14.
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用意されたいつものパンケーキのセットを目の前にした時、母親となったルフィナの瞳が細められた。
フェリチータはティーカップの中に落とされた角砂糖の行方を見つめていたけれど、ユエは彼女の視線に気付き、眼差しの先を追いかける。
その先は、未だに夫と共にカラカラ鳴るおもちゃで遊んでいる自分の娘を見つめていた。
「あの子が生まれてから思うの」
「…」
「強く、長く生きしないとって」
砂糖を溶かしたフェリチータも顔をあげ、ルフィナの横顔を見つめる。
ユエは、彼女の言葉にどこか胸の奥を抉られた気がした。
「あの子を守れるようにって」
横顔は、まさに“母”だった。
「それはきっと、旦那も思ってることだけれどね」
「ルフィナさん……」
何年後、何十年後。
ずっとずっと見つめていたい存在。
体を痛めて、愛する人と生み出した奇跡の結晶。
「あの子が大人になって、どんな風に成長して、どんな男性と結婚するのか」
「……」
「ずっと、ずっと見守れるように」
―――だから、強く生きるの。
彼女の言葉の後にはそう続いただろう。
「子供の幸せを願わない親はいないって言うけれど、まさにそれねっ」
笑顔をむけられて、フェリチータがルフィナに返した。
ユエは顔をあげられなかった。
「親……」
【僕のたった1人の娘なんだ…!】
【ユエ…ユエ……―――】
刻まれる愛の痛み。
解放されたいのか、許されたいのか。
どれとも違う。
ユエは……
「(ヴァロン……―――)」
ユエに、出来ることを…――――。
14.
ポポラリタ通りで口にした久しぶりのパンケーキは、いつもと変わらずに美味しかった。
フェリチータも満足したようで、足を軽く弾ませながら館への道を行く。
「ルフィナさん、すごく素敵だったね」
「そうだね。輝いてた」
「彼女を見てると、結婚も悪くないなぁって思える」
「……」
乙女チックな発言を全開にしているフェリチータ。
だが、ユエはどうしても顔をあげることが出来なかった。
「……ユエ?」
「え?」
呼ばれて、ハッとあげた視線。
フェリチータが首をかしげて“だいじょうぶ?”と尋ねてくる。
心を見透かされなかったのは、ユエの精神面が成長したからだろうか。
苦笑いして返せば、フェリチータは“無理だけはしないでね”と伝えて来た。
「ごめん、考えごとしてた」
「考えごと?」
「…―――」
無理をして、取り戻せるのであれば。
どんなものなのかを感じられるのであれば。
どんなことだって、やりきってみせる気がした。
「―――…次はどのパンケーキ食べようかなって」
◇◆◇◆◇
ルフィナのお店に訪れた数日後。
ユエは1人でセナとよく来ていた約束の丘で、ぼうっとしていた。
ここは既にセナとの思い出だけではなく、4人で流星をみた場所でもある。
あの時にはなかった感情が渦巻く今、目に見える景色を“綺麗”と心から思えなかった。
ごろりと寝ころんで、草原に背を預ける。
視線を真っ青で綿のような雲が流れる空へ投げた。
天使の梯子は見えない。
ここはレガーロ。
あの幻想的な地とは、気候も何もかもが違う。
確かにここが故郷なのだけれど、感じる心が変わったのは、先刻の戦いのせいだろうか。
それとも、知ってしまった真実からか。
「オリビオン……」
小さく吐き出した言葉。
誰も聞いているはずのない丘に響き渡る。
瞳を閉じて、風から感じる心地よさをあの国と重ねた。
この胸にあるザワザワと騒ぐ想いは、何なのだろう。
一体、自分はどうすればいいのだろうか。
しばらく考え、浅い眠りに堕ちる手前で1つの草を掠らせる音で目をあけた。
誰かが傍にいる。
奇襲か?と思ってしまう時点で、自分はどうやら平和主義者ではないらしい。
こんな所で戦いが起きるような日常は終わったのだ。
体を起こした所で、背後に立って口角をあげた男に安堵する。
「デビト……」
「ここでシエスタとは、いいアイディアじゃねェか。俺も混ぜろよ」
隣に腰かけて、頭の後ろで腕を組み、突如寝っ転がる彼にユエは茫然としてしまった。
「デビト、金貨の仕事は?」
「ヴァニアが島に戻ったからなァ。それなりに落ちついてンだよ」
「……」
「……ンな顔するな」
隣で寝ている男から出て来た女の名前。
ヴァニアが機嫌を損ね帰国したのは、完全にユエの存在であるのは誰もが分かっている。
金貨の仕事、カジノの経営、何よりデビトが大丈夫なのか、不安が過った。
が、それは見透かされていたらしい。
頬を撫でる手の甲が優しく下ろされる。
顎にかかった指先。
縋るように閉じた瞼は、完全にユエを弱々しく見せただろう。
デビトは何も責めなかった。
優しく導き、彼女の体を横に寝かせれば、視線を合わせて囁く。
「不安かァ?」
「まぁ……不安だよ。相手は凄く可愛いんだし。貴族だし」
「ハッ……」
「でも、それよりも金貨の状勢とか、デビトの立場とか。そっちの方が心配」
「俺の?」
「だって有名な令嬢をふ、フった……わけ、でしょ」
「あァ、そうだなァ」
ヴァニアの一族は、とにかく大きい。
それをユエに説明しても理解できないだろうと思いデビトは何も言わなかった。
今回の件で仕事の量は多少変わるかもしれない。
でも、気持ちを覆す気なんてない。
「周りの環境がどうなろうと、俺はお前を離す気はねェ」
「…っ」
「どれだけ苦労して手にしたと思ってんだ」
最後の囁きは、とても小さかった。
