01.
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風が、靡いた。
少しだけ伸びた髪を、春風が撫でてくれる。
優しい手付きで。
伏せていた瞼を静かにあけて、黒いスーツを身に纏う。
先を見据える瞳の色は、決して誰かと被ることのない……独特の色をしていた。
赤とピンクの中間色。
例えるならば、紅色。
かつて、イカサマ破りの紅眼と呼ばれたのは、この瞳の色が由来だった。
数日前まで着ていたナポレオンコートは置いて、ファミリーと同じ黒のスーツをしっかり着こなす。
襟には、“A”のシンボルマーク。
黒のニーハイをあげて、動きやすいヒールが太いブーツの紐をきつく結びなおした。
「……―――」
開けたカーテンの隙間から、入り込んで来る朝陽。
それが、サイドテーブルに置かれた2つの写真立てに降り注ぐ。
1つは見知った顔の幼馴染と写る、幼い時の自分。
もう1つは金髪碧眼の男と、自分と同じ茶髪に、紅色の瞳をした女性。
2人が笑顔で並んでいるものだった。
「いってきます」
―――100年の時を超えた戦いから、もうすぐ1週間。
先日、ノルドの高原へ出かけて帰還したのは一昨日の話だ。
そして、日常を取り戻したことも……―――つい先日の話。
犠牲も別れも、そして大きな愛情を知る出来事を戦い抜いた彼女たちは、今…
シークレット・ゲート
01.
「いたぞッ!追えッ!!」
「クソッ、どこまで追ってくる気だッ!」
「ジョルジョ!」
「あぁっ」
細い路地裏。
不穏な空気が漂うその空間の先へ先へと逃げていく男を、金髪の男と、小柄な男、強面な男が追いかけていく。
巻けるかどうかを考えている逃げる男の手には、彼の服装には似合わない装飾がたくさんついたサイフが握られていた。
「シモーネっ!」
「任せて!」
追いかける3人の男がバラバラになりつつ、男を追い詰めていく。
4人の追いかけっこは未だ続く中、路地の屋根の上から1人の少女が光景を眺めていた。
「ジョルジョ…シモーネ、アントニオ…」
3人の名前をあげて、考え込む。
「ラファエロは奥から攻め落とすとすれば、フェルは……」
建物を縦に移動して、ブツブツと呟く少女は下を見下ろした。
彼女の視線の先には、思った通りの人物。
赤髪の、1人の少女。
「ふふ……っ」
笑みが自然と出てしまった。
計算通り。
「―――…行こう」
彼女は、紅色の瞳で見据え、屋根から踏み切った。
黒いスーツの上から、春先の肌寒さをカバーするために被った灰色のローブ。
瞬く隙間から覗かせる“A”の金属物。
それは、アルカナファミリアであることを示している。
風からの抵抗で、フードは自然と脱げてしまった。
薄茶色の髪に光が当たり、輝く。
そのまま彼女は腰からの鎖鎌を引き抜いた。
少女は、何も恐れない。
自分の理由のために戦う。
故に、彼女は戦うのだ。
その少女の名を、……―――ユエという。
―――………
――……
――…
「おもしろくなぁぁぁいッ!!」
「シモーネ……」
スリ犯を追いかけていた、アルカナファミリアの剣のメンバーは、それぞれ表情を濁していた。
「毎度毎度……っ」
「落ちつけシモーネ」
「どうしてユエばっかりに解決をもってかれちゃうのよ!?」
不満を訴えるシモーネ。それを宥めるアントニオ。
苦笑いのジョルジョと、しかめっ面のラファエロ。
その真正面には、不満の対象となっている1人の少女が眉を下げて、申し訳なさそうに突っ立っていた。
「だってそうでしょッ」
プイッと顔を逸らしたシモーネに、ユエはあはは……と乾いた笑いを見せた。
「仕方ないよ、シモーネ」
ラファエロがユエの顔を見つめながら、小さく吐き出した。
「やっぱりユエは強いから」
