11.
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体中の血が騒いだ。
目の前で、アッシュがユエにキスをした時よりも酷いざわつき。
ふつふつと肌の裏側から怒りを訴える血脈。
冷静に冷静にと言い聞かせても、デビトの思考は飛ぶ寸前だった。
「ユエ……っ」
シャルトレンド・レイ。
ヴァニアの島で逮捕経歴のある男。
薬物にも精通しているらしく、彼が好んで使う女をおとす方法はとても卑劣だった。
「クソ野郎が……ッ」
狙うは、心に傷を負い、落胆している少女。
甘い言葉で声をかけ、口車にのせて食事をしたり、酒を酌み交わしたりする。
そして仕掛けた甘い罠……媚薬を使い、女性を乱暴に陥れる。
これぞまさに薬物の法に引っ掛かった原因だ。
そんな男がユエを連れて、どこかへ消えたという情報。
デビトが失う恐怖心ゆえにとった彼女への曖昧な態度。
アッシュが見せた困惑と本音。
今、ユエを悲しませて惑わせるには十分すぎる出来事たち。
シャルトレンドが声をかけるには持って来いの状態であるだろう。
「ユエ……っ」
守護団との戦いの最中、腕を弾かれた日のことを思い出す。
乾いた音と拒絶された時に生まれた痛み。
本気で触れることが怖いと思ったのは、それからだ。
想っているからこそ、拒絶が怖くて、痛くて、どんなものよりも切ないことを知った。
そしてあの戦いで、ユエを失う怖さも知った。
戦いの最中は、余裕なんてなかったからこそ素直になれたのもあるが、戦いが終わって時間が経つにつれて、再び体温を交えることに恐怖を覚えてしまった。
―――でも、それも。
アッシュなど、ユエを想っている男ではなくて、別の男に弄ばれ、痛みつけられるのでは意味が違う。
そんなこと、絶対に許せない。
デビトは全力で脚を動かした。
客人が招かれた部屋がある廊下を1つ1つ潰すようにして、確認する。
どこかに居てほしい。
無事でいてほしい。
どうか、どうか…―――
「ユエ……!」
本当の気持ちはいつも。
試練にぶつかった時に、弾けるものだった。
11.
腕の自由を失った。
気付けば、上質な革のベルトで両手を頭上で縛られていた。
擦り合ってベルトを外そうとしたけれど、力の入らない手首に傷をつけるだけの行為となる。
懸命に働く理性で脚をバタつかせて、上に乗る男から逃れようとするが無意味。
シャルは空いた片手で首筋を撫で、口角を不審に上げた。
「随分と強情だな。そんなに暴れたって、」
「…ッ」
「逃げられないのにさ」
ゆっくりと降りてくる指先。
鎖骨に当たって、触れるか触れないかの距離で撫でる。
敏感に反応するように仕組まれた体は、小さく指先に跳ねた。
「綺麗に着飾ってるのに、傍から見ても堕ち込んでる表情」
「……っ」
「最初から、お前は落とせると思ったよ」
「ん…っ」
随分前から目をつけられてたのか、と気付かなかった自分を呪った。
自業自得だと後悔。
上から自分を見下ろす男の視線は、欲にまみれている。
悪夢だ。
「着飾ってることも、もう意味ないけれど」
指先が宙を舞い、下へ下へと進んでいく。
暴れていた脚を割って、内腿に気配。
ドレスの裾から入り込む、知らない男の指先に目尻からまた涙が零れた。
「やめ……っ」
肩が震える。
まるで夢に見た、母親が犯されるシーンが本当に降りかかったようだ。
撫でまわされる内腿。
指は更に奥へ奥へと進む。
触れたところから火傷のように、軌跡を描くように電流が通る。
初めてと言い当てられたが、図星だった。
本来の自分なら、蹴っ飛ばして逃げられるのに。
こんなことを、黙ってされるがままになって…―――
知らない男の指で、快楽を感じることなんて死んでも嫌なのに。
