歩いていった先をみつめながらアロイスとツェスィのコンビは笑い合う。
「もちろん、傷つけあって、お互い悲しい顔をしているのは見ていて楽しいですけれど…♪」
「(可愛い顔して相変わらずのドSね…)」
戦いを好むわけじゃない。
戦えるけれど、相手を傷つけるイメージのないツェスィ。
守るために戦ったあの戦いから時間が経ち、心に余裕も生まれたのかもしれない。
「でも、ユエさんと……アルカナファミリアの皆さんには幸せであってほしいものです…♪」
「……」
そう願うのは、1人の人物が齎した影響が大きいからであろう。
「……そうね」
アロイスは静かに返事をする。
サンセットも終わりを迎えようとするなか、2人の乙女はレガーロの人波へと消えていった……――。
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