なんとか聞きとったくらい。
草原で2人で寝ころんで、視線を間近で合わせる。
日だまりの中、遠くで聞こえる船の汽笛。
デビトの囁きと今の汽笛が重なれば、完全に言葉は聞きとれなかっただろう。
それくらい、小さな声。
「それより、お前こそこんなトコで何してたンだ」
「え?」
「パーパのセリエ体験入門はどーしたんだよ」
「もう全部終わったよ。結果待ちってとこ?」
恐らくパーパも、悩んでいるのだろう。
間違いなく、金貨はあり得ないだろうけれど。
「お前がディーラーとしてイシス・レガーロに来れば毎日華やかなのになァ」
「絶対ないよ、金貨はない」
「ハッ!そうだなァ、まず無ェ」
耳の下から掻きあげるようにして、デビトの左手に髪を掬いあげられた。
くすぐったくて身をよじり、“なに”という顔で彼を見返す。
そこにはただ、優しい眼差しをくれる彼がいた。
「確かにィ?お前がイシス・レッガーロに来ればカジノは毎日華やかになるだろうよォ」
「そう?」
「だが、お前が華やかなのは―――」
刹那、力づくで首の下に腕が通された。
腕枕をする形でデビトはユエを抱きよせ、耳元で零した。
「俺の前だけで十分だろ」
優しく抱き寄せる腕。
頬に触れて、何かを慰めるようにする指先。
―――…泣きたくなった。
「デビト」
「ん?」
「……好き」
あんなに臆病で言えなかった言葉が、こうも簡単に出てくる。
それを簡単に引き出させる彼の空気も、前とは違うとよく分かった。
シャツを軽く掴んで、甘えるような仕草を見せればデビトは少しだけ驚いた。
隻眼を、分かるか分からないかの具合で見開いて、彼女を見下ろす。
「―――…」
何かが訪れる予感がした。
彼女が何かを考えているということがわかった。
それでも、デビトは何も言わなかった。
ただ抱きしめて。
辛い、悲しいという彼女を抱きしめ続けた。
陽が傾いて、マゼンダ色の空に変わるまで。
汽笛が鳴る回数もめっきりと減るまで。
そうしているうちに、2人はいつの間にか本当にお昼寝をしていたようだ。
館に揃って帰って来たのは、夕食時だという…―――。
◇◆◇◆◇
相も変わらず暗く、広い面積ある部屋の中を埋め尽くす本と研究資料の数々。
足の踏み場にも困るような状態ではないが、彼が整理整頓が苦手なのかもしれないというのは、公認の事実だった。
部屋の主・ジョーリィは、ソファーに腰かけ手元においていた本を読みつつ、視線を一瞬ちらつかせた。
「……」
ドアの向こうに、1つの気配。
放たれる空気からして、来客が誰であるのかは分かっていた。
どうしてこんな時間に、ここへ来るのかはさすがに分からなかったけれど。
「――…入ったらどうだ」
本に栞を挟んで閉じ、ドアの前まで足を進めながら放った。
返事はないけれど、気配が揺らぐのを感じた。
ドアノブに触れる直前で、廊下側の景色が見えたのでジョーリィは満足そうに笑む。
目の前にいたのは予想した通り、娘として扱ってきた少女だった。
「おやおや。こんな時間に何の用かな」
「……」
「フッ、私の実験の餌食にでもされたいのか……?」
「バカ言わないで」
冷静に言い放ち、ユエはジョーリィを押し退けて部屋へと上がり込んだ。
相変わらずの娘だ、と吐き捨てながらジョーリィは扉を重く締め切った。
空気の悪い部屋に立ちこめる、錬金術特有の匂いが鼻につく。
これも慣れたものだ。
「ジョーリィ、聞きたいことがあるの」
「聞きたいこと、とは?」
かしこまって、一体なんなのだ?と思いながらもソファーに体を落とす。
ユエは視線を流し、どこも焦点を合わせない形で言葉を続けた。
「現代の……レガーロの錬金術で、コヨミのような安定した時空のゲートって作れるの?」
「……」
“何をするつもりだ”とは聞かなかった。
要するに、オリビオンに用でもあるのか?と。
「断言はできないだろう……。が、奴らはウィル・インゲニオーススのホムンクルスだ」
「……」
「そこらの錬金術師が生み出した人造人間よりも遥かにスペックが勝る」
「つまり、コヨミじゃないと不可能……?」
「言ったはずだ。断言はできないと」
今度は、ジョーリィが質問をする側だった。
「オリビオンに戻りたいのか?」
「いや、そういう訳でもないんだけれど……その、なんていうか……」
「―――……ユエ」
答えを与える気はサラサラ無かった。
だがらこそ、これで試そうとした。
「第19のカード“太陽”」
「……っ」
ユエの反応が、揺れる。
ジョーリィは確信した。
今のユエが次に望み、何をし、どう動きたいのか。
だが、それは―――ジョーリィの耳にも届いていた、長年思い続け、結ばれた恋人―――デビトと離れる決断になるだろう、と。
「詳細を知ってるの?今、ファミリーにイル・ソーレのカードの宿主はいないはずだけど……」
「フッ、正直、聞くのであればスミレの方が妥当だな」
ファミリーのマンマであるスミレ。
彼女に相談することは出来なくもないが、それはそれで事が大きくなる。
興味本位では言えないことはジョーリィも分かっているだろう。
「ユエ」
「……」
「どうしても知りたいのであれば、港のバールへ行くがいい」
「港のバール?」
恋愛とは難しい。
そして、この物語はそれを終結として飾りはしない。
「そこに、お前が望む答えを知る者がいるはずだ」
今、隠された扉への入口へ。
辿るべき最後の戦いへの道を進め。
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