78. 隣という平行線でも
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オリビオンの最奥部にデビト達を飛ばしたコヨミ。
彼女を含め、6人のシャロスに仕えている者たちはアルカナファミリアの3人とは別の時空ゲートから飛んで、一旦100年後の世界に戻ってきた。
「ふざけてる……ッ」
コヨミが拳を握り、ユエの顔を過らせた。
やられるわけにはいかない。
ウィルを呼び戻すために、ユエには犠牲になってもらわないと困る。
彼女がバレアの孫に当たる血を引いていてよかったと思った。
だが、コヨミは1つ…――ホムンクルスならではの――大きな知識を知らなかった。
召喚錬金術を使える人間の条件を。
それを考えれば…―――。
「戻ったのか、コヨミ」
「!」
目の前にはシャロス・フェア。
コヨミは腕を押さえて、彼を睨み上げた。
シャロスは事情は知らなかったが、コヨミがあの無表情から、表情を表したことに笑む。
「どうしたコヨミ」
「…」
「また失敗したか」
「違います」
キッと言い返した彼女を見て、シャロスは何かを掴んだ。
「最終決戦です」
「ほう」
「廻国が開いたら、アナタをオリビオンに連れて行きます」
「そうしてくれるとありがたい」
廻国を統べるために。
かのバレア・フォルドの血を引いたシャロスが動く。
「鼓動の神殿に、デビト・ルカ・パーチェを拘束してあります」
「…」
「ユエは必ず来る」
あの女が来ないはずない。
必ず、来ると踏んで。
「そこで血を奪えば、私の目的は果たされます」
ウィルがいない世界で生きて行くのは、もう十分。
廻国が開いて、この世が終わるとしても……―――主と共に死ねるなら。
「私はそれで構わない」
78. 隣という平行線でも
―――ユエ……ユエ。
?
―――眠れないの……?
だれ……?
―――そう。じゃあ1つ……お話してあげるわ。話し終わる前に眠れるといいわね。
だれなの……?
―――昔むかし、錬金術の街と呼ばれた、とても素晴らしい国がありました。
優しい、声……。
―――その国の人々はとても優しく、どこか遠い時代からやって来た人も、とても温かく歓迎してくれました。
あったかい。
太陽みたい。
―――その国のお姫様はとても優しく、そして強く……孤高の男を愛していた。
その声が震えて行く。
―――2人が幸せになれば、誰もが喜んだでしょう。でも彼女も、そして彼も……想いがあるのに互いにそれを認めることはありませんでした。
だんだん、だんだん。
―――そしてその平和で豊かな国に、戦争が起こります。
哀しみの色を帯びて。
―――2人は引き裂かれ、一国の王女であるお姫様は国を守るために敵国の男と結婚します。
苦しそうに。
―――それでも、世界は平和にならなかった。
涙を流して。
嗚咽を押さえて、泣きじゃくる。
―――ヴァロン……ヴァロン……っ
優しい声が、潰れていく。
―――ジョーリィ……っ
命の……終わり。
―――ユエ……生きて、ユエ……
―――……
―――ガロ、…
―――…なんだ
―――ユエを…お願いね…
冷たい指先。
でも温かい体温に包まれて。
抱きしめられた。
愛してるわ、ユエ
「―――……」
重たい瞼を開けて、気がついたら何度か見た天井が目の前にあった。
意識が途切れ途切れで。
どこか重たい体。
覚えのある匂いだ。煙くさい。
「……ジョー……リ…」
声も、どこか掠れてしまった。
叫んだ覚えはなかったけれど。
名前を呼んだが、その男の姿はなかった。
重たい体を起して色々見渡せば、自分の体に巻きついている包帯の数。
血まみれのガーゼなどがそこらじゅうに落ちていた。
薬が効いているのか分からないが、痛みはさほどない。
瞳を押さえて、ガンガンする頭の中にある、途切れ途切れの最後の記憶を辿った。
「あの後……」
コヨミと、シャロスの支配下と戦って。
エルシアとレミの力で男が全員封じ込められて。
それで、守護団のメンバーとフェルと……――――
「デビト……ッ」
思い出して、バッとベッドを飛び出た。
すぐさま仕度をして行かなければ。
このままじゃ全て、壊されてしまう。
今の時間は何時だ?