「ぁ……っ」
「ははっ、感じるんだ?犯されてるのに?」
暴れようと努めていた脚も、傷を作ってでも抵抗を見せていた手首も、与えられた甘い刺激に止まる。
素直な反応をする体と、泣きだして止まらない心。
男を怖いと思うことなんて、今まで思ったことなかった。
守護団と戦い、過去に起きた母親の事件が自分に同調して降りかかった。
夢で見た日は、デビトの指先ですら跳ね返したのに、今は知らない男に初めての行為を許す始末。
脚の付け根まで進み、腰のラインを撫でた指が一旦離れる。
脇の下に供えられたファスナーに触れられた時、理性が勝った。
「いやァっっ!!」
甘い声よりも出てきた叫び。
男はそれでも嘲笑うだけ。
下ろされたファスナー。
右脇の下から出来たスペースに入り込んで来る腕は、乱暴な手つきでドレスを剥がしていく。
「(こわい……っ)」
自分の中にこんなに弱くて、臆病な感情があったなんて。
流れた涙が止まらない。
あとはもう声を出さないように腕を噛み、男と目を合わさないようにして顔を逸らした。
「へぇ。これは、イイ眺めだな」
ドレスが破れる音は思考の端で聞いていた。
右上から斜めに剥がされた服。
曝け出される下着と、痣や切り傷。
見られるのも、されることも怖かった。
「そーいやお前、アルカナファミリアの人間だったな?」
「…ッ」
「女の戦士かなんかなのか?すっげえ傷だらけだな、この体」
「やめて……」
「それなりに可愛い顔してんのに、これじゃあ抱いてくれる男なんていねーだろ」
「…ッ!」
今の言葉には、心を貫くものがあった。
ヴァニアと、自分。
生きてきた環境も背負った傷も、それを象徴してしまう体も。
あまりに違いすぎる。
「よかったな、一生経験ナイってのは避けられるぜ」
生温かい感覚が、腰へと降る。
舌で腰のラインを舐められ、もう片方の手が並んだ1つの膨らみにドレスの上から触れる。
「ん……ぁっ」
押さえきれなかった声が溢れた。
震えが止まらない肩。
涙で思考は埋め尽くされた。
想いとは裏腹に、男の舌に反応する体。
手付きも厭らしく、焦らすように頂きに触れる。
「初めて与えられるこの感覚」
「…ッ」
「こんなに気持ちイイものなら、俺にされても構わないって思えるだろ?」
「ぅ…っ…で、びと……」
母は、こんな想いの中で父を待っていたのか。
助けて!と泣き叫んだあの声が、どこから出てきたのか分かる。
苦しい、痛い、切ない……繰り返される悲痛の中、渾身の力で声をあげたんだ。
気付いてやれなかったヴァロンが、どんな想いでカレルダを殺めたのかも分かった。
また強く植え付けられる父と母のこと。
まるで自分が今されていることは、他人事のようだった。
「そろそろ、直で触れてほしいだろ」
「…ッ」
喘ぎ声も我慢できなくなりそうな快楽の中、男はついに背中に手を回してきた。
白を基調にした下着の金具に、ゴツゴツした指先が触れる。
片手でそれを外せるということが、とてもこの行為に慣れていることを表していた。
「(もう……―――)」
逃げられない。
母と同じ道を辿って、生きていくのかと……諦めを痛感した。
強く目を閉じて、止まらない涙を止めようと努力した。
同時に、プチンっと何かが外れる音。
胸のあたりが少しだけ楽になり、下着を下から括りあげられるように手がかけられたその時だった。
「覚悟はいいよなァ?ブタ野郎」
聞き覚えのある声。
涙目で見上げた先には、弾かれた紫の光。
ガラスが割れるような高い音と共に現れたのは待ち望んだ姿だった。
「貴様、ど、どこから!?」
「うるせェな」
姿を確認したシャルが驚愕の表情を見せた刹那、ソファーの上でユエを押し倒し、騎乗りになっていた彼の顔面に蹴りが入る。
