13.
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閉めていなかったカーテンから、朝陽が射し込む。
気だるさを感じながらも、だだをこねたかった所だが、あまりにも光が眩しすぎて耐えられない。
「ん……」
瞼を持ちあげて、窓から射した光が時刻を伝える。
どうせだから、起きてしまおうかと体を起こした時に手が何かに触れた。
なんだろうと思い、振り返って動きを止める。
眼帯を放り投げて、呼吸を小さくしているデビトの姿。
刹那、先刻まで自分が何をされていたのかを思い出し、ユエの顔面に熱が集中した。
どうにかして場を繕い、逃げようとした矢先…―――
クスリと笑みを零した彼が大きく腕を振るわせて布団の中へとユエを引き戻した。
「おはよう、淫らなベラドンナ」
「お、起きてたの……!?」
「あァ、お前が起きる随分前からなァ」
簡単に腕の中へと導かれ、抱きしめられれば目を伏せるしかない。
ユエ自身、今まで気付くことなんてなかった。
こんなにも、自分の中に他の女性たちが見せるような、女らしい仕草があるだなんて。
今まで誰にも見せたことがないくらい、真っ赤な顔してデビトを見つめる。
誤魔化すことなんてできない、照れてしまって仕方なくパクパクと口を不安げに動かした。
デビトからしたら、そんな態度を示してくる彼女が純粋に愛おしい。
「さァて、聞かせてもらおうか」
「な、なにを……?」
「大人の薬に酔い痴れていない、お前の本当の気持ちをなァ?」
シャルトレンドに何をされ、どんな経緯でデビトに色々されたかは覚えている。
もちろん、彼が行為の最中に言い放った言葉1つ1つも。
だが、気持ちいいという快感の中ユエが正確な言葉で気持ちを発し、きちんと伝わったかは……あまり自信がない。
「お前が気持ちよーくなりたくて、嘘を口走ってたら……俺のハートが傷付くのはよーくわかってンだろォ?」
「~~~……っ」
「ユエ」
デビトはあんな状況だったからこそスラっと出てきたような言葉を、今、この冷静な脳で判断するユエに求める。
眉間にシワを寄せ頬の熱が引かない中、彼には敵わないと悟った。
「……ばか」
「あァ?」
悪態1つついてから、ちゃんと言葉にしてやった。
遠回りもたくさんした。
でも、ヴァニアじゃなくて自分を選んでくれたことが嬉しい。
もっと早く、伝えればよかったなと思う。
「……すき」
「……―――」
「デビトが好き」
「へェ。誰よりだ?」
「えっ」
そう返されると思わず、ユエが目をぱちくりさせる。
デビトのはちみつ色の瞳と、碧い瞳がこちらを射抜いた。
“ルフィナさんのパンケーキよりも”
悔しいからそう返してやろうと思ったんだ。
ポポラリタ通りのパンケーキ屋のドルチェに勝るものは無いと思っている。
だが、彼があまりにも優しい手付きで髪を撫で、抱きしめてくるもんだから。
「―――…」
少しだけ、夢をみている気分になってしまう。
素直にこの男の隣にいれることが幸せだと思えたから。
ユエは微笑んで返した。
「誰よりもデビトのことが好き」
人に順位をつけるもんではないと思っているけれど。
大事な人の中で、飛びぬけて想いが大きい彼のことを言うのだろう。
“誰よりも好きだ”って。
満足そうに笑んだ彼の唇と重なるには、時間なんていらなかった。
13.
シャワーを浴びて、誰にも会わないように最善の注意を払って部屋に戻った。
自分のスーツに着替えてから、髪を乾かそうとクローゼットの中にあるタオルに手をかけた時、扉が閉まる音がした。
だが、そこには誰の姿もない。
わざわざ隠れなくてもいいものを、と思いつつ声を出す。
「デビト、そこに置いてある櫛とって」
返事がない代わりに櫛が宙に浮いたので、肯定だと判断する。
浮いた櫛を受け取ろうとした瞬間、紫の光の中から彼が現れて、腕を強く引かれた。
ぎゅうっと抱きしめられて、そのまま今度はユエのベッドに押し倒される。
うそでしょ、と思ったが彼にその気はないようだ。
抱きしめられたまま、まるで充電するようにして動きを止めていた。
「デビト?」
「体」
「からだ?」
「辛くねェか?」
「っ、」
聞いてくれるな……と恥じらいつつ、1つ頷いてやる。
そもそも本当に肌を重ねた。と言うステージまでは辿り着いていない。
一方的に愛してもらっただけで、ひとつになった。とは表現できない曖昧な経験だ。
これ以上のことをした時に体がどうなるかはわからないけれど、今は大丈夫だからと言い聞かせて押し通す。
そしたら安心したように耳元で笑った気配がした。
「迷惑かけて、ごめん」
恋人がどんな行為をして、愛を深め合って、互いに慰め合うのかはさすがのユエでも知っていた。
ユエもいつかは体験するとしても、それが遠い未来であることを予想していた。
その未来が、昨日や今日、くるなんて思いもしなかったただけだ。
「構わねェ」
「……」
「イイ声も、イイもんも見れたしよォ」
