70. 隠し通した真実
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「これが、アタシたちが知っていること」
約5年前―――いや、そこから更に数年前の出来事を語ったアロイス達。
ファリベルは思い返して、顔を伏せる。
視線を上げた時には、ユエを責めたい訳ではないのに、少しだけキツイ色を送ってしまった。
それが何を示しているのか、分かっている。
「“どうして巫女は、子供を産んだのか”」
「!」
「……でしょ?」
自嘲して、切ない笑みを見せるユエ。
そうじゃない……!と切り返したかったファリベルだが、言葉が見つからなかった。
ジジも、ラディもユエを見つめ彼女の心情を心配した。
「ユエ……」
「そっか……。そうなんだ」
きっと母は、ヴァロンを選んだんだ。
好きだったのだろう。
ひとり孤独にノルドに行かなければならない環境になり、自らそれを選び、答えを出した。
飛びだすようにして。
だからレガーロにも、アルカナファミリアに“メイド”としても戻ることが出来なかった。
そんな時、出逢った……ヴァロン。
そして姫様やウィル……。
自分を好いてくれた、身近な誰かを寂しさから都合よく求めたのだとしたら……ユエは母に嫌悪を感じた。
ジョーリィやルカの存在を考えたことがあるのか、と。
「都合のいい女」
「ユエ……っ」
「サイテーだよ」
まさか、娘からそんな言葉が出てくると思っていなかった。
自分が誰の血を継いでいる、というものではなく、ただ単に。
巫女の生き方に許せない部分があった。
「ちょっと、アンタね……!」
アロイスが吐き捨てたユエに言い聞かせようとした時だ。
「違うんです」
「へ?」
声をあげたのは、コズエだった。
「コズエ……?」
「違うんです……っ!」
表情を歪め、今にも泣きそうな顔をしているコズエ。
“違う”の意味が、汲み取れない。
「違うって……何が?」
フェリチータが、コズエに寄り添い、優しく背に手を添えた。
コズエの肩は震えだし……言葉を発しようと努めているのが窺える。
「それには……続きがあるんです」
「続き?」
コズエが、今まで話せずにいたこと。
ヴァロンと、巫女がこの世界から消えた理由。
「ごめんなさい。わたしが、わたしがちゃんと話していれば……」
「…」
「きっと、姫様は眠らずに済んだの……っ!」
70. 隠し通した真実
―――……
――……
――…
あの日……巫女様の帰りがとても遅かった。
大きくて難しい買い出しのメニューではなかったはずなのに、あまりにも遅いから、わたしは彼女を追ったんだ。
破壊された港の奥の奥で経営を続けてくれている薬屋さん。
そこに寄って行くように伝えられたはずだから、巫女様がいるんじゃないかと思って……わたしは迷わずそこに向かった。
途中は瓦礫の山で。
腐った死体、血の跡、鉄の臭いが充満していた。
顔をしかめつつ、先へ進もうとしたわたしの耳に飛び込んできたのは、聞きなれた……ヴァロン様の声。
「しっかりしろ!!!!巫女…ッ」
「え?」
音源を確かめようと、角を急いで曲がった。
その裏通りには、2つの人影。
倒れた誰かを抱える、ヴァロン様の背。
その腕の中で、倒れ込んで虚ろに涙していたのは…―――
「っ…―――」
―――……巫女様。
「ヴァロン様……!」
「コズエ……ッ」
「これは……」
服は破られて、素肌が曝され、その白い肌には何十発も殴られたり、男性から女性への乱暴をされた跡が見受けられた。
見ていられなかった。
酷い光景だ。
瞳は開いているのに呼びかけに応えることはなく、巫女様は涙を流し続けていた。
「どうして……誰がこんなことッ!」
「ランザスだ……」
「え?」
「カレルダ・フォルド……―――」
ぐしゃ…と、ヴァロン様が拳を握りしめる。
彼は既に何かを掴んでいた。
巫女が、狙われる理由を……―――。
そこではろくに手当ても出来ないし、何よりこんな裏路地だとしても人が来る可能性がある。
だから。
わたしは2人を連れて、ダクトの森へと身をひそめることに決めました。
「ヴァロンさん…」
小屋の中で涙をただ流していただけの巫女様が、ヴァロン様の腕を握って。
縋るような表情と、止まらない涙。
ヴァロン様は心を隠して、優しく笑みを見せて。
「ヴァロンさん……っ」
「…あぁ」
応えるように抱きしめて。
どうして2人がこんな目に遭わなければならないのかと。
「コズエ」
「……はい」
「少しだけ……2人にしてくれないか」
「…」
「数時間でいい」
「……わかりました」
扉を閉めて、わたしは庭園でただ空を見上げていました。
これから、わたしたちは一体どこへ向かうのかと…。
―――それから数日経って。
あの天使の梯子が生まれる庭園の近くの小屋でわたしと、ヴァロン様と巫女様は過しました。