「ぐはぁッッ!!!!」
背もたれを超えて、奥のランプに激突した彼は軽く歯が数本折れたのではないかというくらいの悲鳴をあげる。
襲う者がいなくなったが、ユエは気が抜けなかった。
カタカタと震える体、自由が効かない手首。
とてもデビトや、彼でなくても見せたくない服が肌蹴た姿。
どうしよもなく怖くて顔を背けた瞬間……
「―――…っ」
まるで神業ともとれるほどの速さで、ベルトが解かれ、腕が自由になる。
破られ、不格好になってしまった服を隠すようにデビトのスーツが彼女を包んだ。
ユエの晒された素肌を、誰にも見せないと訴えるような仕草で。
かけられたそれから、鼻孔をくすぐる、恋い焦がれた匂いがする。
「(でびと……ッ)」
呻き声が未だに奥で聞こえているが、デビトはお構いなしだった。
「ユエ」
スーツの上から、この世でこれほど優しいものがあるのかと問いたくなる程の声音。
全身を包んでくれる温度と力。
あれだけ怖いと思った、生物学的には同じ男なのに。
こうも違うなんて。
「ユエ…」
「う…っ……ぃ……っ」
「悪かった」
「~~~……っ」
「ユエ」
全身を包む彼の匂いと体温。子供が甘えるように彼に抱きついた。
今度は別の意味で涙が止まらない。
触れられる個所によっては異様に反応を示す体だったが、デビトの声だけて安心し、耐えられた。
「貴様っ、何者だ…ッ!」
顔面血だらけにしつつ、シャルがデビトを睨み上げた。
が、その何倍も鬼の形相でシャルを睨み返した隻眼は、同じ琥珀色を放つが威力が違う。
思わず怯むシャルに、デビトは静かに告げた。
「本当なら、ブッ殺しても足りないくらいだが…―――」
ユエの頭を抱えつつ、デビトは左手でホルスターから銃を取り出し、引き金を引いた。
そのままためらいなく銃声が5、6発響き渡る。
ユエが声には出せなかったが、“やめて”と服の裾を引いたが止められなかった。
VIPルームに銃痕が残ったのは確実だ。
ユエが息を荒げながら確認すれば、シャルの左右にはスレスレの位置に銃痕があるだけ。
彼本人は、魂を抜かれた様子で立ち尽くしていたが命は助かったようだ。
「すぐに金貨と聖杯の連中が来る。もォちろん、アルベルトもなァ」
「ひ…ひぃ…っ」
「コイツに触れたんだ。生かしておくには重罪すぎるが、今日のところはここまでにしてやるゼ」
デビトの表情には、いつもの余裕や笑みはなかった。
「だがまァ……次にレガーロや、ユエの周りをうろつきでもしたら―――」
左踝にあるスティグマータが一瞬、光を放った。
「夜更けに背後から銃弾をブッ放さなきゃならねェなァ」
脅しじゃない。
彼の言葉には、1つも冗談やハッタリは含まれていなかった。
ユエを抱きしめていた手を一度離し、デビトは腰から金の手錠を取り出した。
「ンまァ、ここでゆっくりしててくれよなァ?」
ガシャン!と音を立てて、シャルは備え付けの金具と手錠で仲良く繋がられる。
ガッシャンガッシャンと暴れて叫び声をあげていたが、デビトは振り向きもせずにユエを抱え上げた。
「帰るぞ」
「ぁ……っ」
「……?」
姫抱きにされ、スーツに包まれながらユエはデビトの胸の中でぐったりとしていた。
だが、擦れる服と肌に声を我慢できずに吐き出せば、デビトは声に一瞬目を疑い、すべてを悟った。
「チッ」
“急ぐぞ”とでも言うようにして、デビトは早足でアルベルトの館を後にしたのだった…。
―――……それからどれくらいの時間が流れただろう。
早足で館へ戻ってきたデビトは、ファミリーの誰にも会うことなく自室へ戻ってくることに成功する。
腕の中で抱えられている少女の様子がオカシイのは、あの男の元から助け出した時から気付いていた。