「確かに可愛くて、素早くて、強くて、大アルカナでそれはそうかもしれないけれど!!」
まるでルカの時のように目の敵にされているので、ユエはもう笑うしかなかった。
そこに戻ってきた赤髪の幹部に、ユエは視線を送って助けを求めた。
彼女はそれに気付いたようで、クスリと笑んで、みんなに返す。
「みんな、そこまでにして帰ろう?休憩しないと、この後がもたないから」
彼女のたった一言で、ギャーギャー騒いでいたシモーネは、ぷぅと頬を膨らませて先を行くラファエロを追う。
まったく……と零してから、アントニオもシモーネ達を追った。
「なんかごめん」
赤髪の少女、剣の幹部であり、アルカナファミリアのお嬢様であるフェリチータに、少女は苦笑いを隠せずに詫びた。
「ううん、ありがとう。助かったわ、ユエ」
フェリチータは、その紅色の瞳を見つめた。
―――交易島・レガーロ。
緑豊かであり、平和を象徴するその島。
この小さいなりにも、多くの人が住んでいる島を守るのが、自警組織・アルカナファミリア。
構成員はタロッコと呼ばれる不思議な力を持つカードと契約をし、家名を捨てたもの達だ。
ファミリーは幹部を含め、4つのセリエに分かれており、各々がファミリーでの地位と仕事を持っている。
調停を担う、剣。
防衛を担う、聖杯。
流通を担う、金貨。
監査を担う、棍棒。
そして外交を担う、諜報部。
特別な地位としては相談役などもあるが、これが通常の者が所属するのが義務付けられていた。
「なんかさ、逆に迷惑かけてない?」
「ううん、そんなことないよ」
「あぁ。俺達も助かってる」
「……」
だが、その義務も血の掟すら破ろうとするような存在が…―――ここに1人。
「ジョルジョまで……」
「俺は事実を述べているんだ。気負うことなんてない」
ユエ。
色素の薄い、茶色の髪と、誰も他に持つことがないであろう瞳の色。
半年ほど前にこのレガーロへ帰還し、ファミリーに再び加わることになった強者だ。
「ユエのセリエ、早く決まるといいね」
「うん……」
そんな強者が何をしているかというと、その義務を果たすべく、レガーロの街へと赴いていたのだ。
「セリエ、かぁ……」
そう、彼女の異例は強さや容姿、頭脳などではなく。
所属のセリエがない、ということだった。
よって、パーパが彼女に課したのは…―――
遡ること、約2日前。
ノルドから帰還して、すぐのことだった。
【セリエ体験ですか…?】
【あぁ!そうだ!】
【は、はあ】
【お前の所属セリエを考えていたが、お前はどこに所属しても、どんな仕事でもこなせると思ってな】
【……恐縮です】
【だから、実際にやってこなしてこい!】
【…………。】
【俺は決めたんだ!1番実績を出した所にお前を所属させることにしたぞ!】
なんて、どう考えても他の人と違う扱い……というより軽いノリで決められるという事情が絡んでおり、ユエは実際、剣のセリエの巡回に、昨日から同行させてもらっているところであった。
「ユエは特に希望とかないの?」
「永久シエスタ組がいい」
「それはだめ」
「でしょ。なら、どこでもいいよ」
「だったら剣にくればいい」
「ジョルジョ、この空気の時に言われても……」
「す、すまない…」
フェリチータの問いに、ユエはそれぞれのセリエのことを頭に思い浮かべた。
剣は、それなりによく話すフェリチータがいる。
聖杯はノヴァ。
自分の戦闘能力で考えれば、必然的にここに所属されるべきではないか。とも思う。
棍棒はパーチェが幹部として働くところだ。
いまいち、ここは仕事の内容がわからない。
が、パーチェと一緒にいることに違和感もないし、与えられた任務はこなすつもりだ。
金貨はデビト。
正直、ここは個人的に、避けて通りたいセリエではある。