彼の指で絶頂まで導かれて、泣くほどの思いをした。
優しい手付きを今でも思い出すと熱が生まれる。
ましてユエは、彼自身に何も与えていない。
してもらうだけしてもらい、勝手に寝た。
そんなユエに対して自身の快楽を全く優先しなかったデビトにまた惚れ込んでしまう。
心を通わせて、通わせたからこそ、どれほど大切に想われているのか実感できた。
それだけで心が温かくなる。
強くなる。
「満足だったなら何よりだ」
彼が言えば言うほど、放った言葉自体は厭らしいのに。
含まれている意味がどこか思いやりがあって、それ以上は何も言えなかった。
横から彼の気配が遠退いた。
つられて視線をあげれば、隻眼の琥珀色がこちらを見て笑う。
どうしようもなく優しい時間。
触れるだけのキスを残して、また笑い、また重なる。
どれだけしても飽きないものだから、おかしくなってきてしまった。
「唇……はれるよ」
「見せびらかしとけよ」
「うわ、さいてー」
長かった12年。
リセットされた距離感。
それが今、甦る。
幼い時もこれくらいの距離だった気がして、懐かしい気持ちになった朝だった。
◇◆◇◆◇
デビトはそのまま、昨日部下が捕まえたであろうシャルトレンドの身柄の確認に向かった。
ノヴァとそのうち合流するのだろう。
まだ少し、シャルにされたことを思い返せば怖いとユエは思う。
けれど母のような残酷な記憶だけで終わらなかったのは、デビトが助けにきてくれて、優しくて甘い記憶に変えてくれたからだ。
「風が、きもちいい」
温かい陽気。
館の庭で空を見上げて、ユエはぼーっとしていた。
リベルタがいるであろう海に出てもよかったけれど、今はどうしようもなく1人になりたかった。
午後になったら、ルフィナのパンケーキ屋に行ってみようと思う。
どうせ明日からは、またパーパにセリエの件で捕まる気もしていた。
一応全てのセリエ体験はしたのだし、あとは勝手に決めてくれとも思っている。
ぼーっとしつつ、フェリチータの石像がある噴水までやって来た。
ここに来ると、不思議と思い返されるのは母のことだった。
アルカナファミリアの館に仕える、メイドとしてここで生きていた母。
30年ほど前のことだそうだ。
今のメリエラやイザベラ、ドナテラが来る前のことであろう。
やがてジョーリィと結ばれ、自分の義理の兄・ルカが生まれる。
そうして母は幸せに暮らしていたのだけれど…―――彼女は時代を超えた。
オリビオンで巫女と呼ばれ、城に仕え周りを支え、そしてヴァロンの女となった。
生まれてきたユエを生かすため、多くの困難に1人で孤独に立ち向かい、ノルドでたった一人の最期を迎えた。
ガロも、ユエを生かすために一緒にいてくれた。
そして、ヴァロン……――父親も。
「あたしは……1人じゃない」
独りでなんて、生きていけない。
独りで生きているわけではないことを強く思い知った戦いだった。
そして、もちろん共に生きてくれている仲間も心から大切だと思えた。
「ユエ!」
ふと、思い出に浸っていたところに聞き慣れた声が飛んでくる。
振り返ると、昨日、気まずいまま別れた幼馴染がそこにいた。
「アッシュ……」
館の廊下から続いている仕切りを飛び越えて、ユエの前に現れた彼は焦っているようにも見えた。
「ユエ!お前大丈夫かッ!?」
「……っ」
「お前、昨日変な男に捕まったんだろ、何にもされなかったのか!?」
本気で、怒鳴るに近い声の大きさで確認してくるアッシュ。
両肩を掴まれ、揺さぶられれば、なんて説明しようか焦りだす脳内。
言葉を選んでいる間にも、アッシュは1つの痕を見つけてしまう。
「お前、コレ……」
両肩を掴まれ揺らされた影響で、襟元に隙が生まれてしまった。
そのせいで、デビトの欲により付けられた痕が微かに見えてしまう。
絶句するような表情で、彼が指で触れて鎖骨。赤い痕。
血の気が互いに、別の意味で引いてく。
「ブッ殺す」
「ま、待ってアッシュ!」
シャルに色々触れられたのは覚えている。
でも、痕をつけられた覚えは無い。
だからこそユエは全力で否定ができたが、その先の説明は嫌な予感が漂う。
「なんだよ!お前、こんなことされてよく平気でいられるなッ!」
「シャルトレンドなら、金貨と聖杯がもう身柄の拘束してるから!」
「だったらなおのことやり返さねぇと気が済まないだろ」
「ち、違うのアッシュ……」
「うるせぇッ」
「違うんだってば!」
腹の底から、叫ぶような形で彼を必死に食いとめた。
とても納得がいかない、という顔をしているがユエが腕を掴んでいたのでアッシュは不服ながらにも止まってくれる。
「何が違うんだよ……ッ」
止めたはいいが、どう説明しろと言うのだ。
彼は、彼なりにユエを想ってくれている。
だけどユエはその想いを断らなければならない。
今もう1度告白してくれればきちんと言えるけれど、彼はそんなことしないだろう。
昨日のことで、結果はみえている。
だからと言って、詳細を話せば傷つけないとも限らない。