「ユエ」
「…っ」
ベッドに寝かせ、デビトは敢えてイスに腰かけて尋ねた。
「ユエ、お前……」
上下する肩、苦しそうに喘ぐ姿。
涙に濡れたあとの瞳も、赤く染まった頬も。
「ドラッグか」
「……っ」
ユエには、デビトの声を聞いて頭で理解するほどの冷静さがもう残っていなかった。
デビトは珍しく頭を抱えるように、表情を歪ませる。
「(この手の薬の解毒は、ジジイに頼めばなんとかなるか……?)」
自分の意志で、あのジジイの所へ行くのなんて御免だと思っていたが、ユエを楽に出来るのであれば、それは厭わない。
とりあえず、聞きに行くだけ行こうかとユエの髪に触れてから、腰をあげた時だ。
「やだ……っ」
「……―――」
弱々しく起きあがり、ふらついた足で彼女はデビトの腰に抱きついた。
さすがに背を向けたデビトも動きを止める。
「ユエ……、」
「行かないで……っ」
妙に素直だと思えば、ユエの目尻が濡れていた。
レガーロのオリオーネと言われる彼だが、彼女相手には動揺してしまう。
捕えて放さない、透明な彼女。
「あたし……デビトのこと―――」
我慢していたものが込み上げて、止められなかった。
「…っ」
この強さから、想いの丈が伝わればいい。
もう誰にも譲りたくないこと、誰にも譲れないこと。
気持ちを誤魔化せないことも。
優しく、壊れものを扱うように。
でも、逃がさないと分からせるように。
デビトはユエを抱きしめた。
「言わなくていい」
「…っ………でびと…っ」
伝えるならば、自分からだ。という意思表示。
この先、この女を手にいれたことによりデビトの心が脆くなる可能性が高い。
失うのならば最初からいらない。
大切なものを自覚したあと、付きまとう恐怖に打ち勝てない。
そんな気がしてならず、今まで一歩を越えられなかった。
それでも。
「ユエ…―――」
弱くても、全身の力を込めてデビトを抱きしめ返すユエ。
泣きながら、デビトの名前を呼ぶ彼女。
こんなにも女らしくて、全身で想ってくれるような仕草をされたのは、初めてだった気もする。
必死に冷静を保ち、傷つけないようにと言い聞かせた理性は途切れた。
誰とも被らない、紅色の涙に濡れた瞳を見つめてデビトは言い切った。
自分の想いと向き合い、逃げずに、初めて―――
「好きだ」
伝えられた。
言葉に出来た。
それだけで、達成感を感じてしまった。
ユエは信じられない、という顔をしたあとで再び涙した。
「デビ……ト…っ」
「俺が素直になりゃァ、それでよかったんだよなァ」
「うっ…でび……」
「好きな奴ほど、どうしたらいいか分からねェなんて……。怖さが付きまとうなんて、レガーロのオリオーネの名が廃るゼ」
同時に感じる、自分自身への怒り。
「お前をこんなに傷つけて、苦しませて」
「…っ」
「守れてないってことも許せねェ」
ぎゅぅっと包む力が更に増した。
それでも…―――
「それでも」
火照る体。
便乗されて、乗せられる熱。
彼女を抱きしめていた腕を顔に寄せて、両頬を包み込んだ。
親指で涙を拭いながら、目を細めて……愛おしくて見つめ続ける。
「俺はもう、お前を……―――」
ユエの指先がデビトのシャツを掴む。
涙を拭うことが追いつかない中、デビトは今までで一番、優しくて大切に包み込むように口付けを送った。
“もう離せない”
敢えて告げなかった言葉を、理解して飲み込むように。
受け入れて。
ユエは懸命に背伸びして、それに応えた。
「デビト……」
「……」
「だいすき」
零された返事は、12年越しの想いをようやく報わせた…―――
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