71. 友情の最果て
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成長出来ていない自分を超えるのは、どうしたらいいのだろう。
臆病でとても弱くて、情けない自分を超えて行くことはどうするのが一番確実なのだろう。
分からないまま、何年も過ぎて……時間はあれから5年もの月日を重ねていた。
頭を冷やそうとして、コズエは自分の家でもある民家に戻ってきてから、1人……温かいココアを手にして外に出てみた。
時刻はあれから結構な時間が経ち、空には星が出ていた。
見上げて、コズエは溜息をつく。
「ヴァロンさま……巫女さま……」
自分は…―――
「姫様……」
間違っていたんだろうな…と。
きちんと、言うべきだったんだろうな…と。
「コズエ」
「!」
背後から呼ばれて、肩を震わせてコズエが振り返る。
そこには、“自分”という存在に対して一番疑問を持っていて、苦しいはずの少女。
だが、真っ直ぐな瞳でこちらを見つめている彼女から“弱さ”は感じられなかった。
「ユエさん……」
「今、少しいい……?」
「え、あ、はい……」
彼女が手にしていたのは、1枚の手紙。
綺麗な便箋をどこから調達して来たのかと思えば、たしかにこの家にあったな……とコズエは思い返す。
一度伏せられた瞳が上がり、告げられた。
「お願いがあるの」
71. 友情の最果て
コズエに頼みごとをしたユエは、1人……あの天使の梯子が射し込む庭園に来ていた。
今日は黙ってではない。
フェリチータに一言、“1人にしてほしい”と告げて、出かけることを言ってきた。
いつか、金髪碧眼と話をしていた時はイメージもしたことがなかった。
ここが、母が想い人に出逢った場所で別れた場所。
そう思えば、自然と頭がぐちゃぐちゃになってくる。
今は、そんなことを考えている暇などないんだ。
自分に出来ることをして、戦いを止めなければならない。
シャロスがこの時代に手を出そうとしていることを。
コヨミが姉と対立し、しようとしていることを。
そして、騙され続けている……守護団を助けたい。
思う事は山ほどあり、そしてそれを行動に移さなければならないことも。
だが、今は。
今だけは……どうしても、動きたくなかった。
湧水がせせらぐ音。
鳥たちは住処に帰ったようで誰も存在しないその場に、1人。
腰を下ろそうかとも思ったが、ただ立ち尽くした。
「不思議……」
何故、こんなにもここに居たいと思うのか。
母がいた場所だからか。
ヴァロンが母を守った場所だからなのか。
それとも何か、別に理由があるのだろうか……―――。
考えることをやめ、目を閉じようとした時……庭園の入口から足音と気配。
そちらに視線を横目で向けると、多少……見慣れた男が立っていた。
「……―――」
名前は呼ばなかった。
頬にタトゥーをいれた濃灰の髪を揺らして、真っ直ぐな視線が何かを訴える。
戦いの時のような真剣な視線に、ユエは黙り、応えた。
「…」
「…」
お互い黙ったまま視線を合わせていたが、男が……―――ジジがゆっくりとした歩調でユエの隣まで来て、静かに口を開いた。
「ここ、ガロが好きだったんだ」
「ガロが……?」
「ここの光の加減が、アイツにとっては一番安らぐんだってよ」
何故、ここに惹かれたのか。そのうちの理由の1つが彼の存在だろうかと思ってしまった。
「なぁ……、ガロは……」
お互いが触れずにいた傷。
だが、近付くために。
距離を縮め、共に在る為に。
「最期、どんな顔していた…?」
「…っ」
ジジがサイドの髪で、表情が見えなくなる角度まで俯いて。
ユエは彼から吐き出された言葉に、息を止めた。
喉まで出かけたものを押し込めて……辛さを飲み込む。
同じだ。
ユエだけが辛い訳じゃない。
ガロを、彼を待っている人は、知るべき最期だ。
「……笑ってた」
「…」
「笑って、たよ……」
「………そうか…、」
予想通り。というようにして。
ジジが切ない顔して、湧水を見つめる。
「そうだよな……」
「…」
「自分で選んだ道だもんな……笑って終わらねぇと、俺だって許せない」
「ジジ……」
