79. 鼓動の神殿
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陽が昇った。
木漏れ日が落ちる中、家の前に出そろったメンバーはとても多かった。
デビト、ルカ、パーチェを除いたアルカナ・ファミリアのメンバー。
そして、オリビオンの守護団。
ウタラとシノブは先にオリビオンまで戻り、偵察に出てくれているようだ。
「まさか、本当に力を貸してくれるとはな」
ノヴァが守護団に呟けば、アルト達も決意をした目で返す。
「俺達がこのままシャロスに従っていても、意味など無い」
「最初から僕らは、騙されてたってことでしょぉ」
サクラがエリカのクッキーを口にしながら言う。
ファリベルはエリカから手渡された、チョコレートを食べながら戦いに備えていた。
「つーまーりーおれたちが、このままシャロスも廻国もぶっつぶしちゃえばいいんじゃなーい?」
いつの間にか増えているエトワール(2号)に話しかけているイオンも相変わらずの様子だ。
リベルタとフェリチータが顔を見合わせて頷き合う。
なかなか部屋から出てこないユエを心配するアッシュは、扉の先を見つめていた。
「玉砕したか……」
「なッ……」
クックック…と静かに呟いたジョーリィに、アッシュがバッと振り返る。
「アイツの気持ちなど、言わずと知れたものだ」
「るせーな……」
アッシュがジョーリィに言われたことが不服そうにしながらも、小さく返した。
「それでも好きなんだよ」
「…フッ」
ガチャ、と待ちかねた扉が開いた。
真っ直ぐに紅色の瞳をあげた、戦いの中心になる存在が現れる。
「ユエ……」
「……」
誰もが、ユエが鼓動の神殿に行くのは危ないと分かっている。
それでも彼女を行かせるのは、彼女の意志を尊重すること。
そして
「案内、頼める?」
「…」
ユエを信じているから。
アルカナ能力を自力で取り戻し、自分自身を信じた彼女。
そして、召喚錬金術までも使える、“本当の”彼女の存在を理解していたリアは……ユエの言葉に頷いた。
「あぁ」
顔をあげて木々の隙間から見える、あの国へ。
海上のピラミッドと呼ばれた国の、中心へ。
「行こう」
最後の戦いのために。
79. 鼓動の神殿
ピチャン……と、水滴が落ちる音がした。
どこか、肌寒い気がする。
頬と指先に水の感覚。
海か?とも思ったが、臭いが海水ではなかった。
異変に気付いたデビトが瞼を押し上げて、辺りを見渡した。
とても、広い空間。
至るところに水たまりが出来ていて、湿気が多い。
そして何より、出口らしき光が射す反対側……自分の正面には大きな紋章が存在した。
「ンだ、コレ……」
コヨミの力によってどこかへ運ばれてきたデビト、ルカ、パーチェ。
どうやら1番最初に起きたらしく、隣と背後に帽子を被った彼と、メガネの彼が倒れていたのが分かった。
心配ではあるが、どうにもこの目の前の大きな紋章が気になる。
紋章の両サイドには、バラか何かの棘。
とても生い茂っており、もちろん近付けば血だらけになりそうだ。
だが、その棘の隙間から何かが見える……。
なんだ……?と目を凝らしている間に、呻き声が聞こえたので振り返るとルカが頭を押さえていた。
「ルカ」
「ん……デビト……?」
もちろん帽子もびしょびしょで、取り返しがつかないことになっていた。
ルカは“ここがどこ”よりも先に、“お嬢様にもらった帽子がぁぁ!!”と叫んでいる。
呆れて見守るデビトだったが、パーチェも身をよじりだしたので視線をそちらに向けた。
「ラ・ザーニアー……」
「ほんと、寝ても覚めても食いもんかよォ、パーチェ」
「んー……デビトぉー?ここどこー?」
「さァな」
パーチェの問いに、ようやく自分の世界から戻ってきたルカが辺りを見渡す。
やはり紋章に誰もが目がいくようで、茫然とその壁画を見つめていた。
「すごいですね……」
「そっちの棘もすごいねぇ」
パーチェも見上げる中、デビトは吸い込まれるようにして、その壁画のサイドの棘に近付いて行く。
「デビト……?」
棘の間から、何か輝く……ガラスのようなものが見えた気がしたんだ。
キラキラと、角度によって光に反射するそれ。
棘の前まで来た時、デビトはそれに気付いた。
「これ……」
棘の中に、棺のようなものが立っている。
宙に浮いているという方が正しいか。
棺はガラスのような、クリスタルのようなもので出来ており、透明で輝いていた。
何より目を奪われたのは、その棺の中に、人が剣を振りかざした状態で固まっていたのだ。
「人……」
「これって……」
気になり、もう一方の棘も確認すれば、そちらにもやはり同じガラスの棺が棘に守られていた。
中には、こちらは静かに、先程のもう一方の者に対して手を翳して、動きを止めている。
