69. 廻国
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あの日の悪夢を、誰が忘れたというのだろうか。
忘れられるわけない。
イオンにとっての妹が消えて。
平和だった街はめちゃめちゃにされた。
炎の海に飲まれ、誰もが脅える生活を始めるようになったのは、あの開港記念日からだ。
「襲撃だぁぁぁぁぁ!!!!」
「え?」
「襲撃……!?」
「ランザスからの攻撃だぞォォォォォ!!!!!」
誰もが平和で、ずっとずっとこのままでいれると思っていたんだ。
なのに……―――全てを壊されてしまう。
たった1つの凶器のせいで。
たった1つの迷信のせいで。
開けてみなければ確かに迷信なのかどうかも分からないが。
ランザスが、廻国に目をつけてしまったから。
69. 廻国
あの開港記念日。
襲撃を受けた彼らオリビオンは、絶望的状況に陥っていた。
誰が誰を捜しているのかもわからない。
何故、ランザスに襲われているのかもわからない。
ランザスにオリビオンが何かしてしまった覚えもない。
だが戦いを終えたウィルには、思い当たる節が1つあった。
「バレア……まさか本当に廻国を……っ」
やられた!と唇をかみしめたウィル。
ヴァロンを始め、戦える者として貸し出されたであろうジジやリア、アルト、イオン、アロイス、ファリベル、シノブ達の安否は確認した。
城にいるであろうエリカ、サクラ、ウタラ、ツェスィ、コズエとコヨミは巫女やアルベルティーナが見ててくれている。
あとはこの状況の打開だけだった。
「兄さん、どうしてランザスが……!?」
「……っ」
「兄さん…っ?」
炎の海の中、それを消化しようとオリビオンの騎士たちが水を運んでくる。
ウィルはヴァロンの問いかけに返事が出来なかった。
嫌な予感がする。
頭の回転の速いウィルが黙り、切り返せないのは滅多にないことだ。
「なにか知ってるんだ……?」
「…」
「答えてよ」
「アルベルティーナの所へ」
「ちょ、兄さん!」
「ここで出来る話じゃない」
崩壊は免れないであろう中央の港から、山頂に聳え立つ城を目指し、ウィルとヴァロンは駆けあがった。
◇◆◇◆◇
襲撃から、数時間後。
すっかり陽は落ちて、辺りは真っ暗になり人々がさらなる不安を抱えて眠りにつく頃。
ようやくウィルやヴァロンはアルベルティーナと話すことが出来る状態だった。
城に避難した者たちも次の襲撃はいつだとか、何で襲われているんだとか。
涙し叫ぶ声や、怒りを訴える声があちこちで上がっている。
自室へと戻ってきたアルベルティーナ。
そしてウィル、ヴァロン。
12人の家族には国民の方を頼み、この襲撃の真意を聞こうとアルベルティーナ達はウィルの顔を見つめた。
居場所がなかったのだろう。
巫女と連れ添ったコズエとコヨミもその場に居合わせる。
「すまない」
「え…」
「この襲撃は、私のせいだ」
「ウィル……」
「兄さん、それってどーゆー意味……」
誰もが喉まで出しかけたものを飲み込み、彼を待つ。
俯いた表情が上がることはなかった。
「この襲撃は、ランザスの王 バレア・フォルドによるものだ」
「…」
「そのバレアの狙いは……私だ」
「ウィル……」
「もっと早くに話しておくべきだった……。ヴァロンは知っていると思うが、私とバレアは旧知の仲なんだ」
ウィルから発せられる事実。
コズエも、コヨミも呼吸が出来ないくらい重たい空気に戸惑った。
「でもバレアがどうして兄さんを狙うんだよ」
「妬みを買ってしまっていたからだ」
「は……?」
そこの因果は何だ。
誰より驚いたのは、ヴァロンだった。
それもそう。
ヴァロンはバレアと面識もあったし、ウィルとバレアが仲がよかったことも知っている。
そんな2人が妬み、そして恨みを生む関係にあったとは、思えなかった。
「私とバレアは、兄弟弟子なんだ。同じ師の元で錬金術の技術を磨いてきた」
「…」
「だが、兄弟子であるバレアと私には、いつしか能力に差が生まれ……それで―――」
「逆恨みじゃないですか……」
ポツリと巫女が零せば、誰もが頷く。
だが、プライドが高いバレアにそれは通用しなかっただろう。
何度も何度も心を傷つけられ、自分を責めて来たのだから。
それが……―――限界を迎えたということだ。
「奴は、私を殺そうとするだろう」
「そんなこと絶対させない」
「わかっている」
ヴァロンの断言に、ウィルは横目で応える。
だが、根本的な目的が違う。
オリビオンを狙う理由はウィル以外にもう1つあるのだ。
「でもバレアがここまで大がかりな襲撃をしかけてきたのは、単に私1人を狙うためじゃない」
「…」
「―――この国には、“廻国”という異次元へ繋がる門が存在する」
「!」
「それ、あの迷信の……?」
「あぁ」
迷信ではあるが、この国の言い伝えの1つだ。
廻国。
異次元の狭間に眠っている恐ろしい魔物を召喚させる扉。