伏せ気味の視線は、どれだけ長い間彼を待っていたのかを語っていた。
「アイツは俺の心を預けた親友だった」
ジジとガロの出逢いは、ジジの育ての親であるヴァロンがきっかけだった。
人狼という種族自体が絶滅へと追いやられる中、ガロは負傷していた所をヴァロンに救われる。
元来、人狼はオリビオンの王族に仕える種族なのだが、歴史がいろいろあり今はオリビオンから離れていたそうで。
ガロはヴァロンに救われたことをきっかけに、王族と彼のために尽くしたいと考え、オリビオンに戻ってきたのである。
まずはオリビオンの王族であるアルベルティーナの命令に従おうと思っていたのだが、そのアルベルティーナが『ヴァロンに付き従うこと』を命令とした。
実際、命令などで人を縛り拘束することを好まなかったアルベルティーナにより、ヴァロンと共にある方がガロの活躍も好ましくあった。
そして、ジジとガロは出逢う。
「クソ真面目だったな……ガロは」
「…」
「自然と一緒にいれば嫌でも絆は生まれる。守護団の奴らとはまた違う……絆が」
守護団。それはジジにとっては家族。
居場所であり、一緒にいることが当り前の人物だ。
だが、ガロは少し違った。
家族に話せないことも、心おきなく話せる。
本当に、初めてできた“友達”だった。
「アイツ、銃がキライなんだ」
「銃……?」
「あぁ。ほら、ガロは狼だから」
「…」
「銃口を向けられることも、銃を扱う人間も……あんまり好まなかったな」
そこで思い返した。
最期……彼を貫いたのは、1発の銃弾であることを。
どんな想いがあって、前に飛び出てくれたのだろう。
どれだけ怖かったのだろう。
「ジジが銃を使わない理由は、それ……?」
「…―――」
ユエが前を見つめたまま静かに問えば、彼は少しだけ黙った。
それから自嘲するようにして返す。
「はっ、まさか。弾代がもったいねーからな」
本当は、違うのだろう。
律儀に、守り続けていたのは彼もだ。
2人の絆を裂いたのは、自分だとユエは再確認する。
「ガロは、お前のことが好きだったんだろうな」
「え…」
「だから命に代えても守ったんだ。それに、人狼なんているはずのない世界に飛び込んだのが何よりの証拠だ」
「でも、あたし……ずっとキライって言われてた」
ユエが単純に疑問に思って返したが、ジジが笑う。
「さぁ。それはどんな意図があったのかはわからねぇけど」
「…」
「アイツはヴァロンが苦しんでるのを知って、“極秘”って呟いて消えたんだよ」
その極秘の中に、ヴァロンが思った巫女を守るために。
巫女が守った1人の娘を守るために、動いたのだとようやく理解した。
「ガロはきっと、お前を守るために生まれてきたんだ」
「…」
「そんな気がする」
遠くを見つめて、ジジが投げた言葉はユエに重くのしかかった。
ユエは……答えられなかった。
「ガロが守った女を、俺が守らない訳いかねーし」
「もう誰にも守られたくない」
「だろうな」
「…」
「そうあってもらわねーと、俺も困る」
“アイツの命を刻め”と言われているようだった。
そこは間違えなく、汲み取った。
忘れるつもりは、毛頭ない。
ガロが死んで、ユエがここにいる。
ユエが生きていることが、ガロが生きた証明。
「俺はガロが消えたあの日……―――」
「…?」
「育ての親であるヴァロンに、“消えろ”って言ったんだ」
「ヴァロンに……?」
ジジが見つめる先は、いつかの彼だった気がする。
「友達を、ヴァロンの命令のせいで奪われて……腹がたったんだ。俺はヴァロンを拒絶した」
【ヴァロン!どうして…ッ!ガロはどこ行ったんだよ…!】
【ジジ……】
【俺も行く!ガロのトコに連れて行け!】
【それはダメだ】
【どうして……ッ】
【極秘なんだ。ジジ……それは出来ない頼みなんだよ】
【……っ!こんな、こんな大事な時に!姫様や巫女が行方不明の時に隠し事してる場合かよッ!】
「だから、言い放った」
【ふざけんなッ!!!!ヴァロンなんてどっか行っちまえ!!】
【ジジ……】
【ガロの代わりに、お前が消えればよかったんだッッ!!!!】
「いなくなれと。今すぐ消えろと」
「…」
「次の日……見事に消えたよ。ヴァロンは」
「え……」