元勝負師として、カジノを過去5つくらい潰している。
思い出したくない、というものある。
が、本当に避けたい理由は別であることをユエは自覚していなかったようだ。
最後に諜報部。
リベルタとは仲良しだし、海は好きだ。
気持ち的には、既にここに所属されている気でいたというのは……黙っておこう。
ただ遊びに行っているだけであるのだから。
「まぁ、せっかくのパーパがくれた機会なんだ。ゆっくり体で感じながら考えればいい」
「そうだね」
「うん」
ジョルジョとフェリチータが笑顔で迎えれくれる。
剣もいいな、なんて思いながら、前から叫びをあげるシモーネの声に3人は彼らを追うのであった。
「(どうせなら、タロッコを追ったときみたいな……そーゆー仕事をくれればいいのに)」
シモーネ、ラファエロ、アントニオと合流してから剣のメンバーの会話はそのまま続いていく。
そんな中、ユエは彼らの会話を頭の片隅で聞きつつ、思いふけった。
「どうせなら、あたしにしか出来ないことが出来ればいいんだけどな……」
タロッコという力を宿して。
吊るし人という、数字、主には時間を操る力を得た。
もちろん、それはユエにしか使えないもの。
この力を活かせるセリエに所属出来れば、本望だが、それを見いだせるかが問題だった。
ぼーっとしつつ歩いていたユエが、ふと顔をあげる。
真横の通路の奥に、見知った背中。
「(アッシュ……)」
そういえば、最近あんまり話していないな、なんて思いながら、彼の背を見つめた。
「ユエ?」
「ごめん、あたし寄り道!」
「あっ、ちょっとユエ!」
フェリチータの声も聞かずに、裏路地に入っていく彼女。
ジョルジョとアントニオが顔を合わせてから、ユエの後ろ姿を見送った。
「ほーんと、即行動するわよねぇ」
「それがいい所だろう」
「猪突猛進とも言う」
「あながち、間違っちゃいないよね」
「ははは……」
フェリチータは、スート達が彼女を理解していることに驚きつつ、少し嬉しくもあった。
ユエがそれだけ、ファミリーに馴染んできたという事であったからだ。
一方、そんなことを言われているのも知らぬまま、細い路地に消えた背中を追うユエ。
入り組んでいないはずの路地なのに、アッシュの姿は見つからない。
「あれ……」
路地の開けた所に出たが、誰もいなかった。
「見間違い?」
そんなはずないのに、と思いながら首をかしげた。
まぁ、いないなら仕方ない。
このまま戻るしかないだろう、と身を翻そうとした時だ。
「キャァアアアー!!!」
「素敵ぃぃぃ!!!」
「かっこいい……」
どこからともなく、黄色い声が聞こえてくる。
なんだか、デジャヴだなぁと思いつつ、少し行った先の路地を覗き込む。
「そっか、ここ繋がってたんだっけ」
ボソッと呟きつつ、よーく知っている行きたくないカジノが奥にあることに気付いた。
いつも通りの風景。
カジノ・イシスレガーロの前で、数人の少女達がドレスを身に纏い、キャッキャっと騒いでいる。
今日は見送りではなく、出迎えのシーンだったようで、繊な動きでレナートとロロが女性客をカジノの中へと送りこんでいく。
「(はいはい、いつも通りですね)」
だから、ここは嫌いなんだ、と思いながらユエは踵を返すことにした。
カジノに背を向けた、その時。
背後に人の気配を感じ、思わずアッシュか?と振り返る。
伏せがちだった視線をあげて前を見据えた。
そこには…―――
「……――」
綺麗な装飾のドレスに身を包んだ華奢な体。
アップにされた美しい髪。
綺麗な整った顔と、印象に残るピンクの瞳。
美しい美少女が闊歩していた。
「……っ」
誰もが息を飲む、というのは彼女のような人のことを言うんだ。
ユエはすれ違い様、時が止まったような空気を感じていた。