開き切った瞬間に閉じることは不可能とされ、世界が終焉へ導かれると言われている。
「バレアはそれを狙ってる」
「どうして世界が崩壊するのに……!?」
「制圧できると信じているんだ。自分の力で」
「…っ」
「もちろん、それは開けてみて現れる魔物とやり合ってみないと分からない。一概に勝てるとも負けるとも言えない」
もちろんだ。
扉を開けた人物もいなければ、その存在を確認した者もいない。
「奴の狙いは廻国だ」
「…っ」
この島の裏側。
断崖絶壁のある一部に、この島の中枢部分に繋がる入口がある。
洞窟の中には“鼓動の神殿”といわれる、この島を支えていると言われた神の心臓が祀られている。
迷信では、その心臓が廻国を封印していると言われていた。
だが鼓動の神殿に行き、帰って来た者はいないと言われている為、場所は特定出来たとしても望んでいく者はいなかった。
その鼓動の神殿の奥にある扉を開けるための襲撃。
そしてウィルを殺すために……。
「許せない……」
アルベルティーナが静かに零した。
それもそうだろう。
多くの民が、先程の襲撃で死んだ。
未だ、港では泣き叫ぶ声が止まないんだ。
失われた命が返ってこないことは誰だって理解している。
それでも声をあげることは止められない。
アルベルティーナが唇をかみしめた。
「許せない……ッ」
「アルベルティーナさん……」
巫女にくっつくコズエとコヨミも、涙を溜めた彼女を不安そうに見つめた。
「バレアは、必ず私が止める」
「…」
「必ず、私がこの国を守る」
「兄さん……」
「頼む。みんなは、みんなの出来ることをして私に協力をしてくれないだろうか……っ」
深く、深く頭をさげた偉大な錬金術師。
巫女も、コズエもコヨミも、アルベルティーナも、もちろんヴァロンも。
表情は穏やかではなかったけれど、力強く頷いた。
「えぇ」
「僕たちは僕たちに出来ることをする」
「はい」
国を守るために。
防衛するために、戦うことを選んだ。
真っ向から対抗して、勝てることはないのは誰もが分かっていたけれど……―――。
◇◆◇◆◇
「ガロ、ご苦労だったな」
「問題ない」
「そうか……」
皆と別れたヴァロンは、ジジと共に戻ってきたガロに労いの言葉を向けた。
傷だらけになったジジにも切ない視線を向ける。
「ジジもご苦労だった」
「おう!全部終わったら小遣いくれるよな?いつもの倍」
「あぁ」
どうやら思っていたよりも明るく接してくれていたが、心も体も傷を負ったのは確かだろう。
育った島が大きく破壊されて思い出ごと奪われた感覚を、ヴァロンは誤魔化すことが出来なかった。
「ガロ、お前も今日は泊って行け」
「……わかった」
ヴァロンの直下の使役にあたる……人狼のガロ。
ジジが彼と仲良しになった理由は、ジジの育ての親であるヴァロンが紹介したからであった。
人狼はオリビオンの王族に仕える種族。
ガロはアルベルティーナに血で主従を誓っている。
だが、その主従をアルベルティーナが従者であるヴァロンに譲り渡す命令をしていた。
「なぁ、ヴァロン」
ジジが、誰もいない廊下で小さく零したのは見えていなかった不安だった。
「この国……どうなるんだ?」
いつもと変わらない月夜なのに。
窓から見える外観はとてつもなく変わってしまった。
認めることが出来ないのは、ヴァロンも同じだった。
「―――……大丈夫」
ぽん、と頭を撫でて。
―――それしか、差し出せなかった。
「大丈夫」
それは決意であり願いであり、叶わないものであった。
襲撃は、止むことを知らなかった。
中央の港だけじゃなく、東も西もどんどんどんどん攻め入られ、誰も止めることが出来ない状態。
戦える者、もちろんウィルやヴァロンも応戦を続けたが、長くは続かなかった。
天才錬金術師、その弟で騎士団の団長に恐れられた実力があるとしても、体に限界はある。
ろくに休めずに戦っていては、ガタがくるのは目に見えていた。
戦えないアルベルティーナ。
それをただ守る巫女。
コズエとコヨミ。
傷付き、血まみれで帰ってくる幼い子供たち。
全てが、見ているだけの王女にとっては苦痛で仕方なかった。
―――そんなところに舞い降りる、1つのランザスからの提案。
それは悲報だったのか。
吉報だったのか。
誰もが、目を疑った。
「これは……―――」
「嘘だろ……」
“ランザス帝国より、オリビオンへ。
我が国家は、其の国に和解条案を求める。
提示いただく条件は、次期国王・カレルダ王子と―――”
「“オリビオンの王女・アルベルティーナの婚約”………」
「…っ」
「“返答期限は本日より2日間。色いい返事を期待する”」
「ふざけるな……ッ」
ヴァロンが思わず叫んだ。
この事は瞬く間に民にも、もちろん守護団にも、戦い続けるウィルにも知られることとなる。
「姫様……」
コヨミが彼女のことを案じたが、答えは返ってこなかった。
「……――――」