巫女様の意識は怪我の割にはしっかりしていて。
だからこそ、鮮明に甦る記憶が彼女を苦しめ続けていました。
アルベルティーナ様は暫くオリビオンに帰還する予定がないので、どうしてもこの事実を伝えるのは遅くなりそうで……。
ヴァロン様が巫女様を懸命に看病し、何よりも彼女を優先していましたが、心の傷が簡単に消えるものではなくて。
涙を流し続ける彼女に、ヴァロン様はすごく戸惑われていました。
そんなことが約1ヵ月続き……巫女様の体調に変化が現れます。
微熱が続き、だるいと訴える体調。
冷静に考えれば、彼女の体調不良なだけだったのかもしれない。
でも、その予感は的中します。
「………―――」
「巫女様……今、なんて……」
「……妊娠、してるかもしれない」
「……っ」
ヴァロン様は、驚愕の表情を消すことが出来ずにいて。
巫女様は膝から崩れ落ちました。
腹部をただ抑え、涙を浮かべます。
「…っ」
苦しみは、止まることを知らずに。
ヴァロン様は俯いていた瞳をあげて、彼女に言い放ちます。
とても、残酷な言葉を。
「堕胎しろ」
「え……!?」
「ヴァロンさ……―――」
「おろせ」
「…ッ」
「今すぐ僕の能力で堕胎する」
「ヴァロン様……!」
「もしカレルダの子供だったらどうする!?アナタがランザスに狙われるだけだッ!!」
「嫌ですッ!!!!」
ヴァロン様が言い放った言葉にも驚きましたが、それ以上に驚いたのは―――巫女様の返事でした。
頷くと思ってた。
だからまさか首を横に振るなんて……。
「嫌です……ッ」
「認めない」
「嫌ですッ!!!!」
「どうして……ッ!!!」
あまり声を大きくあげると、体に障ると思いましたが止めることができませんでした。
2人が言い争いをしていることが、まず初めてで。
わたしは……―――。
「この子には何にも罪なんてないッ!!!」
「ランザスの血を引いているとしたら、今のオリビオンでは護りきれない!まして敵国の子供など……ッッ!」
「そうだとしてもッ!!!死ぬ必要がどこにあるのッ!!!」
「この状況を理解してるのか!?どこの国の誰のせいで、オリビオンがこんな状況になっているのか考えろッ!」
「1つの命の重みも分からないアナタが、失った多くの命を語れるはずがないッ!!!」
「…っ」
その圧倒的な言葉が含む意味の強さに、ヴァロン様は押し黙りました。
巫女様の紅色の瞳は濡れて、赤く腫れていました。
“母親の瞳”
わたしも、ヴァロン様も……初めて知りました。
巫女さまが“母”であることを。
「……っ、どうしてアナタがそこまでする必要がある」
「ヴァロン様……」
「アナタがこれ以上……苦しむ必要なんて、どこにもないのに……」
ヴァロン様が諦めたように、何故だと問えば。
彼女はただ1つ、返すのです。
「私が、この子の母親だから」
誰よりも真っ直ぐで。
太陽のような人。
惑う時、姫様を導き支え、傍に居たメイド。
そのメイドに、従者は恋をした。
これが、彼女の強さだった。
「―――コズエ」
ヴァロン様は静かに、わたしに告げました。
虚ろに、涙を零しそうな顔をして。
泣いていないのに、心は大洪水のようでした。
「彼女を、元の時代に返せ」
「え……」
「ヴァロンさん……」
「コズエ」
もし、孕んでいた子供がランザスの王の血を継ぐのであれば。
それはオリビオンにとっても脅威。
そしてランザスにとってはまた1つ、オリビオンを苦しめる道具が増えるということ。
それだけは……何としても避けなければならない。
「コズエ」
「で、でも……っ」
「頼む」
「……ッ」
どんな想いで、彼女を突き放したのか。
それが最期の瞬間だと悟っていたのだろうか。
ヴァロン様にとっては、何が1番幸せだったのだろうか。
「頼む」
願いは、受け入れるしかなかった。
これは極秘中の極秘。
ランザスの血を引く子供を孕んだ女が、時空を超える。
超えた先で、恐らく彼女は……責任を持ち、子供を生むだろう。
孤独に。
果たしてこれが本当に強いのか。
こんなことが、強さと言えるのか。
ただの自分を犠牲にした行為に思えて仕方なかった。
巫女様を元の時代に程近い時空へと飛ばす。
「コズエ」
「はい」
黄色の光に包まれていく、わたしが大好きだった人。
みんなが大好きだった人。
巫女様が……消えていく。
「ヴァロンさんを、お願いね」
「…っ」
「あの人、すぐ無茶するから。自分はどうなってもいいって人だから」
「……」
「いつだって1人になることはないわ。いつだって傍に居るわ」
「巫女様……」
「心は、ここに置いて行く……だから、お願い」
私のことを、忘れないで。
黄色の光が天に舞い、彼女は天使の梯子が射し込む庭園から姿を消した。
誰にも告げずに。
誰にも知られることなく。
知っているのはヴァロン様とわたしだけ。
極秘中の、極秘……―――。