辺りは暗いが、一体いつの何時なんだ?と慌ててしまった。
サイドに置いてあったホルダーを腰にセットして、鎖鎌を入れて。
グチャグチャになった服を整える前に、自分のナポレオンスーツを着て、ポケットに格子状の柄がある、あのボールを突っ込んだ。
どこかでまた使えればいい、と。
ニーハイを引っ張り上げて、ブーツの紐を十分に結ばずに扉に手をかけた時だ。
「!」
ガチャッと開かれた扉。
押し戸だったために、廊下にいた人物の胸板に見事にぶつかった。
そこにいたのは…―――
「アッシュ……!」
目の前で、かなり驚いた顔をしているのは、7歳の時から行動を共にしている幼馴染の存在だった。
「お前、動いて平気なのかよ」
「う……うん、大丈夫」
心配するように両腕に手を添えられて、顔を覗きこまれたので頷けば彼はそれを信じてくれないようだった。
とりあえず押し込められるように部屋に戻されて、アッシュと共にそこに立ち尽くす。
気になったので、ユエが慌てた素振りを隠して、尋ねた。
「ねぇ、デビト達は……―――」
「…」
「連れて行かれたんだよね?今……」
何時?と続ければ、アッシュは静かに“5時前だ”と答えた。
ということは夜明けはまだで、期限は今日の0時ということか。
「行かないと」
ユエがアッシュの横を通り抜けるようにしてやはり扉の元まで行く。
アッシュがそれを見て、先に言葉を出した。
「待てよ。お前その体で行く気か……?」
「あたしが行かないと」
「行ってどうする気だ」
「助ける」
「お前が行けば、廻国が開かれるかもしれないんだぜ」
「それが条件だもん」
「ユエ……っ」
アッシュがユエの腕を掴んだ。
ユエが少しだけ、何で止めるの?という顔をしてアッシュに振り返る。
「お前……今までの話、理解しているのか?お前が行けばこの国も……」
「じゃあ、デビトやルカを見捨てろって言うの?」
「そうは言ってねえ」
「そう言ってるように聞こえる」
「人の話を聞けよッ」
アッシュが目を細めて、ユエを見つめる。
ユエも応えるように、鋭い視線で彼を見上げた。
「オリビオンが今まで苦しんできたこの戦いに、お前が自ら赴いて“廻国が開かれた”っていう、最悪の終止符を打つ気か?」
「…っ」
「計画性のなさで災厄が開かれたらどーするんだ」
「止めてみせる」
「無茶だろ」
「どうして!?」
アッシュの腕を弾いて、ユエが言い返した。
「無理かどうか決めるのはあたしでしょ……」
「それはエゴだ。お前、こんな時にそんなこと言ってる場合かよ……!?」
「それでも行く」
「ユエ……」
「世界が壊れても、みんなが欠けたら意味ないッッ!!!」
脳裏に一匹の狼の笑顔。
どうしても、消えない。
忘れない、あの痛みも、熱も、想いも。
「全部を守ってみせる」
アッシュに背中を向けて、扉に手をかけたユエ。
アッシュは……その刹那、悟った。
心のどこかで。
―――ユエを失う、と。
分かっていた。
この12年……もう少しで13年になる。
その期間、傍に居たんだ。
彼女がどんな性格で、どんなことをどんな形で進んでいく人物であるかも、分かっていた。
きっと自分が止めても……。
―――それでも。
「―――…ッ」
扉に手をかけ、押しあけようとしたユエを―――背中から抱きしめた。
「行くな」
アッシュの腕が、ユエの横腹に当たる。
シャツの下に包帯の感覚。
抱きしめて、すっぽりと入ってしまった体の大きさに、“ユエはこんなに小さかったのか”と思う。
ずっと一緒にいて、触れたくても触れられない……微妙な距離感。
傍に居るのが当り前。
当り前の中で生まれた恋心を自覚したのは、ユエが船を降りた時だ。
朝起きて、笑いかけてくれる彼女がいない甲板。
りんごを一緒に食べることもなくて。
ヨシュアが作ってくれたアップルパイは、いつもより量が多く感じた。
「行くな、ユエ」
ファミリーの傍に居て。
隣にはいつもだいだい、ユエがいた。
やっぱり一緒にいると楽、と出かけることも多かった。
ガイダレガーロに沿って出かけた思い出も、全て。
“ユエ”という存在は、アッシュにとってなければならない者になった。
「アッシュ……」
だから、その存在を失うと分かった今、そんな簡単に行かせるわけにもいかない。
その背中に手が届かなくなる時は、きっと二度と笑い合える日はこなくなる。
共にりんごを食べる日も、船に乗る日も―――当り前の日常も。
失いたくないから、傍に居たいから。
包み込む腕に、力を込めた。
肩に額を乗せて、耳元で名前を呼び続けた。
そうすればこのまま、ここから動かないユエが生まれると思った。
自分にそう言い聞かせた。
―――……答えは、見えていたけれど。
「アッシュ」
「行くな」
「……アッシュ、」
「助ける。アイツらは助ける……でも、お前は…―――」
ただ戦えばいいわけじゃない。
戦って、勝ったとしても。
ユエを巻きこんで、もし廻国が開かれたら。
世界も終わる。鍵になったユエがどうなるかなんてわからない。
未知との戦いに乗り込むことを、アッシュは拒んだ。
失いたくないんだ。
「お前だけは……」
―――失いたくないんだ…。
何かを手放して、何かを手に入れる日常。
全ての理は等価交換の原則で成り立っている。
誰かが死に、誰かが生まれ、誰かと別れ、誰かと出逢う。
同時に生まれて死ぬことも、出逢って別れることも、全ては決まった必然である。
理解はしているが……代償にユエを差し出すことは、大きすぎた。
「アッシュ」