「ウィル・インゲニオーススと」
「バレア・フォルド……でしょうね」
これが、ウィルが発動した……―――封印の錬金術。
「となると、必然的にここがどこだかわかりますね」
「あァ」
つまりここは……
「鼓動の神殿」
目の前で圧倒的な力を見せつけられているみたいだった。
動きはないはずなのに、この2体の棺の中にいる者の力を素肌で感じた。
恐怖心が少し。鳥肌が立つ。
「じゃあ、ここに廻国が……?」
パーチェがそれらしきものは……と探しているが、明らかに目の前の紋章が怪しかった。
ルカは“見たことない”と呟いているので、錬金術ではなさそうだ。
はたまた、この時代にしかない特有の錬金術なのか。
思考を巡らせようとしていた時だ。
「随分と呑気ですね」
「ッ…!」
音も気配もなく碧い光と共に現れたのは、3人をここへ運んだコヨミだった。
「コヨミさん……っ」
「これから死ぬかもしれないという時に、探索ですか。余裕があって何よりです」
入口からやって来たのは、エルシアとレミ、そしてデルセ。
ラルダとリュアルは現れなかった所を見ると、どうやら100年後の世界に残ったようだ。
恐らくシャロスがこちらへ来る、準備のために。
「エルシア、レミ」
「えぇ」
「わかってますわ」
「!」
悪魔……サキュバスと契約を結んでいるこの2人の能力を、再度3人は浴びることになった。
「クソ……ッ」
「っ…」
だが、今回は息苦しさがない。
ただ体が思うように動かなくなる感じ。
エルシアとレミも体と能力を酷使する戦いに立て続けで参戦している。
見上げれば、2人の表情も辛そうであった。
だが、動けないのは事実。
コヨミが3人に1歩ずつ近付いてくる。
「来ると思いますか?」
「…」
「アナタ方の幼馴染は来ると思いますか?」
言葉を、返せなかった。
どっちに転んでも危険すぎる。
来れば傷付くのはユエ。
来なければ命を絶つのは自分達。
どちらにしたって……辛い。
「世界とは、何のためにあるのでしょう」
「世界……?」
コヨミが、棘の中に包まれた左側の男……―――手を静かに翳した男を見つめる。
「私の世界はウィル様でした」
「…」
「ウィル様がいなくなった世界で生きて行くことなんて、なんの意味もありません」
見上げた碧い瞳は虚ろで、哀しみに満ちている。
彼女は……彼女の目的は、この世界に終止符を打つことなのだろうか。
……いや、違う。
「姉さんと比べられて、心が無いと言われ……守るはずだったアルベルティーナ様は、独断で眠りにつかれた」
「コヨミさん……」
「果たす使命も、使える主も失い……私の周りには誰もいなくなりました」
「…」
「守護団……リアやみんなと馴染んでいるのも姉……誰かと笑い合うのも姉……コズエコズエコズエコズエ」
小さな拳が、力を持つ。
「私の居場所は、ウィル様やアルベルティーナ様……ヴァロン様、巫女様と共にあった」
「…っ」
「なのに全て失った今……私がここで生きて行くには、辛すぎます」
誰かと比べられることも。
想いも。
目に見えているからこそ辛い。
違う……見えないものだからこそ、信じられなくて、怖いんだ。
「もう……ウィル様がいない世界で、生きていたくない」
「コヨミさん……それは、それは違う」
「だから……」
「コヨミさん……っ」
ルカの呼びかけに応えることなく、コヨミはウィルから視線を3人に向けた。
「全て壊れていいッ!!!」
コヨミが放った錬金術の炎。
3人を傷つけるかと思ったが、ルカが根性で盾を生み出す。
「ルカ……ッ」
「…っ」
動けない、行動を制限される中で繰り出したそれは、全身全霊の力をもってしていた。
「ルカ……!!」
「どうして足掻くんですか?どっちにしたって、終わりです」
コヨミが冷たく放つ言葉。
ルカは首を振って答える。
「そんな簡単に……諦められません」
「…」
「ユエが必死に前に進んでいる今……ここで私が諦めることは……ッ」
今回のことで、ユエはガロの死と深く向き合い……そして超えて来たはずだ。
恐怖を超えて、自分を信じて力を織り成す。
誰よりも……真っ直ぐに、生きてるユエ。
ユエが諦めていないのに、ルカがルカを諦めることは―――
「それは、ユエの想いを踏みにじることになります……ッ」
アイツのことだ。
どれだけ周りが止めたとしても、単身でも乗り込んでくるだろう。
彼らも悟っていた。
そしてどこかで気付いていた。
―――この戦いで、ユエが失われるんじゃないか、と。
それでも思ってくれて、乗り込んで来るユエを置いて……諦めることは許さなかった。
「……なるほど」
デルセが大きな飴を舐めながら、傷だらけの頬に貼られていたガーゼに触れる。
頭上で音がした気がする。
「……」
ベリッとそのガーゼを剥がして。
「来る……」
飴を噛み砕いて、少女は笑った。