凛々しく、だが、美しく、愛らしく歩いていく彼女。
この格好から考えたとして、イシス・レガーロへ向かっているのであろう。
息を止めるほどの美しさを実感したあとは、胸騒ぎを覚え、硬直する。
「(ま、さか……)」
別に絶世の美女がカジノに行くから、胸騒ぎを覚えた訳じゃない。
綺麗な女性は、世界を探せばたくさんいる。
そう、たくさん。
そのたくさんの中の、彼女にザワザワした不安を覚えるのは、彼女に見覚えがあったから。
「キス、してた子……、」
オリビオンに飛ばされる前。
暦で言えば、既に春を迎えたレガーロから約5ヵ月くらい前の話になる。
その時……ユエが想いを寄せるデビトと、公の場で唇を重ねているのを見た覚えがあるのだ。
少しだけ、心の中に何かが刺さった気がする。
別にあれから、デビトとの関係は普通だ。
なにも変わっていない。
いつも通りにして、いつも通りに交わせばいい不安を、ユエは精一杯いつも以上の気力を使って、飲み込む。
「……べつに、」
ポツリと零した言葉。
止まってしまった足。
立ち尽くしたユエは、しばらく何も考えず自身のつま先を見つめていた。
―――……だが。
「お前、何してんだ?」
呼ばれた、と思って顔をあげる。
目の前に、顔を覗き込むようにして屈んでいる最初に探していた男がいた。
「アッシュ……」
「大丈夫か?なにしてんだ、こんな所で」
「え、っと……」
アッシュが屈むのをやめて、身長差を取り戻したところで、この通路の先に何があるのかを思い出し、一瞬眉間にシワを寄せた。
「……、眼帯になんかされたのか?」
「え」
「この先、アイツのカジノだろ?」
言い当たられたような、当たっていないような。
だが、ドキンと心臓が跳ねたのは間違いじゃない。
ユエは何と返そうか迷いつつ、咄嗟に頭に浮かんだ……――だが、実際に思ったことを彼に尋ねた。
「アッシュ、この路地がどこに繋がってるのか、覚えてたの?」
「あ?覚えるだろ、そりゃ」
つい先日まで、だいたい一緒に行動して買い物なんかをしていたのに。
この裏路地を攻略できるくらい、レガーロに彼も馴染んだのか。
どこか安心し、同時に驚きつつあった。
「この路地に、看板は出してねぇんだけど、錬金術の書物を置いてる店があるんだ」
「へぇ……そうなんだ」
「そこに通うようになったからな。嫌でもあのカジノの黄色い声は聞こえてくるぜ」
そうか、そこへ向かっていたのか。と納得したユエ。
アッシュが少しだけ迷惑そうな顔をしつつ、ユエの顔を覗き込んで、笑う。
「帰ろうぜ、ユエ」
「……」
「なんなら、アップルパイ。食って帰るか?」
何も。何も聞かない彼。
小さい嫉妬心から生まれた不安すらこの時はまだ、飲み込めた。
「うん」
目を細めて、微笑みを返してユエはアッシュと共にフィオーレ通りへの道を歩き出した。
そんな2人を、心がすれ違うように、面白くないという顔で見つめていたのは……―――
「カポォォォ!こっちの荷物くらい、持って下さいッス!!」
「…」
「俺重たくて、腕千切れるッスよ!!」
特に表情は変えることなかったが、隻眼の男は裏路地から仲良く出ていくユエとアッシュをしっかり、目撃していた。
たまたま、ジェルミと珍しく買い出しに出た帰り道に。
「カポ?」
「うるせーぞ、ジェルミ」
「へぇッ!?」
チッと、舌打ち1つかまして、彼らもユエ達に背中を向けた。
変わったようで、変わっていない関係。
それは、変わりたいと願う2つの心に1つの雲を停滞させていた。
やがて雲は嵐となり……雷鳴を起こす。
予兆は、既に起きていたのだ…―――
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