あたふたしているうちに、アッシュの方から矢継ぎ早に質問が飛んできた。
「お前、昨日どうやってシャルトレンドから逃げて来たんだよ」
「それは、デビトが……」
「……っ。お前、薬とか飲まされてなかったのか?奴は薬物にも精通していると聞いたが」
「……………」
「……………」
戻らない返事を、肯定と見た。
アッシュがそこから予測し、奥歯を噛み締める。
微妙に赤くなっている理由がようやく理解できた。
「お前って……嫌味なくらいわかりやすいよな。昔から」
知っているからこそ癖や所作、動作で理解できてしまう。
あのあと、何が起きたのか。
「…っ」
「―――…そうかよ、よかったな」
「アッシュ……」
「離せよ」
促されれば、もはや止める理由が見つからなかった。
そのままトボトボと歩いて消えていくアッシュの背中を、追う事は出来ない。
想いに応えられないから。
だけど、気まずくなりたいとは思ったことなんてない。
今まで通り、信頼できる家族でいたかった。
それを願うには……――ユエにとって恋愛は難しすぎるものでもあった。
―――時刻は変わり、午後。
小腹も空いたことだし、このまま館にいては曇り気分のままになりそうだった。
なんとか打開策をと思ったのだけれど、下手に動けばアッシュを傷つけることも分かってる。
時間だけが必要なんだ、と思った。
今日のところは、彼に出会ったとしても良いことは起きないだろう。
ということで、外へと出かけることにした。
当初の通り、予定していたポポラリタ通りのパンケーキ屋へと。
館のホールを出るところで、巡回から戻ってきたフェリチータがユエの姿を見つけた。
「ユエ!」
階段の上から呼びかけてくるフェリチータ。
振り返れば、愛らしく彼女が駆けてくるのが見える。
「フェル……」
「どこかへ行くの?」
「うん……。ポポラリタ通りのパンケーキ屋に…。オリビオンから戻って、顔出してなかったから」
「ルフィナさんのお店ね」
「フェルも行く?」
珍しく誘ってやると、彼女は喜んで笑みを見せる。
微笑んで翻り、仕度をしてくるという彼女を待って、2人は目的の場所へと向かうのだった…。
―――……
――……
―……
「いらっしゃい!あら……っ!」
カラン、と上品な音が鳴ったかと思えば、ルフィナの笑顔が確認できた。
まず、元気そうで安心したな、と思う。
長いこと、ここに来ることが出来なかった分、今日は堪能しなければ。
「ユエ!それにフェリチータさんまで!久しぶりね」
「久しぶり、ルフィナさん」
「ご無沙汰してます」
「全然来てくれないから、心配してたのよ」
カウンターから出てくる彼女。
入口で止まっていた2人を出迎えて、ユエにはさながら母親のような視線で微笑みを見せてくれた。
そこで、気付く。
そうか、彼女はもう母親なんだと。
「お子さん、無事に生まれたんですね」
「えぇ!アナタに早く会わせたくてうずうずしてたのよ!」
手招きで店のカウンター奥であるプライベートルームに呼ばれれば、父親と共に横になりつつ、おもちゃで遊んでいる小さな子供が見えた。
生後半年といったところなので、おもちゃと言ってもおしゃぶりに類似したものだったけれど。
父親であり、ルフィナの旦那であるアルフィオがユエとフェリチータに気付き、軽く会釈を交わした。
「ふふ、女の子だったの」
「おめでとうございます」
「うわぁ……目が大きくて美人さんですね」
フェリチータがしゃがみこんで、まんまるの瞳の覗きこみながら微笑んでいる。
アルフィオがフェリチータと言葉を交わしている間に、ルフィナはユエに小さく呟いた。
「ユエ、アナタ少し女らしくなったわね?」
「そう、ですか……?」
「えぇ。前にもまして美人になったというか」
前がどうだったかは置いといて、その効果が現れているとすると……恋人の姿が浮かんで、また頬が熱くなる。
同時に浮かぶ、灰色の後ろ姿の彼。
罪悪感にも苛まれた。
「それからなんていうのかしら、強くなった気がする」
「強く……?」
それに関しては、自分ではわからなかった。
「前は、空気から“儚さ”が出て立って言うか。いつでもここから立ち去ってしまうような気がしてたの。でも今はそれが消えて凛として見える」
「……」
「きっと、いろんなものを乗り越えて来たのね」
むけてくれた優しさの眼差し。
母親って、こんなものなのかな?と改めて感じた。
目頭が熱くなる。
母とは、こんなにも……―――。
「さぁ!いつものパンケーキと飲み物でいいかしら?今日はユエが久々に来てくれたから、サービスしちゃうわよ!」
そのままカウンターの奥へと消えていく彼女。
心の中に、1つの願いが生まれだしたのは、この時だった気がする。
「(母さん……、父さん……)」
決して、再会することは叶わない。
それでも願わずにはいられなかった。
「(―――……会いたい)」
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